革新を生むリーダーシップのあり方: “国内有数の経営効率を誇る済生会熊本病院”院長の経営論

サイトへ公開: 2017年01月26日 (木)
「国内有数の経営効率を誇る病院」を作り上げた、その経営戦略やリーダーとしてのあり方、考え方、信念を済生会熊本病院 院長の副島秀久先生にお伺いしています。
済生会熊本病院 院長 副島 秀久先生

 

済生会熊本病院 院長 副島 秀久先生

1975 年熊本大学医学部卒業後、同泌尿器科入局。81 年同大学大学院修了後同泌尿器科助手、86 年米ミシガン大学腎生理学教室留学、88 年熊本大学医学部泌尿器科講師、89 年済生会熊本病院人工透析科医長、91 年同腎泌尿器センター部長、01 年同管理運営部長、02 年TQM センター長・副院長、09 年院長就任。

済生会熊本病院は熊本市内南西部に位置し、地域における急性期医療を担っています。本年4月16日未明に起きた熊本地震の本震では、1階フロアを被災者のトリアージ用に開放し、300人以上の患者の救急対応に当たられたそうです。「JCIに基づき策定した災害対策と日頃の職員の災害訓練により、被災当日も大きな混乱なく対応できた」と、院長の副島秀久院長は振り返ります。

今回のインタビューでは、機能評価係数Ⅱの6年連続全国一位、JCI(Joint Commission International)認証の取得等、目覚ましい成果を挙げておられる、済生会熊本病院院長、副島秀久先生へのインタビューを通し、病院経営者としてのあるべき姿に迫りました。

病院の経営において一流の成果を収めてきた済生会熊本病院

「戦略7割、情熱3割」をご自身の経営モットーとする、副島先生は、“医療の質の向上のために医療に関するあらゆるプロセスを可視化し、評価、改善する”という一貫した目的の元、TQM(Total Quality Management)センターの導入、JCI認証*1取得に向けた体制の整備、クリニカルパス管理システムの開発など、病院経営において斬新な取り組みをいち早く取り入れてきました。その結果として、2013年日本の公的医療機関として初めてのJCI認証の取得、DPC対象病院における機能評価係数Ⅱ*2において2010年から2015年まで6年連続全国1位を収める等、次々と卓越した成果を挙げ続けています。済生会熊本病院の経営に関する事例や考え方は、全国の病院経営者のみならず、いまや他業界の経営者までもが経営の手本として参考にしているといいます。

図1 年表:済生会熊本病院の医療の質向上への取り組みとその評価

*1 JCI(Joint Commission International):

「患者安全」「感染管理」「医療の質と改善」などの14分野1220項目(2013年, 済生会熊本病院取得時, http://www.sk-kumamoto.jp/certificate/jci.html)を評価し、厳格な認証基準を持つ、国際的な医療施設認証とされている。継続して認証を受け続けるためには3年ごとの更新審査を必要とする。

*2 機能評価係数Ⅱ:

厚生労働省によるDPC対象病院を対象とした、「保険診療指数」「効率性指数」「複雑性指数」「カバー率指数」「救急医療指数」「地域医療指数」「後発医薬品指数」の7項目を総合的に評価する指標。なお、2016年度からは、「重症度指数」が加えられている。この係数が大きい病院は高度な医療機能を有するとみなされ、診療報酬に反映される。

医療を変えるという20年来の重いとその根底にある信念

医療を変えるという20年来の重いとその根底にある信念

副島先生は、その取り組みの原動力として、「地域にとって、患者にとって頼れる病院として、確固たる信頼を得るにはどうすればよいかという事を考え続けてきた。」と言います。副島先生が出したその問いへの答えは “医療の質の継続的な改善”でした。質の改善は、医療を提供する“プロセス”を改善する事と言い変えられます。済生会熊本病院がこれまで取り入れてきたTQM部、JCI認証、クリニカルパス管理システム等の経営管理手法は、医療の提供プロセスを分解、定量化、標準化し、問題をいち早く特定、見直しを行う事によって、最終成果である医療の質を改善する取り組みです。これらの経営管理手法を通し、地道に医療の質を改善してきた事が、結果として現在の卓越した成果に結びついたのだと言えます。「質の改善にこだわりはじめて20年を超えます。」との先生の言葉に、質改善に対する並々ならぬ先生の思いが伺われます。

医療を外側から客観的に見る

当このような先生の質へのこだわりの根底には、経営者、また、医師としての確固たる信念が垣間見えます。副島先生は、医療の世界では当たり前として受け止められている取り組みを、良い意味で懐疑的にとらえ、常に客観的に評価する事を大切にされています。「内輪の世界の人間にとっては常識として行われている事が、外側から客観的にみたときに、必ずしも最適ではない事もあります。」という先生の言葉は何よりそれを物語ります。

その端的な例として、剃毛の習慣、抗菌薬の使い方についての取り組みが挙げられます。日本では長らく、術前の剃毛は、感染防止のための当然の処置として医師の間で慣習的に受け継がれてきました。これに対して、副島先生はアメリカに留学した際、現地では剃毛を行わないことを目にし、術前の剃毛は、むしろ剃毛時につく剃刀の細かな傷からの感染のリスクを高めるというエビデンス1)を考慮し、院内での剃毛の廃止に取り組みました。同様に、古くから常識とされていた抗菌薬の術後投与についても、CDCガイドライン*3を参考にエビデンスからみて望ましい投与方法2)を検討し、術前からの投与に変えていきました。

このように、副島先生は、現在の経営品質を達成する上で、常識ととらえられている事、慣習として根付いている事についても、聖域のない見直しを行い、地道に改善を重ねていったとのことです。

*3 CDCガイドライン:米国の政府機関である疾病予防管理センターCDC (Centers for Disease Control and Prevention) による、最新の医学文献を網羅した感染対策に関するガイドライン。

済生会熊本病院 院長 副島 秀久先生 -02

副島先生は、そのような発想の原点は少年期の体験に帰するものだろうと振り返ります。幼少の頃、病弱な面があり、医療を受ける側としての経験を多くされたとのことです。また、ご両親含め親族に医療者のいない家系で育った事も、医療における“当たり前の慣習”を新鮮に見る事ができた一因であるのかもしれません。このようなことから、副島先生は、医師を志す時点では、当時の医療に対して懐疑的な気持ちがあり、 “医療を変えたい”という思いをかねてから持っていたと言います。よく、医療者が大病を患い、医療を受ける立場になって初めて医療の矛盾や問題に気づかされる事があるとの話を聞きますが、副島先生は、少年期にその体験をしてきたのでしょう。

また、副島先生は医療を客観的に見る力を養う上で、常にアイディアの幅を広げる努力をされています。そのため、民間企業等、異業種・異文化の人々に触れる機会を大事にされているとのことです。「当院に取り入れたTQMも、元々は工業から発展した品質管理手法です。TQMのロジカルな考え方を医療にあてはめて取り組む事は、言い換えると、新しいアイディアを現状の改善に活かすという事とも言えます。」

リーダーとしての在り方:意思決定と責任を負う姿勢

従来の常識や習慣にとらわれず、地道に経営改善を行う上では、多々苦労や困難があったものと推察されます。「取り組みの結果が伴わない場合、誰が責任を取るのか」「抗菌薬の投与方法変更で感染率が悪化した場合の訴訟リスクについてどう考えるのか」等、取り組みへの賛否は常に院内にあったとのことです。慣習を変えていくことへの根強い反発は容易に想像できます。

その点に関しても、副島先生は、リーダーとしてのあるべき姿を熱く語ります。「リーダーの役割は戦略を決める事、すなわち、チームがそもそも進むべき方向性について意思決定をする事です。そして、一旦決めた決定事項は情熱を取って推し進めるという事が大切だと思います。」これを例えると、リーダーはチームが山にいくべきか海にいくべきか、チームが進む方向性について決定します。一度決めてチームが目的地に向かい始めたら、後戻りはできません。ここについて、副島先生は「特に、“リーダーは決定事項に対する結果責任を負う”という事が重要だと思います。」とリーダーの在り方として“責任”を強調します。周囲の顔色をうかがいながらの、あるいは、皆にとって良いというような、全体最適な意思決定は、責任を他に分散させる事にもなり、結果として、焦点を絞った取り組みも難しいでしょう。また、昨今のスピードが求められる経営の中で、迅速な意思決定、時には即決するなどという事は、経営者の中に、責任を全て負うという気概がないと不可能だと、副島先生は言います。

尚、「リーダーは戦略、つまり、山に行くのか海に行くのかを決める事に責任は持ちますが、山に行くためにどうするか、リソースの確保等、細かな点に口出しをしすぎる事も慎まねばなりません。」と、副島先生はリーダーとして慎むべきことにも言及します。些細な事で干渉しすぎる事はチームのモチベーションを下げ、また、リーダーシップを発揮する機会を部下から奪ってしまいます。リーダーは意思決定の後、情熱を持って周囲を巻き込んでいく、何度もその理を解いていくという事を大切にするとのことですが、どう実行するかを思い切って任せるという事も部下の育成を考えると重要とのことです。

リーダーとして考え抜く

副島先生は、結果責任を負った意思決定をするには、リーダーとしての思考を十分に熟成させる事が肝要だと言います。熟考した結果でないとリーダーとしても責任を取り切れません。

リーダーとして考え抜く

副島先生は、暖炉が趣味とのことで、その暖炉に使う薪を割る作業をご自身でされるとのことです。薪割りは一日仕事で非常に骨の折れる作業のようです。しかしながら、単調で寡黙に作業をこなす時間も、自身が経営者としての思考を熟成させるためにとても有効であるとのことです。「“考え抜く”という行為は、リーダーの素養を決定づける最も根本的かつ重要な事」だと副島先生は言います。

【ココがポイント】
副島先生は、リーダーとして組織を導く上で、

  • 現状を疑ってみることにより、現在の取り組みを客観的に評価する。
  • 思考を十分に熟成させ、考え抜いた戦略を立てる。
  • 戦略に対しその実行と結果に全責任を負い、意思決定する。

の3つをポイントとして挙げられ、これらを実行していく上で、「戦略7割、情熱3割」という態度で臨むことが重要であると強調されました。チームが決めた方向に向かうまで、情熱をもって何度も理を解くことで、メンバーの共感、納得を得ることができ、一致団結して質の向上に取り組むことができるとのことです。

“医療を変えうる”革新に取り組むには、現状維持という安定が担保された選択肢を捨て、チャレンジ精神を持って予期しない障壁にぶつかるリスクを選択するという側面もあるでしょう。そのようなリスクを取るリーダーに求められる基準は、より厳しくなることが推察されます。副島先生の経営者としての姿勢は、そのような厳しい環境に磨き上げられた結果、熟成されたものなのでしょう。今回、副島先生の経営観をお伺いする中で、日本の医療を牽引してきたリーダー像を垣間見ることができました

リーダーとして考え抜く -02
ページトップ