日本人HFpEF患者の特徴とジャディアンス

サイトへ公開: 2023年10月31日 (火)

監修:小保方 優先生(群馬大学医学部附属病院 循環器内科 病院講師)

日本人HFpEF患者の特徴とジャディアンス

本コンテンツでは、日本人HFpEF患者の特徴を踏まえ、我が国のHFpEF治療におけるジャディアンスの有用性を小保方 優 先生(群馬大学医学部附属病院 循環器内科 病院講師)にご解説いただきます。

まとめ

  • 我が国では、心不全患者の約70%がHFpEFの可能性があると推定されるが1、HFpEFの生命予後を改善させる治療法は限られている
  • SGLT2阻害薬は、近年、国内外でHFpEF治療薬のひとつに位置付けられている2,3
  • 日本人HFpEF患者では欧米患者と臨床的特徴が異なる可能性があり4,5、大規模臨床試験に参加している患者との違いを考慮する必要があるが、ジャディアンスはEMPEROR-Preserved試験のさまざまなサブグループ解析結果から、日本人HFpEF患者に対する有用な治療選択肢のひとつであると考えられる

我が国の医療問題としてのHFpEF

心不全は、左室駆出率(LVEF)が40%未満に低下したHFrEF、LVEFが50%以上に保たれたHFpEFおよび、LVEFが40%以上50%未満のHFmrEFの3群に分類されますが、中でもHFpEFは重要な医療問題のひとつであるといえます(図1)。国内の疫学研究1からは、2023年現在の⽇本国内における心不全患者数は約120万⼈(総⼈⼝の約1.0%)と推定され、そのうち約70%がHFpEFの可能性があると推定されます2。また、心不全は再入院率や死亡率が高いことが知られ、急性心不全で入院した患者の1年以内の再入院率および死亡率を、それぞれ26.2%および23.3%とする報告があります3。他方、急性心不全の一入院あたりの医療費の中央値は78万円とされ4,5、その患者数の多さや高い再入院率を考慮するとHFpEFによる医療経済の圧迫も危惧されます。
以上より、HFpEFの病態生理の理解と適切な診断・治療が重要と考えられますが、HFpEFの生命予後を改善させる有効な治療選択肢は限られており、このこともまたHFpEFの問題点であると考えられます。

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図1

国内外のHFpEF治療におけるSGLT2阻害薬の位置付け

HFpEFに対する有効な治療選択肢が限られる中、近年、一部のSGLT2阻害薬はHFpEFに対するエビデンスが報告され6、国内でもHFpEFに対して使用できるようになりました
本邦で2021年に発表された「2021年JCS/JHFSガイドラインフォーカスアップデート版 急性・慢性心不全診療」の心不全治療アルゴリズムでは、HFrEFに対してはSGLT2阻害薬を含む複数の薬剤が基本薬として示されていますが、HFpEFおよびHFmrEFに対する基本薬は示されていません(図2)。

※ジャディアンス錠10mgの効能又は効果(一部抜粋)「慢性心不全 ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る。」

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図2

一方、2023年6月、新たに発出された「心不全治療におけるSGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation」では、心不全患者に対するSGLT2阻害薬(ダパグリフロジンとエンパグリフロジン)について、『左室駆出率にかかわらず、心不全イベントの抑制が報告されており、リスクとベネフィットを十分に勘案して積極的にその使用を検討する』とされています(図3)。

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図3

また、海外では、2023年8月にESCガイドラインのフォーカスアップデート版が発表され、HFpEF患者に対する推奨治療とマネージメントがアップデートされました。今回のアップデートで、症候性HFpEF患者の治療としてSGLT2阻害薬(ダパグリフロジンまたはエンパグリフロジン)が推奨クラスⅠ、エビデンスレベルAで推奨され、HFpEF患者のマネージメントがご覧のように示されました(図4)。

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図4

このように、SGLT2阻害薬は一部の薬剤でHFpEFに対するエビデンスが示されたことに伴い、近年、国内外でHFpEF治療薬のひとつに位置付けられています。

日本人HFpEF患者の特徴

こうした位置付けを踏まえ、HFpEF患者へのSGLT2阻害薬投与を考える場合、日本人患者の臨床的特徴に注意が必要です。HFpEF患者では地域的および民族的差異がある可能性が示唆されており7)、大規模臨床試験に参加している患者と日本人患者でHFpEFの表現型が異なる可能性が考えられます。たとえば、欧米患者と比較した日本人HFpEF患者の特徴として、肥満率が低い一方、糖尿病の合併率が高いことなどがあげられます(図5)。慢性腎臓病(CKD)も日本人患者で多く、日本人HFpEF患者では欧米患者に比べて腎機能が低下している可能性が考えられます8。また、日本人患者では左室肥大を認める割合が高く8、これは糖尿病やCKDの割合が高いことと関連しているものと考えられます。そのほかにも、⽇本⼈HFpEF患者は⽐較的⾼齢でBMIが低く、糖尿病の罹患率が⾼いことから、サルコペニアやフレイルになりやすいことも懸念されます8。このように、日本人HFpEF患者は欧米患者と異なる臨床的特徴を有する可能性があることから、こうした特性にあった治療を選択することが望ましいと考えられます。

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図5

SGLT2阻害薬のジャディアンスは、大規模臨床試験のEMPEROR-Preserved試験においてHFpEFに対する有効性が検証され、LVEFを問わず慢性心不全に対する承認を取得しています。この試験では、日本人集団以外にも、糖尿病の有無別、年齢別、腎機能別といったさまざまなサブグループ解析が行われています。そこで、ジャディアンスが日本人HFpEF患者の特性に適した薬剤か、という観点でこれらの試験結果をみていきたいと思います。

※ジャディアンス錠10mgの効能又は効果(一部抜粋)「慢性心不全 ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る。」

EMPEROR-Preserved試験

EMPEROR-Preserved試験では、LVEFが40%を超える慢性心不全患者5,988例を対象に、ジャディアンス10mgを標準治療に追加した時の有効性と安全性がプラセボと比較検討されました(図6)。

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図6

本試験の主要評価項目は、心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間でした。解析計画はご覧のとおりです(図7,8)。

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図7

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図8

本試験では、心血管死または心不全による入院の初回発現のリスクは、プラセボ群と比較してジャディアンス群で21%有意に低下しました(HR=0.79、95%CI:0.69~0.90、p<0.001、Cox比例ハザード回帰モデル、検証的結果)(図9)。

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図9

EMPEROR-Preserved試験 ―日本人集団―

日本人集団におけるサブグループ解析結果をお示しします。主要評価項目である心血管死または心不全による入院の初回発現はジャディアンス群で10.4%、プラセボ群で16.1%に認められ、プラセボ群に対するジャディアンス群のハザード比は0.58(95%CI:0.34~1.00)でした(図10)。

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図10

また、重要な副次評価項目である心不全による入院(初回および再発)の発現は、ジャディアンス群で7.1%、プラセボ群で12.2%に認められ、ハザード比は0.47(95%CI:0.22~0.99)でした(図11)。

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図11

EMPEROR-Preserved試験 ―年齢別、CKD/非CKD別解析―

続いて、主要評価項目の年齢別、CKD/非CKD別解析結果をお示しします。年齢別解析では、65歳未満、65~74歳、75~79歳、80歳以上のそれぞれで、主要評価項目のハザード比は0.83(95%CI:0.61~1.14)、0.86(95%CI:0.69~1.07)、0.72(95%CI:0.55~0.95)、0.73(95%CI:0.57~0.95)でした。また、主要評価項目の100患者・年あたりの発生率、および初回の心不全による入院の発現[その他の副次評価項目(探索的)]のハザード比、100患者・年あたりの発生率は各年齢でご覧の結果が示されました(図12)。

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図12

CKD/非CKD別解析では、主要評価項目のハザード比は、非CKD群で0.75(95%CI:0.60~0.95)、CKD群で0.80(95%CI:0.69~0.94)であり、その他の評価項目についてはご覧の結果が示されました(図13)。

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図13

安全性(全体集団および日本人集団)

最後に、本試験の安全性をお示しします。EMPEROR-Preserved試験の安全性解析対象集団(治験薬の投与を1回以上受けた集団)における有害事象の発現率は、ジャディアンス群で85.9%(2,574/2,996例)、プラセボ群で86.5%(2,585/2,989例)でした。ジャディアンス群では重篤な有害事象が47.9%、投与中止に至った有害事象が19.1%に認められました(図14)。

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図14

ジャディアンス群で発現割合が5%以上の有害事象は、心不全15.0%、尿路感染7.9%、低血圧7.7%、高血圧7.3%、転倒7.1%、心房細動7.0%、腎障害7.0%、高カリウム血症6.0%、肺炎5.3%でした。
また、ITT集団(無作為化割り付けされた全患者の集団)において、ジャディアンス群の14.1%(422/2,997例)が死亡し、内訳はご覧のとおりでした(図15)。

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図15

日本人集団における安全性はご覧のとおりです(図16)。日本人集団の有害事象発現割合は、治験薬投与期間中央値2.15年においてジャディアンス群で92.5%(196/212例)、プラセボ群で94.1%(193/205例)でした。

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図16

我が国では心不全患者の約70%がHFpEFである可能性がありますが2、HFpEFの生命予後を改善させる治療法は限られています。
また、欧米患者と日本人患者ではHFpEFの表現型が異なる可能性が示唆されており7,8、大規模臨床試験に参加している患者との違いを考慮する必要があります。
ジャディアンスは、HFpEFに対する有効性を検証した大規模臨床試験のEMPEROR-Preserved試験で日本人集団や糖尿病の有無別、年齢別、腎機能別といったさまざまなサブグループ解析が行われており、これらの結果から日本人HFpEF患者に対する有用な治療選択肢のひとつであると考えられます。

【引用】

【冒頭まとめ】

  1. Shiba N, et al. Circ J. 2011; 75(4): 823-833.
  2. 日本循環器学会・日本心不全学会 心不全治療におけるSGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation
    https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2023/06/jcs_jhfs_Recommendation_SGLT2_Inhibitors__HF.pdf(2023年8月23日閲覧)
  3. Kittleson MM, et al. J Am Coll Cardiol. 2023; 81(18): 1835-1878.
  4. Tromp J, et al. Eur J Heart Fail. 2019; 21(1): 23-36.
  5. Obokata M, et al. J Card Fail. 2023; 29(3): 375-388.

【本文】

  1. Okura Y, et al. Circ J. 2008; 72(3): 489-491.
  2. Shiba N, et al. Circ J. 2011; 75(4): 823-833.
  3. Shiraishi Y, et al. J Am Heart Assoc. 2018; 7(18): e008687.
  4. 脳卒中と循環器病克服 第二次5ヵ年計画
    https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2023/03/JCS_five_year_plan_2nd_20230227.pdf(2023年8月23日閲覧)
  5. Kanaoka K, et al. Circ J. 2019; 83(5): 1025-1031.
  6. Anker SD, et al.: N Engl J Med. 2021; Oct 14; 385(16): 1451-61.
    本試験はベーリンガーインゲルハイム社 /イーライリリー社の支援により行われました。
  7. Tromp J, et al. Eur J Heart Fail. 2019; 21(1): 23-36.
  8. Obokata M, et al. J Card Fail. 2023; 29(3): 375-388.

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