肺がんの免疫微小環境

サイトへ公開: 2023年06月29日 (木)
肺がんの免疫微小環境に関し最近の知見を交え、国立がん研究センター 先端医療開発センター 免疫TR分野の小山正平先生に伺いました。

小山 正平
国立がん研究センター 先端医療開発センター 免疫TR分野/大阪大学大学院 医学系研究科 呼吸器免疫内科学

免疫チェックポイント阻害薬(ICI)が,肺がんをはじめとするさまざまながん種に対して標準的治療の1つとして選択されるようになり,がん微小環境の免疫学的特徴を理解することは,治療奏効予測のバイオマーカーとしての意義に加えて,ICIと抗がん剤の併用,ICIの併用,ICIと分子標的薬の併用を使い分ける根拠や,併用治療後の耐性化機序を理解するうえでも重要である。肺腺がんでは,ゲノム解析によるドライバー遺伝子変異の検出とそれに基づく分子標的治療がいち早く導入され,非小細胞肺がん診療において,がん遺伝子変異と免疫学的特徴の両方の観点から治療対象を評価することが不可欠である。本稿では,最近明らかになったがん細胞の遺伝子変異と,それに伴うがん微小環境の免疫学的変化,さらにそれらがICI抵抗性に与える影響とそれを標的とした治療戦略の可能性について概説する。
ICIが無効な理由としてさまざまな機序が報告されているが,本稿ではとくに非小細胞肺がんでICI抵抗性が誘導されるメカニズムに関して最近の成果を4つに分けて説明する。

1) EGFR変異陽性肺がん(腫瘍遺伝子変異量TMB低)

EGFR変異などドライバー遺伝子変異を有する肺がんは,いずれもパッセンジャー変異が乏しく,免疫細胞の標的となる非自己のがん抗原の総数が少なく,それがICIの抵抗性に寄与していることが報告されてきた。当研究室では,EGFR変異陽性肺がんの免疫学的特徴を解析したところ,T細胞の浸潤は,ドライバー遺伝子変異陰性肺がんと比較して有意に低下しているだけでなく,制御性T(Treg)細胞の浸潤はむしろ亢進していることを明らかにした。その背景にはEGFR変異による活性化シグナルがCD8陽性T細胞の浸潤に関わるCXCL10を抑制する一方,Treg細胞の浸潤に関わるCCL22を促進することが分かった。EGFR変異の分子標的薬治療によって,腫瘍微小環境は免疫学的にも大きく変化し,CD8陽性T細胞の浸潤が著明に回復することを示した1)

2) WNT/β-カテニン関連遺伝子群の発現が亢進したがん(TMB高い)

ICIの治療効果予測では,がん細胞のPD-L1発現が指標として用いられるが,過去の臨床試験において,TMBが高いがんとPD-L1発現が高いがんは正の相関を示さないことが報告されている。当研究室ではとくにTMB高値の非小細胞肺がんに焦点をあて,そのなかでPD-L1が高い群と低い群のRNAシークエンスデータを比較したところ,TMB高値にも関わらずPD-L1発現が低い群では,WNT/β-カテニン関連遺伝子群の発現が上昇していることを明らかにした。興味深いことに,このような患者では末梢血中にはがん抗原に反応するCD8陽性T細胞が検出されるのに対して,腫瘍内では検出されなかった。以上から,がん抗原を認識したCD8陽性T細胞が存在するものの腫瘍内へ浸潤出来ないことが原因と分かり,WNT/β-カテニンシグナルを阻害することで,T細胞浸潤が改善されICI感受性が回復する可能性を示した2)

3) STK11不活性化型変異を伴う肺がん

KRAS遺伝子変異陽性の肺がんは,わが国での頻度が低いが,欧米ではドライバー遺伝子変異として最も多く検出され,最近では分子標的薬も承認されている。KRAS遺伝子変異はドライバーとしての強さが弱く,同時にがん抑制遺伝子などの共変異を伴うことが多い。共変異として最も頻度が高いのがTP53不活性化変異,その次にSTK11(別名LKB1)不活性化変異が報告されている。これまでのICI臨床試験では,KRAS遺伝子変異陽性の肺がんはTMBが比較的高く,ICI感受性も高いがんとして報告されているが,STK11(LKB1)変異を伴う場合,顕著にICI奏効率が低下することが知られていた。筆者らは,その原因としてSTK11(LKB1)変異が腫瘍環境に免疫抑制性の好中球を浸潤させ,T細胞の疲弊を誘導し,不活性化させている可能性を明らかにした。さらにこのような腫瘍にはIL-6など標的とした炎症抑制の治療がICIとの併用に効果的である可能性を提案した3)

4) 転移性肝がん

肺がんの予後不良因子として知られる肝転移であるが,ICIに対する治療効果も低いことが報告されている。筆者らは,肺がんの原発巣と肝転移巣では,腫瘍免疫微小環境が異なり,とくに肝転移巣では解糖系が亢進し,腫瘍環境に乳酸が蓄積しやすいこと,さらに糖の減少によってCD8陽性T細胞のエフェクター機能が低下する一方,Treg細胞は糖の代わりに乳酸を取り込み,活性化を維持することを明らかにした。結果として肝転移巣では,Treg細胞の集積を阻害するような治療戦略がICI治療感受性を改善するためのキーになる可能性を提案した4)

以上のように,がん細胞が有する遺伝子変異や,腫瘍が発生した臓器などは免疫環境を規定する重要な因子であることが分かり,ゲノム・免疫・代謝といった複数のパラメーターに基づくバイオマーカーの樹立,それに基づく個別化医療への展開が求められる。

文献

  1. Sugiyama E, Togashi Y, Takeuchi Y, et al. Blockade of EGFR improves responsiveness to PD-1 blockade in EGFR-mutated non-small cell lung cancer. Sci Immunol. 2020;5:eaav3937.
  2. Takeuchi Y, Tanegashima T, Sato E, et al. Highly immunogenic cancer cells require activation of the WNT pathway for immunological escape. Sci Immunol. 202;6:eabc6424.
  3. Koyama S, Akbay EA, Li YY, et al. STK11/LKB1 Deficiency Promotes Neutrophil Recruitment and Proinflammatory Cytokine Production to Suppress T-cell Activity in the Lung Tumor Microenvironment. Cancer Res. 2016;76:999-1008.
  4. Kumagai S, Koyama S, Itahashi K, et al. Lactic acid promotes PD-1 expression in regulatory T cells in highly glycolytic tumor microenvironments. Cancer Cell. 2022;40:201-218. e9.
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