基礎研究に取り組んだ経験を臨床へ。不整脈治療の未開の地を歩んできた先生の軌跡と今後の展望

サイトへ公開: 2019年11月05日 (火)
これまでの歩みや困難との向き合い方、後進に向けたメッセージなどについて、東京医科歯科大学大学院歯学藏合研究科 循環制御内科学 教授の笹野哲郎先生にお伺いしています。
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東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 循環制御内科学 教授 笹野 哲郎先生

医員、Johns Hopkins大学医学部循環器科 博士研究員、東京医科歯科大学医学部附属病院循環器内科 助教などを経て東京医科歯科大学医学部卒業。同大学医学部第一内科 医員(研修医)、青梅市立総合病院内科、横浜赤十字病院循環器科、東京医科歯科大学医学部循環器内科、2019年に東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 循環制御内科学 教授。専門は、循環器内科学、不整脈の基礎・臨床研究。

インターベンションが全盛の不整脈治療にあって、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 循環制御内科学 教授の笹野哲郎先生は、あえてそれ以外のアプローチによる可能性を探っています。今回のリアルストーリーでは、笹野先生のこれまでの歩みを振り返り、そのような姿勢の背景、困難との向き合い方や乗り越え方、そして後進に向けてのメッセージをご紹介します。

父と同じ歯科医を目指していた

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歯科医院の長男として生まれた笹野先生。そのため中学生のころから、歯科医になるのが当然だと考えていました。しかし、「全身を治せる存在になりたい」との思いが芽生え、入学願書の提出先を、東京医科歯科大学の歯科から医科に変更、晴れて医学部に入学します。

心筋細胞のパッチクランプ実験で電気生理学の面白さに目覚める

笹野先生が電気生理学に興味を覚えたのは、大学4年のときの生理学実習がきっかけでした。難治疾患研究所に配属され、心筋細胞を用いたパッチクランプ実験を経験した際、論理的に説明のつく「電気生理学」の面白さに魅了されたのです。「電気生理学は物理的な法則に従うところがあるので、自分のなかで論理を構築しやすい学問だと思います。そこが、『メカニズムは何だろう?』と考えるタイプの自分に合っていて面白さを感じました」と振り返ります。実習が終わってからも、当時の教授だった平岡昌和先生(循環器内科クリニック ひらおか 院長)にお願いして実験を継続。夏休み期間中は終日、後期授業が始まると講義のあと、日々実験を行われたようです。

最先端施設で多くの臨床経験を積む

笹野先生は大学を卒業すると、当時の第一内科に入局し、3年間の内科研修のあと、初志貫徹で循環器の道に進みます。臨床医として仕事をしていくなか、学生当時より基礎研究に関心が高かった笹野先生は大学院進学を希望しますが、「もう少し循環器の臨床経験を積んだほうがいい」とのアドバイスを受け、横浜赤十字病院で働き始めます。言わずと知れた、不整脈カテーテル治療の最先端施設です。ここで笹野先生は5年間でおよそ800例、当時としては非常に多くのアブレーション経験を含む、約2000例の心臓カテーテル検査・治療を行いました。「ほぼ毎日、カテを実施させてもらいましたし、多くの学会発表の機会もいただけました。充実した日々だったと思います」。しかしながら、臨床現場で多忙ななかでも基礎研究への思いは消えることなく、5年間の臨床経験を経て、基礎研究の道に進むことになります。

大学院を経験せずに基礎研究の世界へ

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2001年に大学に戻った笹野先生は新設された循環器内科に所属したあと、学生時代お世話になった平岡先生(難治疾患研究所)のもとで、専攻生として研究を始めます。
笹野先生は早速、当時、難治疾患研究所教授だった木村彰方先生のご指導のもと、分子生物学的実験手技を教わりながら研究を始めます。研究は順調に進み、2004年、日本人QT延長症候群例における新たな遺伝子変異を、J Mol Cell Cardiol誌で報告します。これらの成果を短期間で成し遂げた笹野先生は、当時、先生が切望していた、不整脈の遺伝子治療研究をリードする米国Johns Hopkins大学への留学を実現させたのです。

憧れのJohns Hopkins大学へ留学

平岡先生のサポートもあり、笹野先生は希望していた米国Johns Hopkins大学で、当時の日本では誰も行っていなかった頻脈性不整脈の遺伝子治療研究に従事することとなります。

留学先で与えられたテーマは、「陳旧性心筋梗塞例における心室頻拍」。ブタで心筋梗塞モデルを作製し、遺伝子導入による心室頻拍抑制の可能性を検討することになったのです。しかし、研究は難航します。まず、ブタの心筋梗塞モデルがうまく作製できない。そして何より、ブタ心筋への経カテーテル的遺伝子導入がうまくできないのが問題でした。試行錯誤の日々が続いて8カ月が経過しようかというある日、ついに遺伝子導入に成功します。「嬉しすぎて、染色した心筋サンプルを片手にボスの部屋まで走りましたね」と笹野先生は笑みを浮かべます。最終的にこの研究は、2006年に「心筋梗塞後心室頻拍に対する分子的アブレーション」というタイトルで、Nat Med誌に掲載されました。

臨床現場に還元できる研究を

留学を終え帰国した笹野先生は、次なる研究テーマを探し始めます。米国で研究した「陳旧性心筋梗塞例における心室頻拍」は、米国と異なり日本の臨床現場ではそれほど多くなく、「今後、日本の臨床現場で問題になる不整脈は?」と自問すると、答えは「心房細動」以外にありませんでした。そこで心房細動のメカニズムの解明に取り組み、細胞外ATPが心房の炎症を起こすことや、心房内のマイクロRNA発現変化が心房性不整脈を起こすこと、心房細動で放出されるセルフリーDNAが全身性炎症反応を生じることなどを報告しました。また、循環器内科から保健衛生学研究科に移ったあとは、学生に臨床検査技師が多かったため、検査関連の研究も走らせました。その結果、ソニー株式会社が開発した誘電コアグロメーター試作機を用いた、血液凝固能を高感度に測定する方法を開発します。同時に心室性不整脈に関する基礎研究も進めており、特発性心室細動の原因遺伝子を特定し、Eur Heart J誌に報告しました。

笹野先生は、2019年6月、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 循環制御内科学の教授に就任しました。笹野先生は卒後、臨床に携わっていた年月が長かったため、研究結果を臨床に還元したい、社会に貢献するような研究をしたいという思いを強く持っています。今後は、これまで自分が見つけた基礎的な知見を、どのように臨床に結びつけるかが大きな課題です。現時点では、遺伝子多型・血中マイクロRNA・セルフリーDNA・心電図特殊解析などを組み合わせた、潜在的な心房細動例の検出を考えていると言います。

加えて、初志貫徹で「不整脈の遺伝子治療」にも再び力を入れており、その第一歩として、まずウィルスを用いない高効率ベクターの開発に取り組んでいます。ゲノム編集を介した遺伝子治療の可能性も探り始めました。さらに、スマートウォッチや人工知能を用いた心房細動の検出やリスク層別化など、次々と新しい取り組みを進めています。

後輩たちに伝えたいこと

笹野先生は、臨床医であっても基礎研究を経験することは必ず将来的には自分の糧になる、という考えを持っています。「臨床をやっていれば必ず、解決しなくてはならない問題(クリニカル・クエスチョン)に遭遇します。それに答えられる能力を鍛えてくれるのが、基礎研究の経験です。『基礎研究を経験して良かった』と感じる瞬間がきっとあるはずです」と、最後に力強く話しました。

【ココがポイント】

医師として数々の実績を積み上げているにもかかわらず、今でも、常に「なぜ?」という「理論」の視点を持ち続けている笹野先生。必ずしもすべての研究がスムーズに進んだわけではありませんでしたが、笑顔で振り返られる姿が印象的でした。現実を見失わず、しかし不確定事項に対してはポジティブにチャレンジするその姿は、後進の先生方にとても頼もしく映るに違いありません。

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