MOTTAINAIの発想を2型糖尿病治療へ インタビュー

サイトへ公開: 2020年10月13日 (火)
世界的なエコロジー活動MOTTAINAIキャンペーンに参加する慶應義塾大学の税所芳史先生に、2型糖尿病治療の目標やMOTTAINAIとの結びつきを含めて伺いました。
慶應義塾大学医学部内科学教室腎臓内分泌代謝内科 専任講師 税所 芳史先生

開催年月日:2020年5月13日
開催場所:東京

慶應義塾大学医学部内科学教室腎臓内分泌代謝内科 専任講師 税所 芳史先生
(インタビュー実施当時)

プロフィール
慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学医学部内科学教室、埼玉社会保険病院(現JCHO埼玉メディカルセンター)、静岡市立清水病院、平塚市民病院、慶應義塾大学医学部内科学教室腎臓内分泌代謝内科、米国UCLA Larry Hillblom Islet Research Center (Prof. Peter C. Butler)留学、慶應義塾大学医学部内科学教室腎臓内分泌代謝内科助教を経て、2015年に同専任講師。

本コンテンツでは、糖尿病の予防や治療のために独自の取り組みを行っている糖尿病専門医のチャレンジをご紹介します。今回は、世界的なエコロジー活動であるMOTTAINAIキャンペーンに参加し、MOTTAINAIの発想と結びつけた2型糖尿病の啓発を行う慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科 専任講師の税所芳史先生にお話をうかがいました。MOTTAINAIと2型糖尿病との接点、そしてその背景や展望、税所先生が考える2型糖尿病治療の目的などをご紹介します。

MOTTAINAIは地球環境だけでなく、自身の身体にも当てはめることができる

税所先生はエコロジー運動としてのMOTTAINAIの存在こそ知っていましたが、特に積極的に関与してきたわけではありません。ではなぜ、そこに参加するようになったのでしょうか。それは、MOTTAINAIと2型糖尿病治療との共通点に気づいたからだといいます。MOTTAINAIキャンペーンでは、限られた地球資源に対するrespect(敬意を持って大事にする=負荷軽減)を呼びかけています。税所先生はこれと同じ「負荷軽減」という概念を、自身の身体の限られた資源である膵臓のβ細胞にも向けてもらおうと考えたのです。背景には「2型糖尿病の予防や治療ではβ細胞保護が重要」との信念があり、税所先生は約20年前からこの重要性に着目していました。

MOTTAINAIは地球環境だけでなく、自身の身体にも当てはめることができる

臨床で感じていた疑問を留学先の研究が解明

税所先生は糖尿病内科医として臨床を始めてすぐ、肥満はなくインスリン抵抗性も認めない2型糖尿病患者さんを数多く経験します。まだ、β細胞の機能障害や減少は1型糖尿病に特異的と考えられていた時代です。しかし、患者さんの病態を考えると2型糖尿病でも同様の事態が生じているのではないか、そのような疑念が頭から離れなかったようです。
そこで税所先生は、慶應義塾大学に戻ると2型糖尿病におけるβ細胞障害についての研究に着手します。するとその翌年、のちの留学先となる米国UCLA Larry Hillblom Islet Research Center、Peter C. Butler教授の研究室から、驚きのデータが報告されました。2型糖尿病患者におけるアポトーシスを介したβ細胞の減少です。2型糖尿病でもβ細胞は減少していたのです。「やはりそうだったか」と税所先生は思いを強くし、3年後にButler教授の元に留学。帰国後は、日本人2型糖尿病患者におけるβ細胞減少、あるいは非糖尿病例におけるβ細胞機能障害と糖代謝異常の相関などを見いだしました。
そしてそれらの知見をもとに「β細胞負荷(workload)仮説」を提唱します。高血糖状態が一定期間以上継続すると、それに対応したインスリンを分泌すべくβ細胞の負荷が増し、その結果、β細胞の機能障害、あるいはアポトーシスが生じるというモデルです。一部β細胞が機能障害やアポトーシスを来すと、残存するβ細胞にはそれらの機能障害・減少を代償すべくさらに負荷が増すという悪循環に陥り、β細胞はさらに障害され減少します。「2型糖尿病患者さんの血糖がある段階から改善しなくなるのも、この仮説で説明が可能です」と税所先生は話します。

診察室に来る以前の人に、どのようにβ細胞保護の大切さを伝えるか

β細胞保護の重要性に気づいた税所先生は、これを広く一般の人に伝えたいと考えます。なぜなら、糖尿病と診断あるいはその疑いがある時点ですでにβ細胞は障害を受けて減少が始まっている可能性が高く、糖尿病を予防するには、それよりも前段階でβ細胞保護の大切さを知ってもらう必要があるからです。そこで念頭に浮かんだのが、先述のMOTTAINAIキャンペーンです。「限られた資源を敬意を持って大切に使う」というMOTTAINAIの発想をβ細胞にも向けてもらえば良い、地球環境だけでなく自身の身体にもこの精神は当てはまると考えたのです。

その想いを綴った手紙を事務局に送ったことでコラボレーションが始まり、税所先生はMOTTAINAIキャンペーンのウェブサイトなどでβ細胞保護の重要性を伝えていきます。その際、β細胞への「過負荷」は「働きすぎ」、β細胞の「アポトーシス」は「過労死」など、一般の人にも分かりやすい用語による説明を心がけたといいます。「自分のβ細胞を守ろうとする人は、他人のβ細胞も思いやるようになるでしょう。そのような連鎖が続けば、社会全体がβ細胞への負荷を考えるようになるはずです」。税所先生はβ細胞に対するMOTTAINAIというアプローチに大きな可能性を感じています。

臨床で感じていた疑問を留学先の研究が解明

「β細胞を守るための生活習慣改善」という意識づけが有効

税所先生は、糖尿病初期の患者さんを対象とした糖尿病教室でも、β細胞保護を積極的に訴えています。「患者さんの中で、2型糖尿病は生活習慣病というイメージが大きくなり過ぎた結果、生活習慣を改めれば糖尿病が治ると思っている患者さんもいらっしゃいます。そして『食事や運動の改善が不十分なら血糖低下薬で補えば良い』と考え、生活習慣改善に積極的に取り組まないのです」と指摘します。
しかし、糖尿病ではβ細胞が減少していることが報告されており、β細胞の保護には生活習慣の改善が大切であることを説明すると、患者さんは食事・運動療法の必要性を理解することができ、生活習慣改善に取り組む姿勢が大きく変わるといいます。β細胞保護の話は、生活習慣改善への「意識づけ」が主な目的です。「総和として、β細胞に負担のかからない食事や運動を」というメッセージさえ患者さんに届けば、具体的なやり方は患者さん自身が学ぶ、あるいは医療従事者に質問してくるようになるそうです。

患者さんが幸せに生きるために

糖尿病治療の目的は「健康な人と変わらない生活の質(QOL)の維持」と「健康な人と変わらない寿命の確保」とされています。税所先生はこれに加え「どれだけ幸せに生きたか」を重視しており、「病気は人生の一部分でしかありません。その一部分によって、患者さんの人生がネガティブな影響を受けないようにするのも大事でしょう」と話します。そのような思いから、十分なβ細胞の数と機能が残されている段階から介入を始めたいと税所先生は考えています。この段階なら、患者さん自らが選択した生活習慣の改善が奏功する可能性が残されているからです。「患者さんの選択権を重視して、治療に対しても患者さんに主体的に取り組んでもらう方が、患者さんのQOLは高くなる」。これが税所先生の基本的な考えのようです。

患者さんが幸せに生きるために

限られた資源であるβ細胞保護の大切さを訴えるために、MOTTAINAIキャンペーンに自らコンタクトし、情報発信を続けている税所先生。MOTTAINAIキャンペーンを通して一般の人々にβ細胞の負荷軽減を意識付けすることで、日本の2型糖尿病の予防や治療がさらに進んでいくことを期待します。
MOTTAINAIキャンペーンについて
環境分野で初のノーベル平和賞を受賞したケニア人女性、ワンガリ・マータイさんが提唱。Reduce(ゴミ削減)、Reuse(再利用)、Recycle(再資源化)という環境活動の3Rをたった一言で表せるだけでなく、かけがえのない地球資源に対するRespect(尊敬の念)が込められている「もったいない」という言葉に感銘を受けたマータイさんは、環境を守る世界共通語として「MOTTAINAI」を掲げ、キャンペーンをスタート。地球環境に負担をかけないライフスタイルを広め、持続可能な循環型社会の構築を目指す世界的な活動として展開している。

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