ビッグデータ分析による糖尿病性腎症重症化予防プログラムの効果検証-2

サイトへ公開: 2023年09月28日 (木)
糖尿病性腎症重症化予防プログラムの効果検証等事業報告書から、③ビッグデータ分析による重症化予防プログラムの効果検証と腎症の悪化要因の分析結果をご紹介します。

ビッグデータ分析による糖尿病性腎症重症化予防プログラムの効果検証

ここでは、厚生労働省が公表している2021年(令和3年)度の「糖尿病性腎症重症化予防プログラムの効果検証等事業 報告書」(以下、報告書)から、③ビッグデータ*分析による糖尿病性腎症重症化予防(以下、重症化予防)プログラムの効果検証と透析導入や糖尿病腎症病期の悪化要因の分析結果をご紹介します。
なお、本稿では日本糖尿病学会の記載に準じて「糖尿病腎症」で統一した表記としていますが、厚生労働省などで行われている事業名や公的資料の中で「糖尿病性腎症」が用いられている場合は「糖尿病性腎症」と表記しています。

*ビッグデータ:正式な定義はないが、広義に「従来の方法では処理・解析が困難なほどの大規模で複雑な蓄積データ」2)とされている。わが国の、特に実臨床にかかわるデータベースでは、本検証で使用されたNDB(匿名レセプト情報・匿名特定健診等情報データベース)やKDB(国民健康保険データベース)などの大規模データベースから抽出されたデータが該当する。

図1 ビッグデータ分析による重症化予防プログラムの効果検証(概要)

ビッグデータ分析による重症化予防プログラムの効果検証(概要)

目的 1)

ビッグデータ分析による重症化予防プログラムの効果検証事業の概要を図1にお示しします。
本効果検証事業の目的は、NDBなどのビッグデータ分析から重症化予防プログラムの効果を検証することでした。分析は以下に示す3つの観点から実施されました。

分析① 透析導入や糖尿病腎症病期の悪化要因の分析(以下、分析①)

糖尿病腎症病期が悪化する人や透析導入される人は、HbA1cや尿蛋白などの糖尿病腎症に関する指標、処方情報、他感染症や合併症、医療機関の継続的受診状況、歯科・眼科などへの受診状況の経年変化などに特徴はみられるのか、また、どのような要因が悪化に関連するのかなどを分析する

分析② 糖尿病腎症病期等ベースラインが類似した対象者の集団を設定し比較分析(以下、分析②)

生活習慣の改善や医療機関の継続的な受診、歯科・眼科などへの受診の有無によって、透析導入される人と透析導入されない人とではどのような違いがあるのかなどを分析する

分析③ 保険者の取り組みや地域特性による糖尿病腎症重症化予防の影響を分析(以下、分析③)

糖尿病を有する患者さんの医療機関受診状況や血糖コントロールなど、糖尿病腎症にかかる指標の変化や、生活習慣などの状況等について、保険者の取り組みや地域特性による違い、経済的評価等を分析する

なお分析②は現在進行中であり、2021年(令和3年)度報告書には結果の記述がなかったため、これ以降の記載は割愛します。

対象・方法・解析計画1)

ここからは分析③について、対象・方法・解析計画と結果をご紹介します。

対象

NDBから抽出した、2015年(平成27年)度から2019年(令和元年)度までの特定健診、ならびに2014年(平成26年)4月から2019年(令和元年)4月までのレセプト情報を使用。その中で、2008年(平成20年)度以降の特定健診でHbA1c ≧5.6%、または血糖値 ≧100mg/dLに一度でも該当したことがあり、estimated glomerular filtration rate(推算糸球体濾過量;以下、eGFR)の追跡が可能であった1,009,475人

方法

保険者の取り組みや地域特性による重症化予防の影響を評価するため、以下の分析を実施した。

  • プログラム導入[2016年(平成28年)]前後で、糖尿病腎症にかかる指標の変化と医療機関受診率を比較する
    評価項目:医療機関受診率、HbA1c維持・改善率、腎症病期の変化
  • 保険者の取り組みの違いによる、糖尿病腎症にかかる指標の変化と医療機関受診率を比較する
    評価項目:医療機関受診率、HbA1c維持・改善率、腎症病期の変化、eGFR値の変動
  • 各保険者の取り組み開始年を中心として、その前後で糖尿病腎症にかかる指標の変化と医療機関受診率を比較する
    評価項目:医療機関受診率、HbA1c維持・改善率、腎症病期の変化
  • 重症化予防を実施している保険者において、糖尿病腎症にかかる指標と医療機関受診率や医療提供内容、医療費の違いを比較する
    評価項目:HbA1c維持・改善率、腎症病期の変化、eGFR値の変動、医療機関受診率、糖尿病関係の検査、処方薬剤内容、医療費
  • 重症化予防プログラム介入の、腎症病期の進行やeGFR値の変化に対する影響の検証
    評価方法:暦年で尿蛋白、HbA1cの値などをまとめ、2016年や取り組み開始年といった鍵となる暦年に不連続性や変曲点が見られるかを分析する
  • 重症化予防プログラム介入の、医療機関受診や継続受診に対する影響の検証
    評価方法:暦年で医療機関受診率、継続受診の有無などをまとめ、2016年や取り組み開始年といった鍵となる暦年に不連続性や変曲点が見られるかを分析する

2021年(令和3年)度の報告書では、分析③のうち、保険者の重症化予防プログラムの取り組み状況に応じて3つのレベルに分け(規定された要件の「全要件充足」、「一部要件充足」、または「取り組みなし」;詳細は、報告書を参照ください)、3群間で糖尿病腎症関連指標の比較分析と効果検証が実施されました。 

結果1)

分析結果のサマリを以下にお示しします。

  • 保険者別ならびに保険者取り組みレベル別に糖尿病に該当する人における健診後1年以内の受診率は、市町村国保、被用者保険の両者においてプログラム要件充足のレベルに関わらず、いずれも2015年(平成27年)度よりも2018年(平成30年)度の受診率は高かった。
  • 市町村国保においては、取り組みなしと比較して、取り組み一部要件充足および全要件充足では有意に高い受診率の伸びが認められた。一方、被用者保険においては取り組みレベル3群間において有意な差は認められなかった。

今後の方針1)

本検証の今後の方針について、報告書では、

  • 透析導入や糖尿病腎症病期の悪化要因の分析に関して、特定健診情報およびレセプト情報を用いて、糖尿病に関する医療機関への受診の状況や薬物治療の状況、投与薬剤の影響などを含めた分析を進める。
  • eGFRを用いた腎機能に関する今回の分析は2時点での解析であり変動が大きいため、今後は2020年(令和2年)度の特定健診情報を含めた3時点での検討を行う予定とする。
  • 保険者の取り組みや地域特性による重症化予防の影響分析に関して、今回は2015年(平成27年)と2018年(平成30年)の2時点の情報のみの解析であった。今後は解析年度を追加してより詳細で長期的なプログラムの効果検証を進める。
  • 高齢化率や医療資源などの異なる地域特性の効果検証や、重症化予防プログラムのより詳細な効果を明らかにし、腎機能維持や人工透析導入抑制にどのような影響を与えたのかを分析する。

としました。

これまで、NDBにおける第三者のデータ利用は、厚生労働省への利用申請から実際のデータ提供まで平均390日かかることが課題でした3)。しかし、2023年(令和5年)4月19日に開催された「匿名医療情報等の提供に関する専門委員会」において、データ提供が申請から最短7日に短縮されるというデータ提供の抜本的見直しが行われ、民間事業者を含むNDB活用のニーズの高まりへの対応が進められています(諸条件あり)3)。今後、NDBや他のデータベースを利用したビッグデータ分析がより盛んに、かつスピーディに行われることが予想されます。そして、これらの研究結果が、どのように政策に反映されわれわれ国民の健康に影響していくのか、期待が高まります。

  1. 厚生労働省. 糖尿病性腎症重症化予防プログラムの効果検証事業報告書(令和3年度).
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_18949.html 
  2. Snijders, et al. "Big Data": Big Gaps of Knowledge in the Field of Internet Science. Int J Internet Sci 7:1-5, 2012.
  3. 厚生労働省. 匿名医療情報等の提供に関する専門委員会(第15回 資料).
    https://www.mhlw.go.jp/stf/index_00040.html
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