診療ガイドラインに基づく標準治療(GDMT)の重要性

サイトへ公開: 2024年01月09日 (火)

近年、診療ガイドラインに基づく標準治療(GDMT)の重要性が提唱されていますが、実臨床では実施できない現状もあります。そこで今回、福岡赤十字病院 循環器内科 副部長 松川龍一先生が開発されたsimple GDMTスコアを、国内外ガイドラインの推奨治療やジャディアンスの臨床成績とともに紹介します。

国内ガイドラインにおける治療推奨とGDMTの現状

近年、心不全患者に対する様々な臨床試験の結果が報告されており、国内外では、心不全診療ガイドラインの更新が続いています。
国内でも、日本循環器学会と日本心不全学会による『2021年JCS/JHFSガイドライン フォーカスアップデート版 急性・慢性心不全診療』において、心不全治療アルゴリズムが示され、薬物療法を基本とした左室駆出率(LVEF)毎の治療方針が周知されています。

また、同ガイドラインにて、LVEF≦40%の慢性心不全に対して、標準治療薬に加えてSGLT2阻害薬(ダパグリフロジンまたはエンパグリフロジン)を追加することが推奨クラスⅠ、エビデンスレベルAとされました。

しかし、実臨床においては、患者さんの背景によってGDMTを実施できない状況もあります。
HFrEFを対象とした調査では、GDMTの処方割合はACE阻害薬/ARB/ARNIが72.1%、β遮断薬が66.8%、MRAが33.1%であったと報告され、GDMTの導入率は十分でないことが示されました。
福岡赤十字病院には、診療ガイドラインで推奨されている4種類の薬剤[RAS阻害薬(ACE阻害薬/ARB、ARNI)、β遮断薬、MRA、SGLT2阻害薬]を導入できなかった場合はその理由を記録するという決まりがあります。そういった決まりを設けているにもかかわらず、Fantastic 4の4種類の薬剤を全て導入できていたのは26.9%でした(2020年9月~2022年5月に福岡赤十字病院にて心不全による入院をしたHFrEFまたはHFmrEF 108例を対象として調査)。

心不全患者におけるGDMTの実用的導入のためのsimple GDMTスコア

そこで今回、GDMTの実用的導入を目指して開発したsimple GDMTスコアの紹介と、simple GDMTスコア別の予後を評価した後ろ向きコホート研究を紹介します。
Simple GDMTスコアは、診療ガイドラインで推奨されている4種類の薬剤の導入状況を点数化したものです。SGLT2阻害薬、MRA、ARNIについては使用した場合に用量関係なく加点、β遮断薬とACE阻害薬/ARBについては使用した用量が最大量の50%以上か50%未満かで点数を分けて加点するという方式で、4種類とも導入している場合は6点(β遮断薬とACE阻害薬/ARBの両方を最大量の50%未満とした場合)以上になります。

Simple GDMTスコア別の予後を評価した後ろ向きコホート研究では、福岡赤十字病院に急性非代償性心不全と診断されて入院した患者のうち、HFrEFおよびHFmrEFであった1,054例のsimple GDMTスコアを算出したところ、cut-off値は4点であったことより、GDMT高スコア群(5点以上)とGDMT低スコア群(4点以下)に分けて、各群の観察期間1年での予後を評価しました。
各群の患者背景では、平均年齢が高スコア群70.3歳、低スコア群78.8歳、BNPがそれぞれ1016.9±1167.9pg/mL、1152.2±1045.9pg/mL、収縮期血圧が142.2±35.4mmHg、137.4±33.6mmHg、心拍数が97.6±26.1bpm、92.6±26.6bpm、eGFRが51.4±21.5mL/min/1.73m2、40.2±21.6mL/min/1.73m2、血清カリウム値が4.25±0.73mmol/L、4.46±0.72mmol/L、ヘモグロビン値が13.1±2.4g/dL、11.7±2.4g/dL等でした。
低スコア群では、高スコア群よりも平均年齢が高い、BNPが高い、eGFRが低い、血清カリウム値が高い、ヘモグロビン値が低いという患者背景の違いが認められました。

GDMTスコア別の観察期間1年での予後の評価では、GDMT高スコア群において、低スコア群よりも全死亡、心不全による再入院、複合アウトカム(全死亡および心不全による再入院)のリスクが低下しました。
GDMT低スコア群に対する高スコア群のハザード比は、全死亡が0.123(95%CI:0.053~0.284、p<0.001、log-rank test)、心不全による再入院が0.550(95%CI:0.405~0.746、p<0.001、log-rank test)、複合アウトカム(全死亡および心不全による再入院)が0.432(95%CI:0.324~0.576、p<0.001、log-rank test)でした。
[論文中に安全性に関する記載はありませんでした。]

今回のコホート研究から、心不全治療においては診療ガイドラインで推奨されている4種類の薬剤を全て導入することが難しい場合でも、simple GDMTスコアが5点以上となる薬剤選択を行うことが望ましいことが示唆されました。
RAS阻害薬、β遮断薬、MRA、SGLT2阻害薬から4種類全てが入らない場合でも、simple GDMTスコアが4点となってしまう組み合わせもあれば、5点以上となる組み合わせもあります。図に示した例のように、患者背景と薬剤の特性を考慮しつつ、simple GDMTスコア5点以上を達成する薬剤の組み合わせを検討することが重要です。

ジャディアンスのエビデンス

左室駆出率が低下した(LVEF≦40%)慢性心不全患者を対象とした国際共同第Ⅲ相・検証試験(EMPEROR-Reduced試験)

ここから、SGLT2阻害薬ジャディアンスの心不全に対するエビデンスを紹介します。
LVEF≦40%の慢性心不全(HFrEF)に対するエビデンスとして、標準治療にジャディアンス10mgを追加した際の心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間などを検討したEMPEROR-Reduced試験を行いました。

本試験では、ジャディアンス10mgの追加による心血管死または心不全による入院の初回発現の有意な低下が検証されました[HR=0.75、95.04%CI:0.65~0.86、p<0.0001(対プラセボ群)、Cox比例ハザード回帰モデル]。

本試験での有害事象の発現割合は、ジャディアンス10mg群で76.2%、プラセボ群で78.5%でした。
ジャディアンス10mg群における主な有害事象は、心不全、低血圧、腎機能障害、高カリウム血症、肺炎等でした。
重篤な有害事象、投与中止に至った有害事象、死亡に至った有害事象は表のとおりでした。

ジャディアンスのエビデンス

左室駆出率が保たれた(LVEF>40%)慢性心不全患者を対象とした国際共同第Ⅲ相・検証試験(EMPEROR-Preserved試験)

また、LVEF>40%の慢性心不全(HFpEF)を対象として、心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間などを解析したEMPEROR-Preserved試験を行いました。

本試験では、ジャディアンス10mgをACE阻害薬、ARB、ARNI、β遮断薬、MRA等に追加することで、心血管死または心不全による入院の初回発現の有意な低下が検証されました[HR=0.79、p<0.001(対プラセボ群)、Cox比例ハザード回帰モデル]。

本試験での有害事象の発現割合は、ジャディアンス10mg群で85.9%、プラセボ群で86.5%でした。
ジャディアンス10mg群における主な有害事象は、心不全、尿路感染、低血圧、高血圧、転倒などでした。
重篤な有害事象、投与中止に至った有害事象、死亡に至った有害事象は表のとおりでした。

2023年の海外の心不全診療ガイドライン改訂状況

このEMPEROR-Preserved試験の結果は、『2023年 欧州心臓病学会(ESC)急性・慢性心不全診療ガイドライン フォーカスアップデート版』のHFmrEFとHFpEFに対する推奨治療のエビデンスとして引用されました。
本ガイドラインでは、症候性HFmrEF患者に対してSGLT2阻害薬であるダパグリフロジンまたはエンパグリフロジンが推奨クラスⅠ、エビデンスレベルAであるとされました。
HFmrEF患者のマネージメントでは、体液貯留に対する利尿薬と、ダパグリフロジンまたはエンパグリフロジンが推奨クラスⅠとされました。
また、症候性HFpEF患者の治療に対する推奨では、SGLT2阻害薬であるダパグリフロジンまたはエンパグリフロジンが推奨クラスⅠ、エビデンスレベルAであるとされました。
HFpEF患者のマネージメントでは、体液貯留に対する利尿薬、ダパグリフロジンまたはエンパグリフロジン、病因と心血管および非心血管の併存疾患に対する治療が推奨クラスⅠとされました。
なお、ジャディアンス10mgの本邦における承認された効能又は効果(一部抜粋)は「慢性心不全 ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る。」であり、諸外国での承認状況とは異なります。

ジャディアンスは、LVEFを問わず、慢性心不全※の標準的な治療を受けている患者さんに処方可能な薬剤です。
慢性心不全に対するジャディアンスの用法及び用量は1日1回10mgの経口投与となります。

※ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る。

今回紹介したコホート研究では、GDMT高スコア(simple GDMTスコア5点以上)の群で予後が良好であるという結果が得られたことから、心不全治療においては、simple GDMTスコア5点以上を達成する薬剤選択が望まれます。
LVEFを問わずに処方できるSGLT2阻害薬ジャディアンスは、図のような慢性心不全の患者さんに検討可能です。今回紹介したコホート研究やジャディアンスのエビデンスが、先生の治療選択のお役に立てれば幸いです。

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