エビデンスを考慮した慢性心不全治療

サイトへ公開: 2023年03月30日 (木)

ご出演・ご監修:清末 有宏 先生(森山記念病院 循環器センター長/東京大学医学部附属病院 循環器内科)

清末 有宏 先生

2023年3月24日 に「ジャディアンス全国Web講演会」が実施されました。本講演では、森山記念病院 循環器センター長/東京大学医学部附属病院 循環器内科の清末有宏先生に慢性心不全治療におけるSGLT2阻害薬ジャディアンスの位置付けについてご講演いただきました。

慢性心不全治療では入院を要するような急性増悪を防ぐことが重要

急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)1でも指摘されているとおり、日本社会の高齢化にともない心不全患者数が増加していると感じている先生も多いのではないでしょうか。実際に、日本の推定心不全患者数の推移をみると、心不全患者数は年々増加しており、今後も増加の一途をたどると推定されています(図1)。

慢性心不全治療では入院を要するような急性増悪を防ぐことが重要

図1

このように増加傾向にある心不全の診療では、急性心不全などによる入院を防ぐために、早期の段階で診断し、早期から適切な治療介入をすることが重要となります(図2)2

慢性心不全治療では入院を要するような急性増悪を防ぐことが重要02

図2

さらに、コロナ禍では心不全の受け入れ体制が脆弱化しており、心不全診療において、入院を要するような急性増悪を防ぐ治療が特に重要となっています。

近年の新規治療薬や新規エビデンスの登場により、慢性心不全の急性増悪抑制が現実的なものになった

近年、慢性心不全に対する複数の新規治療薬が承認され、薬物治療・非薬物治療に関するさまざまなエビデンスが報告されています3。これにより、慢性心不全患者の症状に対するコントロールが以前と比較して行いやすくなったと感じています。また、入院を要するような場合でも、再入院の抑制や入院期間の短縮を期待した治療選択ができるようになってきました。
このような背景のなか、2021年には「2021年 JCS/JHFS ガイドライン フォーカスアップデート版. 急性・慢性心不全診療」が発行され、改訂された心不全治療アルゴリズムに新規治療薬の位置付けが示されました(図3)4

近年の新規治療薬や新規エビデンスの登場により慢性心不全のコントロールが現実的になった

図3

新しい治療アルゴリズムで着目すべき点は、左室駆出率(LVEF)の低下した慢性心不全(HFrEF)の薬物治療が基本薬と併用薬に分けて記載されたことと、基本薬のひとつとしてSGLT2阻害薬が示されたことだと考えています。この改訂により、SGLT2阻害薬が糖尿病の有無にかかわらず慢性心不全の基本薬として導入される薬剤であることが、広く知られるようになりました。
さらに、「2021年 JCS/JHFS ガイドライン フォーカスアップデート版. 急性・慢性心不全診療」発表後、ジャディアンスによるLVEFが保たれた慢性心不全(HFpEF)に対するエビデンスが発表されました5。このようなエビデンスの蓄積により、SGLT2阻害薬はHFpEFにおいても糖尿病の有無に関わらず導入を検討できる薬剤となっています。

慢性心不全治療の進め方:SGLT2阻害薬を含めた基本薬4つすべての早期導入が重要

まず、HFrEF治療では、糖尿病合併の有無に関わらず欧州心臓病学会が示した図4の4つの基本薬すべてを可能な限り早く導入することが重要だと考えています。そして、患者ごとの状態にあわせて併用薬の追加を検討します。
実際の診療では、慢性心不全に対する基本薬を導入する際、患者の状態や治療歴に応じて、2つの基本薬の導入を同時に行う場合もあります。特に状態の悪化しているような慢性心不全患者に対しては、ARB(→ARNI)、MRA、SGLT2阻害薬を早期に導入するようにしています。なお、基本薬の増量については(特にβ遮断薬)、4つすべての薬剤を導入した後に検討しています。
続いてHFpEFの治療については、今後のガイドラインのアップデートが待たれます。
HFpEFに対する薬物療法は、これまで死亡率や臨床イベント発生率の低下効果が前向き介入研究で明確に示されたものはないとされてきました6。そのため、HFrEFに準じた治療が行われてきました。
しかし、2022年にSGLT2阻害薬ジャディアンスのHFpEFに対する有効性を検証したEMPEROR-Preserved試験の成績が発表され5、HFpEF治療においても糖尿病合併の有無に関わらず導入の検討をするべき薬剤となりました。
これらのことから現在の慢性心不全においては、HFrEF、HFpEFのいずれにおいても、また、糖尿病合併の有無に関わらず、SGLT2阻害薬が重要な薬剤のひとつとなっていると考えます。

慢性心不全治療の進め方:SGLT2阻害薬を含めた基本薬4つすべての早期導入が重要

図4

2型糖尿病治療薬としての歴史を有する新たな慢性心不全治療薬SGLT2阻害薬

SGLT2阻害薬が慢性心不全治療においてこのような位置付けとなった根拠として、HFpEFに対するジャディアンスの有効性と安全性を検討したEMPEROR-Preserved試験5と、HFrEFに対するEMPEROR-Reduced試験7が挙げられます。両試験は、糖尿病合併の有無別に心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間などの有効性を検討しています8, 9
なお、ジャディアンスは、2015年に2型糖尿病治療薬として発売されて以降、日本において実臨床における使用経験が蓄積されている薬剤です。慢性心不全の治療薬としてジャディアンスを使用する際には、特に有害事象の発現状況や対策について、2型糖尿病治療薬としての日本での使用経験を活かすことができると考えています。

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績

ここからは、HFpEF、HFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績をご紹介します。
EMPEROR-Preserved試験では、LVEFが40%超に保たれた慢性心不全患者5,988例を対象に、ジャディアンス10mgを標準治療(ACE阻害薬、ARB、ARNI、β遮断薬、MRA等)に追加して1日1回経口投与を追加した時の有効性と安全性をプラセボと比較検討しました(図5、6)。

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績

図5

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績02

図6

EMPEROR-Reduced試験では、LVEFが40%以下に低下した慢性心不全患者3,730例を対象に、ジャディアンス10mgを標準治療に追加して1日1回経口投与した時の有効性および安全性をプラセボと比較検討しました(図7、8)。

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績03

図7

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績04

図8

EMPEROR-Preserved試験の主要評価項目である心血管死または心不全による入院の初回発現は、図9左のグラフのように推移しました。心血管死または心不全による入院の初回発現のリスクは、プラセボ群と比較してジャディアンス群で21%有意に低下しました(HR=0.79、95%CI: 0.69~0.90、p<0.001、Cox比例ハザード回帰モデル、検証的結果)。
EMPEROR-Reduced試験の主要評価項目である心血管死または心不全による入院の初回発現は、図9右のグラフのように推移しました。心血管死または心不全による入院の初回発現のリスクは、プラセボ群と比較してジャディアンス群では25%有意に低下しました(HR=0.75、95.04%CI: 0.65-0.86、p<0.0001、Cox比例ハザード回帰モデル)。

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績05

図9

また、EMPEROR-Preserved試験およびEMPEROR-Reduced試験では、主要評価項目について糖尿病の状況別のサブグループ解析が行われました。
EMPEROR-Preserved試験では、ジャディアンス群のプラセボ群に対する心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間のハザード比は、糖尿病合併ありのグループで0.79、糖尿病合併なしのグループでは0.78でした(図10)。

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績06

図10

EMPEROR-Reduced試験では、糖尿病の状況別に正常血糖、前糖尿病、糖尿病合併のサブグループ解析が行われました。ジャディアンス群のプラセボ群に対する心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間のハザード比は、正常血糖のグループで0.84、前糖尿病のグループで0.76、糖尿病合併のグループでは0.72でした(図11)。

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績07

図11

また、EMPEROR-Preserved試験およびEMPEROR-Reduced試験では、糖尿病の状況別にHbA1cへの影響が評価されました。
EMPEROR-Preserved試験では、糖尿病合併あり、および糖尿病合併なしのサブグループで、HbA1cのベースラインからの変化の経時推移が図12のように示されています。

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績08

図12

EMPEROR-Reduced試験では、正常血糖、前糖尿病、糖尿病合併のサブグループで、HbA1cのベースラインからの変化の経時推移が図13のように示されています。

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績09

図13

EMPEROR-Preserved試験の全体集団における有害事象の発現割合は、治験薬投与期間中央値1.91年においてジャディアンス10mg群で85.9%(2,574/2,996例)、プラセボ群で86.5%(2,585/2,989例)でした(図14)。ジャディアンス10mg群で発現割合が5%以上となった有害事象は心不全15.0%、尿路感染7.9%、低血圧7.7%、高血圧7.3%、転倒7.1%、心房細動7.0%、腎障害7.0%、高カリウム血症6.0%、肺炎5.3%でした。また、重篤な有害事象の発現割合はそれぞれ47.9%、51.6%、投与中止に至った有害事象は19.1%、18.4%、死亡に至った有害事象は9.6%、9.9%であり、これらの内訳は図14のとおりでした。

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績010

図14

また、有害事象の発現状況についても、糖尿病の有無別解析が行われました。その結果、ジャディアンス10mg群のすべての有害事象の発現割合は、糖尿病非合併で85.0%、糖尿病合併で86.8%でした(図15)。投与中止に至った有害事象、重篤な有害事象の発現割合は、糖尿病非合併でそれぞれ18.4%、46.0%、糖尿病合併で19.8%、50.0%でした。低血糖事象は、正常血糖で1.1%、前糖尿病で0.4%、糖尿病合併で4.3%報告されました。重篤な低血糖事象および糖尿病性ケトアシドーシスの発現は、図16のとおりでした。

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績011

図15

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績012

図16

EMPEROR-Reduced試験の全体集団では、ジャディアンス10mg群、プラセボ群の治験薬投与期間中央値1.17年、1.19年での有害事象発現割合が、それぞれ76.2%(1,420/1863例)、78.5%(1,463/1,863例)でした(図17)。ジャディアンス10mg群で発現割合が5%以上となった有害事象は、心不全17.8%、低血圧7.0%、腎機能障害5.6%、高カリウム血症5.4%、肺炎5.2%、上咽頭炎4.8%、高尿酸血症3.4%でした。また、重篤な有害事象の発現率は41.4%、投与中止に至った有害事象は17.3%、死亡に至った有害事象は9.7%であり、これらの内訳は、図17のとおりでした。

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績013

図17

また、有害事象の発現状況についても糖尿病の有無別解析が行われました。その結果、ジャディアンス10mg群の重篤な有害事象、投与中止に至った有害事象の発現割合は、糖尿病非合併でそれぞれ40.1%、15.7%、糖尿病合併で42.8%、18.9%でした(図18)。
低血糖イベントは、正常血糖で0.3%、前糖尿病で0.9%、糖尿病合併で2.2%報告されました。重篤な低血糖イベントおよび糖尿病性ケトアシドーシスの発現は、図18、19のとおりでした。

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績014

図18

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績015

図19

まとめ

増加傾向にある心不全患者さんの診療においては、慢性心不全急性増悪などによる入院を防ぐために、早期からの適切な治療介入が重要です。
そのような背景のなか、HFrEF治療においては、SGLT2阻害薬を含む4つの基本薬すべてを糖尿病の有無にかかわらず、可能な限り早く導入することが重要だと考えています。
また、これまでは十分なエビデンスのなかったHFpEF治療においても、ジャディアンスのHFpEFに対する有効性を検証したEMPEROR-Preserved試験が発表されたことにより5、SGLT2阻害薬は積極的に導入を検討すべき薬剤となっています。
以上のように、SGLT2阻害薬はLVEFや糖尿病の有無を問わず幅広い慢性心不全患者さんにおいて早期からの導入を考慮すべき選択肢のひとつであると考えます。

【引用】

  1. 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン 「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」、p.12-13、
    https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/06/JCS2017_tsutsui_h.pdf 
  2. Abdin A, et al.: ESC Heart Fail. 2021; 8(6): 4444-53. 
  3. 日本循環器学会, 日本心不全学会.: 2021年 JCS/JHFS ガイドライン フォーカスアップデート版. 急性・慢性心不全診療、p7、
    https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2021/03/JCS2021_Tsutsui.pdf 
  4. 日本循環器学会, 日本心不全学会.: 2021年 JCS/JHFS ガイドライン フォーカスアップデート版. 急性・慢性心不全診療、p7、
    https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2021/03/JCS2021_Tsutsui.pdf
  5. Anker SD, et al.: N Engl J Med. 2021; 385(16): 1451-61.  
  6. 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン 「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」、p.42、
    https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/06/JCS2017_tsutsui_h.pdf 
  7. Packer M, et al.: N Engl J Med. 2020; 383(15): 1413-24. 
  8. Filippatos G, et al.: Circulation. 2022; 146(9):676-686.
  9. Anker SD, et al.: Circulation. 2021; 143(4): 337-49.
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