診療科を越えた心不全緩和ケア 診療報酬改定も追い風に 久留米大病院のノウハウとは? | インタビュー企画

サイトへ公開: 2020年05月06日 (水)
地域包括ケアを考えるうえで必要不可欠ともなる緩和ケア的視点。多職種チームを結成し3年前から心不全緩和ケアに取り組む久留米大病院のノウハウについて、ご紹介します。

2018年8月

地域包括ケアを考えるうえで必要不可欠ともなる緩和ケア的視点。多職種チームを結成し3年前から心不全緩和ケアに取り組む久留米大病院のノウハウについて、対談形式でご紹介します。

久留米大学医学部
内科学講座 心臓・血管内科部門
主任教授 福本 義弘 先生助教 柴田 龍宏 先生
•	主任教授 福本 義弘 先生•	助教 柴田 龍宏 先生

従来、がん領域を中心に発展してきた緩和ケアの取り組みが近年、心不全領域へと広がりを見せ、関心が高まっています。久留米大学病院(福岡県久留米市)では、2015年より心不全の患者さんに対する緩和ケアの提供をスタートしました。きっかけは、心臓・血管内科部門に同年4月に赴任した柴田龍宏先生の呼び掛けでした。現在では医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、MSW、臨床工学技士など多職種による心不全緩和ケアチーム(HST、Heart failure Support Team)が既存のがん緩和ケアチームとも連携し、外来・入院患者さんの意思決定を支援しています。
こうしたなか、2018年度診療報酬改定では緩和ケア診療加算の対象に末期心不全が加わり、福本義弘主任教授もこの取り組みに手応えを感じています。
今後、高齢化の進展に伴い心不全の患者さんが急増する「心不全パンデミック」が懸念されています。また、地域包括ケアを考えるうえでは緩和ケア的視点が必要不可欠であり、「将来的には、全ての医療者に基本的な緩和ケアのスキルが求められる」と柴田先生は話します。
多職種による心不全緩和ケアのノウハウをお2人に伺いました。

この記事のキーワード

心不全緩和ケアチーム(HST)/緩和ケア診療加算/多職種連携/患者スクリーニング/心不全パンデミック/基本的な緩和ケア/アドバンス・ケア・プランニング(ACP)

目次

1.HST立ち上げの経緯
2.HSTの結成
3.対象患者さんのスクリーニング
4.多職種チームの運営の実際
5.2018年度診療報酬改定の影響
6.取材の裏話…

1. HST立ち上げの経緯

──どのようなきっかけで、HSTが立ち上げられたのでしょうか。

柴田先生:当院は、2012年に植込み型補助人工心臓(VAD)の実施施設となりました。それに伴い院内にもともとあった、がん患者さんのための緩和ケアチームが、VAD を装着した患者さんの全人的苦痛の緩和にも対応すべく、14年頃から介入し始めました。VADの適応外や高齢の心不全患者さんに対する緩和ケアや意思決定支援は、当初は全く行っていなかったものの、こうした緩和ケアチームの介入によって院内の意識が一気に高まったそうです。
そして、15年3月頃から外来看護師が、患者さんの意思決定を支援するための面談を始めました。これらが心不全緩和ケアチーム(HST)の原型です。わたしが赴任したのがちょうどこの年の4月で、6月にHSTが立ち上がりました(図1)。

図1 久留米大学病院の心不全緩和ケアチーム

図1 久留米大学病院の心不全緩和ケアチーム

(資料:久留米大学病院 ご提供)

──心不全緩和ケアに取り組もうという機運が院内で高まったのは何がきっかけだったのでしょうか。

福本先生:当院に限らず全国的にそうした流れが強まっていたと思います。わたしが赴任したのは2013年でしたが、心不全の患者さんは前職の病院でもかなり増えていました。そうしたなか、積極的治療をせず末期治療に切り替えることを看護師に伝えた際に、「心不全の治療を中止するということですか?」と質問されたことがあったのです。「末期治療」という言葉のイメージから「治療中止」と受け止められたのでしょうが、実際にはそうではありません。「苦痛を和らげながら、末期の心不全の治療を継続していく」と真意を一生懸命説明してもうまく伝わりませんでした。

──誤解されていたということでしょうか。

福本先生:誤解されていたというより、職種によって末期心不全の患者さんに対する治療イメージに差がある印象でした。やがて、柴田先生の前職の国立循環器病研究センターなどいくつかの病院で心不全の緩和ケアチームが立ち上がり始めました。柴田先生は赴任するとすぐ「久留米大学病院にも心不全の緩和ケアチームを」と呼び掛けてくれました。

──院内の温度感が高まっているなかで、柴田先生によって火がつけられた。

福本義弘先生

福本先生:そうです。それまで皆、「何かしなくてはいけない」という漠然とした思いを持つばかりでした。恐らく日本中の多くの医療関係者たちが同じような感覚を抱いていたのだと思います。そうしたなかで当院にHSTが立ち上がったことで、治療に対する同じイメージを職種間で共有できるようになったのです。

──柴田先生もそうした違和感を抱いていたのでしょうか。

柴田先生:わたしはもともと総合診療科の出身ですが、「心不全の治療を極めたい」との思いから国立循環器病研究センターへの赴任を希望したという経緯がありました。しかしそこで目の当たりにしたのは、最新の医療を提供しても救えなかったり、苦しい終末期を送ることを余儀なくされたりする患者さんたちの姿でした。無力さを思い知らされることの連続でした。
末期の心不全患者さんには本来、治療だけでなくメンタル面を含む全人的なサポート体制が必要なはずなのに実際にはそれがないんです。最前線での治療を見たからこそ、そのことに気づくことができました。心不全の緩和ケアチームを立ち上げる動きが前職の病院で出始めたのはその頃のことで、わたしも早速参加しました。
わたしたち医師はこれまで、患者さんの寿命を一日延ばすための努力はしてきたものの、寿命を延ばした後のQOL(生活の質)にまでは思いが至っていなかったのではないかと感じています。自分らしくない姿で永らえる命にどれだけの価値があるのか、疑問を感じる患者さんもいるはずです。命を延ばすだけでなく、患者さんのニーズをそれにどうクロスさせるか、試行錯誤している過程だと思います。

2.HSTの結成

──チームのメンバー構成を教えてください。

柴田先生:医師が8人ほどと、看護師、薬剤師のほか、管理栄養士や理学療法士、医療ソーシャルワーカーなど、総勢20人以上が参加しています。看護師は、従来は5人ほどでしたが、2018年度から8人に増員しました。特に配慮しているのは、医師のトップダウンによるチーム運営はしないということ。患者さんに最も身近な看護師がチームのメインで、カンファレンスの司会もすべて看護師が担当しています。

──チームの立ち上げはどのように進めたのでしょうか。

柴田先生:まず、心不全の緩和ケアでキーとなる担当看護師を、外来と病棟でそれぞれ決め、チーム立ち上げに向け話し合いを始めました。次に、院内のがんの緩和ケアチームにもバックアップを呼び掛け、それを原型に多職種チームに発展させました(図2)。

図2 心不全の緩和ケアチーム

図2 心不全の緩和ケアチーム

(資料:久留米大学病院 ご提供)

福本先生:わたしたちからの呼び掛けは、既存の緩和ケアチームにも歓迎されました。がん以外の患者さんへの緩和ケアを厚生労働省が推進するなか、心不全という新たな領域に踏み込めることは緩和ケアチームにとってもチャンスだったのでしょう。とはいえ、診療科の垣根を越えて協力できているケースは多くないようです。そこを実現できたことこそが当院の強みです。

──久留米大学病院ではなぜ、それがうまくいったのでしょうか。

久留米大学病院ではなぜ、それがうまくいったのでしょうか

福本先生:やはり多職種がそれを望んでいたことと、緩和ケアチームの開放的なスタンスが大きかったと思います。

3. 対象患者さんのスクリーニング

──多職種が参加するHSTでは、患者さんの情報をどう共有していますか。

柴田先生:カンファレンスでの記録を大切にしています。カンファレンスの実施頻度は、入院患者さんなら週1回、外来患者さんなら2カ月に1回になりますが、身体的・精神的な苦痛の状況や、意思決定支援、患者教育の進み具合などを「記録シート」に書き込むことがポイントです。こうすることで、カンファレンスを重ねるたびに患者さんの情報を蓄積できます。

──心不全の全ての患者さんにHSTが介入するのでしょうか。

柴田先生:当初は主治医からの相談を待つというスタンスでしたが、そうするとHSTの介入の有無やそのタイミングにもばらつきが生じてしまいます。こうしたことを避けるため現在では、わたしたちがいくつかの項目で対象をスクリーニングしています。
例えば、年に2回以上入院しているか、身体症状がどれだけ強いか、辛さを示す「からだとこころの質問票(心不全版)」(図3)で一定の基準に該当するかどうかを確認します。このほか、心臓移植を検討できるかどうかなども考慮し、どのような支援が必要かを判断します。がんに関しては国もスクリーニングを推進していますが、心不全に関しては、スクリーニングの有用性すら明らかになっておらず、今後、検証が必要でしょう。ただ、医療現場ではマンパワーと時間が限られているので、少なくとも医療を効率的に提供するという観点からは、スクリーニングは非常に有用だと考えています。

図3 からだとこころの質問票(心不全版)

図3 からだとこころの質問票(心不全版)

(資料:久留米大学病院 ご提供)

──スクリーニングシートは、既に確立されたものがあったのでしょうか。

柴田先生:現在は、がんの患者さん用のものをベースに、心不全用に文言を変えて使っています。それでも十分に使えています。

4. 多職種チームの運営の実際

──多職種がチームを組んで緩和ケアを展開していくうえでは、どのような点が難しいとお感じでしょうか。

柴田先生:一つは看護師の負担増です。大学病院では心不全の重症症例が多いため、意思決定支援は濃厚に実施しなくてはなりません。それまでの看護業務に意思決定支援への取り組みが加わるのでどうしても負担が増えてしまう。HSTの担当看護師を増員したのはそのためです。もう一つは、スタッフへの教育です。スキルアップのためには不可欠である一方、コミュニケーションスキルを学ぶ機会というのは少ないため、当院ではコミュニケーションスキルを学ぶための場を設けたり、外部で研修を受講してもらったりしています。

──看護師の増員に対して病院側の理解はすぐに得られましたか。

福本先生:それは問題ありませんでした。理由の一つには、2018年4月の診療報酬改定で心不全の緩和ケアが評価*されたことがあります。点数そのものが、というよりも、きちんと国から認められた医療行為だということが大きな説得力となっています。

──心不全緩和ケアの対象になる患者さんは増えているのでしょうか。

柴田先生:HSTの取り組みをスタートさせた当初は月に3~5件程度でしたが年々増加し、患者さんの選定にスクリーニングを導入してからは急激に増えています。月によってばらつきはありますが、最近では新規の介入が7~8人程度。累積での介入数は、2016年2月は20人ほどでしたが、18年4月には100人を超えています(図4)。

図4 久留米大学病院HST介入件数の推移(2015年6月~2018年5月)

(資料:久留米大学病院 ご提供)
*緩和ケア診療加算及び有床診療所緩和ケア診療加算の対象に末期心不全が追加されました(「解説」で詳述)。緩和ケア診療加算(1日につき) 390点を算定。

──福岡などの大都市では高齢化がしばらく続くので、心不全の患者さんが増えそうです。

福本先生:それが「心不全パンデミック」と呼ばれる状況で、2030年には心不全の患者さんは全国で130万人規模になると言われています。当院でも心不全の高齢患者さんは増えています。

柴田先生:市中病院では、患者さんの高齢化は恐らくもっと顕著でしょう。

──そうしたなか、地域包括ケアシステムの整備に合わせて地域全体で今後、どのような取り組みを展開していく構想でしょうか。

福本先生:地域包括ケアシステムが整備されれば、地域をまたいだ心不全の多職種チームがつくれるかもしれません。循環器をカバーする病院とがんの緩和ケアをカバーする病院が連携して、同じ患者さんを一緒にフォローすることも可能です。将来的には、連携のすそ野をさらに広げて、在宅で対応できる症例はそちらに移行させることも考えなくてはなりません。
ただ、やってみないと分からない部分もあります。そうしたシステムの対象になる患者さんがどの程度いるのかにもよりますし、一言に緩和ケアといっても、どのような対応が必要かはステージによってかなり異なります。

柴田先生:医療資源には限りがあるので、患者さんが増えるなら、基本的な緩和ケアを提供する施設と、高度な緩和ケアを提供する施設とを分ける必要があります。おそらく大半の症例は基本的な緩和ケアでカバーできるはずで、いずれは全ての医療者にそのためのノウハウが求められるでしょう。

5.2018年度診療報酬改定の影響

──2018年度診療報酬改定による影響はいかがですか。

福本先生:「緩和ケア診療加算」の対象に末期心不全が加わり、追い風になりました。1日390点という点数自体よりも、これを推進しようとする国のスタンスが明確になったことが大きいと感じています。先ほども話したように、看護師の配置を手厚くするための大義名分になりました。

──経営面にも貢献できそうでしょうか。

柴田龍宏先生

柴田龍宏先生

柴田先生:経営面への貢献度が見えてくるのはまだ先です。緩和ケア診療加算の対象が拡大されましたが、これをどんどん算定できるような状況ではありません。なぜなら、厚生労働省が定める末期心不全の診断基準がかなり厳しいためです。もう一つ、わたしたちは早期からの緩和ケアをコンセプトにしているので、この加算の対象になる患者さんだけをカバーしているわけではないためです。
ただ、診療報酬の評価があるのとないのとでは全く違います。これによって、既存の緩和ケアチームが俄然、活動しやすくなったようです。従来は、わたしたちが判断に迷うケースへの対応を相談するという関係性でしたが、現在は、緩和ケアチームが直接介入するケースが増えています。

福本先生:心臓・血管内科の2018年4月の収入は、17年4月と比較するとやや増えましたが、これはこの間の患者増によるもので、診療報酬改定による影響ではないと考えています。心不全の緩和ケアを推進することで、不要な部分の心不全治療を減らし、トータルの医療費を減らそうというのが国の狙いだと思います。たとえ、緩和ケアを促進するためにこの領域の診療報酬を増やしたとしても、それによって別の部分の診療報酬が減ることになり、必ずしも病院全体の増収につながらないのではないかと思います。

──大学病院として教育面に効果があったとお感じでしょうか。

福本先生:最前線にいる柴田先生はあまり実感がないかもしれませんが、久留米大学病院としては、柴田先生のような若手医師が心不全緩和ケアを率先して行っていることは人材育成や教育の観点からも大きな意味があると思います。教育は、実践してから目に見える効果が出るまでに10年はかかりますが、久留米大学病院として、医療界の将来のリーダーを育てていかなくてはならないわけですから、柴田先生の取り組みは教育面に非常に大きな効果があると期待しています。

──学生に対するアピールにもなりますね。

福本先生:その通りです。このチーム医療、心不全緩和ケアは、非常に大きな柱になります。今はいわば、種を蒔き、芽が出て育ち始めたような段階ですね。

柴田先生と福本先生

取材の裏話・・・

インタビュアーインタビュアー:アドバンス・ケア・プランニング(ACP)*をはじめとする心不全における意思決定の支援についてお聞かせください。
*今後の治療・療養について患者・家族と医療従事者があらかじめ、繰り返し話し合う自発的なプロセス
柴田龍宏先生柴田先生:心不全には予後を予測しづらいという疾患特性もあり、ACPを進めるのがとても難しいと感じています。例えば、がんでは病期の進行によって患者さんと医療者が話し合う機会も比較的持ちやすいようですが、心不全は寛解と増悪を繰り返しながら進行します。今が元気でもいつ悪化するか分からないので、患者さんがまだ元気で自分のことを自分で決められるうちから、いざというときにどのような医療を受けたいのか、わたしたちと認識を共有しておく必要があります。
インタビュアーインタビュアー:不安定な病状経過だからこそ、そうしたことを認識しておく必要がありますね。とはいえ、言い出すタイミングも難しそうです。
福本義弘先生福本先生:そうなんです。がんの治療では、積極的な治療を受けないことを選択する分岐点がありますが、心不全では同じ治療がずっと続くうえ、終末期になっても使用する薬は同じなので、分岐点を見いだすのが難しいのです。
柴田龍宏先生柴田先生:当院では、まず看護師の面談により、患者さんの価値観や生活背景、性格などを確認して、それらの情報をカンファレンスの際にチームで共有します。その結果、ACPを積極的に進めていくべき時期だと判断すれば方針を話し合い、対応が非常に難しいケースでは緩和ケアチームにも協力を呼び掛けます。ただ、わたしたち支援チームの役割はあくまでコンサルティングという位置付けで、ACPは主治医が実践します。わたしたちの役割は、そのための情報を提供し、ACPに生かしてもらうことです。
過酷な業務に従事しながら患者さんの背景に関する情報を主治医が集めるのにも限界がある。そうしたなかで、積極的な治療を控えるような責任を伴う判断を下すのは非常に難しいわけです。そこで、わたしたちHSTが責任を共有することで主治医をサポートするという意味合いもあります。
インタビュアーインタビュアー:厚生労働省が2018年3月に改訂した「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」では、終末期の患者さんがいったん意思決定しても、それが変わることを想定して繰り返し話し合うよう強調しています。
柴田龍宏先生柴田先生:それはとても重要な点で、わたしたちも、特定の方向に患者さんの意思を導くようなことはせず、「お考えが変わったら、いつでも伝えてほしい」と呼び掛けています。
(2018年6月11日のインタビューより)
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