人間は多様で複雑、だから面白い。研究者として、医師として、糖尿病治療の奥深さに挑みつづける先生のリアルストーリー

サイトへ公開: 2019年12月20日 (金)
海外への留学経験など、これまでの軌跡と医師や研究者としての今後の展望について、杏林大学医学部糖尿病・内分泌・代謝内科学 教授の安田和基先生にお伺いしています。
杏林大学医学部糖尿病・内分泌・代謝内科学 教授 安田 和基先生-01

杏林大学医学部糖尿病・内分泌・代謝内科学 教授 安田 和基先生

東京大学医学部卒業。東大病院・東芝中央病院(研修医)、東京大学医学部第三内科、東京女子医科大学糖尿病センター、米国シカゴ大学生化学/ハワードヒューズ医学研究所、東京大学医学部第三内科 医員、朝日生命糖尿病研究所 研究員、千葉大学医学部遺伝子病態学講座 客員助教授、国立国際医療研究センター研究所 代謝疾患研究部 部長などを経て、2019年に杏林大学医学部糖尿病・内分泌・代謝内科学 教授。

2019年4月に、杏林大学医学部糖尿病・内分泌・代謝内科学 教授に就任した安田和基先生。「人間は多様であり不思議であるから面白い」。その思いから医師を目指し、現在でもその考えは変わらないといいます。今回のリアルストーリーでは、安田先生のこれまでの軌跡を振り返るとともに、今後の展望についても語っていただきました。

人間という「謎に満ちた存在」に興味を抱き医学部へ

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安田先生が医学部進学を考え始めたのは、高校生のときです。将来を思い浮かべると、「専門を1つに絞って働いている自分」に違和感を覚えたといいます。そのときに思い当たったのが医師でした。人間といういまだ説明がつかない事象の多い存在を相手にする医師なら、さまざまな未知に触れられると感じたそうです。そして、安田先生は東京大学医学部を受験し合格。医学の道へ進みます。

多様な分野の疾患に興味を持ち、糖尿病を専門に

安田先生が糖尿病を専攻した理由は、糖尿病そのものへの興味もありますが、多くの分野の疾患にも触れられると考えたからでした。その印象は、初期研修を進めるうちに、どの分野でも必ずといっていいほど、糖尿病を基礎疾患に持つ患者さんに遭遇することで確信に変わったそうです。また当時は、今ほどエビデンスが存在しなかったこともあり、治療において、主治医と患者さんとの関係が非常に重要でした。しかも治療が長期にわたることから、ひとりひとりの患者さんに主治医として長く関わり、かつ他の診療科の医師や他職種の人たちと連携して診療していく必要があり、そこにも医師としての「やりがい」を強く感じたそうです。

出稽古で臨床経験を積む

安田先生は2年間の初期研修が終了すると、東京大学医学部第三内科に入局します。その当時第三内科では、大抵の若手は卒後3年目で大学に戻り、病棟業務の後、研究を始めていました。しかし安田先生は、糖尿病の合併症管理をさらに経験するため、東京女子医科大学の糖尿病センターでの研修を希望します。日本では当時まだ少なかった糖尿病専門のセンターであり、所長の平田幸正先生(故人)のリーダーシップのもと、糖尿病合併症の終末像ともいえる症例を含め、さまざまな症例を数多く経験することになります。

研究経験なしで留学へ

安田先生に転機が訪れたのはその1年後のことです。当時、東大第三内科の糖尿病グループをけん引していた春日雅人先生(現:公益財団法人 朝日生命成人病研究所 所長)が神戸大学の教授として赴任されることになり、米国から門脇孝先生(現:東京大学医学部附属病院 特任教授)が戻られ、グループを引き継がれることになりました。そして、プロジェクトの再編成が行われるなかで、「シカゴ大学に留学しないか」と声がかかります。安田先生は基礎研究の知識や経験はほとんどありませんでしたが、臆することなく渡米を決意します。「研究の厳しさを知らなかったからこそ、怖いもの知らずでできた決断だと思います」。安田先生が日本から海外に出るのは、旅行も含めこれが初めてだったそうです。

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難渋する研究と臨床医ならではの発見

1990年7月から、米国シカゴ大学ハワードヒューズ医学研究所で安田先生の研究者生活は始まります。所属はGraeme I. Bell教授率いる研究室、与えられたテーマは当時世界中が注目していた糖トランスポーター“GLUT4”の遺伝子多型解析でした。しかし、研究は難渋します。「今から思うと、数週間で結果が出るはずの仕事に何カ月も費やしていました。それでも結果が出なかったのです」。そこで、Bell先生は新たな提案をします。同じ教室に京都大学から留学していた山田祐一郎先生(現:秋田大学大学院医学系研究科内分泌・代謝・老年内科学講座 教授)が発見した、ソマトスタチン受容体ファミリーの機能解析をテーマとして与えてくれたのです。安田先生はそれをこなしながら、さらなる受容体サブタイプの探索も進め、山田先生が報告された以外の2つのサブタイプの発見に至ります。しかしこれらの受容体はなぜか、ソマトスタチンとほとんど結合しませんでした。その一方で、予備実験ではオピオイドの一種と高い結合率を示したのです。ここで安田先生に「オピオイド」を想起させたのは、東京女子医科大学時代の臨床経験でした。機序は分からなかったものの、ソマトスタチンアナログの鎮痛作用を経験しており、そのときの「なぜだろう?」という疑問が頭の中に残っていたのです。まさに「臨床医」ならではの発見だったといえるでしょう。

実験成果を簡単に諦めてはいけない

当時、オピオイド受容体はまだクローニングされていませんでした。安田先生の実験結果が正しければ大発見です。しかし研究室では、結果に懐疑的であり、先生自身もあまり自信がなく強くアピールすることはありませんでした。しかしある日Science誌に、オピオイド受容体がクローニングされたとの報告が掲載されます。クローニングされた受容体は先生が発見した2つの受容体のうちの1つと同じで、安田先生の実験は正しかったわけです。帰国が1カ月半後に迫るなか、共同研究先との実験を急ピッチで進め、もう1つの受容体もオピオイド受容体の別のサブタイプと判明し、両者についての論文を一気に書き上げProc. Natl. Acad. Sci. USA誌に投稿。修正なしの採択で掲載となりました。「自分の実験成果は、まわりがどう評価しようとも簡単に諦めてはいけない。実験を重ね、自分が納得するまで引き下がるべきではない。これがそのときに得た教訓でした」と安田先生は話します。

米国から帰国、糖尿病原因遺伝子探索を日本で開始

1993年に帰国すると、安田先生は糖尿病の原因遺伝子探索をテーマに定めます。留学中にはラボ全体で進めていた、MODY(maturity-onset diabetes of the young)という、単一遺伝子病タイプの糖尿病の遺伝子解析にも参加し、その原因としてのグルコキナーゼ遺伝子の同定(Nature誌に発表)にも加わりましたが、朝日生命糖尿病研究所(現:朝日生命成人病研究所)研究員時代には、罹患同胞対解析を用いて、多因子病タイプの糖尿病遺伝子の同定に着手しました。日本ではまだ、多数例を集めて遺伝子を調べる研究が一般的ではなかった時代です。続いて、留学中にお世話になった清野進先生(現:神戸大学特任教授)に声をかけていただき赴任した千葉大学時代は、糖尿病に関係した分子の基礎研究を進めました。さらに、国立国際医療センター(現:国立国際医療研究センター)研究所へ移ってからは、厚生労働省ミレニアムプロジェクト「糖尿病」のまとめ役を務め、ゲノムワイド関連解析(GWAS)という方法を用いて、日本人の2型糖尿病発症に重要な遺伝因子(KCNQ1)を報告します。糖尿病原因遺伝子の研究は世界中で熾烈な競争が行われていましたが、この遺伝子は、欧米における研究ではまったく注目されておらず、同一疾患でも人種が異なると、発症にかかわる遺伝因子や集団内での頻度が大きく異なるという、その後の疾患研究に極めて重要な事実を示唆する報告でした。その点が高く評価され、この研究はNat.Genet.誌に採択、掲載されました。その後は、国立高度専門医療研究センター6施設を中心とした共同プロジェクトとして、臨床検体を対象とした多層オミックス解析に携わりました。ゲノム情報だけでなく、エピゲノム、プロテオームなども含む多層的な解析を通して、日本人における疾患の病態を解明しようという試みです。糖尿病と関連の深い、肥満症や非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を主に担当するだけでなく、がんをはじめとした多くの疾患の解析にも参画しましたが、ここでも、研修医時代から幅広い疾患に興味を持っていたことが役に立ったと安田先生はいいます。

杏林大学教授に就任して

2019年4月に杏林大学医学部糖尿病・内分泌・代謝内科学の教授に就任した安田先生。若い先生方に対して、「臨床から得た情報をどのように研究に活かし、研究成果はどのように臨床に還元されるか」を伝えていきたいと考えています。「臨床でも常に、理解できない事象に出会ったら『なぜ?』と感じて欲しいと思っています。診療のアルゴリズムが確定している部分は今後、徐々にロボットや人工知能に取って代わられるでしょうが、わからない病態や臨床知見に対して、『なぜ?』と考えられるのは人間だけです。そうやって若い先生方と一緒に『人体という謎』『人間の不思議さ、奥深さ』を、いわば楽しみながら探っていきたいと考えています。それが、本当の意味で目の前の患者さんのためになり、かつより多くの患者さんを救う道だと思います」。安田先生は最後にこのように語りました。

【ココがポイント】

大学院で基礎研究の手ほどきを受けることなく、第一線の研究者となられた安田先生。その背中が示すのは、「研究に大切なのは、目の前の物事を不思議に思う気持ち」というメッセージでしょう。それさえあれば、少し遠回りしても研究は始められるし、直接的ではなくとも貢献ができるのです。また、ソマトスタチン受容体へのオピオイド結合は、臨床経験がなければ決して思いつかなかった仮説でした。臨床家だからこそ見える研究の「綾(あや)」。安田先生はそれこそが、臨床医が基礎研究を行う、あるいは関心を持つべき理由であり、physician scientistの存在意義だと信じています。臨床に定評のある杏林大学から、今後どのような研究成果が報告されるのか注目です。

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