進む心不全患者の高齢化 ~最適の病診連携体制を目指して~

サイトへ公開: 2017年02月23日 (木)
心不全患者における課題と、地域医療連携などの取り組みについて、日本医科大学付属病院 講師の塚田(哲翁)弥生先生にお伺いしています。
日本医科大学付属病院 講師 塚田 (哲翁)弥生 先生    

日本医科大学付属病院 講師
塚田 (哲翁)弥生 先生

急速な高齢化の進行により、日本の医療は数多くの問題を抱えています。心不全診療もその一つです。日本の代表的なうっ血性心不全のレジストリー研究であるATTEND※1、JCARE –CARD※2の平均年齢はいずれも70歳を超えており、ATTENDでは80歳以上が36%、75歳以上が46%を占めています。患者数が心筋梗塞の約3倍に上るこの状況は、感染症の大流行になぞらえて「心不全パンデミック」と表現され、日本心不全学会ではテーマとしても取り上げられるなど、注目を集めています1)。独居で認知機能に問題のある高齢者も増え、入院中に生活指導を繰り返し行っても、退院後に食事が偏り塩分制限を守ることなどが難しいケースが多くみられるようになってきています。その結果、再入院を繰り返す患者さんも少なくはありません2) 。高齢の患者さんは入院を繰り返すたびにADLが低下し、医療経済学的にみても同一の患者さんに高額の医療を繰り返すことは大きな損失を生んでいます3)。また、診療に関わるスタッフを疲弊させ、医療に対するモチベーションを低下させることも考えられます。

日本医科大学付属病院 講師 塚田 (哲翁)弥生 先生    -02

高齢者でも住み慣れた自宅で、自立した生活を送ることが理想です。このため、在宅医療が推進され、年々制度が整備されてきていますが、塚田先生は、制度を現場で十分に活かすための医療従事者の取り組みも重要だと考えています4)。例えば、これまで多職種が連携し、チーム医療を行うことで高齢の慢性心不全の患者さんの入院期間の短縮という効果がもたらされていることが報告されています。一方で、これらの研究では退院後に地域医療や福祉へと支援の場が移り、フォローアップが途切れてしまうと、再入院は防げないことも明らかになっています。

日本医科大学付属病院の心不全グループでは、地域連携クリティカルパスの作成を行っています。患者の基本情報だけではなく、モニタリングの指標、薬剤の調整、専門医療機関の受診のタイミング、連絡先などが明示された基本シートを、診療情報提供書と共にお渡しし、循環器がご専門でない先生方も負担を感じることがなく診療できるシステムを構築しようとしています。「大学病院と地域の先生方とのスムーズな連携が出来ているということが、患者さんにも分かるようになれば、高齢の患者さんも安心して在宅での治療を受けることができるようになると思います。幸い、協力したいとおっしゃってくださる開業医の先生がたくさんいらっしゃいます。」と塚田先生はこのシステムを活用した地域医療連携の実現に期待しています。

日本医科大学付属病院 講師 塚田 (哲翁)弥生 先生 -03

さらに、塚田先生は、在宅医療をサポートするウェアラブルデバイスを用いた生体情報のモニタリングシステムの開発にも力を入れています。このデバイスはTシャツに心電図検査用の電極を付けたもので、長時間の測定による電極部のかぶれがなく、洗濯ができるため再利用も可能です。モバイル通信を活用してモニタリングすることで、心疾患で在宅医療を行っている独居の高齢者でも発作の予知が可能になるだけでなく、スポーツ選手の突然死の予防や運転業務に携わる方の産業衛生管理にも大きなメリットをもたらすことが期待されています。塚田先生によると、「まもなく、医療レベルで利用が可能なシャツが市場にでると思います。」とのことでした。在宅でも、モニタリングを受けながら、安心して医療を受けることができるようになる将来も遠くなさそうです。

日本医科大学付属病院 講師 塚田 (哲翁)弥生 先生 -04

ライフスタイルが多様化した現在では、循環器疾患でも患者さんひとりひとりに合った治療を考える必要があります。循環器疾患の場合、若い患者さんでは、薬をきちんと服用し、適切なフォローアップをすれば、ある程度の期間で社会復帰が可能です。ところが、高齢者では、家族の有無、認知機能や運動機能など、患者さんのバックグラウンドが治療に与える影響が大きく、時間をかけて薬物治療やリハビリを進めていかなくてはいけないため、医療従事者の負担は大きくなっています。「日常診療の中で、少しでも理想に近づくためにどのようにしたらよいのかずっと考えていました。地域連携クリティカルパスや新たなデバイスやインフォメーション・テクノロジーの技術を最大限に活用して、少しでも高齢者の診療に役に立てば。」。常に問題意識を持ち、解決を目指す前向きな姿勢が、患者さんの健康と幸せにつながり、地域医療の発展に貢献していると言えそうです。

【ココがポイント】

日常診療では、患者さんを診察して治療法を決定し、効果を確認後、方針を決めるというように、常にPDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルを回していくことが重要とされています。塚田先生は、地域の開業医の先生のアンケート結果から、「開業医の先生は病院勤務医とは異なる業務で多忙な日常診療を行っていることを実感しました。」とおっしゃっていました。そこで、開業医の先生と大規模病院が協力して、双方が負担を感じず効率的に医療に携われるように、診療のPDCAサイクルを患者さんとの個別の対応にとどまらず、診療科全体のチーム医療に、さらに地域医療体制へと広げていきました。本インタビューでご紹介したクリティカルパスの構想にはこうした経緯がありました。

日本医科大学付属病院 講師 塚田 (哲翁)弥生 先生  -05

塚田先生は、「患者さんもご家族も、そして医療従事者もそれぞれが大きな負担を抱え込まない幸せな療養生活を送ることが出来るようにお手伝いしたい。」とおっしゃっていました。そういった強い思いがより良い医療を目指した取り組みのエネルギーになっているのかもしれません。

ATTEND (The Acute Decompensated Heart Failure Syndromes) registry※1 2007年より運営される日本最大の急性心不全臨床疫学に関する他施設共同登録観察研究データベース。

JCARE –CARD(Japanese Cardiac Registry of Heart Failure in Cardiology):2 心不全臨床疫学に関する多施設共同登録観察研究データベース。

  1. 第16回日本心不全学会学術集会テーマ:「心不全パンデミックにいかに対処するか」
  2. ●Clinical characteristics and prognosis of hospitalized patients with congestive heart failure--a study in Fukuoka, Japan.
    Tsuchihashi M et al., Jpn Circ J. 2000 Dec;64(12):953-9.
    ●Early readmission of elderly patients with congestive-heart-failure
    Vinson JM et al., Journal of the American geriatric society 1990 Dec; 38(12); 1290-1295
  3. ●Cost effective management programme for heart failure reduces hospitalisation
    Cline C et al., Heart 1998 Jun; 80:442-446
    ●Six steps could cut heart failure readmissions
    E. Bradley et al., Circulation: Cardiovascular Quality and Outcomes (2013)
  4. ●Home-Based Disease Management Program to Improve Psychological Status in Patients With Heart Failure in Japan.
    Tsuchihashi-Makaya M et al., Circulation Journal: 2013 Mar;77(4): 926-33
    ●Implementing a Congestive Heart Failure Disease Management Program to Decrease Length of Stay and Cost.
    Knox, D et al., Journal of Cardiovascular Nursing: 1999 Oct; 14(1): 55-74
ページトップ