シリーズ「糖尿病診療10年の変遷-運動療法の変遷-」

サイトへ公開: 2021年03月02日 (火)
順天堂大学大学院の田村 好史先生に、この10年間における運動療法の重要なトピック、そして今後の展望についてご解説いただきました。

運動療法の変遷

監修 田村 好史 先生(順天堂大学大学院代謝内分泌内科学/スポーツ医学・スポートロジー 先任准教授)

監修 田村 好史 先生

過去10年間の糖尿病治療の変遷を各領域のエキスパートにご解説いただく連載企画「糖尿病診療10年の変遷」。今回は運動療法にフォーカスし、田村好史先生に、この10年間における重要なトピック、そして今後の運動療法の展望についてご解説いただきました。

●トピック1.糖尿病のある方が運動しない理由

ここ10年間の糖尿病のある方における運動療法のトピックの1つとして、糖尿病のある方が運動しない理由が実態調査により明らかになったことが挙げられます。日本糖尿病学会が医師・患者さんを対象に実施した質問紙調査の結果では、患者が運動していない理由について、医師側からは「患者に時間がない」、「やる気がない」、「運動が嫌い」といったことを推測していたのに対し、患者さん側は「運動する時間がない」、「運動すると痛くなる所がある」との回答が多く、やる気がない、運動嫌いなどは少数であることが明らかになりました1)2)。さらに患者さんのアンケートから、食事療法は90%の方が年に1度は教育を受けていたと答えたのに対して、運動療法の教育は30%程度の方が受けたことが無いと答えました。さらに、多変量解析の結果、運動教育を年数回に増やし、運動の種類、頻度、実施時間等を具体的に説明すると、患者さんが運動する確率が上昇する可能性が明らかとなりました(表1)2)
 つまり、運動療法のアドヒアランスは医療者側の情報提供が重要な因子となっている可能性が明らかになったわけです。こうしたエビデンスをもとに、患者さんに対する情報提供の質と量を重視し、医療者側の意識を高めていくことが今後重要となります。

トピック1.糖尿病患者さんが運動しない理由

●トピック2.1日1回のまとまった運動か、1日中コマ切れに行う短時間の運動か?

2つ目のトピックは、運動に対する考え方の変化です。これまで、有酸素運動の開始直後よりも運動開始後20~30分後のほうが脂肪の燃焼率が高いという生理学的な考えから、30分連続で運動しないと意味がないという解釈がなされていることが多かったと思います。しかし脂質は運動の開始直後からエネルギー源として用いられるため、30分以下の運動でも脂質は燃焼されることがわかっていますし3)、コマ切れの運動でも食後の高血糖を下げてくれることが明らかとなってきています。
 2013年、糖尿病のある方において1日45分の運動×1回群よりも、毎食後15分の運動×3回群のほうが血糖改善効果が高いことが報告されました4)。糖代謝の改善には必ずしも連続的なまとまった運動は必要ではなく、毎食後に分けてコマ切れに短時間の運動を行うほうが良好な結果が得られることが示されたわけです。
 さらに運動頻度に関して、30分おきに3分間の軽い運動を行うことで、座位を維持した場合よりも食後高血糖が改善するとの報告が2016年になされました(図1)5)。またデスクワークやテレビ視聴による座位時間の長さは運動とは独立した心血管イベントのリスク因子であること6)、余暇活動に参加し、長時間の座位を避けることが2型糖尿病の発症予防に役立つ可能性7)も報告されています。これらのことから、国内外のガイドラインで日常の座位時間が長くならないようにし、軽い活動を合間に行うことが勧められるに至りました8)9)
 身体活動とは、普段の生活での「生活活動」と健康の維持増進などの目的をもって行われる「運動」の総和です。糖代謝の観点では「1日のどのような時間でも身体活動(生活活動+運動)を増やすことを意識し、座位時間をできるだけ短くすることが血糖マネジメントの改善につながる」という認識が浸透してきたのがこの10年の大きなトピックかと思います。

トピック2.1日1回のまとまった運動か、1日中コマ切れに行う短時間の運動か?

●トピック3.レジスタンス運動のエビデンスの集積

 運動療法の新たな潮流として、レジスタンス運動に関する系統的レビューとメタ解析が多数実施されたことが挙げられます。国内外の最新ガイドラインでもエビデンスレベルの高い系統的レビューとメタ解析の知見が反映され、連続しない日程で週2~3日、上半身・下半身の筋肉を含む8~10種類のレジスタンス運動を、10~15回1セットとして行うことが推奨されるようになりました8)9)

糖尿病のある方における有酸素運動単独、レジスタンス運動単独、両運動の併用の比較についてもメタ解析が実施され、2010年代前半には両運動の併用が各単独に比べてHbA1cをより低下させることが明らかになりました10)11)。また有酸素運動単独、レジスタンス運動単独の比較では、レジスタンス運動によるHbA1c低下効果が有酸素運動と同程度であること12)13)、さらに高齢者の検討においてもレジスタンス運動の有効性が示されています14)
 超高齢化社会を迎える日本において、骨格筋量の維持を目的としたレジスタンス運動は今後ますます重要になると考えられます。ただしレジスタンス運動のエビデンスの多くが監視下のstructured exerciseによるものですので、家庭や任意の場所で安全にレジスタンス運動を行うためのエビデンスの集積が待たれます。

●トピック4.有酸素運動の強度・量の目安とアドヒアランスを考慮した教育

運動療法の身体活動強度は、一般的に中強度の有酸素運動が勧められます。心拍数の目安は50歳未満で1分間に100~120拍、50歳以上では100拍未満です。心拍数を指標とするのが難しい場合は、患者さん自身が「楽である~ややきつい」と感じる強度を目安とします15)
 2011年に週150分以上の運動によるHbA1cの低下効果が高いことが示され16)、有酸素運動の目安を週150分以上とする運動教育が定着しました。しかしその後、時間よりも歩数計による歩数を目標とした教育の方がアドヒアランスを向上させるという研究結果が相次いで報告され17)18)、歩数計や活動量計を用いた運動教育が注目されました。
 週150分の有酸素運動は歩数にして約15,000歩であり、現在運動をしていない方の場合、1日に換算すると2,000歩以上の現状からの歩数の増加が一つ目の目安となり、最終的には日に8,000歩程度が歩数の目標となります19)。この10年間でスマートフォンを持つ患者さんが増え、アプリによる歩数の可視化も可能になりました。良好な治療効果とアドヒアランスのために、個々の患者さんに合ったツールで歩数のセルフモニタリングを教育し、行動変容につなげていくことが重要と考えられます。

●最後に:コロナ禍における運動教育について

コロナ禍の現在、日々の臨床で糖尿病のある方の体力レベルの低下を実感しています。その原因の1つとして、壮年・中年者ではテレワークの増加、高齢者ではステイホームによる身体活動量の低下が挙げられます。
 わが国の糖尿病患者168例を対象に2020年4月1日~6月13日に行われた調査では、26例(15.5%)において体重増加(>2kg)が認められました20)。HbA1c値の変化率(増減0.2%以上)では57例が増加、51例が低下し、血糖悪化群では改善群よりも在宅勤務への移行とスポーツジムの閉鎖などの影響を受けていました。また血糖悪化群ではスナック、菓子類、総食事摂取量、アルコール摂取量の増加が血糖マネジメントの悪化に寄与した可能性が高く、血糖改善群ではアルコール摂取量の減少が血糖マネジメントの改善に寄与した可能性が示唆されました。
 こうした結果から、医療者が糖尿病のある方に勧めるべきはまず「日常を取り戻す」ことではないかと思います。外=常に危険という過剰な不安を払拭し、安全に実施できる運動療法を教育することも医療者の務めです。外出可能な患者さんにおいては屋内での運動を第一選択とすべきではなく、感染対策に配慮した屋外活動を想定して教育を行う必要があります。
 コロナ禍において、身体活動の低下を可視化し、その後の活動量の増加をセルフモニタリングできる活動量計・歩数計の有用性は増すと思われます。また屋内の生活でも30分ごとに座位を打ち切り、軽い運動を行うことで血糖改善効果が期待されます。最新の運動療法のエビデンスを活用し、コロナ禍における運動療法のエビデンスを創出・集積していく必要があると考えています。

References

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  2. Arakawa S, Watanabe T, Sone H, et al. The factors that affect exercise therapy for patients with type 2 diabetes in Japan: a nationwide survey. Diabetol Int. 2015; 6: 19-25.
  3. Goto K, Tanaka K, Ishii N, et al. A single versus multiple bouts of moderate-intensity exercise for fat metabolism. Clin Physiol Funct Imaging. 2011; 31: 215-20.
  4. DiPietro L, Gribok A, Stevens MS, et al. Three 15-min bouts of moderate postmeal walking significantly improves 24-h glycemic control in older people at risk for impaired glucose tolerance. Diabetes Care. 2013; 36: 3262-8.
  5. Dempsey PC, Larsen RN, Sethi P, et al. Benefits for Type 2 Diabetes of Interrupting Prolonged Sitting With Brief Bouts of Light Walking or Simple Resistance Activities. Diabetes Care. 2016; 39: 964-72.
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  20. Kishimoto M, Ishikawa T, Odawara M, et al. Behavioral changes in patients with diabetes during the COVID-19 pandemic. Diabetol Int. 2020: 1-5.
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