循環器病対策推進基本計画の施策-7 治療と仕事の両立支援

サイトへ公開: 2023年06月13日 (火)
循環器病対策推進基本計画の施策の1つである、治療と仕事の両立支援についてご紹介いたします。

循環器病における治療と仕事の両立支援1)

ここでは、第1期循環器病対策推進基本計画(以下、基本計画)の2つ目の個別施策にあたる「保健、医療及び福祉に係るサービスの提供体制の充実」を達成するための10の項目のうち、9) 治療と仕事の両立支援・就労支援について、その現状および課題と取り組むべき施策に加えて、患者さんが治療と仕事の両立支援を受ける際の医療関係者の役割などをご紹介します。

平成29年の「患者調査」によると、脳卒中を含む脳血管疾患の治療や経過観察などで通院・入院している患者さんは、全国で約112万人と報告されています1)。このうち、就労世代である20~64歳の占める割合は約16%、およそ18万人でした1)。「治療と職業生活の両立等支援対策事業」(平成25年度厚生労働省委託事業)における企業を対象に実施したアンケート調査(従業員数30人以上の第一産業と公務員を除く事業者・631件からの回答)によれば、疾病を理由として1ヵ月以上連続して休業している従業員がいる企業の割合は、メンタルヘルスが38%、がんが21%であり、脳血管疾患も12%の企業が報告していました2)。脳血管疾患についてはさらに、労働安全衛生法に基づく一般健康診断において、脳・心臓疾患につながるリスクのある血圧や血中脂質などにおける有所見率は年々増加を続けており、平成26年はその前年の53%をさらに上回るなど、疾病のリスクを抱える労働者は増える傾向にあります3)。わが国における高齢化の進行を併せて勘案すると、事業場において疾病を抱えた労働者の治療と仕事の両立への対応が必要となる場面はさらに増えることが予想されます。

一方で、近年の診断技術や治療方法の進歩により、かつては「不治の病」とされていた疾病においても生存率が向上し、「長く付き合う病気」に変化しつつあり、労働者が病気になったからと言って、すぐに離職しなければならないという状況が必ずしも当てはまらなくなってきています。たとえば一般に、脳卒中というと手足の麻痺、言語障害などの大きな障害が残るというイメージがありますが、就労世代などの若い患者さんにおいては、その約7割がほぼ介助を必要としない状態まで回復するとの報告もあります4)。脳卒中の発症直後からリハビリテーションを含む適切な治療を開始することにより、職場復帰(復職)が可能な場合も少なくありませんが、復職に関して患者さんの希望がかなえられない場合もあることから、障害者就労支援事業者などとの適切な連携が求められます。

また、虚血性心疾患を含む心疾患を有する患者さんについては、報告された約173万人のうち、就労世代の20~64歳であったのは約16%、およそ28万人でした1)。治療後、通常の生活に戻り、適切な支援が行われることで復職できるケースもありますが、治療法や治療後の心機能によっては継続して配慮が必要な場合もあります。「働き方改革実行計画」では、病気の治療と仕事の両立を社会的にサポートする仕組みを整えることや、病を患った方々が生きがいを感じながら働ける社会を目指すこととしています。これを受け、産業保健スタッフや医療機関とも連携して、この治療と仕事の両立を、それぞれの患者さんの希望に可能な限り即して支援することが求められていますが、社会の受け入れ体制において、就労支援サービスの活用には課題も残ります。

今後、国が取り組むべき施策として基本計画では、脳卒中や虚血性心疾患だけでなく、成人先天性心疾患や心筋症など、幅広い病状を呈する循環器病を有する患者さんが、社会に受け入れられ、自身の病状に応じて治療の継続を含め自らの疾患と付き合いながら就業できるよう、患者さんの状況に応じた治療と仕事の両立支援、障害特性に応じた職業訓練や事業主への各種助成金を活用した就労支援などに取り組むことを挙げています。特に治療と仕事の両立支援については、循環器病の医療提供を行う医療機関において、担当の両立支援コーディネーターを配置して、各個人の状況に応じた治療と仕事が両立できるよう取組を進めるなど、かかりつけ医、会社・産業医および両立支援コーディネーターによる、患者への「トライアングル型サポート体制」の構築を推進し、相談支援体制を充実させることとしています。

患者さんが就業の両立支援を受けるまでの流れ5)

厚生労働省は、治療しながら働く人を応援する情報ポータルサイト、治療と仕事の両立支援ナビで情報を公開しています5)。患者さんの治療と仕事の両立支援は、疾病により支援が必要な労働者(患者さん)本人の申出から始まりますが、患者さんに対する両立支援は、医療機関などで開始されることもあります。患者さんの中には、病気の診断による精神的な動揺や不安から、早まって退職を選択してしまうこともあるため、医療機関では診断後早期から、就業の継続に関する働きかけを行うことが重要になります3)

患者さんは、事業者が両立支援を検討するために必要な情報を収集して提出する必要があります()(様式例は「事業所における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン2)」を参照)。患者さんは「勤務情報提供書」などの事業場が定める様式を活用して、業務内容や勤務時間など、自らの仕事に関する情報を主治医に提供します。自ら情報を収集することが困難な場合や、事業場内ルールなどが不明な場合は、事業場の産業保健スタッフや人事労務担当者に相談することも可能です。
勤務情報の提供を受けた主治医は、以下の内容を「主治医意見書」としてまとめます。

ア:症状、治療の状況
イ:退院後または通院治療中の就業継続の可否に関する意見
ウ:望ましい就業上の措置に関する意見(避けるべき作業、時間外労働の可否、出張の可否など)
エ:その他配慮が必要な事項に関する意見(通院時間の確保や休憩場所の確保など)

事業者は患者さんから提出された「主治医意見書」をもとに、産業医などから意見を聴取し、主治医の意見や労働者(患者さん)の要望を勘案しつつ、具体的な支援内容を検討します。こうした一連の取り組みは診療報酬において「就労・両立支援指導料」として平成30年度より新設され、がんを有する患者さんに対して評価されていたところですが、令和2年度からは脳血管疾患など、さらに令和4年度からは心疾患も対象疾患に加えられ対象患者さんも拡大しています。さらに、令和4年度からは情報通信機器を用いた診療(オンライン診療)でも算定可能となりました。

図 治療と仕事の両立支援の流れ

図 治療と仕事の両立支援の流れ

情報共有・連携に関する留意点6)

医療機関と事業場間での情報共有・連携に関する留意点として、事業場における産業保健体制、および産業保健活動を踏まえて支援や連携を行うことが求められます。具体的には、産業医の選任義務は事業場規模に応じて異なっており、例えば常時50人以上の労働者を使用する事業場では1人以上の選任が義務付けられています。しかし、実際にはわが国における事業場の多くは常用雇用者数が50人未満のため、産業医がおらず、事業場との連携は、事業者や人事労務担当者、または産業保健スタッフが窓口となることがあります。さらに、治療と仕事の両立支援にあたる医療関係者(医師、看護師、医療ソーシャルワーカーなど)には、両立に関する患者さんの悩みや職場におけるキーパーソンを引き出すコミュニケーションスキルも求められます。

  1. 厚生労働省. 第1期循環器病対策推進基本計画(令和2年10月).
    https://www.mhlw.go.jp/content/000688359.pdf
  2. 厚生労働省. 事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン.
    https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000912019.pdf
  3. 厚生労働省. 平成26年定期健康診断実施結果・項目別有所見率の年次推移.
  4. 厚生労働省. 事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン 参考資料 脳卒中に関する留意事項.
    https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11303000-Roudoukijunkyokuanzeneiseibu-Roudoueiseika/0000153518.pdf
  5. 厚生労働省. 治療と仕事の両立支援ナビ. https://chiryoutoshigoto.mhlw.go.jp/
  6. 厚生労働省. 企業・医療機関連携マニュアル(令和3年3月改定版).
    https://chiryoutoshigoto.mhlw.go.jp/dl/download/manual.pdf
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