シリーズ「糖尿病診療10年の変遷」

サイトへ公開: 2021年05月12日 (水)
総合東京病院の柴 輝男先生に、この10年間における合併症予防・管理の重要なトピック、そして今後の展望についてご解説いただきました。

合併症予防・管理の変遷

監修 柴 輝男 先生(総合東京病院 副院長/糖尿病センター長)

輝男 先生

過去10年間の糖尿病治療の変遷を各領域のエキスパートにご解説いただくシリーズ企画「糖尿病診療 10年の変遷」。今回は糖尿病治療薬の合併症予防・管理にフォーカスし、総合東京病院の柴 輝男 先生に、合併症予防・管理の変遷、そして今後の展望についてご解説いただきました。

●はじめに

日本糖尿病学会の「糖尿病の死因に関する調査委員会」による2001年~2010年の調査結果1)によると、日本人糖尿病患者さんの死因第1位は悪性新生物の38.3%、第2位は感染症の17.0%、第3位は血管障害(慢性腎不全3.5%、虚血性心疾患4.8%、脳血管障害6.6%)の14.9%であることが示されています。この血管障害が死因に占める割合は、調査を開始した1970年から着々と減少してきていますが1)、糖尿病治療の目標が、適正体重の維持および禁煙の遵守とともに、血糖、血圧、脂質代謝の良好なコントロール状態の実現により血管障害を予防し、糖尿病の合併症の発症・進展を阻止することで、健康な人と変わらない生活の質(QOL)の維持、健康な人と変わらない寿命を確保することに変わりはありません2)
ここでは、これまでの合併症予防・管理の変遷についてご紹介します。

●血糖管理と血管合併症

糖尿病はインスリン作用不足による慢性の高血糖状態を主徴とする代謝疾患群と定義されます。そのため、血糖を管理することが血管合併症を抑制に繋がるのではないかということで、これまで多くの大規模臨床研究が行われてきました。実際、DCCT 3)、Kumamoto Study4)、UKPDS5)などの臨床研究において、HbA1cを7%未満に管理すると細小血管症の発症・進展リスクが低くなることが報告され、これに基づいて日本糖尿病学会は、合併症予防のための目標値をHbA1c 7.0%未満と設定しています。
大血管症についても、糖尿病罹患歴が短い症例や、心血管合併症を有さない症例を対象としたメタアナリシスにおいては、厳格な血糖管理による大血管症の抑制が示されていますが6)、その効果は比較的小さく、効果の発現までに長い時間を要すると考えられています7)。また、2008年に早期中止となったACCORD試験では、HbA1cを厳格に下げても大血管症は抑制できず、かえって死亡率を高めるという結果が示され8)、その原因の一つとして重症低血糖が注目されました。したがって、血糖管理は大血管症の抑制にも有効であるものの、重症低血糖に対する注意が重要であろう、ということがこれまでの大規模臨床研究から示されています。

●血管合併症に対する多面的介入の効果

上述した糖尿病の治療目標に立ち返ると、「血糖、血圧、脂質代謝の良好なコントロール」により合併症の発症・進展を抑制し、とあります。血糖、血圧、脂質に対する多面的な介入は、先生方も日常臨床で当然のように実施されているかと思いますが、この多面的介入の血管合併症抑制効果に関する2000年代までのエビデンスは、実は2003年に報告されたSteno-2のみという状況でした。Steno-2は、微量アルブミン尿を認めるデンマーク在住の2型糖尿病患者160人を対象とした臨床研究で、血糖、脂質、血圧に対する多面的な介入を平均7.8年間行いました。結果、大血管症が53%抑制されました。UKPDSのリスクエンジンからの推定では、この抑制は主として血圧や脂質への介入により得られたものと推定されています。また研究終了後平均5.5年間の継続観察期間において従来治療群と強化療法群のイベント差が広がり、いわゆるlegacy効果が認められています9)。しかし、Steno-2には、小規模な研究であること、対象が微量アルブミン尿陽性という大血管症のハイリスク患者であること、介入終了時のHbA1c値が平均7.9%と血糖コントロールが十分ではなかったこと、などの留意すべき点がありました。
このような背景から、日本におけるより厳格な多面的介入が血管合併症予防に有効かを検証する大規模臨床研究J-DOIT3(Japan Diabetes Optimal Integrated Treatment Study for 3 major risk factors of cardiovascular diseases)が計画され、実施されました。
J-DOIT3の対象は心血管リスクとして高血圧症か脂質異常症、あるいは両方を有し、血糖コントロール不良の日本在住の2型糖尿病患者2,542人で、日本糖尿病学会が推奨する管理目標値を目指す従来治療群と、より厳格な強化療法群(目標値:HbA1c<6.2%、血圧120/75mmHg、LDLコレステロール<80mg/dL[心血管疾患の既往がある場合は<70mg/dL])に、1対1でランダムに割り付け、中央値8.5年間の介入が行われました。主要評価項目は全死亡、心筋梗塞、脳卒中、冠動脈及び脳動脈血行再建術の複合エンドポイントで、主要評価項目について強化療法群で19%の減少を認めたものの、統計学的有意差は認められませんでした(p=0.094)。しかし、あらかじめ定められた喫煙等の因子で補正すると24%の有意な減少(p=0.042)となり、また、主要評価項目のコンポーネントの一つである脳血管イベントについては、強化療法群で58%の有意な減少(p=0.002)が認められました(表1)10)。また、副次評価項目は全死亡、心筋梗塞、脳卒中の複合エンドポイント、腎症の発症・進展、網膜症の発症・進展、下肢血管病変であり、このうち腎症の発症・進展(-32%、p<0.0001)、および網膜症の発症・進展(-14%、p=0.046)で有意な減少が認められました。
Steno-2と同様に、J-DOIT3は2016年の研究終了後5年間の追跡研究が実施され、現在さらなる5年間の追跡研究が実施されています。厳格かつ多面的な介入の合併症に対する長期的な効果の如何が今後明らかになることが期待されます。

血管合併症に対する多面的介入の効果

●DKDの概念とeGFRチェックの重要性、および2型糖尿病治療の影響

DKD(Diabetic Kidney Disease)という言葉を最近よく聞くようになりました。従来の糖尿病性腎症は糖尿病の細小血管合併症の一つで蛋白尿が先行する型の腎臓障害が典型的ですが、糖尿病患者の高齢化とともに腎硬化症を主体とした推算糸球体濾過量(eGFR)低下が先行する型の腎臓障害を呈する患者さんが近年増加し、新たな糖尿病合併症の疾患概念として提唱されたのがDKDです。
DKD患者さんの増加を示すデータとして、日本人2型糖尿病患者3,297人を対象とした検討において、eGFR<60であった506人中262人(51.8%)が正常アルブミン尿であったことが報告され11)、米国においても1998~2014年の26年間で、2型糖尿病患者におけるアルブミン尿の有病率は有意に減少したものの、eGFR<60の割合は有意に増加したことが報告されています12)。また、糖尿病を原疾患として透析導入となる患者さんも平均年齢が上昇しつつ年々増加し、1998年に慢性糸球体腎炎を抜いて以来、現在まで原因疾患の第一位となっています(図1)13)
心血管疾患リスクを有する55歳以上の2型糖尿病患者11,140人を対象に、心血管イベントおよび腎イベントリスクに対する尿中アルブミン/クレアチニン比(UACR)とeGFRの影響を調査したADVANCE試験では、アルブミン尿とeGFRの低下は心血管イベントおよび腎イベントの重要なリスク因子であることが示されています14)。早期からの血糖管理と微量アルブミン尿の検査に加え、eGFRのチェックによりアルブミン尿を呈さない腎機能低下例の早期拾い上げの重要性が顕在化したことも、合併症予防・管理におけるここ数年の大きなトピックと言えるでしょう。
上述した、Kumamoto Study、UKPDSなど国内外の臨床研究が早期からの厳格な血糖管理の糖尿病性腎症に対する有効性を示しておりましたが、今回のJ-DOIT3の研究でも多面的な介入により厳格な目標を達成することが腎複合イベントを減少させ、DKDの発症・進展抑制に有効であることが示されました15)
2000年代後半から2010年代は、DPP-4阻害薬、GLP-1受容体作動薬、SGLT2阻害薬という新規作用機序を有する糖尿病治療薬が相次いで登場しました。これらの薬剤のなかには米国食品医薬品局(FDA)が定めた心血管安全性試験が実施され、評価項目の一つとして腎臓に対する安全性が評価されたものもあります。糖尿病治療薬の安全性評価については、心血管安全性試験のあり方を含め様々な検討がなされておりますが、糖尿病治療薬における多くの安全性データが集積されることが望まれます。

DKDの概念とeGFRチェックの重要性、および2型糖尿病治療の影響

●合併症予防・管理の展望

ここまで2型糖尿病の合併症予防管理について大規模臨床研究の結果をもとに解説してきました。しかし、臨床研究は選別された患者さんを対象としているため、その結果を臨床現場に当てはめることが難しいという側面もあります。そのような背景から、現在、国立国際医療研究センターと日本糖尿病学会の共同事業として大規模なデータベース事業「診療録直結型全国糖尿病データベース事業」(Japan diabetes comprehensive database project based on an Advanced electronic Medical record system;J-DREAMS)が進行しています16)。J-DREAMSは患者を匿名化したうえで、各病院のデータフォーマットを統一して収集することにより効率的に研究を進められることが特徴であり、2020年10月時点で全国から61施設が参加しています。このJ-DREAMSにより、臨床実態に即した糖尿病治療と合併症の関係が明らかとなり、患者さんごとに最適化された治療法の開発につながることが期待されます。

References

  1. Nakamura J, Kamiya H, Haneda M, et al. Causes of death in Japanese patients with diabetes based on the results of a survey of 45,708 cases during 2001-2010: Report of the Committee on Causes of Death in Diabetes Mellitus. J Diabetes Investig. 2017;8:397-410.
  2. 日本糖尿病学会 編・著. 糖尿病治療ガイド2020-2021. 東京:文光堂;2020.
  3. Diabetes Control and Complications Trial Research Group, Nathan DM, Genuth S, Lachin J, et al The effect of intensive treatment of diabetes on the development and progression of long-term complications in insulin-dependent diabetes mellitus. N Engl J Med. 1993;329:977-86.
  4. Ohkubo Y, Kishikawa H, Araki E, et al. Intensive insulin therapy prevents the progression of diabetic microvascular complications in Japanese patients with non-insulin-dependent diabetes mellitus: a randomized prospective 6-year study. Diabetes Res Clin Pract. 1995;28:103-17.
  5. UK Prospective Diabetes Study (UKPDS) Group. Intensive blood-glucose control with sulphonylureas or insulin compared with conventional treatment and risk of complications in patients with type 2 diabetes (UKPDS 33). Lancet. 1998;352:837-53.
  6. Ray KK, Seshasai SR, Wijesuriya S, et al. Effect of intensive control of glucose on cardiovascular outcomes and death in patients with diabetes mellitus: a meta-analysis of randomised controlled trials. Lancet. 200923;373:1765-72.
  7. Holman RR, Paul SK, Bethel MA, et al. 10-year follow-up of intensive glucose control in type 2 diabetes. N Engl J Med. 2008;359:1577-89.
  8. Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes Study Group, Gerstein HC, Miller ME, Byington RP, et al. Effects of intensive glucose lowering in type 2 diabetes. N Engl J Med. 2008;358:2545-59.
  9. Gaede P, Lund-Andersen H, Parving HH, et al. Effect of a multifactorial intervention on mortality in type 2 diabetes. N Engl J Med. 2008;358:580-91.
  10. Ueki K, Sasako T, Okazaki Y, et al. Effect of an intensified multifactorial intervention on cardiovascular outcomes and mortality in type 2 diabetes (J-DOIT3): an open-label, randomised controlled trial. Lancet Diabetes Endocrinol. 2017;5:951-964.
  11. Yokoyama H, Sone H, Oishi M, et al. Prevalence of albuminuria and renal insufficiency and associated clinical factors in type 2 diabetes: the Japan Diabetes Clinical Data Management study (JDDM15). Nephrol Dial Transplant. 2009;24:1212-9.
  12. Afkarian M, Zelnick LR, Hall YN, et al. Clinical Manifestations of Kidney Disease Among US Adults With Diabetes, 1988-2014. JAMA. 2016;316:602-10.
  13. 一般社団法人 日本透析医学会 統計調査委員会「わが国の慢性透析療法の現況(2019年12月3日現在)」
  14. Ninomiya T, Perkovic V, de Galan BE, et al. Albuminuria and kidney function independently predict cardiovascular and renal outcomes in diabetes. J Am Soc Nephrol. 2009;20:1813-21.
  15. Ueki K, Sasako T, Okazaki Y, et al. Multifactorial intervention has a significant effect on diabetic kidney disease in patients with type 2 diabetes. Kidney Int. 2021;99:256-266.
  16. Sugiyama T, Miyo K, Tsujimoto T, et al. Design of and rationale for the Japan Diabetes compREhensive database project based on an Advanced electronic Medical record System (J-DREAMS). Diabetol Int. 2017;8:375-382.日本糖尿病学会 編・著. 糖尿病治療ガイド2020-2021
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