心不全の新たな薬物治療を何をみて導入するのか?- SGLT2阻害薬の役割-

サイトへ公開: 2023年06月06日 (火)

ご監修:佐藤 直樹 先生(かわぐち心臓呼吸器病院 副院長/循環器内科部長・内科統括部長)

 

佐藤 直樹 先生

 

2023年5月29日に「ジャディアンス全国WEB講演会」が実施されました。本講演では、かわぐち心臓呼吸器病院 副院長/循環器内科部長・内科統括部長の佐藤 直樹 先生より『心不全の新たな薬物治療を何をみて導入するのか?- SGLT2阻害薬の役割-』についてご講演いただきました。

 

日本の心不全患者における退院後の予後は改善していない

日本の左室機能障害を有する外来患者数は2005年時点でおよそ98万人でしたが、高齢化に伴い徐々に増加し、2030年には130万人に達すると予測されています1)
心不全治療はここ30年でさまざまな治療薬が開発され、予後は改善しているように思われますが、2013年~2017年に急性心不全で入院した日本人30,360例を対象としたDPCデータの解析において、退院後30日以内の心不全による再入院率は微増している傾向がみられます(図1)2)。これは高齢者心不全の患者数が増加していることも一要因です。

 

日本の心不全患者における退院後の予後は改善していない

図1

 

このような症状があれば症候性心不全の可能性を考慮する

心不全の再入院を減らすには、心不全の非代償化を防ぎ、症候性心不全を見逃さないことが大切です。現在症状が安定している患者さんでも息切れや、下肢浮腫、体重増加などを確認し、そのような兆候がある患者さんについては、治療介入を早期に検討する必要があります(図2)。

 

このような症状があれば症候性心不全の可能性を考慮する

図2

 

心不全症状や心不全兆候の増悪は予後に影響する

急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)では、疾患の進行を抑えて予後を改善するために、急性心不全の患者さんに対して病態把握を的確に行い、早期に介入することの重要性が指摘されています3)
心不全患者における生存率を図3に示しています。心不全増悪直後は、再入院や早期死亡のリスクが高い不安定な時期であることが知られており、早期介入・早期治療は予後改善と関連する可能性があります4)

 

心不全症状や心不全兆候の増悪は予後に影響する

図3

 

心不全診断のための確立されたバイオマーカーであるN末端プロ脳性ナトリウム利尿ペプチド(NT-proBNP)は、値が高いほど予後不良であり、外来において1,000pg/mLを超えると死亡または入院リスクが高くなることが知られています5)。また入院時5,000pg/mlを超え、退院までのNT-proBNP値30%未満の低下ですと予後不良であることが示されていることからも6)、入院時や退院時、外来受診時におけるNT-proBNPの測定が推奨されます。
また、心不全の分類に用いられる左室駆出率(LVEF)は、低下しているほど予後が不良であることや7)、経時的変化による予後への影響が報告されています8)。LVEFは必ずしも左室収縮能を正確に表す指標ではありませんが、心不全の病因の診断や病態把握のために、経時的に評価することは大切です。

 

慢性心不全患者を対象としたジャディアンス10mgの臨床試験:EMPEROR試験

ここからは、LVEFが保たれた慢性心不全(HFpEF)、およびLVEFが低下した慢性心不全(HFrEF)に対するジャディアンス10mgの臨床試験であるEMPEROR試験(EMPEROR-Preserved試験/EMPEROR-Reduced試験)をご紹介します。
EMPEROR-Preserved試験9)10)では、LVEFが40%超に保たれた慢性心不全患者5,988例を対象に、ACE阻害薬、ARB、ARNI、β遮断薬、MRAなどに追加してジャディアンス10mgを投与したときの有効性および安全性をプラセボと比較検討しました(図4、図5)。本試験には日本人417例が組み入れられています。

 

慢性心不全患者を対象としたジャディアンス10mgの臨床試験:EMPEROR試験

図4

 

慢性心不全患者を対象としたジャディアンス10mgの臨床試験:EMPEROR試験02

図5

 

EMPEROR-Reduced試験11)12)では、LVEFが40%以下に低下した慢性心不全患者3,730例を対象に、ACE阻害薬、ARB、ARNI、β遮断薬、MRAなどに追加してジャディアンス10mgを投与したときの有効性および安全性をプラセボと比較検討しました(図6、図7)。日本人266例が本試験に組み入れられています。

 

慢性心不全患者を対象としたジャディアンス10mgの臨床試験:EMPEROR試験03

図6

 

慢性心不全患者を対象としたジャディアンス10mgの臨床試験:EMPEROR試験04

図7

 

●心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間[主要評価項目(検証的結果)]

EMPEROR-Preserved試験の主要評価項目である心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間は、図8左のグラフのように推移しました。心血管死または心不全による入院の初回発現のリスクは、プラセボ群と比較してジャディアンス群で21%有意に低下しました(HR=0.79、95%CI: 0.69-0.90、p<0.001、Cox比例ハザード回帰モデル、検証的結果)。
EMPEROR-Reduced試験の主要評価項目である心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間は、図8右のグラフのように推移しました。心血管死または心不全による入院の初回発現のリスクは、プラセボ群と比較してジャディアンス群で25%有意に低下しました(HR=0.75、95.04%CI: 0.65-0.86、p<0.0001、Cox比例ハザード回帰モデル、検証的結果)。

 

心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間[主要評価項目(検証的結果)]

図8

 

●日本人集団のサブグループ解析

続いてEMPEROR試験の事前規定されたサブグループ解析として、日本人集団の有効性を評価した結果をご紹介します。
日本人集団において、ジャディアンスの追加により、HFpEF患者とHErEF患者の両方で心血管死または心不全による入院の初回発現のリスクが低下しました。
EMPEROR-Preserved試験における心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間は、図9左のグラフのように推移しました。心血管死または心不全による入院の初回発現のリスクは、プラセボ群と比較してジャディアンス群で42%低下しました(HR=0.58、95%CI: 0.34-1.00、Cox比例ハザード回帰モデル)。
EMPEROR-Reduced試験における心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間は、図9右のグラフのように推移しました。心血管死または心不全による入院の初回発現のリスクは、プラセボ群と比較してジャディアンス群で52%低下しました(HR=0.48、95%CI: 0.29-0.81、Cox比例ハザード回帰モデル)。

 

日本人集団のサブグループ解析

図9


●【参考情報】QOLへの影響:KCCQについて

心不全患者は自覚症状や運動耐容能の低下により、生活の質(QOL)が低下します13)。心不全患者のQOLの評価において、有効性が確認されたツールのひとつに、KCCQ(カンザスシティ心筋調査票)があります14)15)
KCCQは自記式の質問表で、症状の頻度、症状の負担感と安定性、身体的制限、社会的制限、QOL、自己効力感の7領域に対応する23項目を0~100のスコアで定量化します。KCCQスコアが低いほど入院や死亡のリスクが高いことが示されています。
なお、KCCQスコアは、(1)症状頻度と症状負担のドメインからなるKCCQ-TSS(総合症状スコア)、(2)身体的制限とKCCQ-TSSからなるKCCQ-CSS(臨床サマリースコア)、(3)KCCQ-CSSとQOL、社会的制限のドメインを組み合わせたKCCQ-OSS(総合サマリースコア)の3つでサマリーされます16)
EMPEROR-Preserved試験における52週間のKCCQスコアの調整済平均値は、KCCQ-CSS、KCCQ-TSS、KCCQ-OSSともジャディアンス群の方が高く、その群間差はKCCQ-CSSで1.50(95%CI: 0.64-2.36)、KCCQ-TSSで2.07(95%CI: 1.15-2.99)、KCCQ-OSSで1.60(95%CI: 0.76-2.44)でした(図10)。

 

QOLへの影響:KCCQについて

図10

 

EMPEROR-Reduced試験における52週間のKCCQスコアの調整済平均値は、KCCQ-CSS、KCCQ-TSS、KCCQ-OSSともジャディアンス群の方が高く、その群間差はKCCQ-CSSで1.61(95%CI: 0.39-2.84)、KCCQ-TSSで1.69(95%CI: 0.40-2.98)、KCCQ-OSSで1.52(95%CI: 0.29-2.74)でした(図11)。

 

QOLへの影響:KCCQについて

図11

 

●安全性

EMPEROR-Preserved試験の全体集団における有害事象発現割合は、ジャディアンス群で85.9%(2,574/2,996例)、プラセボ群で86.5%(2,585/2,989例)でした。
いずれかの群で発現割合が5%以上となった有害事象は、ジャディアンス群、プラセボ群でそれぞれ、心不全15.0%、19.9%、尿路感染7.9%、6.1%、低血圧7.7%、6.3%、高血圧7.3%、8.6%、転倒7.1%、7.3%、心房細動7.0%、7.5%、腎障害7.0%、7.2%、高カリウム血症6.0%、7.0%、肺炎5.3%、6.3%、糖尿病4.8%、7.2%、貧血4.5%、6.3%、高尿酸血症4.4%、7.0%でした。
また、重篤な有害事象の発現割合は、ジャディアンス群で47.9%(1,436/2,996例)、プラセボ群で51.6%(1,543/2,989例)、投与中止に至った有害事象は19.1%(571/2,996例)、18.4%(551/2,989例)、死亡に至った有害事象は9.6%(287/2,996例)、9.9%(297/2,989例)でした。これらの内訳は図12のとおりです。

 

安全性

図12

 

EMPEROR-Preserved試験の日本人集団における有害事象発現割合は、ジャディアンス群で92.5%(196/212例)、プラセボ群で94.1%(193/205例)でした。
いずれかの群で発現割合が10%以上となった主な有害事象は、ジャディアンス群、プラセボ群でそれぞれ、上咽頭炎28.3%、25.4%、転倒14.6%、8.8%、便秘13.2%、10.2%、心不全11.3%、15.1%、挫傷10.4%、6.8%、背部痛8.5%、12.7%でした。
また、重篤な有害事象の発現割合は、ジャディアンス群で49.1%(104/212例)、プラセボ群で53.7%(110/205例)、投与中止に至った有害事象の発現割合は、15.1%(32/212例)、10.7%(22/205例)、死亡に至った有害事象の発現は、4.7%(10/212例)、6.8%(14/205例)でした。これらの内訳は図13のとおりです。

 

安全性02

図13

 

EMPEROR-Reduced試験の全体集団における有害事象発現割合は、ジャディアンス群で76.2%(1,420/1,863例)、プラセボ群で78.5%(1,463/1,863例)でした。
いずれかの群で発現割合が5%以上となった有害事象は、ジャディアンス群、プラセボ群でそれぞれ、心不全17.8%、23.8%、低血圧7.0%、6.4%、腎機能障害5.6%、5.0%、高カリウム血症5.4%、6.2%、肺炎5.2%、5.4%、上咽頭炎4.8%、5.0%、高尿酸血症3.4%、6.2%でした。
重篤な有害事象の発現割合は、ジャディアンス群で41.4%(772/1,863例)、プラセボ群で48.1%(896/1,863例)、投与中止に至った有害事象は17.3%(322/1,863例)、17.6%(328/1,863例)、死亡に至った有害事象は9.7%(181/1,863例)、9.7%(181/1,863例)でした。これらの内訳は図14のとおりです。

 

安全性03

図14

 

EMPEROR-Reduced試験の日本人集団における有害事象発現割合は、ジャディアンス群で84.7%(122/144例)、プラセボ群で90.2%(110/122例)でした。
いずれかの群で発現割合が5%以上となった主な有害事象は、ジャディアンス群、プラセボ群でそれぞれ、上咽頭炎23.6%、29.5%、便秘15.3%、8.2%、心不全14.6%、32.8%、慢性心不全5.6%、10.7%、腎機能障害8.3%、8.2%、不眠症8.3%、7.4%、肺炎6.3%、6.6%、挫傷7.6%、4.9%、背部痛6.3%、9.8%、脱水5.6%、4.9%、低カリウム血症5.6%、4.1%、心房細動4.9%、6.6%、高カリウム血症4.9%、5.7%、白内障2.8%、5.7%、高尿酸血症2.1%、6.6%、気管支炎2.1%、5.7%でした。
また、重篤な有害事象の発現割合は、ジャディアンス群で42.4%(61/144例)、プラセボ群で62.3%(76/122例)、投与中止に至った有害事象は、10.4%(15/144例)、4.9%(6/122例)、死亡に至った有害事象は、5.6%(8/144例)、4.1%(5/122例)でした。これらの内訳は図15のとおりです。

 

安全性04

図15

 

おわりに

EMPEROR-Preserved/EMPEROR-Reduced試験では左室駆出率にかかわらず慢性心不全*患者さんに対するジャディアンスの有効性が示されました。また、両試験の日本人集団サブグループ解析も検討されました。
冒頭に申し上げたように、日本の心不全患者における退院後の予後は改善しておらず、慢性心不全急性増悪などによる入院を防ぐために、早期からの適切な治療介入が重要です。本稿でお示ししたジャディアンスの臨床成績は、ジャディアンスが慢性心不全患者さんにおいて早期からの導入を考慮すべき選択肢のひとつであることを示していると考えます。
本講演の情報が先生方の心不全診療のご参考になれば幸いです。
 

*ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る
 

【引用】

  1. Okura Y, et al. Circ J. 2008; 72: 489-91.
  2. Chen L, et al. Cardiol Ther. 2021; 10: 211-28.
  3. 日本循環器学会, 日本心不全学会. 急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版) https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/06/JCS2017_tsutsui_h.pdf(発行日:2018年3月23日、閲覧日:2023年4月30日)
  4. Abdin A, et al. ESC Heart Fail. 2021; 8: 4444-53.
  5. Zile MR, et al. J Am Coll Cardiol. 2016; 68: 2425-36.
  6. Salah K, et al. Heart 2014; 100: 115–25.
  7. Butler J, et al. Eur Heart J. 2022; 43: 416-26. 本試験はベーリンガーインゲルハイム社/イーライリリー社の支援により行われました。
  8. Savarese G, et al. JACC Heart Fail. 2019; 7: 306-17.
  9. 社内資料. 左室駆出率が保たれた慢性心不全患者を対象とした国際共同第Ⅲ相・検証試験(電子添文改定時の評価資料)
  10. Anker SD, et al. N Engl J Med. 2021; 385: 1451-61. 本試験はベーリンガーインゲルハイム社/イーライリリー社の支援により行われました。
  11. 社内資料. 左室駆出率が低下した慢性心不全患者を対象とした国際共同第Ⅲ相・検証試験(承認時評価資料)
  12. Packer M, et al. N Engl J Med. 2020; 383: 1413-24. 本試験はベーリンガーインゲルハイム社/イーライリリー社の支援により行われました。
  13. 筒井裕之. 日内会誌. 2009; 98: 601-6.
  14. Green CP, et al. J Am Coll Cardiol. 2000; 35: 1245-55.
  15. 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン. 2021年改訂版 循環器疾患における緩和ケアについての提言.
    https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2021/03/JCS2021_Anzai.pdf(発行日:2021年3月27日、閲覧日:2023年4月30日)
  16. Butler J, et al. Circulation. 2022; 145: 184-93. 本試験はベーリンガーインゲルハイム社/イーライリリー社の支援により行われました。
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