糖尿病治療、職場とも連携 「職場との交換日記」で両立支援

サイトへ公開: 2020年10月05日 (月)
糖尿病治療における治療と仕事の両立支援の取り組みと新型コロナウイルス感染拡大の影響、今後の展望について、中部ろうさい病院 糖尿病・内分泌内科部長の中島英太郎先生にお伺いしています。
独立行政法人労働者健康安全機構 中部ろうさい病院 糖尿病・内分泌内科部長 中島英太郎先生

独立行政法人労働者健康安全機構 中部ろうさい病院

糖尿病・内分泌内科部長 中島英太郎先生

糖尿病治療の先進的な取り組みで知られる中部ろうさい病院(名古屋市港区)では、「就労と糖尿病治療両立支援手帳」を活用して治療と仕事の両立を支援しています。
両立支援は、仕事のために通院できない患者さんの症状が悪化するのを防ぐのが狙いで、手帳は「職場と医療機関をつなぐ交換日記」がコンセプト。
糖尿病の治療継続のために、医療機関と職場が連携を図り、治療環境を整えます。
現在は、スマートフォンの専用アプリを使ってオンラインでも対応していますが、課題もあるといいます。
糖尿病・内分泌内科部長の中島英太郎先生に、糖尿病の治療と仕事の両立支援の現状をお聞きしました。

1.治療と仕事の両立支援を始めたきっかけ

-中部ろうさい病院では、糖尿病の治療と仕事の両立支援を展開されています。こうした取り組みを始めた経緯についてお教えください。
きっかけは、大阪労災病院の眼科医が2008年頃に報告した調査結果です。糖尿病網膜症で失明するのを防ぐ手術を受けた患者さんの手術前1年間の眼科と内科への通院歴や離職率を調べると、眼科に通院していた方は全体の半分以下、内科は3分の2程度にすぎず、その後の離職率が高いことが分かりました。これは、少なくない糖尿病の患者さんが仕事を優先して通院せず、高血糖を放置し、合併症の視力障害が進行して結局、離職に追い込まれてしまうケースが多いことを示すデータです。
この調査結果を受けて、糖尿病でも治療と仕事の両立を支援するため「治療と就労の両立支援事業」を労働者健康福祉機構(当時)として行うことが決まりました。糖尿病治療に先進的に取り組んできた当院が中核施設として事業をけん引することになったのです。当時の佐野副院長の主導で、まずは調査研究事業を5年間進めることになりました。この事業は途中から私が引き継ぎ、その後さらに患者さんへの直接介入を行うモデル事業を2014年から実際に始めました。
 調査研究事業では、働いている糖尿病の患者さんの約半数が治療と仕事の両立に関する悩みを抱えていることや、自覚症状が乏しいために通院を自己中断し、合併症が悪化してから数年後に受診を再開するケースがあることなどがあらためて分かりました。

-糖尿病治療においては職場の理解や協力がポイントになりそうですね。
そうです。そのため、調査研究事業の成果物として「就労と糖尿病治療両立支援手帳」をつくり、2014~2019年に実際に運用しました。この手帳は、「職場と医療機関をつなぐ交換日記」がコンセプトです。当院から職場への伝達事項は、患者さんの糖尿病管理状況や病状、通院状況などが中心で、薬の副作用や合併症の影響も記載します。例えば視力障害や無自覚性低血糖症があるなら、「自動車の運転は控えていただきたい」などと仕事上の注意点を伝え、職場からは、それらにどれだけ配慮できるかを返信してもらいます(図1)。

図1 就労と糖尿病治療両立支援手帳

図1 就労と糖尿病治療両立支援手帳-01

図1 就労と糖尿病治療両立支援手帳-02

(資料:中部ろうさい病院 中島英太郎 先生ご提供)

手帳は2014年以来、2回改訂しました。当初は、医療機関から職場への発信のみを想定していましたが、1回目の改訂では、職場の産業医などからも発信を始められるようにしました。2回目の改訂では、厚生労働省が2016年に公表した「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」を踏まえて内容を修正しました。

-両立支援の対象はどのような患者さんですか。
 労働者が加入する健康保険組合や共済組合、協会けんぽなど、国民健康保険以外の医療保険の患者さんです。現在のところ、自営業の方は対象外となっています。治療就労両立支援モデル事業が始まったときは、仕事上困っていることが「ある」とアンケートに回答した当院通院患者さんで、両立支援を受けることに同意していただいた方を対象にしました。初年度には30人、5年間の累計では90人ほどに支援を行いました。

2.治療と仕事の両立支援の進め方と課題

治療と仕事の両立支援の進め方と課題-01

-両立支援はどのように進めるのでしょうか。
 例えば透析の導入を防ぐための指導を評価する糖尿病透析予防指導管理料を算定するには、専任の医師、看護師、管理栄養士が「透析予防診療チーム」を組み、食事や運動など生活習慣に関する指導を行う必要があります。同様に当院では、患者さんの血糖値やHbA1cなどのデータをチームで共有し、治療の障害になる職場や生活上の悩みごとがないかを確認します(図2)。治療上有用な内容は、両立支援手帳で職場とも共有するという流れです。ただ、月1回程度の診察で患者さんの生活の状況を全て把握するのは困難なので、過去の健診結果や日常の血圧・体重・血糖値のデータなど患者さんの健康・医療情報を確認できる「PHR」(Personal Health Record)も活用しています。

図2 糖尿病の両立支援のイメージ図

図2 糖尿病の両立支援のイメージ図

(資料:中部ろうさい病院 中島英太郎 先生ご提供)

-これまでにどのような課題が見えてきましたか。
糖尿病の患者さんに対する社会的な偏見(stigma)が近年、国内外を問わず問題になっています。「糖尿病になる人間は、自己管理も仕事もできない」という烙印を押されるのです。糖尿病になったのは本人の責任で職場は無関係、という考えを持つ人もいます。それだけに、自分が糖尿病であることを職場に知られるのを嫌がる患者さんもいて両立支援の障害になっています。
糖尿病の治療で最も大切なのは、とにかく通院を続け、治療を継続することです。極端な言い方をすれば、ほかは二の次でもいい。その場合職場では通院の時間に対する配慮のみをしていただければよく、患者さんや職場の負担は本来、それほど大きくはありません。がんや脳卒中などいろいろな重大な疾患の中で、糖尿病の両立支援は、職場も含めて最も取り組みやすいはずです。糖尿病で無理なら、他のどの病気でも両立支援はできないと言ってもいいでしょう。

-糖尿病の両立支援を行う上でも患者教育はとても重要なポイントになりそうですね。
両立支援の前提として患者さんご自身が治療へ積極的に取り組むことは、職場の理解を得るために必須であり、患者さんへの療養指導は極めて重要です。特に初診時の対応が肝心で、食事などの生活習慣をどのように改善する必要があるか、まずお伝えします。これまでに痛感しているのは、患者教育を行うには、医師単独では難しいということです。医師だけでなくチーム全体で対応した方が、治療の継続率は明らかに高い。そのため、看護師や管理栄養士たちに積極的に関与してもらいます。PHRの活用は患者教育にも非常に有効です。食事の状況や血糖値、体重の推移など自分自身の生活を「見える化」できるので、患者さんも改善への意欲が湧くようです。

3.オンラインによる両立支援

-糖尿病の両立支援を受けている患者さんのうち、オンラインで対応している患者さんはどのくらいいらっしゃいますか。
当院では患者さんの利便性を図り、自己治療中断を防止する試みとしてオンライン診療および上記手帳機能をオンライン化する試みを2017年より行っています。総務省が2018年度に始めたオンライン診療の実証事業に参加したこともあって、2018年には30人程度、2019年度には23人にオンライン診療で対応しました。ただ、保険診療で対応できたのはそのうち5人程度で、残りは病院の理解をいただいた上で診療報酬請求や自己負担なしで行いました。実証事業の終了と新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、2020年4月以降は保険外での対応をいったん見合わせ、保険診療で5人ほどのみに行っています。しかしながら電話再診は増加しています。在宅勤務が広がったり、職場の工場が操業を停止したりした影響もあり、がんなども含めて7月末の時点では両立支援活動はオンラインでのものを含めほぼ止まっている状況です。

-両立支援の中断が長引くと、いずれ影響が出てきそうですね。
短期間の延期なら問題ありませんが、怖いのはそれが治療中断につながることです。実際、新型コロナウイルスへの感染を恐れ、患者さんが受診日にいらっしゃらないケースもあります。中断しそうなあるいは来院されなかった患者さんへのフォローが大きな課題です。

-新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、今後オンライン診療は加速すると思いますか。

オンラインによる両立支援 -01

 国がオンライン診療の普及を加速させていくことは明らかです。国としては、デジタル化の医療政策の一環としても推進したいのでしょうが、定着させられるかどうかを決定付けるのは、保険の点数が大きなカギになるでしょう。糖尿病の両立支援や診療をオンラインで行う場合、当院では透析予防指導管理料を請求するために医師、看護師、管理栄養士の3人が同じ日時にPCでオンラインに入り、患者さんにはスマートフォンを使っていただいて指導を行っています。まず私が3分ほど患者さんとお話をして、看護師と管理栄養士が2分ずつ。平均すると1回7分程度に抑えています。これはスマートフォンのバッテリーと通信パケット量を危惧してのことです。  課題として、オンライン診療前後の事務的な対応で診療自身よりもはるかに時間がかかる点があります。オンライン診療に先立って、専用アプリの導入やクレジットカードの登録などに30分程度は必要でしょう。診療の当日には、まず事前準備に10分ほどかかり、診療が終わると、お支払いの確認やカード決済の手続き、処方箋の印刷や発送などに、合わせて15分ぐらいをかけています(図3)。

図3 当院での糖尿病オンライン診療に要したリソース(作業時間)

図3 当院での糖尿病オンライン診療に要したリソース(作業時間)

(資料:中部ろうさい病院 中島英太郎 先生ご提供)

 つまり、オンライン診療を行うには、対面診療とは比較にならないほどのリソースが必要だということです。我々のように国の実証事業に参加しているならまだしも、それなしにオンライン診療料1回71点と対面に比較して非常に低いオンライン診療管理料で対応するのは一般的には難しいでしょう。

4.治療と仕事の両立支援の今後の展望

-2020年度の診療報酬改定は、糖尿病の治療に追い風になりましたか。
糖尿病医としては残念な内容でした。がん患者さんを対象として2018年度に新設された療養・就労両立支援指導料が今回見直され、治療と仕事の両立に必要な情報を職場に文書で提供すれば、産業医の助言が返信されなくても算定できるようになるなど柔軟な運用に見直されました。さらに、従来のがんに加え、脳血管疾患や肝疾患が新たに対象になりましたが、残念ながら対象疾患として糖尿病の追加は見送られました。糖尿病は症例が多いので、国が慎重に判断した結果でしょう。2022年度の改定に期待していますが、対象に追加されるには、両立支援の件数や成果などの実績が問われると思います。

-治療と仕事の両立支援を円滑に進める上では地域の医療機関や行政との連携の整備も重要な課題だと思います。両立支援の取り組みの将来的なビジョンをお聞かせください。
我々地域の基幹病院は、地域の医療に責任を持つべきだと強く感じています。これまでの病院は、「患者さんに足を運んでもらってなんぼ」というスタンスでしたが、もうそういう時代ではありません。ネットワークづくりを含めて、地域の対象となる方々にこちらからアプローチする。いわゆるアウトリーチ戦略です。ネットワークの整備では、開業医の先生方だけでなく、薬局の薬剤師や行政なども巻き込んで健診なども含めた地域の医療データを集約・共有し、医療の質向上に生かすことが理想です。現在はできてきませんが、今後は我々から仕掛けるぐらいの姿勢で、地域の患者さんやかかりつけ医、かかりつけ薬剤師等へアウトリーチすべきと思っています。

-アウトリーチを進める方策は何か考えていらっしゃいますか。
やはりICTの活用がカギだと思います。日々の診療もそうですが、例えば糖尿病教室のようなイベントも、オンデマンドで動画を配信していつでも視聴できるようにすれば便利でしょう。ただ、ITリテラシーを持ち、それを視聴できるのは40歳代以下か、せいぜい50歳代以下の世代まで。当院を受診する糖尿病の外来患者さんの平均年齢は70歳ほどなので、それだとミスマッチが起きてしまう。年代によってアプローチの仕方を変える必要があります。
職場との連携を目指す糖尿病の両立支援では、就労と糖尿病治療両立支援手帳をデジタル化しました。職場と紙媒体でやり取りしていると何ヶ月と非常に時間がかかりますが、デジタルだとタイムリーにやり取りできます。ICTをうまく活用することで、可能になることはたくさんあるでしょう。

治療と仕事の両立支援の今後の展望-01

取材の裏話・・・

インタビュアー01

インタビュアー:新型コロナウイルスの感染拡大で病院や糖尿病センターにはどのような影響が及びましたか。

中島先生01

中島先生: どの病院でも同じような状況だと思いますが、2020年3月からの数カ月間は大赤字の状況でした。新型コロナウイルス感染拡大の影響を最初に実感したのは2月中旬頃でしたが、この時期に企画していた送別会が相次いで延期になりました。3月中旬には、入院患者さんの感染が明らかになり、一部病棟を一時閉鎖し、外来でも新患の受け入れを中止しました。職員への感染がなく1週間ほどで通常の診療を再開できましたが、ストレスフルな状況でした。

インタビュア-02

インタビュアー:外来診療はどのような状況ですか。

中島先生02

中島先生:当院では、待合室に混雑を生じさせないよう、糖尿病センターを含む外来部門で処方期間を延ばしました。それによって、センターへの外来受診は4月から6月にかけて、恐らく通常の7割ほどに減少したのではないでしょうか。ただ、7月末の時点では通常の8割ほどに回復しています。

インタビュアー03

インタビュアー:入院への影響はいかがでしょうか。

中島先生03

中島先生:国からの要請もあり、待機的に対応できる手術や緊急性を伴わない「不急」の入院を延期しました。最も影響が大きかったのは、我々糖尿病・内分泌内科でしょう。糖尿病の教育入院など「不急」の入院を見合わせたためです。現在は通常体制となっています。

ンタビュアー04

インタビュアー:新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、国は4月、電話やオンラインによる診療の臨時的・特例的な取り扱いを打ち出しました。

中島先生04

中島先生:当院では、「電話等再診」を導入しました。病院全体では3月から4月にかけて、外来診療全体の1.6%、糖尿病センターでは3.4%に電話等再診で対応しました。ただ、「電話等初診」は行っていません。当院は急性期の基幹病院として、紹介患者さんへの対応に軸足を置いています。そのような病院が、疾患を問わず「電話等初診」を行う必要はないだろうという判断です。
  (2020年7月30日のインタビューより)

【解説】オンライン特例 医療機関1.6万超が対応 厚労省が検証結果、ルール違反も

新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、2020年4月に運用が始まった電話やオンラインによる診療の特例に対応する全国の医療機関が、6月末の時点で1万6,000カ所を超えていたことが厚生労働省の調べで明らかになりました。国は、新型コロナウイルスの感染が収束するまで特例の運用を継続させる方針ですが、麻薬や向精神薬を初診時に処方するなどルールに違反するケースがあることも明らかになりました。
オンライン診療を行うには本来、対面診療と組み合わせた診療計画を患者ごとにつくる必要があり、禁煙外来や緊急避妊薬の処方などを除き、原則として初診は対面で行うこととされています。電話による初診も認められていませんが、厚労省は4月10日、これまでに受診歴がない人を含む初診の患者を電話やオンラインで診療することを特例で認めました。この枠組みで診療を行った場合、医療機関は「電話等を用いた初診料」として214点を算定します。
これは、新型コロナウイルスの院内感染を防ぐのが狙いで、厚労省は、再診の患者を電話や情報通信機器で診療し、処方することも「差し支えない」としています。いずれも感染が収束するまでの期限付きの措置という位置付けです。感染拡大の状況や医療機関などによる対応実績は原則として3カ月ごとに検証することとされており、厚労省は8月6日、最初の検証結果を省内の検討会に報告しました。
それによると、特例に対応する医療機関は6月末の時点で1万6,000カ所を超え、7月末現在、1万6,202カ所あり(図)、厚労省はこの日、特例措置を当面継続させる方針を示しました。ただ、麻薬や向精神薬を初診時に処方したり、基礎疾患の情報がない患者に免疫抑制薬などのハイリスク薬を処方したり、特例措置のルールを守らないケースが4~6月にあったことも分かり、そうした医療機関への指導を都道府県に依頼したことを報告しました。
また、東京にいる医師が適切なフォロー体制を整えずに北海道の患者を診療するようなケースもあり、厚労省は、同じ二次医療圏内の患者に特例の対象を限定するのが望ましいという認識を示しました。

図 時限的・特例的な取り扱いに対応する医療機関の数

図 時限的・特例的な取り扱いに対応する医療機関の数

出典:オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会(2020年8月6日)の資料をもとに作成

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