高齢化の進む高知県で好調な病院経営を実現:近森病院院長の考える医療の本質

サイトへ公開: 2017年05月24日 (水)
高知県における経営者としての急性期医療改善への取り組みや考え方、患者さんへの思いについて、近森病院理事長の近森正幸先生にお伺いしています。

近森病院 理事長 近森 正幸 先生 ※インタビュー当時院長職。

近森病院 理事長 近森 正幸 先生 ※インタビュー当時院長職。

1972年大阪医科大学卒業。72年大阪医科大学第二外科入局。76年癌研究会付属病院、77年大阪医科大学一般消化器外科、78年近森病院 外科科長就任。84年近森病院院長・近森会理事長就任、2006年社会福祉法人ファミーユ高知 理事長就任、07年医療法人松田会 理事長就任、10年社会医療法人近森会 理事長就任。16年12月近森病院 院長退任。

少子高齢化の進む高知県は、対人口比における病床数が全国平均の2倍、平均入院日数1.5倍、一人当たりの入院医療費は日本一といわれています。これは、超高齢化社会と増大する医療費という、今後10年で日本が直面するといわれる医療の課題が象徴的に表れていることを意味します。急性期病院にとっては医療経営上厳しい環境の中、近森病院は思い切った機能の絞り込みと連携を進め、先駆的な経営施策を生み出し、その手腕は全国的に注目されてきました。今回のインタビューでは、33年にわたり近森病院を支え、高齢化が課題となる日本の医療に道筋を示してこられた近森正幸先生にお話をうかがいました。

高齢、貧困、入院医療費全国一の高知県で急性期医療を提供し続けてきた近森病院

高知県は、県民所得が都道府県中45位、県民一人当たりの年間所得が全国平均より50万円以上下回っており、経済的に苦しい県である※1とともに、高齢県であり、全国平均の3.5倍の療養病床を抱えています※2。さらに、在院日数が長く、一人当たりの入院医療費が全国一高額※3だと言われており、このような特殊な医療環境から、“高知県は現在の日本の高齢化に伴う医療の課題の10年先の姿を見ている“と例えられています。このような、急性期病院の経営の場としては逆境ともいえる厳しい環境の中で、近森病院は、急性期病院に特化し、リハビリテーションやNST(Nutrition Support Team:栄養サポートチーム)などに業界に先駆けて取り組み、高い経営効率を維持してきました。

近年の、国内全体の高齢化に伴う医療の課題の顕在化とともに、近森病院は先駆者として全国の病院経営者から注目されてきました。特に、2010年の診療報酬改定において新設された栄養サポートチーム加算は、近森病院が独自に始めたNSTの取り組み事例に倣った施策といわれています。

厳しい環境で、あえて急性期病院経営の道を選択

近森病院 理事長 近森 正幸 先生 ※インタビュー当時院長職。-02

現在は急性期に特化している近森病院ですが、近森先生が院長に就任した1984年当時、病床の3分の2を寝たきりの患者さんが占めていました。当時は、多くの病院で付き添いさんが寝たきりの患者さんのお世話をすることにより、低い人件費で安定した利益を生んでいた側面が少なからずあったといいます。
ところが、厚生省(現・厚生労働省)は看護師の役割を看護に限定するため、基準看護を徹底し、付き添い看護に依存した病院経営は転機を迎えます。周囲の多くの病院は、それまでと大きく体制を変えずに療養病棟に転換していきました。現在も当時の名残は色濃く、高知県の療養病床は全国平均の3.5倍※2と言われています。その中で、近森病院を療養病棟に転換させるか、あるいは、これまでの方針と大きく転換させるかという選択に迫られます。ここで、近森先生は、高齢者の多い高知県で病院の機能を急性期に特化するという厳しい道をあえて選択し、“寝たきり患者さんを出さない医療の提供“という発想に転換しました。

“寝たきり患者さんを出さない急性期病院”を目指して

“寝たきり患者さんを出さない急性期病院”を目指して-01

寝たきり患者さんを出さないためにはどうしたらいいのか。高齢者の寝たきりは、骨格筋の衰退による廃用と低栄養が大きな原因です。近森先生は高齢者が多いこの地域で、急性期病院として機能する病院をつくるための医療の両輪として、リハビリテーションと栄養サポートの体制の整備を重点的に行うことに決めました。

そこで、未だ、“温泉リハビリテーション”が主流だった1989年に、日本でも先駆けとなった都市型の回復期リハビリテーション病院となる近森リハビリテーション病院を開院しました。前例のない取り組みに、思い切った投資だったといいます。毎月1000万円以上の赤字を出していた時期もあったといいますが、ここでのリハビリテーションでの実践が参考とされ、回復期リハビリテーション病棟に診療報酬点数がつき、5年で黒字化に成功。近森病院のリハビリテーションの取り組みに倣って、国内でも急性期、回復期、維持期のリハビリテーションの流れが根付き、現在のリハビリテーションが形作られたと言われています。

加えて、患者さんの栄養サポートを体系的に行うシステム作りに取り掛かります。「当時、栄養サポートのシステムを病院に導入する方法が全く分からず、どうしても自分の力ではできなかった。」と近森先生がこぼすほど、これも前例のない取り組みでした。当時、栄養士の職場は厨房の中であり、病棟に出てくることはなかったといいます。頭を抱える中、管理栄養士が病棟で活躍するアメリカに留学し、病棟でのNST経験を積んだ、宮澤靖管理栄養士との出会いがあり、病棟へのNST業務の導入を開始しました。宮澤管理栄養士のNST業務を国内の病院に広めたいという思いが近森先生の思いと合致し、今では、近森病院は日本でもトップクラスの栄養サポートチームを持つと言われるほどに成長しています。

機能の絞り込みと連携の徹底

さらに、近森先生は、厳しい環境のなか、急性期医療に特化しながら経営効率を上げるための戦略として、思い切って、病院の機能を入院医療に絞り込むことを行いました。急性期に特化すると、外来を縮小せざるを得ません。そこで、地域の病院との紹介・逆紹介のシステムを強化しました。近森病院の縮小した機能をカバーできる上、各病院がそれぞれの役割に特化して伸ばしていくことができ、地域として医療の質を上げることができます。「現在でこそ機能分化と連携は当たり前になっていますが、当時は実績もなく、決断に際して足が震えたことを覚えています。」と近森先生は振り返ります。当時、病院の機能を取捨選択し、地域のかかりつけ医と連携するということはそれほどに先進的な取り組みだったのです。

さらに、院内の各専門職の業務にも医療機能の絞り込みと連携の考え方を応用しました。当時の近森病院では外科医は救急医療に対応し、内科医は一般内科全般の診療を行っていた、医師や看護師がいわゆる多能工のように多様な業務をこなす診療体制でした。人材リソースが限られているなか、このままでは質も生産性も頭打ちになってしまうと考え、医師の業務については、外科医は大きな手術に、循環器内科医はPCIに、と診療科ごとに生産性、専門性の高い業務に集中させました。また、看護師の業務についても同様に、それまで看護師が行っていた業務の中からリハビリや栄養サポートなどの業務を理学療法士や管理栄養士に移管し、一人の患者さんに多くの医療スタッフが関わり、それぞれがコアの業務に集中できる体制を構築しました。はじめは質と生産性の向上を目標に開始したことでしたが、厚労省のチーム医療の推進とともに、医療スタッフの業務に診療報酬が与えられるようになり、さらに経営が安定しました。

根底には、“最終的に患者さんのためになる医療の追及”への思い

近森先生の “急性期に特化”“寝たきりの患者さんをつくらない”“生産性と質の向上”など、すべての発想は患者さんとスタッフが求める医療を提供したいという思いが原点となっています。「患者さんが質の高い医療を受け、リハビリをして機能を維持・回復し、退院して家に帰っていく。患者さんにとってはもちろん、医療者にとってもそれが一番やりがいを感じることです。」病院の方針を決定する際、小手先の改善で得られるその場限りの利益を取る考えはなく、常に、医療に求められていることの原点に立ち返り、次の施策を独自に考え、一から組み立ててきました。その結果、行政が近森病院の取り組みを見て、後を追っています。「初期に赤字だった取り組みもありましたが、ほとんどがその後に診療報酬などで評価され、黒字化しています。大きな投資を必要とする前例のない取り組みでも、本当に求められることであれば、評価は後からついてくるはずです。」と近森先生はいいます。

「ワーカーで終わらず、自ら考える医師でなくてはならない」

近森先生の価値観には、創業者であり先代の院長であった父、近森正博先生が経営において大切にされてきた医療への考え方が強く受け継がれています。近森正博先生は、戦後まもなく近森病院を開院し、機能分化の考え方などまったくなかった時代に、救急医療に力を入れ、院内ICUの整備、手術室や検査部、画像診断部の中央化など、近森先生の機能の絞り込みの発想の原型となる、先見性のある取り組みを行ってきました。こうした父の姿を見てきた近森先生もその考えを受け継いでいます。近森正博先生、正幸先生の取り組みの根底には、共通して“前例や規定にとらわれずに自分のやるべきことを自ら考え、責任をもって判断する”という考えが存在します。この考えから、近森先生は「医師はワーカーになってはいけない。自分で考え、行動しないといけない。」と力説します。近年、診療の現場でも業務の標準化が進んでおり、ガイドラインや診断基準が細かに決められています。それにともなって、自分で考えようとしない、責任を持とうとしない医療者が増えていると感じているとのことです。近森先生は、スタッフ教育においても“病気の治療だけでなく、患者さんの幸せにも責任を持つ医療者に“という考え方を伝え、10年、20年後、高齢化が進みますます厳しくなることが予想される医療環境のなか、急性期医療を支える後進の育成にも取り組んでいます。

【ココがポイント】
近森先生が、厳しい環境の中、病院経営において業界の先駆けとなる成果を出された背景には、

  • 常に、問題の本質を突き詰めて考えること。
  • 短絡的な、小手先の努力で得られる成果でなく、問題の根本的な改善、長期的に見通して大きな成果を生む選択をすること。

という、明確な価値観が一貫して存在しています。

病院経営のみならず、お金や物の考え方にも同様にこの価値観が表れています。当インタビューの際、近森先生は「100億円の貯金がある人と、200億円の借金がある人のどちらが豊かだと思う?」と編集部に問いかけてこられました。「100億円の貯金は、100億円のお金である以上の価値を持たない。いわば、減っていく財産だ。それに対して、200億円の借金は大きな価値を生み続ける設備や人材に変わっている。私は、200億円の借金持ちのほうがずっと豊かだと思う。」と近森先生は答えてくださいました。ご自身の家や車、土地などのストック資産の所有はほとんどされず、借金をしてでも近森先生が必要と考える病院機能に惜しまない投資を続けてこられたとのこと。ここにも、“目に見えるわかりやすい価値ではなく、本質的に豊かであるとはどういうことか”というご自身の価値判断が明確に表れています。ここに、患者さん、病院従業員のみならず、医療業界に対して新しい価値を豊かに生みだす“生きた病院”の礎を見ることができました。

近森病院 理事長 近森 正幸 先生 ※インタビュー当時院長職。-03

キーメッセージ:
小手先で得られるわかりやすい価値よりも、“本質的な価値“の追求を

出典・引用文献
※1)高知県 平成26年度 高知県県民経済計算の概要
http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/111901/kenminkeizai.html
※2)厚生労働省 高知県の取り組み事例と課題
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/10/s1024-8b.html
※3)厚生労働省 平成26年度 国民医療費の概況
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/14/dl/kekka.pdf

ページトップ