未開の領域で困難を乗り越え「世界初」を実現する

サイトへ公開: 2017年03月23日 (木)
世界で初めて拍動する心筋様細胞の作製に成功するまでの困難や、夢を実現するうえで大切なことなどについて、慶應義塾大学医学部 専任講師の家田真樹先生にお伺いしています。

慶應義塾大学医学部 専任講師 家田 真樹 先生

慶應義塾大学医学部 専任講師 家田 真樹 先生

1995年、慶應義塾大学医学部卒業。99年、慶應義塾大学医学部助手。2007年より3年間、カリフォルニア大学サンフランシスコ校グラッドストーン研究所に留学。帰国後、慶應義塾大学医学部研究特任講師などを経て、現職。2011年に日本学術振興会賞受賞。

高齢化の進展に伴う心筋梗塞患者の増加により、心疾患は日本人の三大死因の一つと言われるようになりました。心臓は“再生しない臓器”と言われ、多くの研究者が数十年かけて心臓再生の方法を探ってきましたが、根本的な解決策はないとの認識が一般的でした。そのような中、世界で初めてiPS細胞を経ずに拍動する心筋様細胞の作製に成功し、心筋梗塞治療の未来に大きな希望をもたらした、慶応義塾大学の家田真樹先生に、技術革新を目指す研究者が成果を挙げる上でのポイントを伺いました。

拍動しない心臓線維芽細胞を、拍動する心筋細胞に転換する

心筋梗塞を発症すると、血流が止まった部分で、拍動する心筋細胞が壊死し、かわりに拍動しない心臓線維芽細胞が増殖し、傷を修復します。心筋線維細胞は心筋細胞のように拍動しないため、細胞が置き換わると心臓自体のポンプ機能が低下してしまいます。従来、心臓は「再生しない臓器」と言われており、心筋梗塞により失われた心筋細胞を再生する方法は見つかっていませんでした。この課題に対して、iPS細胞研究が隆盛をみせるなか、多くの研究者が、患者の体外でiPS細胞から心筋になる細胞を分化誘導し、それを開胸手術などで移植する方法を考えていました。
そのような趨勢の中、家田先生はあえてiPS細胞を経由せずに、心臓線維芽細胞から、拍動する心筋様細胞(induced cardiomyocytes: iCM細胞)の作製を試み、成功しました。家田先生の研究成果は2010年、Cellに掲載され、まさに今後の心筋梗塞治療の希望の大きな光となりました。
家田先生が開発したiCM細胞は線維芽細胞を直接転換させるため、作製期間が2週間と短く、iPS細胞経由の場合に比べて半分の期間で済む効率の良い方法です。さらに、がん化する危険性が低く、腕の血管からカテーテルで遺伝子群を心臓に注入する方法が実現すれば、胸を切開して移植する手術も不要となり、がん化するリスクがあり切開手術をともなうiPS細胞経由の方法と比較して安全性の高い方法になりうるといわれています。

(家田 真樹先生承諾)1)

(家田 真樹先生承諾)1)

先行研究者が失敗しつづけ、既に諦められていた線維芽細胞からの心筋再生にチャレンジ

アメリカでは、20年以上前から、数々の研究者が線維芽細胞を心筋様細胞に転換する研究に取り組んでいました。しかし、細胞の転換に必要な、心臓線維芽細胞へ導入する遺伝子の組み合わせは無数にありました。先行研究者はその遺伝子の組み合わせの選択にことごとく失敗しており、家田先生が研究を開始したときには既にだれもこの研究に取り組んでいないという状況でした。そればかりか、「他の研究者に研究内容を相談しても、誰も本気で相手にしてくれないような雰囲気がありました。」と家田先生は当時を振り返ります。先行研究者と同様に、家田先生にとってもiCM細胞を作るための遺伝子の組み合わせをどう選択するかがもっとも高いハードルであり、気の遠くなるような数の組み合わせを試行する事を想定していたと言います。

そのような中、家田先生は、マウスの細胞を用いて無数の候補遺伝子の中から14の遺伝子を絞り込み、この中から心臓線維芽細胞をiCM細胞に転換させる遺伝子の組み合わせを順番に一つずつ減らして実験を行いました。その結果Gata4,Mef2c,Tbx5の3つの遺伝子の組み合わせにより、心臓線維芽細胞を、横紋構造を持ち拍動するiCM細胞へと転換させることができました2)

この成功に端を発し、現在では、ヒト細胞で、およびマウス生体内におけるiCM細胞の作製に研究を発展させ、臨床応用に向けた取り組みを続けています。

臨床の現場に直に触れ、“医療の発展に尽くす”ことを忘れない

慶應義塾大学医学部 専任講師 家田 真樹 先生-02

当研究の着想は、長年心筋梗塞から心臓の機能を弱くしていく患者さんを診療する中で、線維化により増えた心臓線維芽細胞を何かに使えないかというところから得たとのことです。家田先生は、医学研究は臨床に直結する事こそ重要という考え方を明確に持っており、最先端の研究に取り組む一方、診療上の課題に触れる患者さんの診療も継続して行っています。特に分子系の基礎研究分野では、臨床現場を知らずに取り組むと医療現場への応用の利かない自己満足的な研究に終始してしまうこともあるといいます。「医学者として、臨床に継続して関わり、現在の病気自体の発症原因やその最先端の治療方法を理解し、その中から見える臨床上の問題点を元に研究を展開することによって、確実に医療の発展につながる研究を行うことを意識しています。」と家田先生は言います。

既存の枠組みや世の中に流されず、夢のある「できたらいいな」を描く

家田先生がこのような難しいとされていた研究テーマに取り組んだ背景には、自身に“既存の枠組みや前例にこだわらず、自分がいいと思うことをしたい”という志向が根底にあったのではと言います。「学生時代は、決して真面目であったわけではありません。ありきたりな枠組みの中で行われる実験の授業では、周りのグループの試薬が赤になるところ、私のグループだけなぜか青になることもありました。」と家田先生は当時を振り返ります。

また、研究を続けるにあたり、一番のモチベーションとなったのは、「できたらいいな」と思うことを想い描く事だと言います。多くの研究者が匙を投げかけていたこの研究テーマについて、「心臓の細胞の半分以上を占める心臓線維芽細胞を、iPS細胞を介さずに心筋細胞にすることができれば、という“心臓を専門とする医師の夢”は、どうやったら実現できるのかを考え続けることは、やりがいを感じ楽しいことです。」と家田先生は語ります。

慶應義塾大学医学部 専任講師 家田 真樹 先生-03

リスクの高い研究に周囲から協力を得るための地道な努力

家田先生は、自身の研究の成功に至る過程を、「博打のような側面があり、成果が得られたことは幸運でした。」と謙遜しますが、その“幸運”の裏には大きな目標に着実に近づくための、決して華々しくはない、地道な努力の積み重ねがあったようです。長年結果の出ていない難易度の高い研究への取り組みに承認を得ることは簡単ではありません。日頃地道に結果を出し続け、研究室の上司や研究助成機関からの信頼を得る努力を継続していたからこそ、研究を実現することができたとのことです。
さらに、家田先生は、自身の専門領域のみならず、幅広い領域の論文を読み、他領域の技術を応用する術を日々考えることで、「できたらいいな」のアイデアを広げ、具体化するための努力を重要視し、継続して行っています。「当初、この研究に取り組むために、関連論文を読むことはもちろんですが、ヒントにしたiPS細胞の作製技術を得るために山中伸弥先生の研究室に通いつめて勉強させて頂きました。できる準備はすべてした上で、この研究に臨みました。」と言います。 当研究における最大のヒントであるiPS細胞についてのノウハウが身近にあったことはもちろんですが、“できたらいいな”への取り組みを実現する地道な積み重ねを行った自信は、家田先生にとって実験を成功させることへの希望となり、取り組みを継続する事ができたといいます。

【ココがポイント】
家田先生は、研究者として、新しいアイデアを実現する上で、以下の3点をポイントとして挙げられました。

  • 臨床現場を通して課題を見据え、研究テーマが医療の発展につながるかを常に考え続けること
  • 「できたらいいな」という夢・希望を持ち、楽しい研究に取り組むこと
  • 思い切ったチャレンジをする上で周囲の協力が得られるよう、日頃からの地道な努力の継続
慶應義塾大学医学部 専任講師 家田 真樹 先生-04

家田先生は、「誰かが、常識を打ち破るような、夢のようなアイデアを思い描き、実現を目指して恐れずにチャレンジしてきたことにより現在の様々なテクノロジーがあるのだと思います。私はそのような人々を非常に尊敬しており、自分もそうなりたいと思っています。」と、日々の研究を続ける中に、純粋な「できたらいいな」を思い描き続けることの重要性を特に強調されました。思い描いたアイデアの実現を楽しみに研究を続けることは、長い年月のかかる難易度の高い技術のブレイクスルーに取り組むにあたり、非常に大きな活力となっているように思われました。
将来への期待の高まる再生医療研究において、そのフロンティアを担う家田先生の取り組みの軌跡から、新しいことや既存の枠組みから外れることを恐れない、研究者としてのチャレンジ精神を伺うことができました。

キーメッセージ:
「できたらいいな」を実現しよう

出典・引用文献
1)    国立研究開発法人 科学技術振興機構 プレスリリース記事
生体内で線維芽細胞から心筋細胞を直接作製することに成功–心筋梗塞をはじめとする心臓疾患に対する新たな再生医療の実現へ期待–; 慶應義塾大学 医学部科学技術振興機構(JST)共同発表
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20120829/
2)    Cell, 2010 142, 375-386
Direct reprogramming of fibroblasts into functional cardiomyocytes bydefined factors.
Ieda M, et al.

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