「DOPPO」リハビリは超高齢社会の処方箋心疾患と闘ってきた医師が目指す次のステージ

サイトへ公開: 2020年10月13日 (火)
心疾患患者さんが独りで安全に歩いて退院することを目標としたリハビリテーション「DOPPO」リハビリを通して、超高齢社会の問題に取り組む新潟南病院の和泉徹先生に伺いました。
「DOPPO」リハビリは超高齢社会の処方箋 心疾患と闘ってきた医師が目指す次のステージ

医療法人恒仁会 新潟南病院

和泉 徹 統括常勤顧問(北里大学 名誉教授)

前職の北里大学病院で長年、心疾患の治療に従事してきた和泉 徹先生は現在、新潟南病院で独立歩行を目指したリハビリ:「DOPPO(独歩)」プロジェクトに取り組んでいます。「DOPPO」プロジェクトは心臓リハビリテーションの延長線上にあるもので、“独りで安全に歩いて退院すること”を目標としています。和泉先生は、「DOPPO」リハビリは、人口オーナス現象(人口構成の変化が経済にとってマイナスに作用する状態)をはじめとした超高齢社会が抱える諸問題を解消するカギの一つだと指摘しています。

まだまだ社会的認知度や有用性の認識が低い「DOPPO」リハビリ。超高齢社会でこのプロジェクトがどのように価値あるものになっていくのかについて、和泉先生にお話を伺いました。

この記事のキーワード

「DOPPO」プロジェクト/人口オーナス/心臓リハビリテーション/「DOPPO」リハビリ/独歩退院/フレイル/地域包括ケア病棟

目次
1.「DOPPO」プロジェクトへの取り組みの経緯
2.心臓リハビリと「DOPPO」リハビリ
3.「DOPPO」プロジェクトの成果とは
取材の裏話…
【解説】見直し必至?!「地域包括ケア病棟」の評価

1. 「DOPPO」プロジェクトへの取り組みの経緯

1. 「DOPPO」プロジェクトへの取り組みの経緯01――どのような経緯から「DOPPO」リハビリに取り組まれたのでしょうか。

きっかけは二つありました。私はこれまで、心不全を専門に診療・研究に打ち込んできました。1980年頃、患者さんは6回程度入退院を繰り返された後、生涯を閉じてしまうことが常でした。そのような患者さんに対し私たち循環器専門医は心不全の根治療法を追求し、取り組んできました。医師の努力に加え、良い薬剤の開発や心臓リハビリ、新たなデバイス治療などが治療成績の向上に貢献してきました。

それとほぼ同じ時期に、超高齢社会による諸問題への懸念も高まり始めたということがまず一つ。もう一つは、2011年3月11日の東日本大震災の後、被災地の病院を巡り、たくさんの寝たきりの高齢患者さんを目の当たりにしたことでした。長年医療に携わってきた者として、「これほど寝たきり患者を作ってきたはずはない」と悔しい思いをしたことが大きな動機になったように思います。

――それら二つの理由から、先生のテーマとして浮かび上がってきたのですね。

そうです。そこで気がついたのが、入院や施設などへの入所を契機に独立歩行(独歩)が危うくなり、寝たきりの生活に入ってしまうケースが非常に多いということでした。超高齢社会は少子化という要素も加わり、深刻さを増します。独歩退院できないということは、その後の患者さんご自身にとっても、そのご家族、そして社会にとっても大きな負担になってしまいます。“宿題を残したまま退院させている”ことに対して私は、非常に強い抵抗を感じたのです。それを「DOPPO」リハビリに集大成して、今日に至っています。

私は北里大学を定年退職後、大学のある神奈川県でこのプロジェクトを展開することも考えましたが、新潟南病院を運営する医療法人恒仁会の渡部透理事長の「DOPPO」プロジェクトに対する理解と賛同があり、同院に赴任しました。渡部理事長は以来、全面的に協力してくれています。

2. 心臓リハビリと「DOPPO」リハビリ

――心臓リハビリと「DOPPO」リハビリの関係性について教えてください。

まず、心臓リハビリと、「DOPPO」リハビリはゴールが違います。心臓リハビリは、「元にいた場所に戻る」というのがゴールです。主婦ならば以前のように家事をこなし、経営のトップにいた人ならばそこに戻って活躍する。かたや、「DOPPO」リハビリは端的に言って、「300メートル歩けるようになること」です。300メートルとはバス停までの距離。つまり、生活の行動範囲を取り戻すことです(図1)。

心と体の動きが弱くなる状態をフレイル(虚弱)と呼びますが、高齢になると外出の機会が減って、病気にならないまでも、ほかの人の手助けや介護が必要になります。超高齢社会の中で医療・介護資源を有効活用するためには、フレイル対策も急務だと考えていました。「DOPPO」リハビリは結果的に、フレイル対策になっています。

図1 (超)高齢者の独歩退院をめざす病院づくり

2. 心臓リハビリと「DOPPO」リハビリ01

(和泉 徹先生ご提供)

2. 心臓リハビリと「DOPPO」リハビリ――それぞれの介入に関してポイントはありますか。

心臓リハビリのポイントは、急性期からの介入が重要であるということです。筋力やバランス力が落ちた回復期に介入するという考えは、もう過去のものです。リスクを考慮した上での急性期あるいは超急性期のリハビリは、心臓リハビリでも脳卒中リハビリでも、血管障害のリハビリではすでに主流の考え方となっています。

一方、「DOPPO」リハビリは、介入するタイミングが非常に難しいです。高齢になり、もうリハビリを望んでいない人に、無理に押し付けるわけにはいきません。そもそも、リハビリの語源には、「元の状態に戻す」という意味があり、その人の身分や地位、それに人権を回復させることです。望んでいないのにリハビリを強いたら、それはハラスメントのようなものです。

――「DOPPO」リハビリはどのような患者が対象になりますか。

「DOPPO」リハビリは、原因疾患を問いません。入院医療を余儀なくされたすべてのフレイル高齢者が対象です。身体的には、「SPPB(Short Physical Performance Battery)12点未満」と定義しました。高齢者が対象であるため、速足では運動器を傷めるリスクがあります。そこで、「秒速1メートル歩行・6分間で300メートルの独歩」を目標としています。

――それでは「DOPPO」リハビリで実際に行う運動について教えてください。

原則的に、器具は使わず、壁を使った運動やストレッチが最初の運動です。ストレッチを十分に行い、筋力やバランス力を高めて、足が疲れる程度の有酸素運動(歩行)を行います。この4つを基本要素とします(図2、3、4)。

図2 独歩リハビリ処方の基本要素

2. 心臓リハビリと「DOPPO」リハビリ02

(和泉 徹先生ご提供)

図3 筋力トレーニングとバランス運動(タンデム歩行)

2. 心臓リハビリと「DOPPO」リハビリ03

(和泉 徹先生ご提供)

図4 ふくらはぎのストレッチ

2. 心臓リハビリと「DOPPO」リハビリ04

(和泉 徹先生ご提供)

3. 「DOPPO」プロジェクトの成果とは

――「DOPPO」プロジェクトの導入は、病院経営へどのような貢献を果たしたのでしょうか。

「DOPPO」リハビリは、地域包括ケア病棟からのスムーズな自宅・施設退院に大きく貢献することから、経営的なメリットは大きいでしょう。また、リハビリによって自立度が高まるため、看護・介護のケアの度合いが低く済むことになります。スタッフの労務管理の面でも優れていると評価できます。

また、「DOPPO」リハビリを導入することで、恒仁会グループの医療施設と福祉施設の中間的機能を持つ介護老人保健施設「女池南風苑」の稼働率アップにもつながっていると思います。新潟南病院は来年新築移転して、回復期リハビリテーション病棟も開設する予定です。「DOPPO」リハビリにより、入院中だけでなく、退院後の患者さんのリハビリにまで配慮できる体制が整ってくると言えそうです。

――心臓リハビリテーションの導入は地域での病病連携を、「DOPPO」リハビリの導入は医療と介護の連携を活発化させますね。転院促進により急性期病棟(病院)は平均在院日数の短縮化が望めるでしょうし、循環器専門医の誘致にも寄与するのではないでしょうか。病院にとって経営的なメリットも大きそうですね。

そうですね。

――新潟南病院は、2014年9月に地域包括ケア病棟の算定を始めましたね。

「DOPPO」プロジェクトは、在院日数の短縮が求められる急性期病棟では対応が難しいため地域包括ケア病棟での実施を視野に入れ、同病棟の新設を理事長に提案し認めてもらいました。現在は、「地域包括ケア病棟入院料1」の算定に合うところで運営しています。これが「DOPPO」リハビリが浸透してきた一つの理由ではないかと考えています。

――「DOPPO」プロジェクトはどのような成果をもたらしましたか。

「DOPPO」プロジェクトの成果は着実に上がっています。2013年4月1日のプロジェクト開始以降、約600人が参加し、168人がプロジェクトを完遂しています。完遂者100人の成績を紹介すると、平均年齢は81.8歳、男女比47:53、SPPBは平均7.0点。終点に達したと判断された時点までの所要平均リハ量は93.3単位、平均所要入院期間は31.8日でした。

2018年度診療報酬・介護報酬の同時改定では、介護報酬については自立支援がキーワードになり、要介護度の改善という成果に報いるような体系になる見通しです。まさしく、「DOPPO」プロジェクトは、この評価の見直しを先取りしているようなものです。

――地域医療に対する影響という面ではいかがでしょうか。

独歩が危うい状態で退院した患者さんは、自宅や施設に戻った際の転倒・骨折が起こりやすく、外出歩行はもちろん室内でのトイレ歩行や食事歩行さえも全うできなくなります。こうした身体的フレイルはやがて、認知障害(精神的フレイル)やうつ状態(心理的フレイル)へと繋がっていきます。そうした状態では通院は困難なものとなる上、服薬コンプライアンスも低下しますので、入院の契機となった疾患以外の治療も難しくなっていくでしょう。

「DOPPO」プロジェクトは、少子・高齢社会の医療・介護負担を軽減する方策として、有効に機能するという面で大いに貢献すると考えます。

――「DOPPO」プロジェクトはどの程度広まりを見せているのでしょうか。

新潟県でリハビリを実施している病院を中心に見学者が相次いでいますが、ご覧になられた多くの方々が「うちでは難しい」と躊躇されます。もしかしたら、まだマインドができていないのかもしれません。患者さんの内部障害をしっかりと診られる体制に不安があるということのようです。現在のところ、独歩退院の割合をQIの指標にしている病院はありません。つまり、それを争えるだけ独歩に対して社会が目覚めていないというのが本当のところではないでしょうか。

「DOPPO」プロジェクトはアジア、特に日本同様に少子高齢化が進展している中国も関心を示しており、上海市の行政担当者が見学に来たこともありました。

――「DOPPO」プロジェクトは、新潟県の2016年度「フレイル克服プロジェクト」にも採用されていますね。

県の認識としては、平均寿命と健康寿命の差は依然として大きく、その差をいかに縮めるかが課題となっています。加齢に伴うフレイルに早期に介入することが有効ではないかという点から、「DOPPO」プロジェクトも選ばれました。新潟南病院を代表して、私はこのプロジェクトの全体総括を担当させていただいています。

県の「フレイル克服プロジェクト」には、「DOPPO」プロジェクトのほか、「サルコペニア」「心不全」「進行消化器癌」「術後低栄養」「咀嚼・嚥下障害」の合計6つのプロジェクトが選定されました。「フレイルを伴った高齢患者をどうするのか?」この課題に対して、6つのプロジェクトを通じて果敢に挑戦するフロントランナーが集結したのです。高齢患者のフレイル対策のために、多数の医療機関がオール新潟で一つになったと言えます。

――「DOPPO」プロジェクトの今後の展開を教えてください。

渡部理事長は、私が卒業した新潟大学の先輩です。さらに私が新潟県佐渡島の生まれであることもあり、佐渡市で「DOPPO」プロジェクトを展開することを視野に入れて同院に来た、という経緯がありました。佐渡市の高齢化率はすでに4割超。佐渡でこのプロジェクトが一定の成果を上げられたら、世界中どこででも応用可能だと言っても過言ではありません。

また、私は今、日本医療研究開発機構(AMED)の委託研究に協力医師の一人として参加しています。その研究では、「心不全に対する心臓リハビリテーションと多職種介入に関する前向きレジストリー」の課題に取り組んでいます。その中には、「DOPPO」プロジェクトも盛り込まれています。3年を期限としているので、それまでに「DOPPOプロジェクト」の成果を出したいと思っていますが、まずは、独歩で退院するという“文化の醸成”が第一でしょう。

3. 「DOPPO」プロジェクトの成果とは

取材の裏話・・・

取材の裏話・・・01

インタビュアー:北里大学(神奈川県)におられた先生が、新潟に赴任される決め手となったのは何だったのでしょうか。

取材の裏話・・・02

和泉先生:先ほどお話したように、渡部理事長に必要として頂いたことがまず一点と、佐渡島の生まれで新潟大学の出身だったこともありましょうか。新潟には何かと縁がありますね。

取材の裏話・・・03

インタビュアー:北里大学や神奈川県でプロジェクトを進めることへの未練はなかったのでしょうか。

取材の裏話・・・04

和泉先生:まったくなかったですね。北里大学で定年を迎え、3カ月の間、無職になりました。そこでじっくりと自分と向き合い、考えました。私にとってはこの貴重な時間は次のステージへの良い切り替えになりましたね。定年というのは自分にもう一回チャンスがもらえるんだ。そう考えたんですよ。

取材の裏話・・・05

インタビュアー:自伝を書かれたと伺いました。

取材の裏話・・・06

和泉先生:定年に当たって、自分がこの65年間で何を思い、何をやってきたのか書いてみたんです。書籍にまとめたことで、これまでの自分と改めて向き合えた気がします。実は、それを読んだ後輩医師から、「(自伝を読んで)先生のことが好きになりました」と言われました。私のことを、相当怖い人間だと思っていたのかもしれません。定年後に好きになられても、仕方ないのですけどね(笑)

【解説】 見直し必至?!「地域包括ケア病棟」の評価

―厚生労働省等の報告をもとに㈱医薬情報ネットが作成―

2018年度改定の主要な論点に

急性期治療後の患者や、在宅療養中に急性増悪を起こした患者を入院させ、治療やリハビリテーションを行って在宅へ戻す病棟・病床への評価で、2014年4月に新設されました。地域包括ケアシステムを支える病棟・病床と位置づけられています。届出病床数は増加を続けており、2016年10月には5万床を超えました。

地域包括ケア病棟を評価する診療報酬は4区分で、「地域包括ケア病棟入院料1」と病室単位で評価する「地域包括ケア病棟入院医療管理料1」は2558点※1、同2は2058点※1(1、2共に60日まで)など。施設基準としては、疾患別リハビリテーションまたは、がん患者リハビリテーションの届出のほか、看護配置13対1以上、専従の理学療法士、作業療法士または言語聴覚士1人以上、専任の在宅復帰支援担当者1人以上の配置。さらに「地域包括ケア病棟入院料(入院医療管理料)1」には、在宅復帰率7割以上を求めています。

中央社会保険医療協議会の「入院医療等の調査・評価分科会」が昨年実施した「地域包括ケア病棟・病床」の調査では、地域包括ケア病棟を自院の急性期病棟からの受け皿として利用している施設が半数を超えていることが分かりました。同病棟の創設目的でもある自宅等※2からの受け皿として利用しているケースは数%にとどまっています(図)。このため2018年度診療報酬改定では、地域包括ケア病棟の本来の役割を踏まえた評価に見直される可能性があります。

※1:2017年10月現在

※2:自宅等:自宅、介護老人福祉施設(特養)、居住系介護施設、障害者支援施設

【解説】 見直し必至?!「地域包括ケア病棟」の評価

出典:厚生労働省 平成28年度入院医療等の調査(患者票)

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