時流を読み可能性を開花させる柔軟かつ大胆な発想 ~複合的ながん免疫療法の確立を目指して~

サイトへ公開: 2016年12月05日 (月)
過去の研究実績に囚われず、新たな道を切り開いたこれまでの軌跡と時代流れを読む重要性などについて、川崎医科大学付属病院 呼吸器内科部長の岡三喜男先生にお伺いしています。
川崎医科大学附属病院 呼吸器内科部長 岡 三喜男 先生

川崎医科大学附属病院
呼吸器内科部長 岡 三喜男 先生

近年、がん免疫療法の急速な進歩が注目を浴びています。1990年初頭のがん特異抗原とがん特異的細胞傷害性Tリンパ球の同定に端を発し、がん免疫を増強するワクチンやリンパ球輸注などの免疫療法が開発されました。最近では、がん免疫を抑制する免疫チェックポイント分子や制御性T細胞などの「免疫抑制因子」に注目が集まっています。川崎医科大学呼吸器内科部長の岡三喜男先生たちの研究グループが、2015年10月「Clinical Cancer Research」に発表した論文も、最近の研究の流れを土台としたものです。しかし、この研究成果は岡先生の意外な転身がなければ実現しないものでした。その転身の裏側には、先を見通す先生の高い視点と柔軟な発想が隠されていました。

川崎医科大学附属病院 呼吸器内科部長 岡 三喜男 先生-02

「今回の研究は、がん患者の免疫力を抑制している制御性T細胞(Treg細胞)を特異的に傷害する抗体薬で抑制を解除し、自然の免疫力を増強する効果を想定しました」。岡先生たちの研究は、がん免疫力を強化し、がんを攻撃するという従来の発想を逆転させたものでした。その背景として岡先生のグループは2012年、がん特異抗原XAGE1を指標として、世界で初めて肺がんに恒常的な免疫監視機構の存在を証明していました。さらに2015年1月には、肺がん局所に活性化したTreg細胞が集積していることも証明しています。「今回、抑制を解除して、この自然ながん免疫力を有効に働かせるのが目的でした」。

制御性T細胞は1990年初頭に京都大学(当時;現、大阪大学)の坂口志文博士らのグループによって発見されたものです。岡先生たちは、がん細胞を攻撃するTリンパ球の機能を抑制するTreg細胞の働きを抑えることで(図1)、局所にがん細胞を攻撃する環境を作り、肺がんや食道がんの治療に応用することを考えました。そこで、Treg細胞の表面にあるケモカイン受容体CCR4を標的とする抗体薬を肺がんと食道がんの患者さんに世界で初めて投与しました。「本論文では、成人T細胞白血病の治療薬である抗CCR4抗体を固形がん患者さんに投与し、Treg細胞を選択的に除去し、安全性、免疫動態、抗腫瘍効果をみました。過去に無い斬新な臨床研究のため、世界中から注目を浴びました」。

図1

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先生が肺がん領域で腫瘍免疫の研究を始めた約10年前には、同様の研究者はごく少数派でした。その中で免疫療法に取り組むことになった契機は、現在の大学へ異動したことだったといいます。前任地の環境から一転し、新たな分野を探す必要に迫られた際、先生は日々の診療を通じて、自身の強みや医学の進歩を分析することで現在の研究領域を選択しました。「大きな医学の流れの中で、将来の医学界のキーワードは『遺伝子』『免疫』『再生』の三つのいずれかだと考えていました。毎日の外来診療を基本として、自らの置かれた環境を俯瞰することで、自分にできるのは『免疫』の分野だと思い過去の実績を捨て、この領域に参入しました」(図1)。

かつての研究分野から離れ、新たな道を進む必要を迫られたある種“逆境”とも言える中で、先生は先を見通す視点や柔軟な発想を基に現在の成果につながる選択をし、従来とは逆に免疫抑制細胞の働きを制御することでがん免疫力を増強するという革新的なアプローチを肺がんと食道がんの領域に導入しました。これらの柔軟な発想を生み出したのは、先生の幅広い好奇心だったようです。私生活ではジムトレーニング、美術館めぐり、医学史を趣味とし、日本画の腕前もセミプロ級です。アマリリスを描いた画は通院治療センターに展示され、外来患者さんたちの目を楽しませました。時代を経た美術品からは、優れた研究に必要不可欠な、仕事に徹底して取り組むひたむきな姿勢が読み取れるといいます。さらに意識的に専門以外の経済メディアや文芸誌などにも触れ、そのような視野の広さや柔軟さが医学研究の潮流を予測して『免疫』を自身の進むべき道として選び、臨床と研究の両方において活躍するための下地となっているようです。

肺がん領域では多くの先端研究がなされており、岡先生はそのさらに先を見据えています。前述の免疫抑制因子を抗体薬で制御する研究と並行して、肺腺がんで高頻度に発現するがん抗原XAGE1や個別化免疫療法の研究も進行中です。「がん抗原XAGE1は、私たちのデータによると肺腺がんの約40%に発現しています。今後、XAGE1ワクチンで免疫力を増強し、これらの抗体薬と併用する複合的な免疫療法を確立していきたいですね」。

図1 -02

「ヒトの免疫機構は、数千年の間に形成された外敵から身を守る巨大な要塞のようなものです。腫瘍免疫で外敵はがん細胞を意味します。医学の進歩によって、ヒトの免疫が少しずつコントロールできるようになりました。さらに研究が進めば、“免疫によってがんを治す”ことも夢ではありません。将来はがん予防にも活用できると思います」。今後、免疫療法はがん治療の中心になると、以前から岡先生は指摘されています。その鍵は、多くの研究者たちの柔軟かつ大胆な発想にかかっているのかもしれません。

【ココがポイント】
新たな道を選ばざるを得ない状況に置かれたとしても、各分野の将来性や自身の能力を考慮し、自らの環境の中で最良の選択肢を見出し、それに積極的に挑んでいく。そうした逆境にも負けない柔軟性と決断力、先を見通す視点から生まれるものが、多くの患者さんを救う大きな成果へと発展する可能性を秘めていました。『免疫』の分野で再スタートを切ることを選ばれ、それを大きく発展させられた岡先生のストーリーからその重要性を実感することができます。

川崎医科大学附属病院 呼吸器内科部長 岡 三喜男 先生 -03

岡先生が今回の取材中に繰り返し口にされていたのが「丹精込めた美しい仕事は長い間残る」という言葉です。著書「読む肺音、視る肺音、病態がわかる肺聴診学」は、その視点から執筆されたものです。先を見通す視点と柔軟な姿勢を保つために、日々目を通しているという経済メディアの情報から、趣味の日本画、そしてもちろん研究まで、このことは共通しているとおっしゃっていました。「手を抜いたものは、すぐに分かるから」とも。ものづくりの一旦を担う取材者もこの言葉に大いに奮起し、学ばせていただきました。

【川崎医科大学呼吸器内科ホームページ http://www.kawasaki-m.ac.jp/resp/ 】

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