心不全治療におけるSGLT2阻害薬ジャディアンスのエビデンス
心不全の疫学
わが国において心疾患による死亡は悪性新生物(腫瘍)に次いで2番目に多く(図1)、心疾患のなかでも心不全による死亡者数が最も多いことがわかっています1)。
![心不全の疫学](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B301.jpg)
図1
心不全では、「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」と一般向けにも定義されているとおり2)悪化と改善を繰り返しながら徐々に身体機能が落ちていきます。実際、心不全増悪による再入院率は30日以内で24%3)、1年以内で61.3%4)にのぼるとの報告があります。また、心不全の4年実測生存率は55.7%5)で、全癌の5年実測生存率63.2%6)よりも悪いこともわかっています。
このように心不全は予後が不良ですが、今後も人口の高齢化に伴って患者の増加が予想されます(図2)7)。
![心不全の疫学](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B302.jpg)
図2
さらに、医療費についてみてみると、令和2年度の医科診療医療費約31兆円のうち最多の19.5%が循環器系の疾患に費やされており(図3)、癌の1.3倍、65歳以上の高齢者に限ると1.5倍に達することが報告されています8)。
![さらに、医療費についてみてみると、令和2年度の医科診療医療費約31兆円のうち最多の19.5%が循環器系の疾患に費やされており](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B303.jpg)
図3
心不全は入院を繰り返すこと、今後も患者の増加が予想されることから、治療費の高額化や入院に伴う医療費負担は経済的側面からも喫緊の課題であり、治療の費用対効果を考慮することが大切だといえます。
費用対効果の概念について
医薬品の費用対効果は、新薬と既存薬のコストの差分を効果の差分で除した値(ICER:増分費用効果比)で評価します(図4)。ICERを算出する際に質調整生存年(QALY)という効果のものさしを使用しますが、治療が生み出すQALYは「QOL(1は完全な健康を、0は死亡を表す)」を「生存年数」に乗ずることで求められます9-10)。
ICERが500万円を下回った場合は「費用対効果が良い」とされ、この概念は薬価調整にも用いられています9-10)
なお、「循環器対策推進基本計画」においても、費用対効果に関して図4下部のように記載されています11)。
![費用対効果の概念について](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B304.jpg)
図4
国内外の心不全ガイドラインにおけるSGLT2阻害薬の位置づけ
「2021年 JCS/JHFS ガイドライン フォーカスアップデート版 急性・慢性心不全診療」の心不全治療アルゴリズムにおいて、左室駆出率(LVEF)の低下した慢性心不全(HFrEF)における薬物治療の基本薬の1つとしてSGLT2阻害薬が示されています(図5)12)。
![国内外の心不全ガイドラインにおけるSGLT2阻害薬の位置づけ](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B305.jpg)
図5
また、「米国心臓病学会(ACC)エキスパート・コンセンサス2023年版」には、LVEFが保たれた慢性心不全(HFpEF)に対するガイドラインに沿った治療のためのアルゴリズムが示されており(図6)、図7のとおり「禁忌事項に該当しない限り、HFpEFと診断された患者に対して、心血管死や心不全による入院のリスク低減のために、SGLT2阻害薬を投与するべきである。」と記載されています13)。
※投与の際には各薬剤の電子添文をご参照ください。
本邦における承認された効能又は効果は以下のとおりであり、米国での承認状況とは異なります。
<ジャディアンス錠 10mg>
効能又は効果:慢性心不全
ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る。
![※投与の際には各薬剤の電子添文をご参照ください。](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B306.jpg)
図6
![また、「米国心臓病学会(ACC)エキスパート・コンセンサス2023年版」には、LVEFが保たれた慢性心不全](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B307.jpg)
図7
慢性心不全患者を対象としたジャディアンス10mgの臨床試験:EMPEROR-Preserved試験/EMPEROR-Reduced試験
ここからは、HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験であるEMPEROR-Preserved試験/EMPEROR-Reduced試験をご紹介します。
EMPEROR-Preserved試験14)15)では、LVEFが40%超に保たれた慢性心不全患者5,988例を対象に、ACE阻害薬、ARB、ARNI、β遮断薬、MRAなどに追加してジャディアンス10mgを投与したときの有効性および安全性をプラセボと比較検討しました(図8、図9)。本試験には日本人417例が組み入れられています。
![慢性心不全患者を対象としたジャディアンス10mgの臨床試験:EMPEROR-Preserved試験/EMPEROR-Reduced試験](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B308.jpg)
図8
![慢性心不全患者を対象としたジャディアンス10mgの臨床試験:EMPEROR-Preserved試験/EMPEROR-Reduced試験](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B309.jpg)
図9
EMPEROR-Reduced試験16)17)では、LVEFが40%以下に低下した慢性心不全患者3,730例を対象に、ACE阻害薬、ARB、ARNI、β遮断薬、MRAなどに追加してジャディアンス10mgを投与したときの有効性および安全性をプラセボと比較検討しました(図10、図11)。日本人266例が本試験に組み入れられています。
![EMPEROR-Reduced試験](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B310.jpg)
図10
![EMPEROR-Reduced試験](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B311.jpg)
図11
●心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間[主要評価項目(検証的結果)]
EMPEROR-Preserved試験の主要評価項目である心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間は、図12左のグラフのように推移しました。心血管死または心不全による入院の初回発現のリスクは、プラセボ群と比較してジャディアンス10mg群で21%有意に低下しました(HR=0.79、95.03%CI: 0.69-0.90、p<0.001、Cox比例ハザード回帰モデル、検証的結果)。
EMPEROR-Reduced試験の主要評価項目である心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間は、図12右のグラフのように推移しました。心血管死または心不全による入院の初回発現のリスクは、プラセボ群と比較してジャディアンス10mg群で25%有意に低下しました(HR=0.75、95.04%CI: 0.65-0.86、p<0.0001、Cox比例ハザード回帰モデル、検証的結果)。
![心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B312.jpg)
図12
●日本人集団のサブグループ解析
続いてEMPEROR試験の事前規定されたサブグループ解析として、日本人集団の有効性を評価した結果をご紹介します。
日本人集団において、ジャディアンス10mgの追加により、HFpEF患者とHErEF患者の両方で心血管死または心不全による入院の初回発現のリスクが低下しました。
EMPEROR-Preserved試験における心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間は、図13左のグラフのように推移しました。心血管死または心不全による入院の初回発現のリスクは、プラセボ群と比較してジャディアンス10mg群で42%低下しました(HR=0.58、95%CI: 0.34-1.00、Cox比例ハザード回帰モデル)。
EMPEROR-Reduced試験における心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間は、図13右のグラフのように推移しました。心血管死または心不全による入院の初回発現のリスクは、プラセボ群と比較してジャディアンス10mg群で52%低下しました(HR=0.48、95%CI: 0.29-0.81、Cox比例ハザード回帰モデル)。
![日本人集団のサブグループ解析](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B313.jpg)
図13
●安全性
EMPEROR-Preserved試験の全体集団における有害事象発現割合は、ジャディアンス10mg群で85.9%(2,574/2,996例)、プラセボ群で86.5%(2,585/2,989例)でした。
いずれかの群で発現割合が5%以上となった有害事象は、ジャディアンス10mg群、プラセボ群でそれぞれ、心不全15.0%、19.9%、尿路感染7.9%、6.1%、低血圧7.7%、6.3%、高血圧7.3%、8.6%、転倒7.1%、7.3%、心房細動7.0%、7.5%、腎障害7.0%、7.2%、高カリウム血症6.0%、7.0%、肺炎5.3%、6.3%、糖尿病4.8%、7.2%、貧血4.5%、6.3%、高尿酸血症4.4%、7.0%でした。
また、重篤な有害事象の発現割合は、ジャディアンス10mg群で47.9%(1,436/2,996例)、プラセボ群で51.6%(1,543/2,989例)、投与中止に至った有害事象は19.1%(571/2,996例)、18.4%(551/2,989例)、死亡に至った有害事象は9.6%(287/2,996例)、9.9%(297/2,989例)でした。これらの内訳は図14のとおりです。
![安全性](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B314.jpg)
図14
EMPEROR-Preserved試験の日本人集団における有害事象発現割合は、ジャディアンス10mg群で92.5%(196/212例)、プラセボ群で94.1%(193/205例)でした。
いずれかの群で発現割合が10%以上となった主な有害事象は、ジャディアンス10mg群、プラセボ群でそれぞれ、上咽頭炎28.3%、25.4%、転倒14.6%、8.8%、便秘13.2%、10.2%、心不全11.3%、15.1%、挫傷10.4%、6.8%、背部痛8.5%、12.7%でした。
また、重篤な有害事象の発現割合は、ジャディアンス10mg群で49.1%(104/212例)、プラセボ群で53.7%(110/205例)、投与中止に至った有害事象の発現割合は、15.1%(32/212例)、10.7%(22/205例)、死亡に至った有害事象の発現は、4.7%(10/212例)、6.8%(14/205例)でした。これらの内訳は図15のとおりです。
![EMPEROR-Preserved試験の日本人集団における有害事象発現割合は、ジャディアンス10mg群で92.5%(196/212例)、プラセボ群で94.1%(193/205例)でした。](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B315.jpg)
図15
EMPEROR-Reduced試験の全体集団における有害事象発現割合は、ジャディアンス10mg群で76.2%(1,420/1,863例)、プラセボ群で78.5%(1,463/1,863例)でした。
いずれかの群で発現割合が5%以上となった有害事象は、ジャディアンス10mg群、プラセボ群でそれぞれ、心不全17.8%、23.8%、低血圧7.0%、6.4%、腎機能障害5.6%、5.0%、高カリウム血症5.4%、6.2%、肺炎5.2%、5.4%、上咽頭炎4.8%、5.0%、高尿酸血症3.4%、6.2%でした。
重篤な有害事象の発現割合は、ジャディアンス10mg群で41.4%(772/1,863例)、プラセボ群で48.1%(896/1,863例)、投与中止に至った有害事象は17.3%(322/1,863例)、17.6%(328/1,863例)、死亡に至った有害事象は9.7%(181/1,863例)、9.7%(181/1,863例)でした。これらの内訳は図16のとおりです。
![EMPEROR-Reduced試験の全体集団における有害事象発現割合は、ジャディアンス10mg群で76.2%(1,420/1,863例)、プラセボ群で78.5%(1,463/1,863例)でした。](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B316.jpg)
図16
EMPEROR-Reduced試験の日本人集団における有害事象発現割合は、ジャディアンス10mg群で84.7%(122/144例)、プラセボ群で90.2%(110/122例)でした。
いずれかの群で発現割合が5%以上となった主な有害事象は、ジャディアンス10mg群、プラセボ群でそれぞれ、上咽頭炎23.6%、29.5%、便秘15.3%、8.2%、心不全14.6%、32.8%、慢性心不全5.6%、10.7%、腎機能障害8.3%、8.2%、不眠症8.3%、7.4%、肺炎6.3%、6.6%、挫傷7.6%、4.9%、背部痛6.3%、9.8%、脱水5.6%、4.9%、低カリウム血症5.6%、4.1%、心房細動4.9%、6.6%、高カリウム血症4.9%、5.7%、白内障2.8%、5.7%、高尿酸血症2.1%、6.6%、気管支炎2.1%、5.7%でした。
また、重篤な有害事象の発現割合は、ジャディアンス10mg群で42.4%(61/144例)、プラセボ群で62.3%(76/122例)、投与中止に至った有害事象は、10.4%(15/144例)、4.9%(6/122例)、死亡に至った有害事象は、5.6%(8/144例)、4.1%(5/122例)でした。これらの内訳は図17のとおりです。
![EMPEROR-Reduced試験の日本人集団における有害事象発現割合は、ジャディアンス10mg群で84.7%(122/144例)、プラセボ群で90.2%(110/122例)でした。](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B317.jpg)
図17
ジャディアンスの費用対効果について
わが国のHFrEF治療における、ジャディアンスと標準治療の併用の費用対効果を評価するため、EMPEROR-Reduced試験に基づいて分析モデルを構築し、心不全関連の医療費およびEMPEROR-Reduced試験に基づくQOL値を適用することで総費用、QALY、ICERを算出しました。試験概要は図18のとおりです。
![ジャディアンスの費用対効果について](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B318.jpg)
図18
基本分析の結果、全体集団において標準治療とジャディアンスの併用は生涯の心不全による入院期間を短縮し、追加で0.21QALYが得られると予測されました。ジャディアンス併用によるコストの増分は患者あたり100,495円であり、薬剤費は患者あたり239,558円増加したものの、心不全による入院に関する管理コストは患者あたり166,160円減少しました(図19)18)。
![また、1QALYあたりのICERは469,672円であり](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B319.jpg)
図19
また、1QALYあたりのICERは469,672円であり(図20)18)、一般的に“費用対効果が良い”と判断される、日本における閾値である500万円を下回りました。
![おわりに](/jp/sites/default/files/inline-images/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%85%88%E7%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84_%E5%9B%B320.jpg)
図20
おわりに
EMPEROR-Preserved試験/EMPEROR-Reduced試験では、左室駆出率に関わらず慢性心不全*患者さんに対するジャディアンスの有効性が示されました。また、両試験の日本人集団サブグループ解析も検討されました。
冒頭で紹介したように今後も心不全患者の増加が予想されることから、経済的側面も考慮して心不全治療にあたることが重要です。今回お示ししたジャディアンスの費用対効果に関する解析結果も含めて、先生方の心不全診療のご参考になれば幸いです。
*ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る
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