肺がんの脳転移における初期耐性微小循環

サイトへ公開: 2023年01月30日 (月)
肺がんの脳転移における初期耐性微小循環について、平田 英周先生より解説頂きます

平田 英周
金沢大学がん進展制御研究所 腫瘍細胞生物学研究分野 准教授

 肺がんは早期に脳転移を来しやすく,他のがん種に比べ脳転移後に重篤な臨床経過を示し,極めて予後不良になることが知られている1。近年,肺がん治療中のEGFR阻害剤の初期耐性が重要な臨床課題となっており2,がんの初期耐性を標的として,効率よくがんの治癒を目指す治療戦略が検討されている3。初期薬剤耐性には腫瘍微小環境が大きく関与していることが知られているが,がん脳転移における初期耐性微小環境の構築については依然として不明な点が多い。我々はEGFR変異を有する肺がん脳転移を対象に,EGFR阻害剤の投与中に脳組織内に形成される治療抵抗性微小環境の本態解明を目的として研究を行った。
 EGFR変異を有するヒト肺がん細胞株PC9から樹立した脳転移指向性の細胞株PC9-Luc-EGFP-BrM3をマウス心腔内に接種し,2週間後にEGFR阻害剤の投与を開始した。これによって形成される微小残存病変(Minimum residual disease, MRD)の病理組織学的な検索を行い,生存がん細胞の局在と周囲微小環境の構成因子を検討した。さらにこのマウスモデルにおいて,がん細胞の心腔内接種から28日目(治療14日目)に脳転移がん細胞のみを抽出し,シングルセル遺伝子発現解析による生存がん細胞のトランスクリプトーム解析を行った。
 先行研究で明らかになっていた脳転移がん細胞とグリア細胞間の双方向性エピジェネティックス制御機構が,EGFR阻害剤に対する初期薬剤耐性微小環境の成立に関与していないか検証するため,がん細胞と初代培養グリア細胞の新規in vitro共培養系を用いて薬剤スクリーニングを行い,脳転移がん細胞の生存に関わると考えられる分子・シグナル伝達経路の同定を試みた。
 心腔内接種の後に全身転移を形成したPC9-Luc-EGFP-BrM3ヒト肺がん細胞株はEGFR阻害剤に対して概ね良好な応答を示したが,脳転移がん細胞は完全に消失せず,脳組織内でKi67陰性の非分裂細胞として生存し,MRDを形成していることが示された。生存細胞の多くは活性化アストロサイトに囲まれて存在しており,これらがん細胞を抽出して再樹立したところ,この段階では内因性の薬剤耐性は獲得していなかった。治療に対して生存したがん細胞は,脳内微小環境により一時的に守られるものと考えられた。
 初期薬剤耐性がん細胞における生存シグナルの同定を目的としたシングルセル遺伝子発現解析の結果,MRDを形成する脳転移肺がん細胞ではサイトカインシグナルが亢進していた。また,がん細胞とアストロサイトの共培養実験により,アストロサイトから特定のサイトカインの分泌が亢進していたことが示された。
 以上の結果から,EGFR阻害剤に対する脳転移肺がん細胞の生存戦略としてサイトカイン経路を利用していることが示唆された。しかし,上記で用いたアストロサイトの分離培養法ではアストロサイトの可塑性が徐々に失われるため,がん細胞との相互作用について長期間の解析を行うことが困難である。そこで,我々はアストロサイトの可塑性を保った状態で長期間(〜40日間)に渡ってグリア細胞の培養が可能となる新規培養法を確立した。この培養法を用いてがん細胞との相互作用に関する薬剤スクリーニングを行い,がん細胞の増殖促進および抑制に関わるアストロサイトと,これを規定するシグナル伝達経路の同定に成功した。
 今後は,今回開発した新規in vitro共培養系を用い,治療抵抗性微小環境におけるがん細胞-グリア細胞の相互ネットワークの全貌を解明し,これらを共標的とした脳転移根治療法を開発したい。

文 献

  1. Wanleenuwat P, Iwanowski P. Metastases to the central nervous system:Molecular basis and clinical considerations. J Neurol Sci. 2020;412:116755.
  2. Takeuchi S, Yano S. Clinical significance of epidermal growth factor receptor tyrosine kinase inhibitors:sensitivity and resistance. Respir Investig. 2014;52:348-56.
  3. Hirata E, Sahai E. Tumor Microenvironment and Differential Responses to Therapy. Cold Spring Harb Perspect Med. 2017;7:a026781.

 

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