自院の連携ネットワークを地域に拡大共有のプラットフォームでも情報戦略の差別化を

サイトへ公開: 2020年10月15日 (木)
旭川市の公的5医療機関の電子カルテ情報を地域全体で共有する「たいせつ安心i医療ネット」を構築した背景やそのインパクトについて、旭川赤十字病院の牧野院長にお話を伺いました。
自院の連携ネットワークを地域に拡大 共有のプラットフォームでも情報

旭川赤十字病院

牧野 憲一 院長

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旭川赤十字病院(北海道)が地域医療ネットワークシステム「旭川クロスネット」を立ち上げたのは、2008年のことでした。同院の電子カルテの情報を連携医療機関からも閲覧できるシステムの導入により、情報提供の効率化、紹介患者の増加など経営的な成果ももたらしています。さらに2014年には、旭川クロスネットから、旭川市内の公的5医療機関(同院、旭川医科大学病院、旭川厚生病院、市立旭川病院、旭川医療センター)の電子カルテ情報を地域全体で共有する「たいせつ安心i医療ネット」へと発展しています。

基幹病院同士の情報連携が進んだ背景や、同ネットが地域医療に与えたインパクトなどについて、同ネットの構築・運用に尽力している牧野院長にお話を伺いました。

1.システムの始動と統合

A.「旭川クロスネット」の運用

――最初に「旭川クロスネット」を導入されたきっかけについてお話いただけますか。

院内の電子カルテなどの情報を、インターネットを介して他の医療機関でも閲覧できるようにしようという構想は、2005年に当院で電子カルテを導入する段階から温めていました。実際には、対応できるシステムが整ってきた2008年からのスタートですが、ちょうど国からも補助金が出ることがわかり、そのタイミングでシステムを導入しました。

──そのような構想を持つに至った理由について教えてください。

当院は特に脳卒中治療に強く、年間約1,000人の患者が入院し、うち半数近くが転院していきます。これは地域の約8割にあたり、転院先で当院入院中のデータを利用できるようにした方が良いと考えたこと。それから、当時は医師が不足していて、後方病院への詳細な情報提供が不十分でしたが、後方病院からも当院の電子カルテの情報が見られるようにすることで解決できるのではと常々考えていました。これがもっとも大きな理由です。

1.システムの始動と統合01

もう一つは、患者さんを紹介してくださる主に診療所の先生方への情報提供です。初診の際は「紹介いただきましてありがとうございました」という第一報は入れていますが、治療の経過報告という面での第二報、第三報は手間がかかるし、そのタイミングも難しい。しかし、このシステムを使って当院の電子カルテにアクセスしてもらえれば、診療所の医師が知りたいときに治療の内容や患者さんの状態を知ることができます。実は、この二番目の理由に関しては、当院の地域連携戦略の一環でもあるのです。つまり、情報提供の量や質で競合病院と差別化を図り、地域の先生方からより多くの患者さんを当院へ紹介していただく狙いです。

――「旭川クロスネット」を使い始めるにあたってご苦労された点は?

今でこそ、基幹病院が中心となって構築するといった地域連携のネットワークシステムはポピュラーになっていますが、当時は誰もそんなことができると思っていませんでした。そこでまずはシステムを使ってもらって、便利なものだと認識してもらうことに注力しました。システムを組むためのコストもそれなりにかかりましたが、地道な啓発活動が実を結び、導入から2~3年後にようやく軌道に乗りました。全体の紹介患者が年平均で15%ずつ伸びていくなか、ネットワークに参加している医療機関からの紹介は30%増と、大きな成果を上げることができたのです(図1)。

図1 システム導入前後の紹介患者数

1.システムの始動と統合02

(資料:牧野 憲一 先生ご提供)

B.「たいせつ安心i医療ネット」の設立

──2014年には公的5医療機関を中心とした「たいせつ安心i医療ネット」へと発展を遂げています。

きっかけは、2009年に設けられた地域医療再生基金*1です。当時、これを利用して全国いろいろなネットワークが立ち上がり、地域でも複数の公的医療機関がそれぞれICTを使ったネットワークをつくろうとしていました。しかし、病院ごとで同じようなネットワークを独自に持つという状況は避けたい。そう考えて、2010年度補正予算による同基金を活用し、地域の主だった病院を一つにまとめるネットワークをつくろうと旭川市医師会や行政に働きかけ、今のネットワークのスタイルに誘導していきました。

*1 参考:http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000094840.html

図1 システム導入前後の紹介患者数

1.システムの始動と統合03

(資料:牧野 憲一 先生ご提供)

──「旭川クロスネット」が実績を上げていたなかでの、なかなか思い切った決断ですね。

確かに当院だけで運営していたときのアドバンテージは失われてしまいます。その点ではマイナスですが、一方で情報は共有することによって初めて活きますから、1病院だけで行う、あるいは病院ごとにネットワークが分散するのは、決して好ましいことではありません。この地域で高度医療を担う公的5医療機関がどこも同じように後方病院や診療所に情報をオープンにすることで、地域全体の医療のレベルは間違いなく上がります。そういった観点から、一つのネットワークにまとめていくことが必要だと考えました。

また、当地域では、各公的医療機関にそれぞれ得意領域があり、1人の患者さんが疾患に応じて複数の公的医療機関を同時に受診している、という特徴がありました。つまり、それぞれの病院に急性期の重要な情報が分散しているという状態です。それらの情報を1箇所に集め、同時に使える形にしたほうが、患者さんにとっても多くのメリットがあるわけです。

2. システムの運営体制と対象範囲

──「たいせつ安心i医療ネット」の運営体制についてお教えください。

協議会をつくって運営していますが、旭川市内の公的5医療機関(図2)が情報提供医療機関となる地域全体のネットワークですので、まとめ役として旭川市医師会の力をお借りし、医師会長が協議会の会長、私が副会長を務めています。

図2 「たいせつ安心i医療ネット」の情報提供医療機関

2. システムの運営体制と対象範囲01

(資料:牧野 憲一 先生ご提供)

また、このネットワークの情報参照施設は旭川市のある上川中部医療圏のほかに、稚内や利尻・礼文、留萌、紋別と、三次医療圏の範囲にまたがっています。そのなかで近隣の二次医療圏の基幹病院である3病院(深川市立病院、富良野協会病院、留萌市立病院)では、画像情報のみの提供施設となっています(図3)。このような体制をとっているのは、当地域の環境が一番大きな要因です。特に寒さの厳しい冬の夜中などに遠方から旭川市内の病院に救急患者を搬送しようとすると、どうしても事故の確率が高まります。こういったときに画像情報を事前に送ってもらえると、こちらで専門医が見て急いで搬送する必要があるかどうかを判断できますし、緊急を要するようであればこちらもあらかじめ準備ができるわけです。

図2 「たいせつ安心i医療ネット」の情報提供医療機関

2. システムの運営体制と対象範囲02

(資料:牧野 憲一 先生ご提供)

──情報参照施設は現在、約140施設に上っています。

診療所の先生方や後方連携をとる民間病院がメインですが、歯科医院や調剤薬局、2017年11月からは訪問看護ステーションも参加しています。急性期から在宅までの流れをつくるという国の方針のもと、そういうところにも情報提供していこうということです。

──旭川赤十字病院はほぼすべての情報をオープンにしているそうですが、他の公的医療機関は公開していない情報も少なくありません。将来的には統一していく予定はありますか?

ネットワークを円滑に運営するために「出せる範囲で」というかたちでスタートしているので、そこは自然に任せておいていいと思っています。というのは、協議会で毎月、関係者が集まり、運用ルールの見直しなどを話し合っていますが、情報を参照する先生たちが「こういった情報を出さないのはおかしい」と声を上げてくれるわけです。やはり管理者側がルールを決めて従わせるより、情報を使用する側、特に医師会の先生方がシステムの有用性を実感されて必要な情報を要求し、それに対して病院が突き動かされて情報を公開していくほうが、本当に役に立つネットワークになるなと思っています。

3.運用方法での工夫

A.ネットワーク同意

──現在、3万3,000人の患者さんが登録されていますが、どれくらいの登録を目指していますか。

7~8万人を目標にしています。これは旭川市の人口約34万人の3分の1を高齢者が占めていることを想定して出したおおまかな目安です。病院にかかる方は圧倒的に高齢者が多いですから、高齢者のほとんどがネットワークに登録している状況をつくり出せれば、救急車でどこに運ばれてもその方の診療情報を確認できる確率が高くなります。

──登録数を増やすための工夫は?

毎月1,000人くらいのペースで登録数が増えていますが、その8割は当院での登録です。登録には患者さんの同意が必要ですが、多くのネットワークでは紹介の際に「紹介先での情報も見たいから」と医師が同意を取るのが一般的です。しかし、当院の場合、同意を取るための説明窓口を受付ロビーに設けて、紹介状を持ってきた患者さんをそこに誘導しています。要するに医師の手に任せておいたらなかなか進まないので、事務的に同意を取る体制を敷いているわけです。

──「たいせつ安心i医療ネット」では、「ネットワーク同意」という同意の取り方をされているそうですね。

例えば当院で同意を取る場合、当院のほかに通院している公的医療機関があれば、同意書のチェック欄に記入してもらい、チェックのついた病院にはこちらから連絡を入れ、その患者さんの情報をネットワーク上で利用できるようにセッティングしてもらうということを行っています。これを「ネットワーク同意」と呼んでいますが、そうすると情報参照施設では患者から利用同意を得るだけで、複数の病院に分散している患者情報を閲覧できるのです。

B.コスト負担を極力抑えたシステム構築

──システム運用の費用が問題となることが多いですが、こちらではいかがですか。

情報参照施設の年会費は5,000円です。情報提供施設である公的医療機関はサーバー利用料などで年十数万円ほどの負担がありますが、これくらいはしかたないと納得いただけています。

──月額ではなく年間5,000円とはかなり安いですね。

やはり負担が大きいと参加施設も絞られてきてしまうため、システムの構築にあたってはコスト削減を心掛けました。公的医療機関間で情報システムが富士通製と、NEC製とに分かれていましたが、「たいせつ安心i医療ネット」では「HumanBridge」という富士通製のネットワークシステムに一本化しました。電子カルテ自体は統合する必要はなく、NEC製の情報システムを使っている施設は、標準のプロトコルで書きこまれた情報形態に置き換えて「HumanBridge」 に取り込んでいます。旭川クロスネットが「HumanBridge」を使っており、そこにくっつけるのが一番安上がりだということで、この方式を採用しました。

──既存のシステムをベースにコストを抑えたということですね。

ただ、バーチャルプライベートネットワーク(VPN)*2の構築の仕方で、お金のかかり方が違ってきます。当地域で採用したのはソフトVPNで、全国的にも一番多く使われており、それならセキュリティもある程度確保され、費用もほとんどかかりません。どの病院もシステムに費用をかけたくないという思惑があり、結果的に負担の少ないシステムを構築することができました。

*2 インターネットにまたがって、プライベートネットワークを拡張する技術、およびそのネットワーク

4.システムの成果と今後の展望

A.運用事例

4.システムの成果と今後の展望01──実際に公開された情報がどのように活用されているのか教えてください。

一番多いのは、患者さんが紹介元へ戻ったときに、かかりつけ医の先生が病院の情報を見ながら患者さんの理解度に応じて丁寧に説明し直したり、今後の管理に役立てたりしています。後方病院では急性期の転院前の状況がわかるので、受け入れの準備等で非常に役立つと思います。

また、何十kmも離れた医療機関から紹介された患者さんが当院へ入院し、頻繁に見舞いに来られないご家族が紹介元の医療機関で患者さんの容態について説明を受けるということもありました。このシステムが役立つと実感された医師はかなり使ってくれており、そのなかで新たな使い方もどんどん出てくると考えています。

B.マネジメント面の成果

──「たいせつ安心i医療ネット」による経営的な成果などはありますか。

地域ぐるみで始めてしまうと、特定の医療機関に有利に働くということはまずありません。ただ、システムの利用を工夫し、サービスで違いを出して集客に結びつけることはできるかなと思っています。協議会の事務局機能を当院が担っているのはその一つで、地域連携室が情報参照施設の定期的なメンテナンスを請け負っています。地道な業務であり手間暇がかかりますが、一方でメンテナンスを通じて当院のスタッフと連携先とのリレーション強化にもつながるチャンスもあります。アドバンテージといえるかどうかわかりませんが、そのような差別化が何かできないか。いつも頭に入れています。

C.システム導入を成功に導くために

──今後の展望についてお聞かせください。

次のステップとしては、診療所の先生が利用する検査センターとの連携です。開業医が自ら検査データを発信するのは大変ですが、検査センターから検査データを出してもらうことで、生活習慣病の患者さんの検査値を時系列で追うこともできるでしょう。

──重症化予防的な取り組みにもつながっていきますね。

そうです。それから、調剤薬局で出した薬をすべてネットワークに乗せていくのも一つの方向です。ジェネリックへの変更などで医師は患者さんが実際に飲んでいる薬を把握できていないからです。もちろん不適切な多剤・重複投与の防止にも有効でしょう。

ただ、情報の提供にはコストがかかりますので、どこまで情報を拡充していくかは悩ましい問題です。そこは費用対効果を勘案して決めていくしかないと思います。

──これからシステムを導入する地域に何かメッセージがありましたらお願いします。

ベースは、もともときちんとした連携体制が取れているかどうかです。連携が確立しているところに導入すれば有効に使えますが、連携が取れていないところで連携を密にしようと持ち込んでも役に立たないと思います。

もう一つは、補助金がもらえるからというスタンスでスタートしたら必ず潰れます。ネットワークがなぜ必要なのかということを理解したうえでスタートすることが大切です。

4.システムの成果と今後の展望02

取材の裏話・・・

取材の裏話・・・01

インタビュアー:2018年度の診療報酬・介護報酬の同時改定に向けてどのような戦略を考えておられますか。

取材の裏話・・・02

牧野先生:7:1入院基本料の維持に軸足を置いていますが、次回の改定では、重症度、医療・看護必要度30%という数字が出てくるでしょう。25%と30%では全く世界が違います。後者はほとんどHCUに近い。そこに近づくためには、新規入院を2割増やしたり、その分の入院患者を早く返したりということをしなければなりませんが、連携だけではなかなか難しい部分も出てきています。後方の医療機関も一杯いっぱいでやっていますから、そう簡単には行かないです。

取材の裏話・・・03

インタビュアー:急性期の患者さんをどう集めるかも、難しい問題ですね。

取材の裏話・・・04

牧野先生:この地域も2025年までは高齢化に伴い急性期の患者さんが増えるという予測が立っていますが、私は最近どうも違うように感じています。本当に超高齢者になると若い人と同じような治療を受けなくなるからです。無理に手術はしない、きつい化学療法もしないということで、高度急性期病院での治療対象でなくなる方が結構いる。有病率としては上がってきたとしても、急性期病院の患者が増えるということは必ずしもパラレルではないということです。そうなると、他の病院から取ってこない限りはなかなか…。

取材の裏話・・・05

インタビュアー:地域医療構想への対応もありますね。

取材の裏話・・・06

牧野先生:厚労省は地域医療調整会議が積極的に動いて、ある程度、病床機能をコントロールをするというシナリオを描いていますが、そんなことがうまくいく地域はあまりないですよ。おそらく、どこかが潰れるのを待つか、撤退するのを待つか、そういう消耗戦を繰り広げるというのが現実かなと思っています。

2017年12月7日インタビューより

【解説】地域医療再生基金と地域医療情報ネットワーク

―厚生労働省等の報告をもとに㈱医薬情報ネットが作成―

基金設立でネットワーク拡大も運営面に課題

地域医療再生基金は2009年に設けられた制度で、救急医療の確保、地域の医師確保など、地域における医療課題の解決を図るため、2次医療圏を基本に都道府県が策定した地域医療再生計画に基づく取り組みを支援するというものです(2013年度までの5年間の事業)。当初、同年度の補正予算で総額3,100億円が計上され、10医療圏に100億円、84医療圏に25億円が配分される計画でした。しかし自民党から民主党への政権交代の煽りを受けて、補正予算の見直しで750億円分が減額され、なおかつ都道府県への割り当てではなく計画案の内容勝負で決まる100億円交付が中止となって骨抜きとなり、都道府県や自治体が翻弄されたのは記憶に新しいところです。

この地域医療再生基金の設立以降、各地でICTによる地域医療情報ネットワークの構築が急速に進展しています。厚生労働省の調査によると、2010年の61件から2015年には207件に増加しており、同基金がネットワークの整備を推し進めてきたのは明らかといえるでしょう(図)。一方、総務省の資料によると*、170近い多くのネットワークが運営費用の問題を抱え、病院や診療所の参加率も低いなどの課題を示しています。

地域医療再生基金については、医療現場も政府や行政によって水を差された感は否めませんが、ICT技術の日進月歩を背景に、コストの低廉化やデータの広域利用も容易になっています。システムの再構築などに取り組むことによって、参加する医療機関の診療に役立ち、患者がメリットを感じられるシステムへと進化を遂げていくことが期待されます。

参考:http://www.soumu.go.jp/main_content/000518773.pdf

図 地域医療ネットワークの構築推移

【解説】地域医療再生基金と地域医療情報ネットワーク

出典:JAHIS平成27年度 保健福祉システム部会業務報告会 「地域医療ネットワークの普及と今後に向けて」

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