シリーズ 「糖尿病診療 10年の変遷」

サイトへ公開: 2021年03月31日 (水)
神奈川県立保健福祉大学の和田幹子先生に、この10年間における糖尿病自己管理教育と療養支援(DSMES)の重要なトピック、そして今後の展望についてご解説いただきました。

糖尿病自己管理教育と療養支援(DSMES)の変遷

監修 和田 幹子 先生(神奈川県立保健福祉大学 実践教育センター)

監修 和田 幹子 先生(神奈川県保健福祉大学 実践教育センター)

過去10年間の糖尿病治療の変遷を各領域のエキスパートにご解説いただくシリーズ企画「糖尿病診療 10年の変遷」。今回は糖尿病自己管理教育と療養支援(Diabetes Self-Management Education and Support;DSMES)にフォーカスし、神奈川県立保健福祉大学実践教育センターの和田 幹子先生に、この10年間における糖尿病の自己管理教育の重要なトピックについてご解説いただきました

はじめに

 糖尿病は、生涯にわたって患者さん本人が自己管理を行う必要がある疾患です。食事療法・運動療法・薬物療法などの各種治療行動を患者さん本人が日々実行するため、その実行度を高めることで治療アウトカムの向上が目指されてきました。
 糖尿病に対する患者教育は1921年のインスリン発見以降、1930年代から発展し1)、その後1980年代までは急性期ケアで行われる「指導型」「知識伝達型」の教育が行われていました2)。1980年代に入ると行動変容の考え方をもとに「学習援助型」「患者主体型」の教育へとパラダイムシフトを遂げ、1990年代には糖尿病患者さんの認知行動に働きかける自己効力感や患者-ケア提供者の相互作用に焦点が置かれるようになります3)。1992年に変化ステージ・変化のプロセス・意思決定バランス・自己効力感の4要素で行動変容を促す多理論統合モデル(変化ステージモデル)が提唱され4)、ドロセア・E・オレムが提唱したセルフケア不足看護理論5)から、糖尿病患者さんに対するセルフケア行動の促進やアセスメントが実践されるようになりました。患者さんを糖尿病治療の意思決定の主体として患者さん自身が問題点や改善点を考えて自己管理を行うエンパワーメントアプローチの概念が登場したのも1990年代です6)。現在行われている糖尿病自己管理教育の実践も、こうした1980~1990年代に起きたパラダイムシフトの延長線上にあるといえるでしょう。
 2010年からの10年間で注目されるトピックスとしては、患者さんを治療主体とする協働型援助のさらなる発展、糖尿病自己管理教育と支援(DSMES)という概念の発展が挙げられます。ここではDSMESの成立過程とその最新手法、エビデンスについてご紹介したいと思います。

トピック1.DSMES概念の成立過程

 米国糖尿病学会(ADA)/米国糖尿病教育者協会(AADE)が策定する全米DSME(Diabetes Self-Management Education)基準において、DSMEは「患者が効果的なセルフケアに到達できるように知識、技術、それらを駆使する能力を促進するための継続的プロセス」と定義されています7)-9)。その目的は「患者の意思決定とセルフケア行動、問題解決、ヘルスケアチームとの積極的な協力を支持し、臨床指標、健康状態、およびQOL の向上につなげること」で、DSMEは2000年代から2010年代にかけて糖尿病治療において欠くことのできないものとして国際的に認知されはじめました10)
 一方、2000年代には患者さんが生涯にわたってセルフケア行動を維持し、糖尿病を自己管理するためにはエンパワーメントを基盤とするDSMEだけでなく、自己管理行動・心理社会的状態を継続的に強化する必要性も指摘されるようになりました11)12)。これを受けて、2010年代に糖尿病自己管理支援(Diabetes Self-Management Support;DSMS)がDSMEに並ぶ重要な援助として位置付けられ8)-10)、DSMSとDSMEを統合したDSMESの概念が成立しました。わが国の「糖尿病診療ガイドライン2019」においても、組織化されたDSMESはグレードAで推奨されています13)

トピック2.2010年代に登場したDSMESの新たな手法

 DSMESの基盤はエンパワーメントであり、糖尿病患者さんがThe AADE 7 Self-Care Behaviors(AADE7)として健康的な食事、身体活動、血糖測定、服薬遵守、問題解決、他の健康状態のリスク軽減、病気への対処法の7項目の実践スキルを習得できるよう、医療者はチームでサポートします。近年はエンパワーメントに加え、コーチングや動機づけ面接(MI)などもDSMESに取り入れられています。
 コーチングは対話を中心としたコミュニケーションを通じ、患者さんが目標達成に必要なスキル・知識・考え方を備え、行動することを支援し、成果を得るプロセスです14)。「相手が自ら考え、自発的に行動し成長していく」ことを双方のコミュニケーションによって実現するため、コーチングでは「承認」と「共感」を前提に患者さんとの信頼関係を築くことが重要となります。このコーチングが糖尿病の療養支援に用いられるようになり、2010年代半ば頃からエビデンスが報告されるようになりました15)
 一方、MIは面接による行動変容技法の1つであり、来談者中心的要素に加えて目標志向的要素をあわせもつスタイルが特徴です16)。MIは1)患者さんとの協働的な関係性を構築し、2)変化のゴールを設定し、3)患者さんの⽭盾と両価性を探って⾏動 変容への動機を引き出し、変化のゴールを志向させ、4)具体的に計画するという4つのプロセスで⾏われます(図1)。ウィリアム・R・ミラーとステファン・ロルニックによって開発され発展してきたMI は、国外における多数の検証によってエビデンスを確立し、2018年のADA/欧州糖尿病学会(EASD)によるコンセンサスステートメントでも2型糖尿病における患者中心の血糖管理と意思決定サイクルに組み込まれています(図2)17)

トピック2.2010年代に登場したDSMESの新たな手法01トピック2.2010年代に登場したDSMESの新たな手法02

トピック3.DSMESの有効性に関するエビデンスと臨床導入の実態

 2010年代に入り、DSME/DSMESによる介入効果について複数の知見が報告されています。DSME の無作為化比較試験42件のメタ解析では、DSME介入群は通常ケア群に比べて2型糖尿病患者の総死亡リスクを26%抑制すること、DSMEによる総死亡リスク抑制効果は学習時間が10時間以上の患者、DSMEを繰り返し受けた患者、組織化されたカリキュラムでDSMEを受けた患者、対面式でDSMEを受けた患者で大きいことが明らかになりました(図3)18)。さらに1型糖尿病に対するDSMEとして開発され、5日間・40時間・21カリキュラムからなるDAFNE(Dose Adjustment For Normal Eating)プログラムは、HbA1c改善、低血糖を「自覚なし」と報告した患者の認識改善だけでなく、心理的苦痛の軽減・ウェルビーイングの認識改善につながることが報告されています19)。費用対効果においても通常ケアと比べてDSMEで優れることが示されるなど20)21)、2010年代にはDSMESが糖尿病患者にもたらすベネフィットについて多数のエビデンスが蓄積され、DSMESの診断後早期からの導入が国際的にも推奨されるようになりました。
 しかし、DSMEが注目を集める契機の1つとなった2016年の米国糖尿病学会(ADA)において、Powersらは患者がDSMEにアクセスしやすくなる環境整備の必要性を訴えています22)。実際、米国の保険請求データ解析では糖尿病診断後1年以内のDSME利用は民間保険加入者の7%未満,メディケア加入者の5%未満と利用率が低く23)24)、その利用率の低さについては2020年のADAにおいても指摘されています25)
 一方、わが国でのDSMES導入の実態は把握されていませんが、米国と同様、診断後早期から専門施設においてDSMESを継続的に受けている日本の糖尿病患者さんは多くないと予想されます。2010年代のDSMESの有効性に関するエビデンスをもとに、次の10年では実臨床におけるDSMESの定着・活用が重要なテーマになると考えています。

トピック3.DSMESの有効性に関するエビデンスと臨床導入の実態

最後に

 現代社会において、糖尿病患者さんの療養生活に対する価値観は多様化しています。治療の高度化・多様化をふまえ、医療者は患者さんがどうしたいのか、どんな療養生活を送りたいのかを時間をかけて傾聴し、今後の療養の方向性をともに考えることが求められます。超高齢社会を迎える日本ではアドバンス・ケア・プランニング(ACP)もますます重要性を増すなかで、医療者が患者さんの「こうありたい」という思いを知り、近づくことがセルフケア行動の支援となります。セルフケアの実施において患者さんが最適な自己決定ができるように、患者さんが今までどのように生きてきたのか、現状をどのように捉えているのか、患者さんとその家族にとって何が最善かをよく話し合い、自己決定支援を行うことがDSMESのプロセスにおいても重要です。
 2020年以降、医療現場は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響下にあり、糖尿病患者さんの治療中断が深刻な問題となっています。コロナ禍を経たこれからの時代、電話診療やオンライン診療といった遠隔診療の発展が予想されます。診療方法は変わっても糖尿病患者さんのセルフケア行動の継続のためには、DSMESを取り入れていくことが重要であり、そのための方法をわれわれ医療者は考えていく必要があると考えられます。

References

  1. Allen NA. The history of diabetes nursing, 1914-1936. Diabetes Educ. 2003; 29:976, 979-84, 986 passim.
  2. Norris SL, Engelgau MM, Narayan KM. Effectiveness of self-management training in type 2 diabetes: a systematic review of randomized controlled trials. Diabetes Care. 2001; 24: 561-87.
  3. Brown SA. Studies of educational interventions and outcomes in diabetic adults: a meta-analysis revisited. Patient Educ Couns. 1990; 16: 189-215.
  4. Prochaska JO, DiClemente CC, Norcross JC. In search of how people change. Applications to addictive behaviors. Am Psychol. 1992; 47: 1102-14.
  5. Connie M. Dennis(小野寺杜紀 訳). オレム看護入門:セルフケア不足看護理論へのアプローチ. 東京:医学書院;1999.
  6. Anderson B(石井均 監訳). 糖尿病エンパワーメント.第2版. 東京;医歯薬出版;2008.
  7. Funnell MM, Brown TL, Childs BP, et al. National standards for diabetes self-management education. Diabetes Care. 2008 Jan;31 Suppl 1(Suppl 1):S97-104.
  8. Haas L, Maryniuk M, Beck J, et al. National standards for diabetes self-management education and support. Diabetes Care. 2012; 35: 2393-401.
  9. Powers MA, Bardsley J, Cypress M, et al. Diabetes Self-management Education and Support in Type 2 Diabetes: A Joint Position Statement of the American Diabetes Association, the American Association of Diabetes Educators, and the Academy of Nutrition and Dietetics. Diabetes Care. 2015; 38: 1372-82.
  10. Burke SD, Sherr D, Lipman RD. Partnering with diabetes educators to improve patient outcomes. Diabetes Metab Syndr Obes. 2014; 7: 45-53.
  11. Funnell MM, Robert MA. Empowerment and Self-Management of Diabetes. 2004; 22: 123-7.
  12. Funnell MM, Tricia S, Robert MA. From DSME to DSMS: Developing Empowerment-Based Diabetes Self-Management Support. Diabetes Spectrum. 2007; 20: 221-6.
  13. 日本糖尿病学会 編・著.糖尿病診療ガイドライン2019.東京:南江堂;2019.
  14. 日本糖尿病療養指導士認定機構 編・著.糖尿病療養指導ガイドブック2020.東京:メディカルレビュー社;2020.
  15. Sherifali D, Viscardi V, Bai JW, et al. Evaluating the Effect of a Diabetes Health Coach in Individuals with Type 2 Diabetes. Can J Diabetes. 2016; 40: 84-94.
  16. 北田雅子, 村田千里. 医療スタッフのための動機づけ面接2 糖尿病などの生活習慣病におけるMI実践.東京:医歯薬出版株式会社;2020.
  17. Davies MJ, D'Alessio DA, Fradkin J, et al. Management of Hyperglycemia in Type 2 Diabetes, 2018. A Consensus Report by the American Diabetes Association (ADA) and the European Association for the Study of Diabetes (EASD). Diabetes Care. 2018; 41: 2669-2701.
  18. He X, Li J, Wang B, et al. Diabetes self-management education reduces risk of all-cause mortality in type 2 diabetes patients: a systematic review and meta-analysis. Endocrine. 2017; 55: 712-731.
  19. Hopkins D, Lawrence I, Mansell P, et al. Improved biomedical and psychological outcomes 1 year after structured education in flexible insulin therapy for people with type 1 diabetes: the U.K. DAFNE experience. Diabetes Care. 2012; 35: 1638-42.
  20. Gillett M, Dallosso HM, Dixon S, et al. Delivering the diabetes education and self management for ongoing and newly diagnosed (DESMOND) programme for people with newly diagnosed type 2 diabetes: cost effectiveness analysis. BMJ. 2010; 341: c4093.
  21. Lian JX, McGhee SM, Chau J, et al. Systematic review on the cost-effectiveness of self-management education programme for type 2 diabetes mellitus. Diabetes Res Clin Pract. 2017; 127: 21-34.
  22. Powers MA. 2016 Health Care & Education Presidential Address: If DSME Were a Pill, Would You Prescribe It? Diabetes Care. 2016; 39: 2101-2107.
  23. Li R, Shrestha SS, Lipman R, et al; Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Diabetes self-management education and training among privately insured persons with newly diagnosed diabetes--United States, 2011-2012. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2014; 63: 1045-9.
  24. Strawbridge LM, Lloyd JT, Meadow A, et al. Use of Medicare's Diabetes Self-Management Training Benefit. Health Educ Behav. 2015; 42: 530-8.
  25. Powers MA, Bardsley JK, Cypress M, et al. Diabetes Self-management Education and Support in Adults With Type 2 Diabetes: A Consensus Report of the American Diabetes Association, the Association of Diabetes Care & Education Specialists, the Academy of Nutrition and Dietetics, the American Academy of Family Physicians, the American Academy of PAs, the American Association of Nurse Practitioners, and the American Pharmacists Association. Diabetes Care. 2020; 43: 1636-1649.
ページトップ