人口減に高齢化・・・道北地域に医療絶やすな―ライバル病院、競争から共生へ

サイトへ公開: 2020年10月14日 (水)
人口減少と高齢化が急速に進む北海道上川北部医療圏において、病床機能の役割分担を行い、協力関係を築くことで地域医療の向上を目指す取り組みについてお伺いしました。
人口減に高齢化・・・道北地域に医療絶やすな―ライバル病院、競争から共生へ 01

名寄市立総合病院

院長 和泉 裕一 先生

人口減に高齢化・・・道北地域に医療絶やすな―ライバル病院、競争から共生へ 02

士別市立病院

院長 長島 仁 先生

北海道北部に位置し、士別市、名寄市、和寒町、剣淵町、下川町、美深町、音威子府村、中川町で構成される「上川北部医療圏」では、人口減少と高齢化が急速に進んでいます。

こうしたなか、名寄市立総合病院(一般300床、精神55床、感染4床)と士別市立病院(一般60床、療養88床)を中心に、医療圏全体を視野に入れた連携体制の整備が本格化しています。

公的病院である2病院はかつて、ともに急性期医療をカバーし、しのぎを削っていました。ライバル同士だった2病院が手を取り合い、地域での役割分担を進めることができた経緯から、それによる経営面への効果などについて、トップのお二人にお聞きしました。

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1.病院間での役割分担を進めるまでの経緯

──病床機能の役割分担を決めたきっかけについてお話しください。

1.病院間での役割分担を進めるまでの経緯01

和泉先生 士別市立病院の方針転換のご決断が大きかったと思います。名寄市立総合病院では1992年に改築を行いましたが、当時から今でいう「高度急性期」や「急性期」の医療機能をカバーし、「道北三次医療圏」の地方センター病院としての役割を発揮しようという将来構想を描いていました。これは2代前の院長の時代のことですが、今もその路線を引き継いでいます。当院も士別市立病院も、その頃は同じような規模でともに急性期医療を提供していました。しかし、地域の医療ニーズが変化するなかで、役割分担を検討する流れが出始めました。

長島先生 道内で医師不足が深刻化するなか、わずか20㎞圏内に同じような規模の自治体立の急性期病院が2つあったわけで、和泉先生からは何度も、棲み分けに関する話し合いの打診がありました。しかし、これはよくあることですが、当時は特に医師同士を中心に2病院が良い関係にあったとはいえず、連携体制も脆弱でした。

──士別市立病院では、2008年にダウンサイジングし、2013年以降は療養病床を毎年のように増やしています。

長島先生 士別市立病院は、2008年に40床を削減するまで300床近い規模の全てが一般病床でした。しかし、現在の病床構成は一般60床、療養88床で、2018年末には、療養の27床で地域包括ケア入院医療管理料を届け出ました。それまでは、一般病床60床のうち9床でこの管理料を届け出ていましたが、これを廃止し、新たに療養病棟内に27床の地域包括ケア病床を設けました。当院では、今後も引き続き慢性期を中心に医療をカバーしていく方針です。民間ならともかく、この機能に軸足を置く自治体立病院は全国的にもそう多くはないでしょう。

2. 現在の連携の状況

──急性期から慢性期へという士別市立病院の方針転換に反発はありませんでしたか。

長島先生 わたしが院長に就任したのは2016年のことです。病院運営の方針転換を明らかにすると、院内外からかなり強い反発がありました。なにしろ急性期病床を半減させたので、急性期の専門的な看護にこだわりを持っていた看護師はこれまでに大勢去りましたし、市民からも苦情が寄せられました。大騒ぎになるだろうと、ある程度覚悟はしていましたが、やはり苦しみました。

この決定に際して事務部門の幹部が患者データをまとめたところ、急性期の手厚い治療が必要な入院患者さんが、実はそれほど多くないことが分かりました。そうした患者さんは各病棟に2~3割ほどしかいない状況だったのです。

そこで、そうした患者さんを仮に療養病棟で受け入れた場合、収益がどれだけ変わるかを調べてもらったところ、入院後2週間程度までを除けば、収入はむしろ増えることが分かりました。そのことを理解したうえで急性期医療から慢性期医療に病院の軸足を移すことに決めました。勇気のいる選択でしたが、客観的なデータがあったため成功を確信することができました。

とはいえ、慢性期機能への転換をわれわれが決断しても、急性期の治療が必要な患者さんは引き続き来院します。実際、救急車は今も年1,000台ほどを受け入れています。そこで、当院で診ることのできない急性期の患者さんを名寄市立総合病院で受け入れてもらう相談をさせてもらいました。そのときに和泉先生との関係があったからこそ、こうした方針転換ができたわけです。

──名寄市立総合病院の存在がなければ、これだけの決断はできなかったのですね。

長島先生 はい。20㎞の距離に頼れる急性期病院があったことは本当にラッキーなことでした。何か困ったことがあれば和泉先生に“ホットライン”のように電話で相談をさせてもらっており、2病院の連携の質も高まりました。和泉先生には非常に感謝しています。

3.役割分担を決めたことによるメリット

──2病院の役割分担を明確にされたことで、経営的にはどのようなメリットがありましたか。

3.役割分担を決めたことによるメリット01長島先生 当院を受診された重症患者さんへの対応を名寄市立総合病院にお願いし、容体が安定したらすぐに当院でお引き受けしています。当院のポジションを見直して2病院の連携を強化したことで、こうした柔軟な対応が可能になりました。

人口減少の影響で、当院では外来の件数が年々減っていますが(図1)、入院患者さんはむしろ増えています(図2)。慢性期医療が必要な高齢者だけでなく、末期がんなど終末期医療を施す患者さんの入院も積極的にお引き受けするなど方針転換したことが影響しています。2016年度には前年度比5.7%、2017年度には4.8%増でした。入院件数が前年度から5%以上増加したのは実に18年ぶりのことです。

──長島先生は、2016年度に院長就任1年目で1億円の経営改善を達成され、”北の1億円男”と注目されたそうですね。

お恥ずかしいのですが…。2017年度には病院の64年間の歴史上、初めて1億5,000万円規模の黒字を確保しました。その結果、2018年度には士別市からの繰り入れを1億円以上圧縮できました。

入院件数で、特に増加が目立つのが士別内からの入院で、当院で亡くなられる市民の割合は、かつての4割程度から、今では6割程度に増えました。われわれが急性期医療を主力にしていた頃には終末期に対応する医療機関が地域になく、患者さんは、旭川市などほかの地域に入院するしかありませんでした。以前と比べて地域に必要な医療を提供できていることを実感しています。

図1 士別市立病院の外来患者数の推移

3.役割分担を決めたことによるメリット02

(資料:士別市立病院 長島 仁 先生 ご提供)

図2 士別市立病院の病棟別入院患者の状況

3.役割分担を決めたことによるメリット03

(資料:士別市立病院 長島 仁 先生 ご提供)

──名寄市立総合病院ではいかがでしょうか。

3.役割分担を決めたことによるメリット04

和泉先生 士別市立病院との連携が進んだことも一つの要因ですが、急性期病棟で入院期間の短縮が進みました。平均在院日数は、現在では10日前後を維持しています。

医療連携の強化だけでなく院内の病棟構成の見直しも進めています。2015年には、従来の急性期病棟(300床)のうち1病棟(40床)を地域包括ケア病棟に切り替えました。Post-acuteの患者さんをこちらに移すことで、急性期病棟の診療単価を上げることができます。急性期の医療が必要な患者さんの割合が上昇したことで、入院患者さん一人当たりの診療収入は、精神科を除く一般科で2015年が6万1,540円、2016年が6万5,025円と上昇しています。2017年の実績は6万6,965円と、目標の6万2,710円を大きく上回りました(図3)。

図3 名寄市立総合病院における数値目標の達成状況 3)収入確保

3.役割分担を決めたことによるメリット05

(出典:2018年 名寄市「2017年度新名寄市病院事業改革プラン点検・評価事項」より抜粋)

悩ましいのは、地域包括ケア病棟での病床利用率をどう維持するかです。この病棟では本来、最長で60日間患者さんを受け入れられますが、当院での平均在院日数は20日前後です。本来のメリットを十分に生かせているかは疑問ですが、この病棟を整備したことで、「治療が一段落したらすぐ退院させられてしまう」という患者さんの不安を少しでも和らげることができているのではないかと考えています。

先ほども話したように、当院では、道北三次医療圏の地方センター病院として高度急性期と急性期機能をカバーしていきます。そうした方針を打ち出したことで、若い医師を集められることも大きなメリットでしょう。ただ、急性期病院では収入が見込める一方、多くのコストを要します。こうしたなかで、消費税率の引き上げやスタッフの働き方改革などをどう乗り越えるかが今後の課題です。

──ところで、名寄市と士別市がある「上川北部医療圏」には計8病院がありますが、民間病院はそのうち2病院のみです。

和泉先生 民間病院では、採算が取れなければ参入するのは難しい地域ということでしょう。これに対して、上川北部医療圏の南側にある人口密集地の旭川市周辺には民間の医療機関が多い。旭川市周辺では人口10万対医師数も全国平均を大きく上回っています。

──隣り合う医療圏でも状況は大きく異なるわけですね。

長島先生 旭川市と、旭川市以北の地域とではまるで別世界です。こちらはアルバイトの医師を確保することすら厳しい。札幌からの交通の便も悪く、“捨てられた地域”だとわたしは感じています。

──医師の働き方改革の骨格が2019年3月には固まる見通しですが、それによる影響をどのように見ていらっしゃいますか。

和泉先生 医師の働き方改革は確かに必要なことなのでとても複雑な心境ですが、2018年1月上旬現在の情報では、医師不足の地域では医師の残業時間の上限は、期限付きではありますが最大で年間2,000時間程度に緩和される見通しです。このまま決まるのであれば、当面の病院経営にそれほど大きな影響はないでしょう。

ただ、勤務終了後、9時間以上の「休息時間」を確保する「勤務間インターバル制度」や、一回当たりの連続勤務時間を28時間に制限する仕組みを導入する方向で議論が進んでいます(医師の働き方改革については、「解説」で詳述)。仮にそうなれば、診療科によっては運営に支障を来すかもしれません。例えば、外科や麻酔科のチームが一つしかない小規模な病院では、夜中に緊急手術を行うことで翌日の予定手術を見送らざるを得ないというケースが出かねません。

同規模の病院が同じ地域にほかにあれば役割分担ができますが、当院と180㎞先の市立稚内病院との間には急性期病院がないので、道北では無理でしょう。働き方改革が進んでいるなか、相も変わらず医師には過酷な労働環境ですが、これが、医師不足が進む地域医療の現状なのです。

──北海道が2016年末に公表した地域医療構想では、2病院を中心にICTを活用して地域医療のネットワークを整備する方向性が掲げられました。

和泉先生 国の地域医療再生基金を活用して立ち上げた「ポラリスネットワーク」が軸です。われわれ2病院と市立稚内病院、枝幸町国民健康保険病院の計4病院で2013年6月にスタートしました。電子カルテから必要な情報をピックアップして共有しています。当院と士別市立病院とは比較的近くても、市立稚内病院とは180㎞ほど離れています。かつては、当院の専門医を救急車で3時間半かけて派遣したり、逆に先方から患者さんを搬送したりしていました。しかし、実際に診察してみると専門的な治療が不要なケースも多くありました。そこで、専門医の治療が必要な症例を選別して医療を効率化させるのが「ポラリスネットワーク」の最大の狙いです。

19病院がこのネットワークに参加し、年間でおよそ70件をカバーしています。しかし、この基金の支援はそろそろ更新の時期を迎えます。このスキームを活用している全国の多くの病院が困っていると思います。

──2019年度政府予算案には、「医療ICT化促進基金」(仮称)の創設が盛り込まれました。

和泉先生 そうです。ただ、新たな基金の対象は初期費用のみです。そのため、対応を検討しています。

4.地域の人口減少を踏まえた今後の対応

──上川北部医療圏内では、人口減少がかなりハイペースに進んでいます。高齢化と人口減少を踏まえた今後の病棟の構成についていかがでしょうか。

和泉先生 そこは、当院としてもとても難しいところです。名寄市で見ても人口減少が進んでいるので、当院に現在の規模が本当に必要なのか、常に不安です。ただ、名寄市周辺では病院の無床化など医療機関の規模縮小がどんどん進んでおり、そうした地域の医療ニーズへの対応を迫られる可能性もあります。実際、近年は入院患者さんの半分ほどが名寄市外の方で占められていますし、むやみにダウンサイジングに踏み切れません。

──急性期病院が複数あれば、名寄市外からの医療ニーズにも対応しやすいものの、機能分化が進んだためにそれも難しくなってしまったということですね。

和泉先生 そうです。さらにいうと、当院の南側にある士別市立病院との連携を強化できても、名寄市以北の患者さんをお送りするのは、今の段階では実際は難しい。患者さんやご家族に不便をお掛けすることになるからです。後方支援のベッドをどう確保するか。それも非常に難しい課題です。

長島先生 士別市の人口は2018年末現在、1万9,000人ほどで、毎年300人程度減少しています。どう考えても、将来的には病床をさらに減らさなくてはなりません。しかし、それが果たしていつなのか、見極めが本当に難しい。

2017年度の病床機能報告では、「2025年の予定」を現在と同じ内容で報告しましたが(図4)、それまでに病棟構成をさらに見直す可能性もあるでしょう。それは、地域の人口構成の変化に対応するためというよりも、本音をいえばとにかく病院経営を成り立たせるためです。生き残るのに精いっぱいなのです。地域の高齢化や人口減少に今後も対応し切るのは無理ではないかとすら感じます。

図4 上川北部圏域における医療機能ごとの病床の状況

4.地域の人口減少を踏まえた今後の対応01

(出典:北海道 2017年度病床機能報告「上川北部圏域」より抜粋)

──名寄市立総合病院では、市立稚内病院に医師を派遣するなど非常に広い範囲をサポートしていらっしゃいますが、自治体立病院同士で支え合うことによるメリット、デメリットは何だとお考えですか。

和泉先生 これは簡単なことではありませんが、道北三次医療圏の地方センター病院として、医師派遣の機能を平成初期から担っているので、そういうものだと院内の皆が思っています。当院では、稚内市内やその周辺の入院患者さんもかなり引き受けさせていただいているので、集患という意味ではメリットもあります。われわれも助けていただいていますし、やはりやらなくてはならない。

長島先生 医師派遣は、トップの決断がなければ到底行うことができません。和泉先生のご判断により当院にも、名寄市立総合病院から当直の医師を月2日派遣していただいています。そのうえ、当院の循環器科の医師が退職することになり相談したところ、和泉先生と循環器科の先生方がすぐに対応を話し合い、外来に月8日も来てくださることになりました。名寄市立総合病院もぎりぎりのなかで対応してくださっているのに、本当に頭が下がります。

5.“競争から共生”が実現した背景

──連携を一層強化するため、地域医療連携推進法人のようなスキームを活用するお考えはありますか。

和泉先生 この制度は、話題になった割に、認定済みの法人はまだ数えるほどしかありません。われわれも、このスキームを活用した際にどのようなメリットとデメリットがあるのかを検討している段階です。もしもメリットがデメリットを大幅に上回るのであれば、将来的に検討すべきなのかもしれませんが、今のところは、われわれが検討すべき選択肢の一つという位置付けです。

──かつてしのぎを削った病院同士が、地域全体を見据えて連携できるようになった最大のきっかけは何だとお感じでしょうか。

和泉先生 名寄市とその周辺では、実は病診連携協議会を1990年代前半頃に立ち上げて、開業医の皆さんと年に数回ずつ、連携の方向性を話し合っていました。のちに、士別市などを含む上川北部医療圏全体の病診連携協議会も立ち上がりました。つまり、医療連携を積極的に進めていこうという土壌はもともとあったのです。そうしたなか、2016年末に公表された地域医療構想で現実の数値を突き付けられました。生産年代を中心に人口が急速に減少するなか、地域医療を存続させるには連携を一層強化しなくてはならないという機運が高まったということでしょう。その頃に長島先生が下したご決断が大きかったと思います。

長島先生 地域医療を絶やさないためにも、改革は不可欠でした。複数の病院をまたぐ方針転換の決断はトップ同士の関係が良好でなければ下せないでしょう。必要があって強まった連携であり、双方が生き残るために何度も話し合いをしてきました。人口減に加えて、高齢化が一層進むこの地域で、あるべき医療提供の姿として導いた結論が、現在の連携の形だと思います。

5.“競争から共生”が実現した背景01

取材の裏話・・・

取材の裏話・・・01

インタビュアー:上川北部医療圏では、一般病床の利用率の減少が特に目立ちます。

取材の裏話・・・02

和泉先生:当院では、一般病床の利用率はかつて90%台で推移していましたが、今では70%台に低下しています。今後どうすべきなのかの判断は難しいところです。ただ、そのなかで看護師の配置についてフレキシブルに考えていかなくてはならないと思っています。急性期医療に従事することを希望する看護師も多いので、やる気をそがないような配慮が必要ですが、病棟業務だけでなく連携業務や日計業務など、現在とは違う担当に看護師を配置することも将来はあるかもしれません。

また、病院が存続し、地域に医療を提供し続けていくには、患者さんの意識改革も不可欠です。そのための啓発活動をわれわれ現場だけでなく、国も積極的に進めていって欲しいと思っています。

取材の裏話・・・03

長島先生:「われわれには、上川北部医療圏全体に医療をどう提供していくかを考える必要がある」と、和泉先生とよく話していました。かつてのように、士別市立病院は士別市のことのみを、名寄市立総合病院は名寄市のことのみを考えてそれぞれ医療を提供するのではなく、上川北部地域の医療について考え、その質を上げていくことがわれわれのやるべきことだ、と。

取材の裏話・・・04

インタビュアー:地域で人が暮らすために医療は不可欠なファクターなので、人口が減少していくのなら、減少していくなりの医療をどう提供していくか、見極めも非常に難しいですね。

取材の裏話・・・05

和泉先生:2025年を想定して各都道府県が描いた地域医療構想は当初、病床削減のためだけの国の政策だと勘違いされ、議論されていました。しかし本来は、日本の人口減少と国の財政に鑑み、地域医療をいかに守っていくかを考えるためのものだったはずです。 長島先生がおっしゃるように、だからこそわれわれが補完し合って医療を提供し続ける必要があるのだと思います。
  (2019年1月10日のインタビューより)

【解説】医師の働き方改革、焦点は地域医療への配慮

―厚生労働省 「医師の働き方改革に関する検討会」の議論などをもとに㈱医薬情報ネットが作成―

※2019年1月下旬時点での情報を基に執筆しています。

医師の働き方改革の枠組みをめぐり、厚生労働省内の検討会の議論が大詰めの段階を迎えています。医師の勤務時間を短縮することで医療の提供に影響が及ばないように、厚生労働省は、地域の中核的な医療機関の勤務医を想定して残業時間の上限を大幅に緩和することを提案していますが、検討会ではこうした対応への慎重論もあり、調整が続けられています。

この検討会は、医師や労働組合幹部らによる「医師の働き方改革に関する検討会」です。働き方改革関連法の施行に伴い、一般の労働者の残業時間に対する規制が2019年4月にスタートしますが、医師への適用は5年後の2024年4月まで猶予されました。医師法に規定されている「応召義務」など、医師の業務の特殊性に対する配慮からで、検討会では、残業時間の上限など規制の枠組みを2019年3月ごろ固めます。

最大の焦点は、医師の働き方改革と地域医療の確保をいかに両立させるかです。厚生労働省は2019年1月、休日労働を含む残業時間の上限を、過労死ラインの「年960時間以内・月100時間未満」の水準に設定することを提案しました。2024年4月から全ての勤務医にこの水準を適用することを目指し、勤務時間の短縮を進めるとしていますが、地域の中核となる医療機関の勤務医に関しては、「地域医療確保暫定特例水準」(特例水準)として「年1,900~2,000時間程度以内・月100時間未満」に緩和したい考えです。また、医療の知識や技術を向上させるため、一定の期間に集中して診療する必要がある若手医師の上限も通常より緩やかにする方針です。

特例水準の導入は、医師の働き方改革を進めることで地域医療の提供に支障が及ばないようにするための提案です。ただし、医師の健康を確保するため厚生労働省案では、特例水準が適用される医療機関には連続勤務時間を28時間に制限し、勤務から次の勤務までに9時間の「勤務間インターバル」を確保することをセットで義務付けるとしていますが、検討会では、長時間労働を容認することへの慎重論もあります。

厚生労働省案によると、特例水準の導入は2036年3月末までの期限付き措置です。そのため、医師の残業時間の上限は2036年4月以降、通常の「年960時間以内・月100時間未満」と、若手医師の水準の2通りになる見通しです(図)。

図 医師の時間外労働規制について(案)

【解説】医師の働き方改革、焦点は地域医療への配慮

(出典:医師の働き方改革に関する検討会(2019年1月21日開催)資料)

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