肺がんにおける新たな腫瘍免疫微小環境の評価法の開発

サイトへ公開: 2023年07月28日 (金)
肺癌における新たな腫瘍免疫微小環境の評価法の開発について愛知県がんセンター 腫瘍免疫制御トランスレーショナルリサーチ分野 分野長の松下博和 先生に伺いました。

生体で腫瘍免疫が成立するためには,がん免疫サイクルの各ステップが滞りなく進行する必要があるが,腫瘍免疫微小環境はこのがん免疫サイクルを抑制することから,腫瘍の発現と進行に重要な役割を果たしている。そのため,患者ごとの腫瘍免疫微小環境を理解することは,予後予測や治療選択に結び付くと考えられる。腫瘍免疫微小環境の評価法としては,免疫細胞の種類,密度,浸潤部位でスコア化したイムノスコアや,がん免疫サイクルの各ステップに基づいたイムノグラムがあるが,免疫細胞だけではなく,腫瘍免疫微小環境の構成要素である腫瘍細胞や免疫細胞以外の間質細胞を含めて総合的に評価し,予後との関連を検討した報告はほとんどなかった。そこでわれわれは肺がんにおける新たな腫瘍免疫微小環境の評価法である,TIME scoreの開発を行った1)

開発にあたり,肺がん患者113例の手術検体からDNAとRNAを抽出し,次世代シーケンサーを用いて,遺伝子の変異や腫瘍免疫微小環境に関連する遺伝子の発現を網羅的に調査した。RNAシーケンスのデータから腫瘍免疫微小環境を腫瘍因子,免疫因子,抗免疫因子の3つに分類し,ssGSEA(single-sample gene set enrichment analysis)法によりスコア化を行った。腫瘍スコア(T score)が腫瘍の悪性度や進行度等の臨床データと,免疫スコア(I score)がT細胞やB細胞の数及び細胞傷害性活性と,そして抗免疫スコア(S score)が線維芽細胞や血管内皮細胞の数,免疫抑制分子の発現などと相関があることを示し,各スコアの妥当性を確認した。

さらに3つのスコアをそれぞれ高と低に分けることで,肺がん患者を8つのグループ(G1~8)に分類した(図1)。腫瘍スコアが高いThigh(G5~8)は低いTlow(G1~4)に比べて扁平上皮がんが多く,遺伝子変異量や変異由来抗原が多い傾向があった。さらに,Thighのなかで免疫スコアが低いThigh/Ilow(G5, 6)は疲弊T細胞の割合が高く,抗原特異的免疫応答が低下していた。さらに,そのなかで,抗免疫スコアが高いThigh/Ilow/Shigh(G5)は,抗腫瘍サイトカインであるIFN-γの産生が低下していた。

次にTCGAデータベースを利用して,肺がん990例におけるTIME scoreと予後との関連について検討を行った。腫瘍スコアが高く,免疫スコアが低く,抗免疫スコアが高いThigh/Ilow/Shigh(G5)は最も予後不良で,その反対の腫瘍スコアが低く,免疫スコアが高く,抗免疫スコアが低いTlow/Ihigh/Slow(G4)は最も予後が良好であった(図2)。また,TIME scoreは他のイムノスコアよりも予後予測能が高いことが明らかとなった。

さらに,肺がんにおけるさまざまなシグナル伝達経路の異常がTIME scoreに与える影響を検討したところ,PI3Kシグナル伝達経路が亢進している症例は腫瘍スコアが高く,免疫スコアが低く,そして予後が不良であった(図3)。このような症例ではPI3K阻害剤により,腫瘍増殖を抑制し,免疫応答を高めることで予後が改善する可能性がある。

現在,肺がんでは,分子標的薬の標的となる遺伝子変異が存在する症例を除き,免疫チェックポイント阻害剤をはじめとする免疫療法を組み合わせた治療が行われるようになっている。しかし,組み合わせの厳密な基準がないことから,腫瘍免疫微小環境を評価するTIME scoreは,免疫療法と他の治療法の組み合わせについてや,研究開発が進められている養子免疫療法やがんワクチン療法など新たな免疫療法の適応選択にも応用できる可能性がある。

松下先生_図1

 

松下先生_図2

 

松下先生_図3

文献

  1. Shinohara S, Takahashi Y, Komuro H, et al. New evaluation of the tumor immune microenvironment of non-small cell lung cancer and its association with prognosis. J Immunother Cancer. 2022; 10: e003765.
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