COPDの吸入療法にPBPMを導入最適な吸入デバイスを薬剤師が選択する新たな試み

サイトへ公開: 2020年10月14日 (水)
医師と薬剤師の業務改善を目指して、プロトコルに基づく薬物治療管理(PBPM)をCOPDの吸入療法に導入した京都桂病院に、PBPMにまつわる新たな試みと戦略を伺いました。
院長 若園?裕先生 x 西村尚志先生 x 小林由佳先生 x 塩飽英二先生

京都桂病院
院長 若園𠮷裕先生

呼吸器センター・呼吸器内科 部長
西村尚志先生

薬剤部門 医務部薬剤科 科長
小林由佳先生

薬剤部門 医務部薬剤科
塩飽英二先生

高度急性期病院がひしめく京都府京都市。その南西部に位置する京都桂病院(一般525床、結核60床)では、医師と薬剤師双方の業務改善につなげるため、プロトコルに基づく薬物治療管理(PBPM)を2016年4月、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の吸入療法に導入しました。医師が業務の共有・移管を行うことにより、薬剤師がCOPDの患者さん一人ひとりに最適な吸入デバイスを、プロトコルに沿って選択・決定しています。

地域の医療需要を見越して同院では、地域医療支援病院として高度急性期機能をカバーする戦略を描きます。若園𠮷裕先生(院長)、西村尚志先生(呼吸器内科部長)、小林由佳先生(薬剤科科長)、塩飽(しわく)英二先生(薬剤科)に、PBPMにまつわる新たな試みと病院の戦略を伺いました。

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地域医療構想/病床機能報告/医師の働き方改革/勤務環境改善/タスク・シェアリングとタスク・シフティング/PBPM/医薬連携

目次
1.京都桂病院の地域戦略
2.PBPMを導入した背景
3.吸入デバイス選択のプロセス
4.PBPMの導入による効果
5.地域への働きかけ
取材の裏話…
【解説】機能に応じて3分類、薬機法改正へ

1. 京都桂病院の地域戦略

若園先生

―京都桂病院がある「京都・乙訓構想区域」では、75歳以上の人口割合が2040年に20%を超えるとみられていますが、どのような戦略を描いていらっしゃいますか。

若園先生 京都府の地域医療構想を実現させるため、市内の医療機関を含め話し合いが近く始まる予定です。話し合いは、京都市をA~Dの4ブロックに分ける「ブロック会議」が軸で、各ブロックの全病院が協議に参加することになっています。

4ブロックのうち「Bブロック」(右京区、西京区)にある地域医療支援病院は当院のみです。当院は、京都市内だけでなく亀岡市など周辺地域からも患者さんを受け入れています。手術支援ロボットや高精度放射線治療機器など最新医療機器を導入し、これらを有効活用して、質の高い医療を目指し、一般病床525床を高度急性期と急性期機能の病床として引き続き運用するビジョンを描いています。

―2017年度の病床機能報告では、一般病床525床のうち385床を「高度急性期機能」と報告されていました。この地域では、2025年の必要病床数と単純に比較すると高度急性期の病床が大幅な過剰になりそうです。

若園先生 京都府全体で見れば確かにそうです。ただ、想定されている京都市のBブロックに関しては高度急性期の病床はそれほど多くありません。今後の話し合いで方向性が変更される可能性はありますが、大きく変わることはないと考えます。動向を見守りたいと思います。

図1 2025年における医療需要に対する必要病床数(【京都・乙訓】)

図1 2025年における医療需要に対する必要病床数(【京都・乙訓】)

(出典:京都府地域包括ケア構想 [地域医療ビジョン] 2017年3月京都府)

―2007年にがん診療連携拠点病院に指定され、2011年には地域医療支援病院として承認されています。これらの役割を担う医療機関として、どのような戦略を描いていらっしゃるのでしょうか。

若園先生 がんの症例はもともと多く、1年間のがん手術件数は、2015年度が926件、2016年度が1,032件、2017年度が1,341件とこの3年間で増えています。この地域では、小児と周産期の症例はこれから先減少するものの、がんに関しては2035年までは減ることはないとみられています。そのため当院でも引き続きがん医療に注力します。

地域連携の観点では、いずれも府内で2~3番目の症例数を誇る従来の呼吸器、消化器、心臓血管の3つのセンターに加え、2017年には脳卒中センターを立ち上げました。これらのセンターを軸に質の高い各診療科と診療所や後方支援病院との連携を進めていきます。

さらに今後、救急医療を強化していきます。過去に結核療養所だったこともあり、救急医療はあまり強くありませんでしたが、救急科を2015年に開設し、ER型救急の土台づくりを進めてきました。救急車の受け入れ台数は、5年前には年に1,500台程度でしたが、現在は3,500台程度にまで増えています。

病院の将来像を描くうえでは、このように地域の人口の動向と医療ニーズの変化を予測しなくてはなりません。当院では、院内に分散している内科系の病棟を集約して2020年ごろ新棟を建設し、緩和ケア病棟を最上階に整備する予定です。その後は、ERとハイケアユニット(HCU)、特定集中治療室(ICU)、脳卒中ケアユニット(SCU)などを集約させた救急棟をつくる予定です。これらはいずれも医療ニーズの将来予測を踏まえた戦略です。

―2016年4月には、プロトコルに基づく薬剤治療管理(PBPM)を慢性閉塞性肺疾患(COPD)で開始しています。

若園先生 当院の薬剤科は、ずいぶん以前より病棟に出向いたり薬剤に関する医師への提案を積極的に行おうという意識が伝統的に強く、医師との信頼関係も十分にできています。そのため、薬剤科から挙げられたPBPMの導入に関する提案をすぐに了承することができました。医師の指示を前提としたうえで医師と薬剤師のタスク・シェアリング(業務の共有)や薬剤師へのタスク・シフティング(業務移管)を進めることで、「医師の働き方改革」にもつなげられるのではないかと考えています。

タスクを共有したり移管したりするには、医師がすべきことと他職種に委ねるべきことの見極めが必要で、医師には指示をする以外は現場を信頼して、そうした作業は全て任せられる環境を整備しています。

2. PBPMを導入した背景

西村先生

──医師と多職種とのタスク・シェアリングやタスク・シフティングには、積極的に推進すべきだというスタンスと、慎重なスタンスの双方が医療界にはあります。薬剤科からの提案に西村先生は、抵抗感を覚えませんでしたか。

西村先生 個人的にはむしろありがたいと感じました。COPDの患者さんに最適な吸入デバイスを選択することは不可欠なプロセスです。ただ、選択したデバイスが患者さんに本当に合っているのかをチェックする必要がありますし、場合によっては変更も必要です。医師が、外来の診察をカバーしながらそこにまで対応するのは時間的にも大変難しいと感じていました。

呼吸器外来の患者さんには、医師が診察する前に症状などを問診票に記入していただき、COPDが強く疑われる方にはあらかじめ肺機能検査を行っていただくようにしています。COPDの治療が必要な患者さんには、医師が吸入薬の処方箋を出してから薬剤科に対応を依頼します(図2)。

図2 COPDでの吸入療法の進め方

図2 COPDでの吸入療法の進め方

(資料:塩飽 英二 先生 ご提供)

塩飽先生

──取り組みを始めたきっかけは何だったのでしょうか。

塩飽先生 最初の狙いは業務を効率化することでした。COPDの治療のなかで最も重要な薬剤師の役割は、患者さんへの吸入指導です。処方された吸入薬の適切な使い方を患者さんに説明し、服薬順守の徹底につなげることが求められますが、それには患者さんの高齢化という大きなハードルがあります。日本ではCOPDの患者さんの約8割が高齢者で、その傾向は当院でも同じです。そうしたことから、1回の指導で全てを理解して正しく使っていただけることは十中八九ありません。

当初は、吸入デバイスを正しく使えるように2回、3回と指導を重ねていました。そんななか、当院の呼吸器科に専門医が着任し、COPDの診断率が向上しました。COPD患者が増加したことから吸入指導件数や医師への疑義照会の回数が大幅に増え、吸入指導に十分な時間を確保することが難しくなってしまいました。それなら、安定期のCOPDに関しては吸入指導に加え最適な吸入デバイスの選択も薬剤科がカバーすれば、医師と薬剤師双方の業務を効率化できるはずだと考えました。

3. 吸入デバイス選択のプロセス

──吸入デバイスの選択はどのように進めているのでしょうか。

塩飽先生 西村先生のお話にもあったように、当院の呼吸器外来及び入院では、COPDと診断された患者さんへの介入依頼を受けてまず薬剤科が面談します。薬効分類を医師に指定してもらい、薬剤科ではプロトコルに基づいて最適な吸入デバイスを選択します。その後、従来通り吸入指導を行うとともに多職種で作成したCOPDパンフレット(COPDの病態、薬物・栄養・運動療法など)によりセルフマネジメント教育も実施するという流れです。

吸入薬は、きちんと肺に届くことで効果を発揮する薬剤です。そのため吸入デバイスの選択では、患者さんの吸気速度がどの程度か、デバイスを正しく操作できるだけの身体機能(筋力低下や手指不良、同調不良の有無など)があるかを評価します。そのうえで、COPDの状態が健康と日常生活にどのような影響を与えているかを測定する「COPDアセスメントテスト」(CAT)や、呼吸困難感を数値化して評価する「MRC息切れスケール」などを組み合わせ、これまでの増悪の回数や程度も勘案して最適な吸入デバイスを薬剤ごとに選択、状況によっては薬効分類の変更提案を行いました(図3)。

図3 COPDの総合的評価

図3 COPDの総合的評価

(資料:塩飽 英二 先生 ご提供)

プロトコルの具体化はどのように進めていったのでしょうか。
塩飽先生 科学的な根拠に基づくデータを論文から集めて、まずたたき台をつくりました。それに対する医師や看護師の意見を聞き、合意を取り付けながら組み立てるイメージです。

──もしも副作用が出たらどのように対応していますか。
塩飽先生 副作用がないかどうかを診察前の面談で薬剤師が確認し、副作用が認められれば看護師や医師に症状を報告します。

西村先生 副作用があれば、薬剤を変更あるいは休止する、副作用に対する治療や処置を行う、のいずれかの対応を取ることになります。

塩飽先生 2016年4月から行っている臨床試験(安定期COPD患者に対する薬剤師による吸入デバイス選択プロトコルの有効性・安全性評価)でも、薬剤変更や副作用に対する支持療法を行ったケースが何件かありました。

4. PBPMの導入による効果

──PBPMに取り組み始めたことでどのような効果が見えてきましたか。
塩飽先生 まずは臨床試験という形でデータを集めました。現在は、2018年8月までに登録、試験終了した患者さん60人のデータ解析を進めている段階で、できるだけ早く結果をまとめます。臨床面での効果はそれによって明らかにできると思います。

──医師の働き方改革の観点からはいかがですか。
西村先生 こうした取り組みに慎重な医師も確かにいますが、個人的にはどんどん進めてほしいと思っています。COPDの吸入デバイス選択にまで医師が外来で対応するのは現実的に難しく、患者さんを何時間も待たせることになりかねません。院内業務を多職種がこのようにシェアすることは効率化の観点からも重要ですし、スタッフのモチベーション向上にもつながるでしょう。何より患者さんにとっての大きなメリットを期待できます。

──COPD以外の疾患では、薬剤科はどのように介入していますか。
塩飽先生 例えば手術が中心となる呼吸器外科では、術後補助化学療法まで医師がカバーするのは難しいため、COPDと同じように、支持療法を主としたプロトコルを作成している段階です。

小林先生

小林先生 当院のような総合病院にはいろいろな病気の患者さんがいらっしゃいます。そのなかでわたしたちはこれまでに、医師との契約の範囲内で薬剤師が主体的に薬物治療を行う日本版の「共同薬物治療管理」(CDTM)を血液内科で始めたり、抗凝固薬の効果を高めるために用量をコントロールする「血液サラサラ外来」を心臓血管センターの医師と協同で運営したり、といった取り組みを進めてきました。高齢の患者さんは、若い患者さんたちと同じようには薬を使えませんし、合併症を抱えがちです。こうした患者さんが年々増えていることから、医師の診断を踏まえて、どのような薬剤が最適か、わたしたち薬剤師が積極的に提案することにしています。

5. 地域への働きかけ

──2017年4月からは、地域の薬剤師向けに研修も行っているとお聞きしています。
塩飽先生 これは、COPDの患者さんを地域全体でフォローしようという試みです。今回の臨床試験では、吸入デバイスを使い始めてから半年後までをフォローアップしました。患者さんの治療は、入院中はもちろん退院後も続き、基本的にはわれわれが選択・決定した吸入デバイスを継続して使い続けていくわけです。ただ、例えば、治療を開始した時点でベストな吸入デバイスを選択しても、一年も経てば病態は変わります。だからこそ、薬剤師の長期的なフォローが非常に大切です。当院だけでなく地域の薬局にも介入してもらい連携によって長期間対応できれば、患者さんのメリットも大きいでしょう。

研修は、2017年1月からこれまでに数回行いました。西京区の薬剤師会に呼びかけ、最近では50~60人ほどが参加してくれています。いずれは地域全体でCOPD患者さんの肺機能維持・向上のための服薬順守を徹底させることが目標です。

──研修では、地域の薬局の皆さんにどのようなことを伝えているのでしょうか。
塩飽先生 吸入指導の基本的なノウハウは皆さん既にお持ちだと思いますが、この取り組みでは、薬剤師が一定の責任を負って治療に参加する点が通常の業務と大きく異なります。そのため、薬剤管理にとどまらず、処方の内容そのものに踏み込むという意識とその実践が必要になってきます。そこで、患者さん一人ひとりの特徴を踏まえながら、適切な吸入デバイスをどのように選ぶのかを詳しく伝えています。

臨床試験では「お薬手帳」を使って患者さんの情報を共有していましたが、今後は新しいやり方を考えています。モデルは、医療機関と薬局が糖尿病患者さんの情報を共有し、地域の薬剤師が定期的に面談しフォローする、米国の「アッシュビルプロジェクト」です。患者さん一人ひとりに最適な吸入デバイスを薬局が選択し、フォローできる環境を、いずれは京都府全体に広げるという夢を描いています。

院長 若園?裕先生 x 西村尚志先生 x 小林由佳先生 x 塩飽英二先生02

取材の裏話・・・

インタビュアー01 インタビュアー:医師に対して薬剤師が積極的に提案するような院内風土はどのようにして培われたのでしょうか。
小林先生01 小林先生:当院の薬剤師は、先輩方の代から医師と協同で医療に取り組み、積極的な関与によって医師の信頼を獲得してきました。「薬剤師が病棟にいて当然」という環境が看護師を含めてできあがっています。
インタビュアー02 インタビュアー:PBPMを進めるうえでどのようなことがポイントになると思いますか。
西村先生 西村先生:「わたしたち医師側の協力」が挙げられるでしょうか。薬剤師側に関しては、コミュニケーション能力を磨くことがとても大切な要素だと思います。
小林先生02 小林先生:薬剤師として何かを決断することには大きな責任が伴いますし、決断が正しかったのかどうかも検証しなくてはなりません。そんな重圧を乗り越えられるだけのモチベーションを薬剤師が持ち続けられるかどうかが大切だと感じています。
塩飽先生 塩飽先生:患者さんの服薬順守の状況をスコアリングしていると、面談のたびに症状、スコア共に顕著に改善しているケースが多いと感じます。通常、診察しフォローアップしていくのは医師の業務であり、薬剤師が継続して関わっていく機会は多くありません。しかし当院では、自分が選択した吸入デバイスを使う患者さんが回復していく過程を、面談を通して見守っていけるのは大きな喜びです。薬剤師としてそういうやりがいを感じたいと思うことが、こうした取り組みを始めるための最初の突破口かもしれません。
インタビュアー03 インタビュアー:優秀な人材を集めるなど、ほかの病院との差別化という観点からも効果がありそうです。
小林先生03 小林先生:吸入指導を薬剤師が行う病院は全国にたくさんありますが、デバイスの選択にまで踏み込んでいるケースはまだほとんどありません。それが差別化につながっている面もあるでしょう。
  (2018年11月22日のインタビューより)

【解説】機能に応じて3分類、薬機法改正へ

―厚生労働省 中医協の議論などをもとに㈱医薬情報ネットが作成―

地域包括ケアシステムの推進により、薬局や薬剤師のあり方が大きく変わりつつあります。 患者さんや地域の住民が「医薬分業」のメリットを感じられるようにする目的で、厚生労働省は、全ての薬局が最低限カバーすべき基本的な機能を法令上明確にし、服薬期間を通じてそれらを行うことを薬剤師にも義務付ける方針です。

一連の見直しは、医薬品医療機器等法に関する制度の見直しについて話し合う厚生科学審議会(厚生労働相の諮問機関)の医薬品医療機器制度部会で議論されており(2018年12月上旬現在)、政府は翌2019年の通常国会に同法の改正案を提出したい考えです。

厚生労働省が2018年11月8日の部会に提出した見直し案では、全ての薬局がカバーすべき基本的な機能として、▽調剤を行うときだけでなく服薬期間を通じて、患者さんに必要な服薬状況を把握したり薬学的な知見に基づく指導を行ったりする▽患者の服薬状況などに関する情報を、必要に応じて処方医らへ提供するよう努めて薬物療法の最適化に寄与する――の2点を挙げました。厚生労働省は、これらの業務を薬剤師にも義務付けることで、地域包括ケアシステムにおける薬局や薬剤師の役割を高めたい考えです(図)。

薬局に関しては、基本的な機能のほかに、▽在宅医療に対応したり、入退院時などの服薬に関する情報連携で主体的な役割をカバーしたりする▽医療機関と密に連携しながら、薬物療法を受けている、がんなどの患者に、高い専門性を伴う薬学的管理や特殊な調剤を行う――の2つを規定します。そのため法改正後は、基本的な機能にこれら2つを併せた3つのタイプに薬局の機能が分類される見通しです。薬局にとっては医療機関などとの一層の連携強化が重要な課題となるでしょう。

それぞれの機能をカバーする薬局への報酬体系は、法改正とは別に話し合うことになる見通しです。ただ、医薬品医療機器制度部会の議論で日本医師会の委員は、薬局の機能分類と調剤報酬をリンクさせることに強く反対しており、調整は難航しそうです。

【解説】機能に応じて3分類、薬機法改正へ

出典: 厚生科学審議会・医薬品医療機器制度部会(2018年4月11日)の資料

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