全国web講演会(2023年2月27日実施) フォローアップコンテンツ

サイトへ公開: 2023年02月28日 (火)

ご出演・ご監修:岸 拓弥 先生(国際医療福祉大学 福岡薬学部 教授)

ご出演・ご監修:岸 拓弥 先生(国際医療福祉大学 福岡薬学部 教授)

2023年2月27日に「ジャディアンス全国WEB講演会」が実施されました。本講演では、国際医療福祉大学 福岡薬学部 教授の岸 拓弥 先生に慢性心不全治療におけるSGLT2阻害薬の役割についてご講演いただきました。

日本における心不全治療はまだ十分な結果を伴っていない

現在の日本における心不全の治療は、まだ十分な結果を伴っていないといえます。
厚生労働省が示している主な死因の年齢別構成割合では、60歳前後で悪性腫瘍により亡くなる方の割合は減少しますが、心疾患で亡くなる方の割合は減少していません(図1)1。この心疾患の内訳をみると、心不全による死亡数が最も多いことが示されています1。高齢化が進む日本では、今後、心不全とどのように付き合っていくかが重要となると考えています。
日本における心不全患者数は、2005年で約100万人、2020年には120万人に達すると推計されていました2。この数字は、「心不全パンデミック」とも呼ばれる状況としては少ないと感じるかもしれません。しかし、心不全は生命を縮める病気とされており3、亡くなる方が多いため、患者数が1,000万人となるようなことはないと考えられます。実際に、日本での研究において、NYHA Ⅲ以上の心不全患者さんが1年以内に死亡する割合は16.3%と報告されています4。また、心不全の悪化により入院した患者さんにおける心不全による再入院率は、平均追跡期間2.4年でHFpEF患者では36.2%、HFrEF患者では33.4%と報告されています5

日本における心不全治療はまだ十分な結果を伴っていない

図1

心不全診療のポイント:ステージA~Bをできるだけ長くし、ステージCへの移行を遅らせる

日本における心不全診療を改善するために、「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」では新たに心不全のステージ分類が示されました(図2)6。心不全の診療では、このステージ分類を人生に当てはめ、患者さんの人生の未来を見据えた診療を行うことが大切だと考えています。
ステージ分類の最も早期であるステージAは、高血圧や糖尿病などのリスク因子はありますが、器質的な心疾患や心不全症候のないリスクステージです。その後のステージBは器質的心疾患はあるものの、まだ心不全症候のない状態です。ステージCに入ると、心不全症候と器質的心疾患がみられ、慢性心不全の急性増悪を繰り返します。さらに、年間2回以上の入院を繰り返し、治療抵抗性のステージDとなります。身体機能の推移をみると、ステージA~Bでは徐々に低下していますが比較的平坦です。しかし、心不全の発症と共に急激に低下します。
このステージ分類は、NYHA心機能分類とは異なり、戻ることはありません。また、心不全の初回入院は、「初回」という表現からステージ早期と感じるかもしれませんが、ステージ分類の真ん中であるステージCに入る段階であり、越えてはいけない一線を踏み越えた状態だといえます。
心不全診療では、ステージCに移行した後に使用可能な薬剤を忍容性のある限り最大限用いること、それだけでなく、その前のステージA~Bをできるだけ長くし、ステージCへの移行を遅らせることが重要だと考えています。

心不全診療のポイント:ステージA~Bをできるだけ長くし、ステージCへの移行を遅らせる

図2

心不全の発症を考慮した循環器内科診療 ―糖尿病のある人はステージAだが、かなりB寄り、もはやC―

心不全のステージ分類(図2)では、高血圧や糖尿病などのリスク因子を有する患者さんで、器質的な心疾患や心不全症候のない患者さんはステージAとなります。しかし、これらの疾患による心筋への影響などを考慮すると、少なくともステージBととらえて診療を行うことが大切だと考えています。
また、ステージBの患者さんの診療では、入院の必要がないような心不全症候の発現を積極的に疑うことが重要です。そのためには、運動耐容能のアクティブな問診が求められます。たとえば、問診で患者さんの住んでいる環境や、買い物などのよく外出する場所などを確認しておき、経過観察のなかで、生活範囲が狭まっていないかや、買い物などの徒歩での外出が困難になっていないか、病院の近くの横断歩道を青信号の間に渡れているかなどを確認することが有用です。
さらに、ステージBの患者さんのeGFRが70未満となった場合や、血圧の変動が大きくなってきた場合には、身体機能の低下を訴えていない場合でもステージCに入ってきていると考えて診療を行っています。
以上のような診療を行うことで、ステージCに対する治療の開始を遅らせないようにすることも重要だと考えています。

心不全予防のために求められる糖尿病などの危険因子に対する介入

慢性心不全の診断についても、「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」で新たに心不全を疑うことから始まるフローチャートが示されました(図3)7

心不全予防のために求められる糖尿病などの危険因子に対する介入

図3

「心不全を疑わせる患者、心不全の可能性」に対しては、ご覧の症状や、糖尿病や高血圧などの既往や患者背景、身体所見などの確認が求められます。これらのうち1項目以上該当する場合は、BNPあるいはNT-proBNPの検査や、心エコー図検査などを行い、病的所見が認められた場合に、心不全の確定診断となります。一方、検査で病的所見がみつからない場合は、心不全の可能性を否定できるわけではなく、「心不全の可能性は高くない」として、心不全の発症予防または経過観察が求められます。つまり、高血圧や糖尿病を有している患者さんは、心不全を否定することはできず、ステージAに分類されるといえます。
心不全の発症や進行の予防のための高血圧、冠動脈疾患、肥満・糖尿病などの危険因子に対する介入についても、「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」で推奨が示されています(図4-5)8。糖尿病に関しては、心血管病既往のある2型糖尿病患者に対するSGLT2阻害薬が推奨クラスⅠ、エビデンスレベルAで示されています(図5)。

心不全予防のために求められる糖尿病などの危険因子に対する介入02

図4

心不全予防のために求められる糖尿病などの危険因子に対する介入03

図5

新たな流れにある慢性心不全治療

2021年3月に、慢性心不全の治療に関する近年の新たなエビデンスに基づき、「2021年JCS/JHFSガイドライン フォーカスアップデート版 急性・慢性心不全診療」が発表されました(図6)9。本フォーカスアップデート版で示された治療アルゴリズムでは、ステージCのHFrEFに対する基本薬として、ACE阻害薬/ARB、β遮断薬、MRA、ARNI、SGLT2阻害薬*が示されています。HFrEFの治療においては、これらの基本薬をできるだけ早期に導入することや、全ての薬剤を使用し、適切な増量を行うことが重要です。

新たな流れにある慢性心不全治療

図6

また、心不全を合併した糖尿病に対する治療として、SGLT2阻害薬を投与することが、推奨クラスⅠ、エビデンスレベルAで示されています(図7)10
さらに、最近、HFmrEF、HFpEFに対する治療に新たな選択肢が加わりました。その根拠のひとつが、左室駆出率が保たれた慢性心不全患者さんを対象に行われたジャディアンス10mg*の臨床試験であるEMPEROR-Preserved試験の成績です。

※ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る。

新たな流れにある慢性心不全治療02

図7

左室駆出率が保たれた慢性心不全を対象としたジャディアンス10mgの臨床試験:EMPEROR-Preserved試験

本試験では、左室駆出率(LVEF)が40%超に保たれた慢性心不全患者5,988例を対象に、ACE阻害薬、ARB、ARNI、β遮断薬、MRAなどにジャディアンス10mg 1日1回経口投与を追加した際の有効性と安全性がプラセボと比較検討されています(図8)。解析計画は、図9のとおりです。

左室駆出率が保たれた慢性心不全を対象としたジャディアンス10mgの臨床試験:EMPEROR-Preserved試験

図8

左室駆出率が保たれた慢性心不全を対象としたジャディアンス10mgの臨床試験:EMPEROR-Preserved試験02

図9

本試験の主要評価項目である心血管死またはHHF(心不全による入院)の初回発現までの期間は、図10のように推移しました。心血管死またはHHFの初回発現のリスクは、プラセボ群と比較してジャディアンス群で21%有意に低下しました(HR=0.79、95.03%CI:0.69-0.90、p<0.001、Cox比例ハザード回帰モデル、検証的結果)(図10)。

左室駆出率が保たれた慢性心不全を対象としたジャディアンス10mgの臨床試験:EMPEROR-Preserved試験03

図10

また、事前に規定された追加解析において、年齢別の主要評価項目のサブグループ解析結果が示されています(図11)。本解析の結果、心血管死またはHHFの初回発現までの期間は、65歳未満、65~74歳、75~79歳及び80歳以上でそれぞれ図11のように推移しました。

左室駆出率が保たれた慢性心不全を対象としたジャディアンス10mgの臨床試験:EMPEROR-Preserved試験04

図11

さらに、主要評価項目について、ベースラインのLVEF別や、性別、人種、BMIによるサブグループ解析結果も示されています(図12)。ベースラインのLVEF別の解析では、プラセボ群に対するジャディアンス群のハザード比(95%CI)が、LVEF 50%未満で0.71(0.57〜0.88)、50~60%未満で0.80(0.64〜0.99)、60%以上で0.87(0.69〜1.10)でした。LVEFは連続変数ですので、HFrEF、HFpEFなどのカテゴリーを考慮せず、LVEFを問わず投与を検討できるジャディアンス10mg*は、慢性心不全の治療において有用な選択肢だと考えています。

※ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る。

左室駆出率が保たれた慢性心不全を対象としたジャディアンス10mgの臨床試験:EMPEROR-Preserved試験05

図12

全体集団における有害事象の発現割合は、治験薬投与期間中央値1.91年においてジャディアンス10mg群で85.9%(2,574/2,996例)、プラセボ群で86.5%(2,585/2,989例)でした(図13)。ジャディアンス10mg群で発現割合が5%以上となった有害事象は心不全15.0%、尿路感染7.9%、低血圧7.7%、高血圧7.3%、転倒7.1%、心房細動7.0%、腎障害7.0%、高カリウム血症6.0%、肺炎5.3%でした。また、重篤な有害事象の発現割合はジャディアンス10mg群とプラセボ群でそれぞれ47.9%、51.6%、投与中止に至った有害事象は19.1%、18.4%、死亡に至った有害事象は9.6%、9.9%であり、これらの内訳は図13のとおりでした。

左室駆出率が保たれた慢性心不全を対象としたジャディアンス10mgの臨床試験:EMPEROR-Preserved試験06

図13

慢性心不全治療におけるSGLT2阻害薬の役割

慢性心不全ステージ分類を人生とEFで考えると、慢性心不全治療におけるSGLT2阻害薬の役割が見えてくると思います。

ステージA~Bでは、将来を見据えた介入が求められます。糖尿病のある人では、心不全の発症や進行を考慮した糖尿病に対する介入として、SGLT2阻害薬の使用が検討可能です。さらに、ステージCとなった場合には、SGLT2阻害薬を含む基本薬を早期からしっかり使用*していくことが重要です。なお、ジャディアンスはLVEFに関わらず慢性心不全に対して使用可能*です。
以上のように、SGLT2阻害薬は、幅広い慢性心不全患者さんにおいて検討可能な薬剤であると考えています。

※ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る。

【引用】

  1. 厚生労働省.令和元年(2019)人口動態統計月報年計(概数)の概況
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai19/dl/gaikyouR1.pdf
  2. 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン 「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」、p.13、
    https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/06/JCS2017_tsutsui_h.pdf
  3. 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン 「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」、p.10、
    https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/06/JCS2017_tsutsui_h.pdf
  4. Shiba N, et al. Circ J. 2004;68:427-434.
  5. Tsuchihashi-Makaya M, et al. Circ J. 2009;73:1893-1900.
  6. 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン 「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」、p.12、
    https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/06/JCS2017_tsutsui_h.pdf
  7. 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン 「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」、p.16、
    https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/06/JCS2017_tsutsui_h.pdf
  8. 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン 「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」、p.32-33、
    https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/06/JCS2017_tsutsui_h.pdf
  9. 日本循環器学会, 日本心不全学会.: 2021年 JCS/JHFS ガイドライン フォーカスアップデート版. 急性・慢性心不全診療、p13、
    https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2021/03/JCS2021_Tsutsui.pdf
  10. 日本循環器学会, 日本心不全学会.: 2021年 JCS/JHFS ガイドライン フォーカスアップデート版. 急性・慢性心不全診療、p26、
    https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2021/03/JCS2021_Tsutsui.pdf
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