岩手県立中央病院 望月院長に学ぶ窮地からのV字回復「Yes, we can」

サイトへ公開: 2020年10月13日 (火)
赤字からのV字回復を果たした岩手県立中央病院の院内改革に携わってきた望月泉院長に、医療と経営の質改善のポイントを伺いました。
望月 泉

岩手県立中央病院
望月 泉 院長

医業収支比率を高め、健全経営を誇る岩手県立中央病院にも、かつて赤字にあえいだ時期がありました。V字回復のきっかけとなったのは、2000年代初頭に始まった病院改革です。

それから20年近くを経て、自治体病院きっての医療と経営の質の高さを確立しました。そうした同院が今見据えているのは、高齢化に伴い地域での人口減少が一層本格化する2025年です。

合言葉は、「Change(変革)」と「Yes, we can(われわれはできる)」。

今回は、岩手県立中央病院の院内改革に携わってきた望月泉院長に、医療と経営の質改善のポイントをうかがいました。

1. 病院改革の契機

――どのようなきっかけで病院改革が始まったのでしょうか。

1987年3月の新築移転をきっかけに、当院は長らく深刻な赤字に苦しみました。高額な投資をした上に単年度でも赤字が続き、累積赤字は1998年時点で約58億円(図1)。当時は「莫大な累積赤字を抱える自治体病院は必要ないのでは」という意見が出てしまうほど厳しい状況でした。

契機となったのは、2000年に示されたコンサルティング会社の経営診断でした。まず、病院としてのビジョンがない。目標設定は高いのに、実際には新規入院が少なく入院収益が低迷している。さらに、スタッフの増員が生産性の向上に結び付いていない、とも指摘されました。

図1岩手県立中央病院の単年度・累積損益の推移

図1岩手県立中央病院の単年度・累積損益の推移

(資料:望月 泉先生ご提供)

2. 改善に向けた取り組み

――具体的な取り組みについて教えてください。

A. 「3020(サンマルニマル)計画」

望月 泉01

樋口紘前院長は、2000年4月に就任するとすぐ病院改革に着手します。私は当時、消化器センター長兼消化器外科長でしたが、この年の11月には樋口前院長や医局長たちと各地の病院を視察しました。実は、私はこのときの視察で「急性期病院」という言葉を初めて知りました。これまでそうした言葉が院内で話題に上ることなどなかったのです。

樋口前院長は、他院との連携を強化することで紹介率を高める、入院期間を短縮するなど、急性期病院としての機能の確立を目指す方針を明確にしました。急性期病院にとってのステータスシンボルだった当時の「急性期病院加算」の算定要件は紹介率30%以上、平均在院日数20日以内。まずはこれをクリアしようと、樋口前院長は「3020(サンマルニマル)計画」を2001年にスタートさせ、「病床管理の徹底(医師は病棟を、看護師は患者を選ばない)」「救急医療の充実(救急車を断らない)」など病院改革の方向性をワンフレーズで分かりやすく示しました。

紹介率を高める目的で、2001年に「地域医療連携室」を立ち上げました。紹介患者の診療予約をFAXで10分以内に返信する仕組みなどは、当時の東北地方ではまだ珍しいものでした。

B. 病床管理の徹底

――「病床管理の徹底」とはどういうものですか。

全12病棟のベッドコントロールをすべて看護部に委ねるものです。当時、当院には病床管理という概念自体がなく、各診療科に病棟を割り振り、他科の病棟を使うにはその診療科長の了承が必要という硬直的な運用をしていました。ところが、視察先の病院では、空いている病床はどの診療科も自由に使え、看護部の次長クラスが病床管理を一手に引き受けていました。これに倣い、「医師は病棟を、看護師は患者を選ばない」を合言葉に私たちも病床管理を徹底させました。医師は、術後の患者さんの状態が落ち着けば転棟を進めて新しい患者さんを次々受け入れる。看護師にも、病棟が空いていれば他科の患者さんでも積極的に受け入れるよう促しました。こうした取り組みが奏功し、「紹介率30%以上・平均在院日数20日以内」は、計画のスタートから1年足らずでクリアできたのです。

C. 救急医療体制の充実

――苦労されたエピソードをお聞かせください。

現在は「救急医療体制の充実」に力を入れている当院ですが、かつて自分の専門以外の救急患者さんの搬入を当直医が断っていた時代がありました。しかし当時は、大きな赤字を背負う厳しい経営状況です。救急搬入を断っている余裕などないという危機感がありましたし、現場からの反発も覚悟で「断らない救急」の体制づくりを進めていきました。

――具体的にはどのように進めていったのでしょうか。

救急患者さんをすべて受け入れるため、全診療科にオンコール体制を取り入れました。もしも救急搬入を断るケースがあったら、なぜ断らなければならなかったのか、院長宛ての「理由書」で説明するよう求めてきました。このような方針を今も徹底しているのは、救急医療こそ地域に不可欠だと考えるからなのです。その結果、1999年度からのわずか3年間で救急車の搬入件数は1,550台から3,042台へほぼ倍増しました。その後も搬入件数は増加を続けており、当院は盛岡医療圏全体の約半数の受け入れを担っています(図2)。

図2 盛岡医療圏(夜間・休日)救急車搬入件数の推移

図2 盛岡医療圏(夜間・休日)救急車搬入件数の推移

(資料:望月 泉先生ご提供)

D. クリニカルパスの見直し

望月 泉02

――2006年にはDPC対象病院に移行しました。DPCデータを活用した他病院とのベンチマーキングではどのような課題が見えてきましたか。

例えば循環器系のクリニカルパスでは、心臓カテーテル検査で施行前日に入院し血液検査、画像診断をしていたり、検査終了後全例に抗生剤や血管拡張剤を使用していたり。このため、入院中の医療資源投入が非常に多い。DPC制度ではこれらの費用は診断群分類ごとの報酬に原則包括されるので、さっそく改善を呼び掛けました。ベンチマーク分析の大切さを痛感させられたできごとです。

――パスを見直す際、医師の納得を促すポイントは何でしょうか。

当院の場合、院内のパスが同規模の他病院とどれだけ違うか、データで示したことがポイントです。そして私たちはデータの出し方にも工夫しました。上からの指示で進めるのではなく、診療情報管理士が医師に客観的な視点で状況を説明し、私は黙ってそばに座ってうなずいているだけ。医師たちの反応を横で見ていると、最初は渋々でも、話が進むにつれて「見直しの余地あり」という認識を強めていく印象でした。

E.手術・検査の外来シフト

――岩手県立中央病院は、大学病院本院並みの診療機能を持つ「DPC病院II群」とされています。

II群のポジションを維持するには、入院の診療密度を高めなければなりません。それには入院期間の短縮だけでなく、白内障の水晶体再建術など診療密度が低い手術・検査の外来シフトが有効です。例えば大腸ポリペクトミーの場合、今では遠方の患者さんや特別なリスクがある場合などを除き、半分以上を外来で行っています(図3)。2016年度の診療報酬改定では、入院基本料など報酬の大半が包括される短期滞在手術等基本料3がこの大腸ポリペクトミーに適用されました。これに先行して外来へシフトできたのは幸いでした。入院せずに済むのなら患者さんのメリットも大きいはずです。こうした流れは今後も継続させて行きます。

図3 大腸ポリペクトミー実施状況

(資料:望月 泉先生ご提供)

――外来にシフトさせる手術や検査はどう見極めるのでしょうか。

外保連手術指数や診療密度が低く、医療安全上問題のなさそうなものをピックアップして見直しを検討しました(図4)。パスの中身を吟味してみると、説明のために前日入院しているものもあり、見直しました。患者さん目線で考えれば、入院しないで済む方が良いですから。経過観察用のベッドで数時間経過を見て、問題がなければ当日にお帰りいただきます。現在、心臓カテーテル検査の過半数には外来で対応しています。

外保連手術指数:外保連が定義した医師技術度の代替指数

図4 実績要件3a 診療科別GHC試算値 全病院平均:1,186

図4 実績要件3a 診療科別GHC試算値 全病院平均:1,186

(出典:グローバルヘルスコンサルティング・ジャパンが提供する経営分析サービス「病院ダッシュボード」)

――手術や検査を外来にシフトすると病床利用率が急激に下がりませんか。

一時的には低下しますが、救急搬入や紹介ですぐベッドが埋まりますし、病床利用率はむしろ高くなり過ぎないようにしています。「救急車を断らない」というミッションを果たすには、利用率が高過ぎると病床の確保に苦労しますから。

――理想的な病床利用率はどの程度だとお感じですか。

90%は超えない方がいいでしょう。当院では80%台前半から半ばで推移しています。経営的には「常に100%」が理想で、それを超える病院もありますが、そこを追求し過ぎると業務量も一気に増え医師や看護師などの職員が疲弊してしまいます。

――2012年4月に院長に就任されました。

それ以来、私は「Change(変革)」「Yes, we can(われわれはできる)」を合言葉に病院改革を進めています。どちらも当時のオバマ米大統領が好んだフレーズです。とてもいい言葉なので、いかなる困難があろうとも病院一丸となって医療の質の向上を追求していければという願いを込めて使わせていただいています。

F.入院期間の短縮

――就任後はどのような取り組みを行いましたか。

就任後はとにかく必死でしたね。まず取り組んだのが入院期間の一層の短縮です。当院の平均在院日数は2000年から2006年にかけて急激に減少しましたが、それ以降は13日台で足踏み状態でした。そのため2007年に84.4%だった病床利用率が2011年には92.2%まで上昇し、病床の円滑な確保が難しくなりました。これを解消するには入院期間の短縮が不可欠なので後方連携の強化を徹底的に進めました。すると、平均在院日数は2012年には12.0日と1年間で1日短縮でき、病床利用率も2012年には88.4%と3.8ポイント下がりました。

G.連携強化

――連携強化はどう進めたのでしょうか。

私を含め幹部総出で前方・後方の連携先を、診療案内を持ってくまなく回りました。「顔の見える連携」を推進する観点から、これは非常に有効です。連携強化により入院期間が短くなると、入院症例の診療単価が上昇します。2011年の5万6,321円に対し、翌年が6万1,154円(図5)。その後の診療報酬改定の影響もあり、現在は7万円台です。

図5 平均在院日数、入院診療単価の推移

図5 平均在院日数、入院診療単価の推移

(資料:望月 泉先生ご提供)

3. 今後の課題

――“V字回復を果たした今、次の課題は何でしょうか。

市内の中心にあり利便性が高い岩手医科大学附属病院が2019年9月、盛岡市の南にある矢巾町への移転を予定しています(図6)。いわゆる「ウォークイン」も含め、岩手医科大学附属病院では年間2万人近い外来患者さんをカバーしています。移転により本院にも影響を及ぼすと考えられますが、これだけの需要にその先どう対応するか。これが最大の課題です。

図6 岩手医科大学附属病院の移転

図6 岩手医科大学附属病院の移転

――この盛岡医療圏では、少子高齢化の影響で人口構成が大きく変化するとされています。こうしたなかで、病院の将来像をどう描いていますか。

この地域では、2010年から2025年にかけて総人口が1割ほど減少しますが、75歳以上の人口は4割以上も増える見通しです。そのため私たちは、高齢者に多い肺炎や骨折などをカバーし、高齢者特有の複合する疾患にも対応していく必要があります。当院では2012年に総合診療科を立ち上げ、そういった患者さんを診られる体制を整えました。増加する高齢者救急にも対応できるよう、救急体制のさらなる充実を図るとともに、退院支援にも力を入れています。2016年からは医療介護連携に徹底して取り組んでいます。入院と同時にケアマネージャーに介入してもらい、訪問看護ステーションや往診クリニックとの連携を含め、患者さんが在宅で療養できる仕組みを入院中に作ってしまうのです。

――人口減少が進めば、病床規模の縮小も選択肢になるとお考えですか。

地域の状況を見極めながらダウンサイジングも視野に入れなければいけないでしょうね。今後、各病院は競争し合うのではなく、機能分担し連携を強化していくこともそれぞれが生き延びる有効な戦術になるのではないでしょうか。

望月 泉03

取材の裏話…

インタビュアー01 インタビュアー:医薬品の採用は、一定の基準に沿って決めていらっしゃるのでしょうか。
望月先生01 望月先生:県立20病院で共通の医薬品を使用してスケールメリットを生かすため、岩手県では推奨医薬品を県医療局が決めています。これまでは後発医薬品の採用を推進してきましたが、新薬が出るとそちらを希望する医師もいますし、統一するのが難しい面もあります。
インタビュアー02 インタビュアー:推奨医薬品はどのようにして決められるのでしょうか。
望月先生02 望月先生:県医療局の薬事指導官(薬剤師)がチームをつくって、各病院と相談して決める仕組みです。
インタビュアー03 インタビュアー:実際に推奨医薬品を採用するケースが多いのでしょうか。
望月先生03 望月先生:実際にどれを採用するかは、基本的に各病院の薬事委員会で最終判断します。品目が増え過ぎないように、当院では1つを採用したらどれか1つを減らすルールにしていますが、やはり実際には徹底するのは難しいですね。うかうかしていると採用品目数は増える一方です。
インタビュアー04 インタビュアー:後発医薬品への切り替えの基準についてどのようにお考えでしょうか。
望月先生04 望月先生:理想的なのは、どの医薬品を使うかを病院側が一律に決めるのではなく、患者さんが選択できることです。しかし、そうするためには、在庫管理の面など、難しい課題もあります。
DPC病院なので入院医療での使用は多いですが、疾患によっては先発品を推奨する院内の声もあり、一概に決められない部分はありますね。

【解説】「短期滞在手術等基本料3」って何だ?

―厚生労働省等の報告をもとに㈱医薬情報ネットが作成―

米国のDRGに酷似、入院報酬を包括
 「短期滞在手術等基本料3」(以下、「短手3」)という診療報酬の評価が近年拡大しています。「短手3」は、短期入院で提供する医療技術への評価で、この報酬が適用された手術や検査を入院5日目までに実施すると、透析や抗がん剤などの費用を除く1入院当たりの診療報酬が、入院基本料を含めて包括されます。これは、米国などで普及しているDRG/PPSとよく似ていて、事実上の部分導入であるといわれています。

 2014年度と2016年度の診療報酬改定で適用が拡大され、現在は「内視鏡的結腸ポリープ・粘膜切除術」(大腸ポリペクトミー)など下表の手術や検査、放射線治療が「短手3」の対象です。これらの症例では、入院がどれだけ長引いても診療報酬は変わらないので、長期入院させると医療機関ではコストがかさむだけでメリットはほぼありません。このため、1日当たりの包括点数が確実に支払われるDPC/PDPSよりも、早期退院へのインセンティブが強く働きます。

 厚生労働省は、治療法が標準化された短期入院の技術に「短手3」を拡大させ、医療費の削減を狙いますが、「短手3」のみを算定した症例は平均在院日数のカウントに含めることもできず、シビアな病院運営が求められます。こうした症例が多い医療機関では、病床利用率が下がりダウンサイジングを迫られかねないともいわれます。

表 短期滞在手術等基本料3(4泊5日までの場合)

平成28年厚生労働省告示第52号 別表第1(医科点数表)を元に作図

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