全国web講演会(2022年11月7日実施) 「慢性心不全治療の新展開」

サイトへ公開: 2022年11月25日 (金)

ご出演・ご監修:桑原 宏一郎 先生(信州大学医学部 循環器内科学教室 教授)

ご出演・ご監修:桑原 宏一郎 先生

2022年11月7日に「ジャディアンス全国WEB講演会」が実施されました。本講演では、桑原先生から急性期から慢性期における心不全治療や慢性心不全治療におけるSGLT2阻害薬の位置づけについて、最新のエビデンスを含めてご紹介いただきました。

急性心不全治療における現状と課題

急性心不全で搬送されてきた患者に対しては、クリニカルシナリオ(CS)やうっ血・末梢低灌流評価に基づいて治療法を検討し、薬剤やメカニカルサポートなどにより血行動態を安定化させ、予後の改善と症状を軽減することを目標に治療を行っています。
このように急性心不全として救命を目標に治療を行う中で、状態が安定化した後、つまり慢性心不全に移行した後の長期予後やQOLを意識した治療も考慮していかなければなりません。
また、急性心不全治療で用いる薬剤の種類によっては、血行動態が安定した後には素早くテーパリングしていくことも検討する必要があります。
たとえば、ガイドラインにおいては急性心不全治療における強心薬や昇圧薬について、「病態に応じた適応、薬剤の選択、投与量、投与期間に十分注意を払い、必要最少量および最短期間での使用にとどめるのが望ましい」1と記載されており、急性期の救命に有用である一方で、長期予後を見据えた使用も検討しなくてはいけません。
このような現状における課題としては、慢性心不全においてエビデンスがある治療薬を、どのようなタイミングで開始するのが良いかが明確ではない点だと考えています。血行動態が安定化しつつある段階では、再びそれを悪化させるリスクを考慮しつつ、心拍出量や血圧に作用する慢性心不全治療薬を開始するタイミングについて現在も悩むことがあります。
さらに、慢性心不全においてエビデンスのある治療薬について、これまで臨床試験で急性心不全から使用することも検討されてきましたが、どのような状態の患者を対象にするか、評価項目をどのように設定するのかという点でも課題が残っていると考えています。

EMPEROR試験

ここで慢性心不全治療薬であるジャディアンスのエビデンスとして2つのEMPEROR試験についてご紹介します。

*ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る

EMPEROR-Reduced試験では、左室駆出率が40%以下に低下した慢性心不全患者3,730例を対象に、ジャディアンス10mgを標準治療に追加して1日1回経口投与した時の心不全による入院および心血管死のリスクに対する長期的な有効性および安全性をプラセボと比較検討しました。方法、評価項目、解析計画は図1・2のとおりです。

EMPEROR試験

図1

EMPEROR試験02

図2

主要評価項目である心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間は図3のように推移し、プラセボ群と比較してジャディアンス群では25%有意に低下しました(HR=0.75、95.04%CI:0.65-0.86、p<0.0001、Cox比例ハザード回帰モデル、検証的結果)。

EMPEROR試験03

図3

ジャディアンス10mg群、プラセボ群の治験薬投与期間中央値1.17年、1.19年での有害事象発現割合は、それぞれ76.2%(1,420/1,863例)、78.5%(1,463/1,863例)でした。
ジャディアンス10mg群及びプラセボ群でいずれかの群の発現割合が5%以上となった有害事象はそれぞれ、心不全17.8%、23.8%、低血圧7.0%、6.4%、腎機能障害5.6%、5.0%、高カリウム血症5.4%、6.2%、肺炎5.2%、5.4%、上咽頭炎4.8%、5.0%、高尿酸血症3.4%、6.2%でした。また、重篤な有害事象の発現率はそれぞれ41.4%、48.1%、投与中止に至った有害事象は17.3%、17.6%、死亡に至った有害事象は9.7%、9.7%であり、これらの内訳は、図4のとおりでした。

EMPEROR試験04

図4

続いてEMPEROR-Preserved試験をご紹介します。
本試験では、左室駆出率が40%超に保たれた慢性心不全患者5,988例を対象とし、ジャディアンス10mgをACE阻害薬、ARB、ARNI、β遮断薬、MRAなどが投与されていた患者に追加して1日1回経口投与した時の心血管死および心不全による入院のリスクに対する有効性および安全性をプラセボと比較検討しました。方法、評価項目、解析計画は図5・6のとおりです。

EMPEROR試験05

図5

EMPEROR試験06

図6

主要評価項目である心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間は図7のように推移し、プラセボ群と比較してジャディアンス群では21%有意に低下しました(HR=0.79、95.03%CI:0.69~0.90、p<0.001、Cox比例ハザード回帰モデル、検証的結果)。

EMPEROR試験07

図7

全体集団における治験薬投与期間中央値1.91年での有害事象の発現割合は、ジャディアンス10mg群で85.9%(2,574/2,996例)、プラセボ群で86.5%(2,585/2,989例)でした。ジャディアンス10mg群及びプラセボ群でいずれかの群の発現割合が5%以上となった有害事象はそれぞれ心不全15.0%、19.9%、尿路感染7.9%、6.1%、低血圧7.7%、6.3%、高血圧7.3%、8.6%、転倒7.1%、7.3%、心房細動7.0%、7.5%、腎障害7.0%、7.2%、高カリウム血症6.0%、7.0%、肺炎5.3%、6.3%、糖尿病4.8%、7.2%、貧血4.5%、6.3%、高尿酸血症4.4%、7.0%でした。また、重篤な有害事象の発現割合はそれぞれ47.9%、51.6%、投与中止に至った有害事象は19.1%、18.4%、死亡に至った有害事象は9.6%、9.9%であり、これらの内訳は図8のとおりです。

EMPEROR試験08

図8

このように、慢性心不全*において、ジャディアンスは左室駆出率にかかわらず、有効性が検討されています。

EMPULSE試験

慢性心不全におけるエビデンスがあるジャディアンスを、急性心不全の状態が安定化して慢性期に移行した後できるだけ早期に使用した際の有効性及び安全性を検討した最新のエビデンスをご紹介します。

EMPULSE試験では、急性心不全(新規または慢性心不全急性増悪)で入院し、状態が安定した患者530例を対象に、ジャディアンス10mgを1日1回経口投与し、臨床的影響、安全性および忍容性に及ぼす影響をプラセボと比較検討しました。

*ジャディアンス錠10mgの効能又は効果(一部抜粋)「慢性心不全 ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る。」

EMPULSE試験

図9

本試験の被験者は、入院中かつ入院後24時間以降5日以内(中央値3日)で状態が安定後可能な限り早く無作為化され、試験に組み込まれています2
急性期から慢性期に移行した心不全における臨床試験の評価項目をどのように設定するか検討の余地がある中で、本試験における評価項目である臨床的影響は、臨床的優先順位に基づいた複合エンドポイントの分析方法3のひとつであるwin ratioを用いて検討しています。

EMPULSE試験02

図10

win ratioを算出するにあたっては図11のような主要評価項目を構成する4つのアウトカム(①死亡までの期間、②心不全イベントの頻度、③初回心不全イベントまでの期間、④治療90日後のKCCQ-TSSのベースラインからの5点以上の変化)について、ジャディアンス群の患者とプラセボ群の患者で総当たり比較し勝敗を決めました。なお、各ステップにおいて勝敗が決しない場合は次のステップへ移行し、最終ステップにおいても勝敗が決しない場合は引き分けとしています。
本試験では、このwin ratioという比較的新しい解析方法を用いることで、入院時からジャディアンスを投与している患者及びプラセボ群の患者における臨床的影響について検討しています。

EMPULSE試験03

図11

【参考情報】
主要評価項目であるwin ratioで評価した臨床的影響では、ジャディアンス10mg群の勝率は53.9%、プラセボ群の勝率は39.7%であり、win ratioは1.36(95%CI:1.09〜1.68、p=0.0054)でした。階層的解析で評価した各イベントの勝率は図12のとおりです。

EMPULSE試験04

図12

有効性に加えて、急性心不全の状態が安定した患者における早期のジャディアンス投与の安全性についても考慮する必要があります。
ジャディアンス10mg群、プラセボ群の治験薬投与期間での有害事象発現割合は、それぞれ70.0%(182/260例)、77.3%(204/264例)でした。
ジャディアンス10mg群において、投与中止に至った有害事象は8.5%(22例)、重篤な有害事象は32.3%(84例)、死亡に至った有害事象は3.5%(9例)に認められました。
腎・尿路系における有害事象の詳細は図14のとおりです。ジャディアンス10mg群において、急性腎不全は7.7%(20例)に認められ、100人年ごとの発生率は34.69でした。また、ジャディアンス10mg群において、尿路感染は4.2%(11例)に認められ、100人年ごとの発生率は18.80でした。

EMPULSE試験05

図13

EMPULSE試験06

図14

急性心不全として救命を目標に治療を行う中で、状態が安定化した後、シームレスに慢性心不全の長期予後やQOLを意識した治療も考慮していくことが大切です。
ジャディアンスはEMPEROR-Reduced試験、EMPEROR-Preserved試験の両試験によって慢性心不全治療薬として左室駆出率を問わない有効性が検証されました。
また、今回、急性心不全で入院し、その後状態が安定した患者に対するジャディアンスの新たなエビデンスも紹介いたしました。
今回の情報が先生方の心不全治療のご参考になれば幸いです。

*ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る

【引用】

  1. 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン編、急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)、p85、
    https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/06/JCS2017_tsutsui_h.pdf、2022年9月14日アクセス
  2. Voors AA, et al.: Nat Med. 2022; Mar; 28(3): 568-74.
  3. Pocock S J, et al. Eur Heart J. 2012 Jan;33(2):176-82.
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