病床機能転換に医師の働き方改革、病院統合……難局乗り切れ! 病院生き残り戦略のケーススタディー

サイトへ公開: 2020年10月15日 (木)
診療報酬体系見直し、地域医療構想に沿った再編、働き方改革など、病院経営に大きな影響を及ぼす難局を乗り切るケーススタディーを東日本税理士法人の長 英一郎所長に伺いました。
病床機能転換に医師の働き方改革、病院統合。病院生き残り戦略のケース01

東日本税理士法人代表社員(公認会計士・税理士)

長 英一郎 先生

診療報酬体系の抜本的な見直しに地域医療構想に沿った病床機能の再編、そして医師をはじめ医療従事者の働き方改革など……

病院経営に大きな影響をもたらす医療改革が一気に動き出しました。

こうした中、「急性期機能や急性期一般入院料1にこだわりすぎると、いつの間にか追い込まれかねない」
と話すのは、全国の病院の経営改善を指南する東日本税理士法人の長 英一郎所長。

経営指南した病院には、急性期病院としての存続に見切りをつけて回復期機能へ移行し、黒字転換を果たした病院もあるといいます。

生き残り戦略のヒントはどこにあるのか--。

難局を乗り切ろうと奮闘する病院のケーススタディーを紹介していただきました。

1. 急性期一般入院料2への転換を決断した病院

―2018年度の診療報酬改定では入院医療の評価体系が大きく変わりましたが、従来の7対1入院基本料や、それに相当する急性期一般入院料1からの転換は進んでいないようです。現場では見直しにどのように対応していますか。

確かに転換は進んでいません。私たちのクライアントにも、従来の7対1相当の急性期一般入院料1から入院料2や3に切り替えた病院はほとんどありません。実際、現場では、重症患者さんの受け入れ割合などの基準を何とかクリアしているのだろうと思います。「重症度、医療・看護必要度」の評価基準が見直され、認知症のある患者さんの受け入れが新たに評価されたことが大きいでしょう。

ただ、必ずしも急性期一般入院料1を死守することがベストとは限りません。中部地方にある民間のM病院は、急性期一般入院料1から入院料2に切り替えた数少ないケースです。当施設は消化器専門の病院で、許可病床はもともと100床ほどでしたが、現在は60床。平均在院日数が4日前後と少ないので、病床利用率が40~50%台で低迷するようになりました。そのためダウンサイジングに踏み切り7対1を維持したものの、重症患者さんの受け入れ割合の基準が2018年度改定で25%以上から30%以上に引き上げられたことで、クリアできなくなりました。M病院では患者さんの平均年齢が65歳で、認知症患者がほとんどいないため、重症度基準をとれませんでした。

それによって病院の利益は大幅に下がりそうなものですが、2018年度改定前後の医業利益を比較すると、改定前の2017年度が0.95億円、2018年度が0.89億円と、大きな差はありませんでした。M病院では、入院での収益は確かに減少しましたが、外来収益はむしろ増加しているのです(図1)。

図1 M民間病院の医業収益

1. 急性期一般入院料2への転換を決断した病院01

(資料:東日本税理士法人 長 英一郎 先生ご提供)

―それはなぜでしょうか。

ポイントは2つあると思います。まず、急性期一般入院料2への切り替えです。M病院では、大腸ポリペクトミーを日帰り手術に切り替えたり、外来化学療法を行ったり、外来医療に積極的に取り組んできました。医業収益のウエイトは、大半の病院では入院7、外来3程度だと思いますが、M病院は入院4、外来6のような割合になっています。入院から外来へのシフトを進めた結果、入院での減収を外来でカバーできたのです。

もう1つのポイントが、人件費の削減です。切り替えを決断したタイミングで看護職員の新規採用を控え、自然退職に任せました。その結果、年間で4,000万円ほど削減され、利益ベースではほぼ横ばいに。これらによって影響を抑えることができたのです。

―切り替えに対する不満は現場にありませんでしたか。

ありました。自然退職によりスタッフ数が減る一方で外来治療へのシフトを進めているので、それに伴う業務の負担増があります。その課題に対しては、看護部長が現場の不平不満に耳を傾けながら適宜調整を図っているようです。

―小規模な病院が外来機能を進めるというのは国の方針にもマッチしている気がします。

そうです。ただ大事な視点は、それが病院としてベストな選択だったのか、ということです。M病院では、ヒヤリハットの件数が増加したといった医療安全の面で特に問題は発生していないそうですが、患者さんの視点に立つと、ケアが十分に行き届いていると思えないこともあるかもしれません。また、職員の満足度も確実に低下しています。この病院が果たして、この先も利益を確保し続けられるかについては、継続して確認していこうと思います。

繰り返しますが、国の方針に沿い、医業利益などの経営指標が良好だからといって、必ずしも良い病院とは限りません。患者さんや職員の満足度を経営指標から拾うことは不可能ですが、インタビューやアンケートで声を聴くなど、病院経営者は、そこにこそ関心を払うべきでしょう。

2. 医師の働き方改革に追いつめられる病院

―スタッフの働き方改革も病院経営の大きなテーマです。

診療報酬改定にどう対応するかは、決して小さなテーマではありませんが、今、病院にとっては、医師の働き方改革や人材不足への対応の方が重要でしょう。実際、医師の働き方改革による影響が医療現場に出始めています。中部地方のある病院では、労働基準監督署の宿日直許可が下りませんでした。宿日直許可の基準にはたとえば、「通常の勤務時間の拘束から完全に解放された後のものであること」「特殊の措置を必要としない軽度の又は短時間の業務に限ること」があります。これは、労働する必要がほとんどない勤務にのみ従事すること、と言い換えられると思いますが、回復期をカバーしているとはいえ、当院では関連の介護施設などからの夜間救急搬送を若干名受け入れていることがその理由でした。

―宿日直を許可されるかどうかで、どのような違いがありますか。

大学病院との関係に大きな影響を与えると思います。医師の時間外労働の上限が規制される2024年度以降、地域医療や医学教育の拠点となる大学病院では、規制を緩和する特例を受けるケースが多くなるでしょう。問題は、地域に不可欠な医療の業務に従事する医師の連続勤務を28時間以内に制限したり、次の勤務までに9時間以上のインターバルを確保したりすることが、そうした病院に義務付けられることです。そうなると、大学病院としては、夜間に休息を取れないような、宿日直許可の基準をクリアできない病院には医師を派遣できません。実際、そのような民間病院への派遣に難色を示す大学病院が出始めています。救急搬送が多い脳神経外科などの二次救急病院では、特に厳しいかもしれません。

―そのような病院は、どうなっていくのでしょうか。

高松市立みんなの病院(香川県高松市)の塩谷 泰一名誉院長は、2019年8月に札幌市で開催された日本病院学会で、 「医師の働き方改革を実現させるには、医療の提供を減らすか、医師を増やすしかなく、どちらも難しいなら他施設との統廃合が避けられない」と指摘しています。大学病院に医師派遣を断られると医師を増やすのは困難で、救急の受け入れを制限するなど医療の提供を減らすしかないでしょう。救急の受け入れを制限すると、新規入院が減り、経営に影響が及ぶでしょう。どうにもならなくなった民間病院が自治体病院と統合するようなケースが、今後は増えていくのかもしれません。

※取材後の長先生追加コメント※
厚労省が2019年9月26日、再編・統合が必要な公立・公的病院リストを公表しました。その数は、分析した施設数の約3割に当たる424病院。当該施設は2020年9月までに結論を出すよう求められています。今後、地域医療構想調整会議で病院間統合が議論されていくでしょう。

3. 急性期から回復期への機能切り替えで黒字転換した病院

―経営環境の変化にうまく対応できているケースがほかにもあれば教えてください。

岐阜県の小規模な民間病院であるS病院では、近隣の公的病院とすみ分けを進めています。高齢化と人口減少が同時に進むこの圏域で、S病院はもともと10対1の一般病棟100床と、医療療養病床50床を運営していました。それに対して公的病院は7対1が383床。こことの競合を避けるため、S病院では2017年、トップダウンで一般病棟100床を地域包括ケア病棟と回復期リハビリテーション病棟50床ずつに切り替えました。

S病院の医業収益は、2014年度が18.9億円、2017年度が18.7億円。このマイナスは主に病棟構成の見直しによる入院料の減少や、公的病院と競合していた外科から撤退したことによる手術料の減少に起因しています。しかし、医業利益ベースでみると、2014年度は2.1億円の赤字だったのに対し、2017年度は1.2億円の黒字に。この3年間で利益が3億円以上改善したのです(図2)。

図2 S民間病院の医業収益

3. 急性期から回復期への機能切り替えで黒字転換した病院

(資料:東日本税理士法人 長 英一郎 先生ご提供)

このケースでも、人件費の削減が大きく影響しました。外科から撤退したことで医師や看護師が自然退職し、人件費が1億円ほど減少しました。また、手術が減り、材料費を抑えられたのも要因の1つです。

このように、急性期機能にしがみついていたらジリ貧に陥ることを免れなかったのが、抜本的な方針転換で活路を見いだしたケースもあります。急性期一般入院料1の届け出が難しいなら、回復期機能などへの転換を検討すべきでしょう。大半の地域ではそちらの方がニーズはありますし、地域内でのすみ分けの観点から得策かもしれません。

3. 急性期から回復期への機能切り替えで黒字転換した病院01

―よく決断されたと思います。

厚生労働省は最近、公立病院・公的病院の機能選択の方向性として、(1)現在の機能を維持(2)ほかの医療機関への代替可能性がある(3)再編・統合などを特に議論する必要がある――の3つを示しました。今回紹介したS病院は民間ですが、これに先行する形で機能の一部を他の医療機関に代替したのです。

最初に紹介したM病院と同じように、方針転換に対する現場の不満は大きかったようですが、残ってくれたスタッフのモチベーションはむしろ向上しています。急性期の領域で生き残ることが唯一の選択肢ではない。急性期機能や7対1に強くこだわる病院と、そうでない病院との差はこういうところで生じると感じさせられたケースです。

―民間病院が人材を確保するために地域医療連携推進法人のスキームを活用することが有効だという声もあります。

そうです。最近は、地域医療連携推進法人の立ち上げを大学病院主導で目指すケースが増えています。近畿地方のA病院では、同じ大学からの医師の派遣が全体の4割を占めています。A病院は、派遣元の大学病院側の要請に応えて、地域の複数の病院とともに協議に加わりました。これが非常に大きな転換点だったといいます。地域医療連携推進法人に参加するなら、大学病院と民間病院とは、いわば一蓮托生です。医師の派遣取りやめも言い出しづらいでしょう。医師の働き方改革や人材確保の実現策として、地域医療連携推進法人の整備がこれから各地で進むでしょう。

4. 国が注目する地域医療連携推進法人のモデルケース

そうするうちに、地域医療の再編が進む。そのモデルケースになりそうなのが、山形県の庄内医療圏の事例です(図3)。この地域ではもともと、2 km圏内にある県立日本海病院と酒田市立酒田医療センターがともに急性期医療をカバーし、診療科も重複していました。それをよそに、この地域では高齢化と人口減少が進み、医療ニーズがどんどん減少しています。こうした変化に対応しようと、地方独立行政法人山形県・酒田市病院機構を2008年4月に立ち上げて2病院を統合し、診療機能の再編を進めました。さらに2018年4月には、民間病院や医師会なども巻き込んで地域医療連携推進法人「日本海ヘルスケアネット」が誕生しました。

この過程で、急性期の診療機能は再編後の日本海総合病院に集約させ、市立酒田医療センターは、回復期や慢性期機能をカバーする日本海酒田リハビリテーション病院として再出発します。2病院全体で168床を減らしました。日本海総合病院での手術件数の推移をみると、2008年が4,846件、2017年が6,152件。医師数もこの間、103人から144人に増え、7倍近い増益を実現させました。

図3 地方独立行政法人山形県・酒田市病院機構の統合再編経過

4. 国が注目する地域医療連携推進法人のモデルケース01

未来投資会議 産官協議会 「次世代ヘルスケア」会合(2019年3月1日)資料2より抜粋

この地域には、日本海ヘルスケアネットに参加していない病院もありますが、病床利用率が低下し、苦戦しているようです。これに対して日本海ヘルスケアネットに参加する本間病院では、日本海総合病院を退院した患者さんを積極的に受け入れ、高い病床利用率を維持できています。地域医療連携推進法人に参加する病院としない病院との差がこれからさらに拡大するかもしれません。

―医師数が増えるなら現場の理解も得られそうです。

2018年4月には、日本海ヘルスケアネットの誕生に合わせて酒田市立八幡病院が山形県・酒田市病院機構に新たに統合され、無床の日本海八幡クリニックに移行しました。統合後は、市立八幡病院の看護師13人を日本海総合病院が受け入れ、日本海ヘルスケアネットに参加している病院や介護施設へ、必要に応じて派遣しているそうです。病床を減らした結果、地域の医療がうまく回り始めた成功事例です。一連の経緯は、政府の未来投資会議の産官協議会が2019年3月に開いた会合で報告されています。国は恐らく、こうしたケースを広めたいのでしょう。

4. 国が注目する地域医療連携推進法人のモデルケース02

取材の裏話・・・

取材の裏話・・・01

インタビュアー:2020年度の診療報酬改定に向けた中央社会保険医療協議会の議論では、どのような点に注目していますか。

取材の裏話・・・02

長先生:入院患者さんの状況などを評価する「重症度、医療・看護必要度」(看護必要度)の基準が見直される可能性があると思います。入院患者さんの看護必要度は、「モニタリング・処置の実施状況」のA項目と「患者の状況」のB項目、「手術など医学的状況」のC項目という3つの観点を組み合わせて評価する仕組みで、「A項目2点以上・B項目3点以上」など4つが「重症」に該当します。

「A項目2点以上・B項目3点以上」の基準は、認知症のある患者さんの受け入れを評価するため2018年度に新設されました。しかし、高齢の患者さんが多い病棟が有利になる傾向があり、中医協の分科会では、急性期機能を評価する基準としてふさわしいのか疑問視する声が高まっています。2020年度の改定でこの基準が廃止されたり、重症患者の受け入れ割合の基準自体が引き上げられたりしてもおかしくありません。

取材の裏話・・・03

インタビュアー:今後は、急性期からほかの機能への転換を迫られる病院が増えるかもしれません。

取材の裏話・・・04

長先生:東京都では、全身麻酔と化学療法の実施件数で急性期と回復期機能を切り分けようという試みを病床機能報告制度で始めました。これらのどちらかを年に1床当たり1回以上実施していなければ「急性期機能」と報告できないという定量基準を導入したのです。7対1の一般病床450床を持つある病院では、この基準に照らすと半分近くが回復期機能に相当します。

急性期と回復期機能を切り分けるのにこの基準がふさわしいのかどうかは別として、病床機能報告を診療報酬と結び付けて、「回復期機能」と報告したら急性期一般入院基本料を届け出ることができない仕組みに、近い将来なるかもしれません。

  (2019年9月3日のインタビューより)

【解説】 地域医療連携推進法人が13法人に――2019年1月以降、7法人誕生

―厚生労働省 中医協の議論などをもとに㈱医薬情報ネットが作成―

全国の地域医療連携推進法人は2019年6月12日現在、13法人と、2018年末の7法人から6法人増えました。これまで認定していなかった大阪府が同日付で2法人を認定するなど、ここへ来てペースが上がり始めています。

地域医療連携推進法人は、2015年の医療法改正に伴い創設された制度で、2017年4月に運用が始まりました。病院や診療所、介護施設などを運営する、同じ地域の複数の非営利法人が共通の「医療連携推進方針」を掲げて一般社団法人をつくり、都道府県知事が地域医療連携推進法人として認定します(図)。

医薬品の共同購入やスタッフの派遣など、医療連携推進方針に沿ったグループ内での業務を促すことで、地域(医療連携推進区域)内の限られた資源で医療を効率的に提供できるようにするのがこの制度の狙いです。しかし、2018年末までに認定されたのは全国で7法人にとどまっていました。

厚生労働省によると、2019年1月以降に認定されたのは、「日光ヘルスケアネット」(栃木県日光市)、「北河内メディカルネットワーク」(大阪府北河内医療圏)、「弘道会ヘルスネットワーク」(大阪府守口市など3市)など6法人で、関西医科大学などの北河内メディカルネットワークと、守口生野記念病院などの弘道会ヘルスネットワークは医療連携推進区域が重複しています。

制度の運用開始に先立ち、厚生労働省は2017年2月、同じ地域に複数の地域医療連携推進法人が創設されたり、1つの医療法人が複数の地域医療連携推進法人に参加したりすることもあり得ると通知しています。

地域医療連携推進法人をめぐっては、グループ内の病院間で病床を融通するための手続きに時間がかかり過ぎるなど改善を求める声があり、政府は2021年度中に、てこ入れ策を固める方針です。

【解説】 地域医療連携推進法人が13法人に――2019年1月以降、7法人誕生

厚生労働省「地域医療連携推進法人制度について」より

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