高齢肺がん患者に対する治療と副作用のマネジメント

サイトへ公開: 2023年01月30日 (月)
高齢者肺がんに対する治療と副作用のマネジメントについて、清家 正博先生より解説頂きます

清家 正博
日本医科大学大学院医学研究科 呼吸器内科学分野 大学院教授

 2018年の日本における肺がん患者の約50%が75歳以上の後期高齢者であり,最適な治療戦略の確立が課題となっている。日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)による高齢者研究では,研究対象を,元気な非高齢者と同じ標準治療を受けることができる「fit」,受けることができない「frail」,fitとfrailの中間で何らかの治療を受けることができる「vulnerable」に区分している。高齢者の肺がん治療では,個々の患者の区分により,過剰治療または過少治療をいかに避けるかが重要になる(図1)。
 高齢者では,暦年齢や全身状態(PS)などで治療の適応を判断するのは難しく,がんのみならず併存症や平均余命,認知・身体機能,患者の価値観や周囲のサポート環境なども総合的に判断して治療方針を決定する必要がある。また,治療目標は一般的な生存期間延長だけでなく,身体機能,認知機能およびQOLの維持なども求められる。
 日本老年学会は,身体機能や認知機能,社会的要素および家庭環境などを多面的に評価する高齢者機能評価(Geriatric assessment:GA)の実施を勧めている。日本老年学会のほかに,国際老年学会ガイドラインやNCCNガイドライン,米国臨床腫瘍学会(ASCO)のガイドラインなどもGAを推奨している。オランダからのシステマティックレビューでは,高齢がん患者に対してGAを行った結果,対象全体の39%で初期治療が変更され,約2/3は強度の弱い治療へ変更となったことが報告されている1
 国立がん研究センターの報告では,IV期肺がん患者205例において,75歳未満では抗癌薬治療により生存期間が延長したが,75歳以上では大きな差を認めなかった。本エビデンスの問題点として,対象に占める高齢者の割合が少なかったことが挙げられる。2017年のASCOの報告によると,米国FDAがサポートした肺がんの臨床試験は年間42件,肺がん患者は27,032例であったが,75歳以上の患者割合はわずか9%であった(図2)2。臨床試験の対象は「fit」で,かつ適格基準を満たした限定的な患者であり,実臨床と乖離している。
 2022年版肺癌診療ガイドライン「Ⅳ期非小細胞肺癌」では,75歳以上のドライバー遺伝子変異/転座陽性例に対するCQは削除されている。75歳以上のEGFR変異陽性肺がん患者を対象としたゲフィチニブの第Ⅱ相試験3では,若年者と同程度の有効性が示されている。また,その他のドライバー遺伝子変異/転座陽性例においても,比較的安全に使用できると考えられた4
 75歳以上のドライバー遺伝子変異陰性,PD-L1 TPS50%以上,PS0~1の肺がん患者に対するペムブロリズマブ単剤療法を検討した第Ⅲ相試験の統合解析では,細胞傷害性抗癌薬に比べてGrade3以上の有害事象の発現頻度が低いことが報告されている(24.2% vs 61.0%)5。ただし,有害事象の発現頻度は高齢者で高い傾向にあるため,治療に際しては十分に注意する必要がある4
 75歳以上,PS0~1の肺がん患者に対する一次治療において,プラチナ製剤併用療法はBQ(Background Question/Evidence)として記載されており,国内外の第三世代細胞傷害性抗癌薬単剤療法とカルボプラチン(CBDCA)併用療法を比較した第Ⅲ相試験3件6),7),8から,エビデンスの強さはAとされている4
 IV期非小細胞肺がんの標準治療の1つである免疫チェックポイント阻害薬(ICI)および殺細胞性抗癌薬との複合免疫療法については,高齢者を対象とした臨床試験が実施されていないことから同療法の位置づけは明確になっていない。高齢者のがん薬物療法ガイドラインでは,二次治療に対するICIは弱い推奨(2B)に留まっている8。ICIは免疫関連有害事象のマネジメントや費用対効果などの諸問題もあり,治療の最適化は今後の大きな課題である。
 高齢肺がん患者に対する治療では生存期間延長のみならず,身体機能,認知機能,QOLの維持などが求められ,医師,メディカルスタッフおよび家族も含んだ総合力が問われることとなる。高齢肺がん患者の最適な医療に関するエビデンスの蓄積と治療戦略の確立が切に望まれる。

清家先生_図1

 

清家先生_図2

文 献

  1. Hamaker ME, Schiphorst AH, ten Bokkel Huinink D, et al. The effect of a geriatric evaluation on treatment decisions for older cancer patients--a systematic review. Acta Oncol. 2014;53:289-96.
  2. Singh H, Kanapuru B, Smith C, et al. FDA analysis of enrollment of older adults in clinical trials for cancer drug registration:A 10-year experience by the U.S. Food and Drug Administration. J Clin Oncol. 2017;35(suppl 15):10009.
  3. Maemondo M, Minegishi Y, Inoue A, et al. First-line gefitinib in patients aged 75 or older with advanced non-small cell lung cancer harboring epidermal growth factor receptor mutations: NEJ 003 study. J Thorac Oncol. 2012;7:1417-22.
  4. 日本肺癌学会,編集.肺癌診療ガイドライン2022年版 https://www.haigan.gr.jp/guideline/2022/
  5. Nosaki K, Saka H, Hosomi Y, et al. Safety and efficacy of pembrolizumab monotherapy in elderly patients with PD-L1-positive advanced non-small-cell lung cancer:Pooled analysis from the KEYNOTE-010, KEYNOTE-024, and KEYNOTE-042 studies. Lung Cancer. 2019;135:188-95.
  6. Quoix E, Zalcman G, Oster JP, et al. Carboplatin and weekly paclitaxel doublet chemotherapy compared with monotherapy in elderly patients with advanced non-small-cell lung cancer:IFCT-0501 randomised, phase 3 trial. Lancet. 2011;378(9796):1079-88.
  7. Okamoto I, Nokihara H, Nomura S, et al. Comparison of Carboplatin Plus Pemetrexed Followed by Maintenance Pemetrexed With Docetaxel Monotherapy in Elderly Patients With Advanced Nonsquamous Non-Small Cell Lung Cancer:A Phase 3 Randomized Clinical Trial. JAMA Oncol. 2020;6:e196828.
  8. Kogure Y, Iwasawa S, Saka H, et al. Efficacy and safety of carboplatin with nab-paclitaxel versus docetaxel in older patients with squamous non-small-cell lung cancer (CAPITAL):a randomised, multicentre, open-label, phase 3 trial. Lancet Healthy Longev. 2021;2(12):e791-800.
    日本臨床腫瘍学会,日本癌治療学会,編集.高齢者のがん薬物療法ガイドライン.南江堂;2019.
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