COPD連携パス導入による急性期病院機能の強化~“ICON”がもたらした外来集中抑制と増悪予防

サイトへ公開: 2020年10月14日 (水)
石巻赤十字病院呼吸器内科へのCOPDの外来患者の集中抑制と増悪による入院減少を目指して発足した石巻地域COPDネットワークの、連携定着の工夫やその成果について伺いました。
COPD連携パス導入による急性期病院機能の強化~ “ICON”がもたらした外来01

石巻赤十字病院

矢内 勝 副院長/呼吸器内科医

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2009年10月、「石巻地域COPDネットワーク(Ishinomaki COPD Network; ICON)」が宮城県石巻市とその周辺地域に発足しました。その大きな狙いは、石巻赤十字病院呼吸器内科への外来患者の集中抑制と、COPD患者の増悪による入院減少。発足から8年経った今では、その登録患者は700人を超え、地域のCOPDの医療連携を支えています。ICONを主導する同院の矢内勝副院長に、連携定着の工夫やICONの成果についてお話を伺いました。

参考:平成26年度の宮城県における入院・外来を含めたCOPD患者(気管支炎の患者を含む)の推計は500名(厚生労働省 平成26年度患者調査より)

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目次
1.ICONとは
2.ICONを始めたきっかけ
3.医療連携での工夫
4.ICONで活躍する多職種
5.ICONによる成果
6.今後の課題
取材の裏話…
【解説】多職種連携の診療報酬上の評価

1. ICONとは

1. ICONとは01

――「石巻地域COPDネットワーク(Ishinomaki COPD Network; ICON)」について教えてください。

ICONとは、石巻とその周辺地域において、COPDの患者さんを医師及び多職種が連携して支えるシステムで、2009年10月に発足しました。発足から8年経った2017年11月末現在では、72の医療機関(57診療所、15病院)と石巻薬剤師会、訪問看護ステーションが参加する大所帯のシステムとなりました。

ICONでは、地域連携パスに沿ってCOPDの患者さんの治療をサポートしており、基幹病院である当院で定期的な評価や教育、検査、増悪患者の受け入れをし、安定期の治療や管理を連携施設で行っています。ICONをスタートさせるにあたり、院内に「ICON外来」を設置。ICON登録後、教育パスを導入し、かかりつけ医へ逆紹介する流れです。ICONの登録患者数は累計で716名、現在ICON外来を継続している患者さんは518名にのぼっています。

――ICONの導入はどのような流れで行われていますか

まず、当院呼吸器内科外来にて、COPDの診断や病期、併存症などを確認するための検査を行い、治療効果を確認したのち、ICONシステムの説明を行い、同意を得てICONへの登録を行います。登録後は、ICON外来で教育パスを導入し、かかりつけ医に逆紹介します。基幹病院が重症増悪時の入院治療とICON外来での患者教育を、診療所がCOPDの早期発見と安定期治療を担うという役割分担です(図1)。

図1 ICON地域連携パスの流れ

1. ICONとは02

(資料:矢内 勝先生ご提供)

2. ICONを始めたきっかけ

――どのような経緯からICONを発足させたのですか。

わたしは当院には、非常勤医師として1993年より勤務し始めたのですが、当時、この地域の喫煙率の高さと、COPDや喘息などの呼吸器疾患の重症患者さんの多さは、驚くほどのものでした。後者については、おそらく石巻沿岸部にある工場からの大気汚染なども原因の一つとなっていたのでしょう。その後2002年に常勤医師として赴任し、喫煙対策に取り組み始めました。院内喫煙対策委員会を設置し、病院の喫煙対策を段階的に強化。禁煙外来の設置や地域の喫煙対策へも介入し、学校での防煙教育なども行ってきました。また、当院では2006年以降、東日本大震災が起きた2011年を除くと毎年、世界COPDデーに合わせて「石巻COPDデー」を開催しています。

このイベントの開催に合わせ、地域住民の喫煙率を調査したところ、特に若年層で高いことが分かりました。20~59歳の男性では50~60%と非常に高く、女性でも20~39歳でも30%台半ばという高い割合でした。さらに、石巻市民666人を対象にした検査では、40歳代以上のCOPD罹患率は13.4%でした(男性20.1%,女性6.3%)(図2)。2001年に行われた大規模疫学調査「NICEスタディ」(40歳以上の男女を対象)での有病率の全国平均は8.5%。石巻市民はこれを1.5倍も上回ったのです。こうした状況は、ICONを立ち上げる大きなモチベーションになりました。

図2 COPDの頻度(2006年石巻COPD Day)

2. ICONを始めたきっかけ01

(資料:矢内 勝先生ご提供)

―ICON発足の狙いとして、病院に対するメリットについてはどのようにお考えでしたか。
外来患者さんの集中抑制

ICON発足当時、当院の呼吸器外来は慢性疾患の患者さんがどんどん増えていました。わたしたちだけではとても対応し切れない状況です。しかし、カバーできない患者さんを診療所の先生方に引き受けてもらいたくても患者さんが受診したがらず、診療所サイドにも、設備や機器の不足、増悪時の受け入れ体制や重症度の高い患者を診ることへの不安感などから、慢性呼吸器疾患、特にCOPDの患者を敬遠するケースがありました。このため、当院から患者さんが離れないのです。

患者さんの集中をどう解消させるかは、医師確保の観点からもとても重要な課題でした。呼吸器内科の医師は全国にも少ないといわれ、医療過疎地が多い東北地方ではなおさらです。実際、呼吸器内科は若手の医師に敬遠されがちです。当院には初期研修医がたくさん集まりますが、呼吸器内科はあまりにも忙し過ぎるため、この分野で専門医になろうという医師はあまり出てきません。患者さんの集中を解消するとともに、呼吸器内科医を志す若手医師を増やしたいという思いもありました。

ICONの立ち上げから8年で700人余の患者さんを登録したことは、院内の呼吸器内科の外来患者さんがその分減ったことを意味しており、ICON発足の目的は果たせたと思います。

増悪予防
もう一つ、COPDの患者さんが増悪して入院するケースを減らす狙いもありました。それは医師の負担軽減や病床確保という大きな目的がありましたが、患者さんにとっても増悪はQOL や呼吸機能を低下させ、生命予後にも大きな影響を与えてしまいます。そのためにも、安定期の患者さんを診療所にお任せして、増悪の予防に努めた標準治療を提供してもらえたらと考えていました。こうしたなか、2008年に開かれた日本呼吸ケア・リハビリテーション学会で、COPDに関する石巻市の地域性や医療連携などをテーマに講演する機会があり、わたしはそこでCOPDに医療連携で対応する方針を宣言しました。これが翌2009年10月のICON発足につながっていきました。

3. 医療連携での工夫

3. 医療連携での工夫01――医療連携ではどのような工夫をしましたか。

医療連携を進めるには、医療機関同士が“WIN-WIN”の関係になる必要があるのは当然ですが、なによりも患者さんの側にメリットがなくてはいけません。

まず、当院にとってのメリットははっきりしています。先程挙げたように外来の集中抑制やCOPD重症増悪に伴う入院の負担減が最大の狙いです。一方、診療所にしてみれば、医療連携というバックアップ体制の整ったなかで、安定期の患者さんにストレスなく治療を提供できることは大きなメリットでしょう。ICONかかりつけ医が重症COPD増悪と判断した場合は必ず当院で引き受けるという取り決めは、かかりつけ医にも患者さんにも大きな安心となりました。

問題は患者さんにとってのメリットです。COPDという疾患の性格上、医療を提供するだけでは不十分で、患者さんには、病気だけでなく生活上の注意点も十分に理解していただく必要があります。このためICONの登録患者さんには、疾患の状態に見合った教育を提供し、疾患および生活を自己管理することを支援することにしました。教育を含めた包括的なケアを受けることで、ICONの患者さん自身がチーム医療の主人公になれるのです。

――かかりつけ医とはどのように役割分担しているのでしょうか。

かかりつけ医の先生には、IPAG (International Primary Care Airways Group)*1やCOPD-PS (COPD Population Screener, COPD集団スクリーニング質問票TM)*2を用いた問診と、安定期の治療をお願いしており、COPDが疑わしい患者さんや増悪の場合に紹介してもらっています。“治療の導入と、中等症から重症の増悪治療は当院が担当する”といったように明確に分担しており、かかりつけ医の先生方に引き受けてもらいやすくしました。
やがて逆紹介で診療所に戻っても、ICONで決めた標準治療があるので安心です。少なくとも年1回、重症COPDやHOT患者などは半年に1回当院を受診していただき、自己管理の評価とそれに基づく教育・指導を行い、現治療が病期や症状に合致した適切な治療であるかをチェックしています。

*1 IPAG:http://www.gold-jac.jp/support_contents/question.html
*2 COPD-PS:http://www.gold-jac.jp/support_contents/copd-ps.html

4. ICONで活躍する多職種

4. ICONで活躍する多職種01――ICONでは、看護師やリハビリスタッフなど多職種の活躍が目立っています。

ICON外来における「教育パス」の導入時は医師の指示のもと、看護師による評価、理学療法士によるフィジカルアセスメント、管理栄養士による栄養指導など、多職種が中心になって行われています(図3)。ICON外来の定期受診の際にも多職種が関わっており、多職種連携に支えられています。患者さんが急に痩せたり太ったりしたら管理栄養士が相談に乗り、リハビリスタッフや薬剤師も必要に応じて介入します。

がん関連の診療報酬「がん患者指導管理料」では、患者さんの心理的な不安をやわらげるため、看護師が医師の指示に基づき面接をすると200点を6回まで算定できます。しかし、COPDではこうした評価はまだありません。この領域でも、看護師など多職種の働きに見合った評価が実現することを期待しています。

図3 ICON外来で導入されている「教育パス」

4. ICONで活躍する多職種02

(資料:矢内 勝先生ご提供)

――ICONが多職種の意識向上にもつながっているのですね。

はい。ICONでは医師同士の症例検討会は開いていませんが、看護師による症例検討会が盛んです。院外の看護師やリハビリスタッフ、薬剤師らも参加して、患者さんに対してどのような教育を提供すべきかを話し合っています。ICONにより多職種が積極的に学ぶ様子が見られるようになりました。また、COPDリーディングエクスパートによるICON講演会(年3回)を開催しており、多職種の医療者が多数参加して最新の知見を蓄積しています。

COPDや喘息の薬物治療の主役である吸入治療では適切な吸入手技が必須であることから、「ひたかみ吸入指導ネットワーク」という、COPDと喘息の医療連携における薬物療法を支える連携の組織を2013年4月に構築し、当院が事務局を担当し活動しています。年2回の開催で、COPDの病態や最新の治療法のレクチャーに加え、吸入手技の講習を行っています。

外来での呼吸器リハビリテーションは、石巻市内にある「齋藤病院」(齋藤明久院長)がメインにカバーしています。外来通院リハビリの患者さん20~30人をリハビリスタッフがサポートするなど、多職種の活躍がそこでも目立っています。

5. ICONによる成果

――ICONによる成果は出てきていますか。

2009年10月~2011年2月のデータを集計した結果です。この間当院にCOPDの重症増悪で入院した53人のうち、37人が紹介時すでにCOPDと診断されていました。診断済みの37人のうち、ICON加入機関からの26人全員に禁煙を含めて適切な標準治療が提供されていました。一方、ICON非加入機関から紹介された11人のうち5人には標準治療が行われていませんでした。ICON導入施設では患者背景の把握や禁煙を含む基本的な管理ができており、重症患者の治療対応もスムーズでした。また、ICONの患者さん363人を対象に、治療前後で増悪の回数がどう変化したかを比較した2016年の調査では、全増悪は約30%、入院が必要な重症増悪は65%それぞれ減少していました。

―ICONがスタートしたことで、呼吸器内科の紹介率や逆紹介率にはどのような変化がありましたか。

紹介率は、2014年が97.3%(逆紹介率195.4%)、2015年が106.3%(同224.5%)、2016年が107.8%(同225.0%)と、ここ数年に限っても上昇し続けています。

6. 今後の課題

―矢内先生は今、肺炎での医療連携の体制づくりを急いでいると聞きました。

2025年には、団塊の世代の人たちが75歳以上の後期高齢者になります。こうしたなかで、肺炎による死亡の増加が深刻になるのは避けられません。医療連携のなかで最も難しいとされるのが肺炎治療の連携であり、わたしたち医療機関としては、介護施設や在宅の患者さんにどう介入するかが課題です。

高齢者の肺炎は抗菌薬だけで治癒させられません。口腔ケア、栄養サポート、不顕性誤嚥対策などに多職種が関わることで治療効果が発揮されます。さらに、肺炎予防の啓発・指導が重要です。

当院を軸に医療連携の流れをつくるのではなく、肺炎の予防と治療を医療機関に限定せず地域全体でどう提供していくのかを示すプロセスマップの構築を開始しています。

いくら肺炎の予防と包括的治療を推進しても、高齢者が老衰と言っていい病態の肺炎で亡くなることの急増は避けられません。その治療の全てを病院でカバーするのではなく、地域全体で診られる体制を構築する必要があるでしょう。高齢者の生き方を尊重し、老衰という治せない肺炎に罹ってもその人の意思に沿う形で人生を送れるサポートができる地域社会の構築が急務です。これは10年近く前にCOPD治療に対して抱いた懸念、いや、もっと切実な危機感があります。急増する“老衰肺炎”患者が基幹病院に押し寄せてくるような事態にならないようにしなくてはなりません。

―ICONについての課題は何でしょうか?

これまでのICON登録患者さん700人余のうち200人弱が脱落しています。当院の看護師が調べたところ、30人ほどが介護施設や在宅医療に移っていました。現時点では、こうした患者さんはICONへの登録を抹消するか、取り消しています。

しかし、今後こうした患者さんはますます増えるでしょう。そこで、介護施設や在宅患者さんにもリーチするため、在宅医療の先生方にもICONへ積極的に参加してもらいたいと思っています。テストケースとして、宮城県登米市の「やまと在宅診療所」(田上佑輔院長)や、東松島市の「石垣クリニック内科・循環器科」(石垣英彦院長)に在宅へ移行したICONの患者さんを診てもらい、COPDの患者さんにどのような在宅ケアが必要かを検証しています。

「COPDには禁煙が重要」(COPD啓発イベントでのタバコのキャラクターと)

6. 今後の課題

~独自のCOPD啓発イベント(年1回)で、禁煙の重要性を啓発しています~

取材の裏話・・・

取材の裏話・・・01

インタビュアー:禁煙外来の効果は表れていますか?

取材の裏話・・・02

矢内先生:禁煙外来には2003年から取り組んでいます。2016年度の診療報酬改定で、ニコチン依存症管理料の対象が若い人に拡大されてから、禁煙外来への受診も増えています。しかし、元々たばこを吸う人が多い地域なので、効率の悪いやり方だなと思っています。

取材の裏話・・・03

インタビュアー:小中学校での防煙教育に力を入れているそうですね。

取材の裏話・・・04

矢内先生:2004年より、学校に出向いて教育をおこなう、「防煙教育の出前」を始めています。しかし、実施後のアンケートで、小中学校で防煙教育を行うと将来たばこを吸おうと思わない生徒が有意に増える一方で、高校で実施してもほとんど意識が変わらないことがわかりました。このため、なるべく早い段階で教育すべきだということで取り組んでいます。

取材の裏話・・・05

インタビュアー:ほかにはどのような効果が出ていますか?

取材の裏話・・・06

矢内先生:防煙教育を実施したある小学校のアンケートでは、防煙教育を受けたうちの6割が親に「たばこを止めてほしい」と説得し、そのうち2割弱の親が禁煙したという結果があります。自分で禁煙する人は喫煙者全体の5%にすぎないことを考えると、とても効率の良い方法でしょう。防煙教育はもっと拡大させるべきだと思います。

【解説】 多職種連携の診療報酬上の評価

―厚生労働省等の報告をもとに㈱医薬情報ネットが作成―

外来患者への相談に対する評価を検討

社会保障審議会の医療部会と医療保険部会がまとめた2018年度診療報酬改定の基本方針では、「地域包括ケアシステムの構築と医療機能の分化・強化、連携の推進」を重点課題に位置付けており、厚生労働省は、多職種が連携して患者さんの相談に応じることへの評価を提案しています。

「多職種連携」は、2018年度に限らず近年の診療報酬改定の重要なキーワードです。例えば2016年度に新設された「がん患者指導管理料1」では、医師と看護師が患者さんの診療方針等を話し合い、その内容を共同で文書にして患者さんに提供すると500点を算定できます。同管理料2では、患者さんの心理的な不安をやわらげるため、医師か看護師が面接をすると、患者さん1人につき200点(6回まで)、同管理料3では抗がん剤の投薬・注射の必要性を医師か薬剤師が文書で説明すると同じく200点(同)をそれぞれ算定できます。

患者さんの不安解消を目指す多職種連携への評価は、2018年度の診療報酬改定に向けた中央社会保険医療協議会でも俎上に載っています。厚労省は2017年12月15日の中医協・総会で、治療や病気に関する外来患者さんからの相談に対する現場側の支援を評価することを提案しました(下図1、2)。しかし、相談内容が多岐にわたるうえ、医療保険外の公的サービスなどでカバーすべき内容も多いという指摘があり、継続審議となっています(2017年12月現在)。

図1 患者の相談窓口の利用状況③ ~対応者

【解説】 多職種連携の診療報酬上の評価01

出典:厚生労働省 中医協(平成29年12月15日開催)資料 総-3

図2 外来患者の相談件数推移

【解説】 多職種連携の診療報酬上の評価02

出典:厚生労働省 中医協(平成29年12月15日開催)資料 総-3

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