シリーズ「糖尿病診療10年の変遷」

サイトへ公開: 2021年07月30日 (金)
岐阜大学の矢部 大介先生に、この10年間における2型糖尿病病態研究の重要なトピック、そして今後の展望についてご解説いただきました。

日本人2型糖尿病の疫学研究・介入研究の変遷

監修 矢部 大介 先生(岐阜大学大学院医学系研究科 内科学講座 糖尿病・内分泌代謝内科学/膠原病・免疫内科学 教授)
※掲載当時

監修 矢部 大介 先生

過去10年間の糖尿病治療の変遷を各領域のエキスパートにご解説いただくシリーズ企画「糖尿病診療 10年の変遷」。今回は我々日本人の病態を考慮し、2型糖尿病の疫学研究・介入研究にフォーカスし、岐阜大学の矢部 大介 先生に、ここ10年の変遷やエビデンスについてご解説いただきました。

●はじめに

2型糖尿病の病態や表現型は、人種差のため、日本を含む東アジア人と白人で異なることが広く知られており、白人を中心に得られた研究結果をわが国の日常診療に外挿することは難しいという問題がありました。さらに国際多施設共同研究をみても、病態の異なる東アジア人と南アジア人が、一括りに「アジア人」として層別解析がなされています。このような背景から、1990年代以降、日本人2型糖尿病のある方を対象とした多くの疫学研究・介入研究が実施されるようになり、ここ数年、多くの重要なエビデンスが報告されています。ここでは、そのような日本人2型糖尿病のある方を対象とした疫学研究・介入研究をご紹介します。

●JDCS(Japan Diabetes Complications Study)

JDCSは、日本人2型糖尿病のある方における合併症の発症・進展に関するエビデンスを構築するために立ち上げられた前向き介入研究です。1996年から全国の大学病院を中心とする59施設2,033名の2型糖尿病のある方が登録され、生活習慣改善指導を積極的に行う「介入群」とそれまでの外来治療を継続する「非介入群」に割り付け8年間追跡しました。本研究では、日本人2型糖尿病患者における血清トリグリセリド値がLDLコレステロールと同様に冠動脈疾患(CHD)の主要なリスク因子であることが示されました1)。トリグリセリドは欧米人の2型糖尿病患者ではCHDの主要なリスク因子ではないことから、人種特異的な大血管障害の予防にトリグリセリドが重要であることが示唆されたといえます。本研究からは、他にも「介入群」において脳卒中の発症が有意に低下したことや2)、余暇の身体活動度が、脳卒中のみならず死亡リスクとも関連することが示されています3)

●J-EDIT(The Japanese Elderly Intervention Trial)

わが国では他国に類をみない速度で高齢化がすすみ、高齢糖尿病における合併症の危険因子の同定と、血糖や血圧、脂質の適切な管理法の確立が急務でありました。このようなニーズのもとに実施されたJ-EDIT研究は、2001年3月~2002年2月の間に登録された全国39施設の動脈硬化性疾患のリスクを有する、または血糖コントロール不良の高齢糖尿病患者1,173人を、動脈硬化の危険因子を積極的に治療する「強化治療群」と「通常治療群」に無作為に割り付け、約6年間追跡した臨床研究です4)。J-EDIT研究では、脳卒中の危険因子として収縮期血圧高値、non-HDLコレステロール高値などが明らかにされたほか、HbA1cと脳卒中の関係にJカーブ現象が認められ、高血糖はもちろん低血糖に対する注意の必要性が明らかになりました5)。さらに認知機能、身体活動量、うつ症状などの危険因子の評価を通して、心理サポートや運動療法といった包括的な治療が、高齢糖尿病における合併症予防や認知機能の維持に重要であることが示されました6)。J-EDIT研究で示されたエビデンスは、後の「高齢者糖尿病診療ガイドライン」(2017年)策定の礎ともなりました。また、上述のJDCSとの併合解析から日本版リスクエンジン(JJ-risk engine)も開発されました7)

●J-DOIT(Japan Diabetes Outcome Intervention Trial)-1, 2, 3

2005年に厚生労働省が打ち出した「健康フロンティア戦略」に基づく戦略研究の一つとして計画されたのが、J-DOIT研究です。J-DOIT1では糖尿病発症に対する生活習慣介入の抑制効果、J-DOIT2では糖尿病のある方の治療中断を抑制するための支援の有効性、J-DOIT3では血糖・血圧・脂質に対する多面的介入の血管合併症予防効果、が検討されました。
J-DOIT1では、電話による生活習慣介入を行う「支援群」1,240人、体重計と歩数計を貸与するのみの「自立群」1,367人を中央値4.2年追跡しました。累積糖尿病発症率に群間差は認められませんでしたが、電話支援回数10回以上の「支援群」では、41%の累積糖尿病発症率の抑制が示されました8)
J-DOIT2は、全国11地域の医師会の参加のもと、かかりつけ医に通院する2型糖尿病のある方2,200人(「通常診療群」1,246人、「診療支援群」954人)を解析対象として、1年間の介入を行いました。結果、「診療支援群」において62%の治療中断の抑制が示されました9)
J-DOIT3では、心血管リスクとして高血圧症か脂質異常症、あるいは両方を有し、血糖コントロール不良の日本在住の2型糖尿病2,542人を対象に、日本糖尿病学会が推奨する管理目標値を目指す「従来治療群」と、より厳格な「強化療法群」に割り付け、中央値8.5年間の介入が行われました。主要評価項目は総死亡、心筋梗塞、脳卒中、冠動脈血行再建術及び脳血管血行再建術の複合エンドポイントで、主要評価項目について強化療法群で19%の減少を認めたものの、統計学的有意差は認められませんでした(p=0.094)。しかし、あらかじめ定められた喫煙等の因子で補正すると24%の有意な減少(p=0.042)となり、また、主要評価項目のコンポーネントの一つである脳血管イベントについては、強化療法群で58%の有意な減少(p=0.002)が認められました(図1)10)。J-DOIT3は、2016年の研究終了後5年間の追跡研究が実施され、現在さらなる5年間の追跡研究が実施されています。厳格かつ多面的な介入の合併症に対する長期的な効果の如何が今後明らかになることが期待されます。

J-DOIT(Japan Diabetes Outcome Intervention Trial)-1, 2, 3

●JDDM(Japan Diabetes Clinical Data Management Study Group)

JDDM(糖尿病データマネージメント研究会)は、全国の実地医家で診療中の糖尿病患者の心血管イベントや生死の追跡、およびそのリスク因子の解析を目的として2001年より患者登録データの収集を開始しました。毎年度の基礎集計資料をウェブページで公開するほか、日本における糖尿病腎症の有病率はアルブミン尿の測定がされている2型糖尿病患者のうち42.1%であること(図2)11)、日本人糖尿病患者では心血管イベント発症率が欧米と比較して低率であることなど12)、多くの有益な情報を発信し続けています。

JDDM(Japan Diabetes Clinical Data Management Study Group)

●JDCP Study(Japan Diabetes Complication and its Prevention prospective study)

JDCPは、日本糖尿病学会による「糖尿病における合併症の実態調査とその治療に関わるデータベース構築による大規模研究」に基づき、2006年から厚生労働科学研究費補助金を得てスタートした研究です。日本全国の糖尿病患者6,338人のデータベースを構築し、糖尿病合併症の実態を明らかにするとともに、合併症の進行とそのリスク因子について前向きに追跡し明らかにすることを目的としています。これまでに日本人糖尿病におけるアルブミン尿と腎機能障害の有病率および関連因子や血糖コントロールと歯の喪失リスクに関するデータが報告されています13,14)。今後も糖尿病による合併症の発症と進展に及ぼす危険因子の解析結果が報告される予定であり、その結果が注目されます。

●J-DREAMS(Japan Diabetes compREhensive database project based on an Advanced electronic Medical record System)

J-DREAMS(診療録直結型全国糖尿病データベース事業)は、国立国際医療研究センターと日本糖尿病学会の共同事業として2016年にスタートした大規模データベース事業です15)。J-DREAMSでは、参加する各医療機関で用いられている種々の電子カルテ上にある糖尿病のある方の診療データを匿名化した上で国立国際医療研究センターのサーバーに収集することで、全国の糖尿病のある方の診療情報を集積し、解析することができます。2020年10月時点で全国61施設が参加しています。J-DREAMSにより、今後、わが国の糖尿病治療の状況と合併症の関係が明らかとなり、患者さんごとに最適化された個別化医療の提供が可能になると期待されています。

●最後に

わが国の2型糖尿病のある方を対象とした代表的な疫学研究・介入研究をご紹介しました。ご紹介した以外にも、近年、日本人の糖尿病のある方を対象とした研究成果が多数報告され、わが国の糖尿病診療のなお一層の質向上に貢献しています。紙面の都合上、やむを得ず割愛させていただいたことをご容赦いただければと思います。基幹病院の急性期化や新型コロナウイルス感染症蔓延を背景に臨床研究が難しくなっていますが、今後も糖尿病診療に関する質の高い臨床エビデンスが集積され、糖尿病のある方が糖尿病でない人と同様に質の高い人生をおくることができる予防法や治療法が確立されることを願っています。

References

  1. Sone H, Tanaka S, Tanaka S, et al. Japan Diabetes Complications Study Group : Serum level of triglycerides is a potent risk factor comparable to LDL cholesterol for coronary heart disease in Japanese patients with type 2 diabetes: subanalysis of the Japan Diabetes Complications Study (JDCS). J Clin Endocrinol Metab. 2011;96:3448-56.
  2. Sone H, Tanaka S, Iimuro S, et al. Japan Diabetes Complications Study Group : Long-term lifestyle intervention lowers the incidence of stroke in Japanese patients with type 2 diabetes: a nationwide multicentre randomised controlled trial (the Japan Diabetes Complications Study). Diabetologia. 2010;53:419-28.
  3. Sone H, Tanaka S, Tanaka S, et al. Japan Diabetes Complications Study Group : Leisure-time physical activity is a significant predictor of stroke and total mortality in Japanese patients with type 2 diabetes: analysis from the Japan Diabetes Complications Study (JDCS). Diabetologia. 2013;56:1021-30.
  4. Araki A, Iimuro S, Sakurai T, et al. Long-term multiple risk factor interventions in Japanese elderly diabetic patients: the Japanese Elderly Diabetes Intervention Trial--study design, baseline characteristics and effects of intervention. Geriatr Gerontol Int. 2012;12 Suppl 1:7-17.
  5. Araki A, Iimuro S, Sakurai T, et al. Non‐high‐density lipoprotein cholesterol: An important predictor of stroke and diabetes‐related mortality in Japanese elderly diabetic patients. Geriatr Gerontol Int. 2012;12 Suppl 1:18-28.
  6. 荒木 厚, 井藤英喜. 高齢者の糖尿病治療:J-EDIT(The Japanese Elderly Intervention Trial)研究の知見をふまえて. 日老医誌. 2015;52:4-11.
  7. Tanaka S, Tanaka S, Iimuro S, et al. Japan Diabetes Complications Study Group Japanese Elderly Diabetes Intervention Trial Group : Predicting macro- and microvascular complications in type 2 diabetes: the Japan Diabetes Complications Study/the Japanese Elderly Diabetes Intervention Trial risk engine. Diabetes Care. 2013;36:1193-9.
  8. Sakane N, Kotani K, Takahashi K, et al. Effects of telephone-delivered lifestyle support on the development of diabetes in participants at high risk of type 2 diabetes: J-DOIT1, a pragmatic cluster randomised trial. BMJ Open. 2015;5:e007316.
  9. 日本糖尿病・生活習慣病ヒューマンデータ学会. 糖尿病受診中断対策包括ガイド.
    http://human-data.or.jp/wp/wp-content/uploads/2018/07/dm_jushinchudan_guide43_e.pdf
  10. Ueki K, Sasako T, Okazaki Y, et al. Effect of an intensified multifactorial intervention on cardiovascular outcomes and mortality in type 2 diabetes (J-DOIT3): an open-label, randomised controlled trial. Lancet Diabetes Endocrinol. 2017;5:951-964.
  11. Yokoyama H, Kawai K, Kobayashi M, et al. Microalbuminuria is common in Japanese type 2 diabetic patients: a nationwide survey from the Japan Diabetes Clinical Data Management Study Group (JDDM 10). Diabetes Care. 2007;30:989-92.
  12. Yokoyama H, Matsushima M, Kawai K, et al. Low incidence of cardiovascular events in Japanese patients with Type 2 diabetes in primary care settings: a prospective cohort study (JDDM 20). Diabet Med. 2011;28:1221-8.
  13. Shikata K, Kodera R, Utsunomiya K, et al. Prevalence of albuminuria and renal dysfunction, and related clinical factors in Japanese patients with diabetes: The Japan Diabetes Complication and its Prevention prospective study 5. J Diabetes Investig. 2020;11:325-332.
  14. Inagaki K, Kikuchi T, Noguchi T, et al. A large-scale observational study to investigate the current status of diabetic complications and their prevention in Japan (JDCP study 6): baseline dental and oral findings. Diabetol Int. 2020;12:52-61.
  15. Sugiyama T, Miyo K, Tsujimoto T, et al. Design of and rationale for the Japan Diabetes compREhensive database project based on an Advanced electronic Medical record System (J-DREAMS). Diabetol Int. 2017;8:375-382.
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