腫瘍環境の免疫ゲノム解析技術の進歩

サイトへ公開: 2021年01月12日 (火)
免疫ゲノム解析技術の進歩として、リンパ球の抗原受容体レパトアを次世代シーケンサによって包括的に解読する「免疫レパトア解析」について、その応用と展望を紹介します。

Advancement of immunogenomics approach for tumor microenvironments

加藤 洋人/石川 俊平加藤 洋人1/石川 俊平2
Hiroto Katoh/Shumpei Ishikawa

東京大学大学院医学系研究科衛生学分野准教授1/教授2

リンパ球は個々の細胞のゲノム上で抗原受容体遺伝子座の再構成が起こることによって莫大な多様性を獲得する。特にB細胞では、抗原刺激と親和性獲得の過程でsomatic hypermutationやクラススイッチが起こり、さらに膨大なダイバーシティを獲得する。このような多彩な抗原受容体レパトアを次世代シーケンサによって包括的に解読することを「免疫レパトア解析」という1)
Bulk組織における解析では、mRNAを鋳型とした増幅とゲノムDNAを鋳型とした増幅の2つの方法がある。加えて、

表1 免疫レパトア解析の手法

Bulk tissue/cells Single cell
手法 multiplex PCRの大腸菌クローニング multiplex PCRのNGS TCGA/ICGCデータのアッセンブリ FACS microwell encapsulation Droplet emulsion
方法 TCR/BCRのmultiplex PCR productのクローニングとシーケンス TCR/BCRのmultiplex PCR productの次世代シーケンス TCGA/ICGCなどのRNA-seqデータからTCR/BCR配列をアッセンブリ FACSにてsingle cellに分離し、1細胞ごとにcDNAを作成 Microwell内に1細胞を単離し、細胞ごとにバーコードを付加したcDNAを作成 droplet内に1細胞を単離
し、細胞ごとにバーコードを付加したcDNAを作成
具体例 iRepertoire*1 Adaptive Biotechnologies*2 など SMART-Seq2(タカラバイオ)*3
など
Rhapsody(BD)*4など 10X(Chromium)*5など
得られるデータ量 数十クローン 数十万クローン ~1,000cells ~20,000cells ~10,000cells
長所 ・実験が安価 ・凍結試料などの保存試料からデータ取得が可能
・きわめて多量の細胞に由来する抗原受容体配列情報が得られる
・既存のデータベースの
情報を用いるのみで解
析可能
・多量の抗原受容体配列
情報が得られる
・細胞ごとにTCRα/βおよびBCR重鎖/軽鎖のペア情報を取得できる
・同一細胞の遺伝子発現プロファイルを得ることができる
短所 ・Low throughput ・TCRα/βおよびBCR重鎖/軽鎖のペア情報が得られない ・データ解析の難易度が
高い
・TCRα/βおよびBCR重鎖/軽鎖のペア情報が得られない
・得られたデータの信頼
性が低い可能性がある
・実験が高価
・新鮮試料を用いる必要がある
・Bulk tissueに対する解析に比較してデータを取得できる細胞
数が少ない

免疫レパトア解析の代表的な手法をまとめた。大きく分けると、組織丸ごとのmRNAを鋳型としてシーケンスを行う手法と、リンパ球1つずつのシーケンスを行うsingle cell解析に分けられる。いずれにも長所と短所があり、研究テーマに沿った手法の選択が重要である。
*1https://www.irepertoire.com/
*2https://www.adaptivebiotech.com/
*3http://catalog.takara-bio.co.jp/ *4https://www.bdbiosciences.com/en-us *5https://www.10xgenomics.com/

(著者作表)

最近ではゲノムや遺伝子発現プロファイルデータベースのシーケンス情報から再構築することで、がん組織中に存在するリンパ球のT細胞受容体(TCR)配列および免疫グロブリン配列を網羅的に取得する手法が登場している2)3)。さらに、シングルセル・シーケンスの実用化によって、個々の細胞における遺伝子プロファイリングを同時に行うことも可能になった(表1)。
 がん領域の免疫レパトア解析については、特にTCRと
の関連が研究されており4)5)6)、免疫レパトア解析が免疫チェックポイント阻害薬や化学療法の介入ポイントあるいは奏効性の予測因子となることが期待される。また、我々はびまん型胃がん(スキルス胃がん)の浸潤B細胞に着目した免疫グロブリン・レパトア解析によって、新規がん抗原の発見およびがん治療抗体候補となるヒト抗体の単離に成功した7)8)

図1 免疫レパトア解析の臨床応用

図1 免疫レパトア解析の臨床応用

(著者作図)

がん環境における免疫レパトア研究の展開によって、腫瘍免疫の分子メカニズムに関する本態の理解が深まる一方で、新規治療標的抗原の同定にも大きく寄与できる。また、免疫レパトア解析が治療法選択や治療効果モニタリングへの臨床応用にもつながることが想定されている(図1)。さらに、がんゲノム解析から予測されるneo-antigenとTCRレパトア解析を統合したゲノミクスアプローチはプレシジョン・メディスンにも役立つであろう。
今後、免疫レパトア解析とAI技術との融合が実現されることで、これまで未知であった獲得免疫現象の解明を期待したい。

文献

  1. Calis JJ, Rosenberg BR. Characterizing immune repertoires by high throughput sequencing:strategies and applications. Trends Im- munol. 2014;35:581-90.
  2. Zhang P, Chou HY, Young L, et al. En masse discovery of anti-cancer human monoclonal antibodies by de novo assembly of immuno- globulin sequences from transcriptomes and genome sequences of cancer tissues. Cell Mol Immunol. 2019;16:943-5.
  3. Hu X, Zhang J, Wang J, et al. Landscape of B cell immunity and related immune evasion in human cancers. Nat Genet. 2019;51:560-7.
  4. Choudhury NJ, Kiyotani K, Yap KL, et al. Low T-cell Receptor Diversity, High Somatic Mutation Burden, and High Neoantigen Load as Predictors of Clinical Outcome in Muscle-invasive Bladder Cancer. Eur Urol Focus. 2016;2:445-52.
  5. Roh W, Chen PL, Reuben A, et al. Integrated molecular analysis of tumor biopsies on sequential CTLA-4 and PD-1 blockade reveals markers of response and resistance. Sci Transl Med. 2017;9
  6. Inoue H, Park JH, Kiyotani K, et al. Intratumoral expression levels of PD-L1, GZMA, and HLA-A along with oligoclonal T cell expansion associate with response to nivolumab in metastatic melanoma. Oncoimmunology. 2016;5:e1204507.
  7. Katoh H, Komura D, Konishi H, et al. Immunogenetic Profiling for Gastric Cancers Identifies Sulfated Glycosaminoglycans as Major and Functional B Cell Antigens in Human Malignancies. Cell Rep. 2017;20:1073-87.
  8. Atsumi S, Katoh H, Komura D, et al. Focal adhesion ribonucleoprotein complex proteins are major humoral cancer antigens and targets in autoimmune diseases. Commun Biol. 2020;3:588.
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