(超)急性期病院における糖尿病専門医の存在感プレゼンスを高める「DIST」の取り組み

サイトへ公開: 2020年10月13日 (火)
糖尿病連携パスを開始し、病院独自の取り組みとして「入院患者糖尿病サポートチーム」を結成し、糖尿病内科医のプレゼンスを高めている倉敷中央病院 糖尿病内科を紹介します。

松岡 孝公益財団法人 大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院
糖尿病内科 主任部長 松岡 孝

倉敷中央病院(岡山県倉敷市、1,166床)は2009年9月に糖尿病連携パスの運用を開始しました。参加医療機関も少なく、伸び悩んでいた同パスは、さまざまな工夫から次第に地域へ拡大・浸透し、パスを導入する患者数が増加していきました。また、入院患者に対しては、当院独自の取り組みとして、「DIST(Diabetes Inpatient Support Team、入院患者糖尿病サポートチーム)」と呼ばれる多職種から成るチームを結成。外科系入院患者における血糖コントロール不良が疑われる患者を全て抽出し、治療介入を行っています。この取り組みは、糖尿病内科医の院内でのプレゼンスを高めるという大きな役割を担っています。同院糖尿病内科主任部長の松岡孝先生にお話を伺いました。

1. 倉敷中央病院の糖尿病連携パス

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――倉敷中央病院の糖尿病連携パスはどのようにスタートしましたか。

当院の糖尿病連携パスは、糖尿病の病病・病診連携の一環として2009年9月に私の前任の主任部長だった高橋健二先生がスタートさせました。契機は、その1年前の2008年9月、岡山県糖尿病対策専門会議が発足し、県内統一の連携パスを作ろうという機運が高まったことです。同会議で作成した連携パスのプロトタイプをもとに、地域の医療機関それぞれが自院の連携パスを作成することになりました。

現在、各施設ではそれぞれアレンジしたものが作成されていますが、倉敷中央病院のパスでは、糖尿病看護認定看護師あるいは糖尿病療養指導士が指導にあたっています。また、岡山県の統一パスでは半年ごとの通院ですが、当院では最初は毎月、その後は3カ月あるいは半年ごと、と患者さんに合わせて期間を変更しています。

――連携パスの導入当初は対象患者が伸び悩んだそうですね。

はい。当院のパスは、当院と関係する施設であればぜひ導入させていただくというスタンスでやっていますが、導入当初に伸び悩んだ原因は、保険診療上コストが算定できないことと、マンパワー・時間不足でした。連携パス自体への記載のほかに、診療情報提供書を作成しなくてはなりません。それには検査結果の同封も必要ですし、時系列でそれを整理し開業医の先生方が見やすいように印刷したり…。こうした手間が連携パスに手が伸びない要因となっていたのです。

2. 連携パスが進んだ背景

――そうしたなかで、どのように連携パスは進んで行ったのでしょうか。

次の4つの背景・工夫がありました。

A.倉敷市の医療提供体制

まず、当院のある倉敷市で糖尿病の病病・病診連携が定着して、連携パスが拡大しているのは、倉敷市独特の医療提供体制が背景にあると考えています。

岡山市には南北約15㎞圏内に高度急性期や急性期を担う7病院(岡山大学病院を含む総合病院)+2病院(心臓と脳血管障害専門病院)が集中していますが、ここ倉敷市は、高度急性期を担う1,000床規模の病院は当院と川崎医科大附属病院(1,182床)の2病院のみです。そのほかに、急性期と回復期や慢性期など複数の医療機能を持った、いわゆるケアミックス型の12病院(200~250床規模)があり、当院を退院した患者さんはその12病院に受け入れていただいています。つまり、倉敷市では医療圏内の各施設の役割分担が明確であり、連携パスが定着しやすい環境にあるといえます。

B.連携パス外来の体制変更

当院では当初、連携パスの外来を毎週月曜日としていましたが、それでは糖尿病を診る医師が月曜日に必ず出勤する必要が出てきます。月曜日一日にパスの患者さんが集中してしまうと、先にお話したように患者さんの書類の整理が煩雑にもなります。

そこで、連携パス外来を月~金曜日の5日間に拡大し、平日のいつでも対応できる体制を整えました。さらに、パスには「糖尿病療養指導報告書」の記載欄があり、ここは糖尿病看護認定看護師あるいは、糖尿病療養指導士が記入する必要があるため、当初病棟師長だった認定看護師を連携パスの専任としました。こうした体制変更は、患者さんだけでなく、マンパワーの面から医師や医療スタッフにとってもメリットが大きいものでした。

C.退院時のパス導入と糖尿病手帳の活用

開業医からの紹介で入院した患者さんについては、退院時のパス導入を進めました。外来では算定できませんが、2016年度の診療報酬改定により退院時の導入は、送る側と受け入れ側の双方で、関連する診療報酬の算定ができるようになり、退院時におけるパス導入が増えました。さらに、糖尿病協会が発行する糖尿病手帳と合わせて活用しており、退院時に、患者さんに連携パスと糖尿病手帳をセットで必要事項を記入後お渡ししています。

D.2016年度診療報酬改定

松岡 孝02

連携パスの運用開始以来、対象患者さんは累計125人ですが、中断した患者さんや繰り返して導入している患者さんを含めると実際の数はもっと多いと思います。しかし、急増しているのはここ2年の間であり、その急増の背景には2016年度診療報酬改定がありました。同改定で、「退院支援加算1(退院時に1回、600点)」と「地域連携診療計画加算(同、さらに300点)」がそれぞれ新設されたのです。連携パス自体の評価ではありませんが、これらの評価は連携パス導入の後押しに繋がりました。

――地域の機能分担という点では、倉敷中央病院ではどのような役割を担っていますか。

患者さんのメリットを考えて、パスを用いて患者さんが2つの病院を行き来し続けるのではなく、血糖コントロールが安定したところでかかりつけ医の先生に継続加療をお任せするようにしています。

そうしたことから、当科の再診患者数はどんどん減少しています。2011年度から2016年度までの6年間の推移を見ると、初診患者数は、完全予約制がスタートした2014年7月をはさんで200人程度でほぼ変わりませんが、再診患者数は、2011年度の18,582人をピークに減少を続けています(図1)。

図1 糖尿病内科外来 初再診推移

図1 糖尿病内科外来 初再診推移

(資料:松岡 孝先生ご提供)

これは当院から状態の安定した患者さんを周辺の病院や診療所にお返している結果であり、同科の紹介・逆紹介件数の年次推移を見ると、紹介数は500件前後ですが、逆紹介は2012年度には1,000件を超え、2016年度には1,231件に達しています(図2)。

図2 糖尿病内科 紹介・逆紹介 年次推移

(資料:松岡 孝先生ご提供)

3. 連携パスがもたらした効果

――パスの導入にはどのようなメリットがありましたか。

まず、退院後短期間における低血糖や高血糖による再入院が劇的に少なくなりました。パスが教育的な役割を果たしており、医療の質の底上げに繋がっています。また、退院後すぐに悪化したり、低血糖を起こす可能性のある患者さんに対してパスを導入することで、退院2~4週間後に適切な薬剤量に変更できるという点や、ある程度容態の落ち着いた患者さんが糖尿病専門医の手を離れることから負担軽減にも繋がっています。さらに、外来を減らせることによる患者さんの待ち時間の解消にもなりますし、初診患者の外来紹介枠も広がります。これらはパスがもたらした大きな効果といえるでしょう。

――病病・病診連携を円滑に進めるためのコツはなんでしょうか。

連携を推進するためにはやはり、明確な役割分担が大切であり、それぞれがWin-Winの関係にならなくてはなりません。地域における役割分担を考え、逆紹介を積極的に進めるというスタンスはまさに、パスが伸びて行った理由の一つとなっています。もちろん、患者さんや連携先のかかりつけ医との信頼関係を良好に保つことが最も重要です。

4. 倉敷中央病院独自の取り組み

――最後に、独自の取り組みについてお伺いします。まず、DISTについて教えてください。

A. DIST(Diabetes Inpatient Support Team、入院患者糖尿病サポートチーム)

糖尿病専門医、糖尿病認定看護師、管理栄養士、病棟薬剤師、事務(糖尿病内科秘書)から構成される、「DIST(Diabetes Inpatient Support Team、入院患者糖尿病サポートチーム)」の取り組みを2015年9月よりスタートしました。外科系の全入院患者さんのうち、随時血糖値が200mg/dL以上、またはHbA1cが7.0%以上の方を全て拾い上げ、周術期の血糖コントロールを改善する目的です。今まで糖尿病を指摘されたことがなかったにもかかわらずDISTにより初めて糖尿病と診断された患者さんも約1割を数え、隠れ糖尿病の発見や重症化予防、外科系医師の血糖コントロールに対する意識向上にも繋がっています。

病院DISTフローチャート

(資料:松岡 孝先生ご提供)

――チーム発足の狙いは何だったのでしょうか。

もちろん、このチームの活動は診療報酬などで担保されてはいません。しかし、糖尿病をはじめとした生活習慣病治療は重要でありながらも、急性期病院においては経営的な視点からみるとあまり優位性がもてるものではありません。そうしたことから(超)急性期病院における、糖尿病内科医のプレゼンスを高める取り組みの一つというように私自身は考えています。

B.チーム医療の一環としての総回診

当科は毎週金曜日の午前中に総回診を行っており、以前は医師と看護師長だけだったのですが、チーム医療の一環として糖尿病認定看護師、病棟薬剤師、管理栄養士も(症例によっては臨床心理士も)参加するようになりました。他の医療スタッフからの意見も尊重し、患者さんに関するチーム内での情報共有に有意義だと思っています。

C.倉敷エリアの「地域包括糖尿病ケア」の確立を目指して

「地域包括糖尿病ケア」は、現在運用している連携パスの発展的な形であり将来の姿として、私がイメージしているものです(図4)。急性期病院、中小病院、診療所や往診専門のクリニック(在宅)、さらには介護施設などの多職種が連携・情報共有することで、糖尿病を早期発見・治療し、合併症の発症と進行を予防、さらには治療を中断させないようにする縦と横の強い連携構築です。

図4 地域包括糖尿病ケア

図4 地域包括糖尿病ケア

(資料:松岡 孝先生ご提供資料をもとに作図)

ここでは、医療機関や施設ごとに縦の連携だけで終わらないよう、医師、看護師・介護士、管理栄養士、薬剤師などの多職種が「横ぐし」となり情報共有することで、施設同士の連携を強固なものにしていきます。現在、周辺病院や診療所の先生方にこのイメージを説明しています。この倉敷発の「地域包括糖尿病ケアシステム」を全国に誇れるようなものにしていきたいと思っています。

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取材の裏話・・・

インタビュアー01 インタビュアー:「DIST」の立ち上げは、急性期病院での糖尿病内科医の存在意義が失われていくのではないかとの危機感があったからと伺いました。
松岡先生01 松岡先生:当院では内分泌・リウマチ内科が内分泌疾患を担当し、当科には、顧問を含めると7人の糖尿病内科専門医(うち6人が指導医)がいます。これだけ充実した体制は、全国でも少ないと思います。しかし、急性期病院のなかでの糖尿病内科医の立ち位置が難しくなってきているのは事実です。他科への往診業務は多くともコストとしては認められず、急性期病院において良質なレベルの入院医療を行うとDPCでは赤になり、看護必要度・重症度も低い糖尿病内科としては、入院患者数の多い診療科に貢献できるか、考える必要もあろうかと思います。そうした背景の中で、小笠原敬三前院長からプッシュされたのがDIST立ち上げのきっかけとなりました。
インタビュアー02 インタビュアー:中核病院での糖尿病治療の在り方について、先生独自のお考えがあるようですね。
松岡先生02 松岡先生:糖尿病の治療成果として「当院の糖尿病患者さんのHbA1cは平均6%半ば」と話されることがありますが、これには少し違和感を覚えます。言葉を選ばずに言うと、入院していれば病院食ですし、医療スタッフが24時間管理できるので、血糖値をコントロールできるのは当たり前です。血糖コントロールが安定している外来再診患者をどんどん逆紹介していけば、コントロールの悪い患者さんばかり残るので、平均HbA1cがある程度悪いのは地域中核大病院においては仕方のないことだと思います。平均HbA1cが良いのは良好なコントロールで安定した再診患者を多く抱えているからだと思います。
糖尿病内科医がその技能を発揮するのは、生活習慣の改善が容易ではない外来診療の場だと思います。こここそが専門医の「勝負」の場所であり、どうしても入院できないという紹介患者のコントロールを外来診療で改善することも、地域中核大病院の糖尿病専門医にとって非常に大事な役割だと思っています。私たちは、かかりつけ医の先生方と連携を取りつつ、全体の医療の質の底上げにも力を入れていきたいと思います。

―厚生労働省等の報告をもとに㈱医薬情報ネットが作成―

糖尿病治療の評価、2018年度診療報酬改定で拡大か?
2016年度診療報酬改定において、「糖尿病透析予防指導管理料 腎不全期患者指導加算(100点)」が新設されました。これは、糖尿病性腎症の患者が重症化し、透析導入となることを防ぐ目的で、進行した糖尿病性腎症の患者に対する質の高い運動指導を評価するものです。現在、eGFR区分が「末期腎不全」あるいは「高度低下」と比較的進行した透析の患者さんが算定対象となっていますが、2017年11月1日に開催された中医協で厚労省が、算定対象を中等度~高度低下の患者まで拡大することを提案しました。(図1)。

図1

図1

(出典:中央社会保険医療協議会 総会(第367回)「外来医療(その3)について」より)

しかし、厚労省が有効性を示唆するデータを1病院分しか提出できていないことから、本件は継続審議となっています(2017年11月7日現在)。

さらに、糖尿病の連携パスを導入している医療機関にとって朗報になるかもしれないのが、糖尿病の重症化予防の観点での連携パスの取り組みの評価です。2017年3月に開かれた中医協総会において厚生労働省は、導入を示唆しました(図2)。

図2

図2

(出典:中央社会保険医療協議会 総会(第348回)資料「総-4」より)

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