ステートメントで示されたBNP/NT-proBNPを用いた心不全治療の考え方

サイトへ公開: 2024年03月28日 (木)

日本心不全学会が2023年に改訂したBNP/NT-proBNPに関するステートメントの2013年版からの変更点について、作成班の班長である信州大学の桑原宏一郎先生に、ご解説いただきました。

『血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療に関するステートメント2023年改訂版』の変更点

BNPやNT-proBNP(BNP/NT-proBNP)は心不全の診断、重症度、予後予測のバイオマーカーとして各国のガイドラインにおいて、その測定が推奨されています。  
本邦でも、日本心不全学会が2013年に『血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療の留意点』を発表し、臨床現場で広く活用されてきました。  
日本心不全学会は、欧州心臓病学会、米国心不全学会と3学会合同で、2021年に心不全の国際定義を策定、2023年にBNP/NT-proBNPに関する合同ステートメントを公表したことから、2023年10月に『血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療に関するステートメント2023年改訂版』を発表しました。  
本コンテンツでは、ステートメントの2023年改訂版について、主な変更点を中心に解説します。

まずは、2023年改訂版でも冒頭で紹介しているBNP/NT-proBNPの病態生理について、整理します。  
BNP/NT-proBNPは、同じBNP遺伝子に由来し、心筋から分泌されるペプチドです。BNP遺伝子からは、108個のアミノ酸からなるBNP前駆体が生成されます。BNP前駆体は、生理的に非活性のNT-proBNP(BNP前駆体のN末端から76個のアミノ酸)と生理活性を有する成熟型BNP(残りの32個のアミノ酸)に切断され、血中に分泌されるため、BNPとNT-proBNPは心筋から等モルで分泌されます。  
BNP遺伝子は主に心室の壁応力(伸展ストレス)に応じて発現が亢進し、BNP/NT-proBNPが生成・分泌されるため、重症度が上がるにつれて壁応力が増大する心不全では、重症度に応じてBNP/NT-proBNPの血中濃度が増加します。  
ただし、BNP/NT-proBNPは腎機能低下や年齢の影響を受けて血中濃度が上昇することが知られているため、BNP/NT-proBNPを診断・治療に使用する際には、それらの因子を考慮することが重要です。特に、NT-proBNPは代謝のほとんどが腎排泄に依存しており、eGFR 30mL/min/1.73m2未満の症例では、血中濃度増加の程度が大きくなることが知られていることから、注意が必要です。

続いて、2023年改訂版で大きく変更された「BNP/NT-proBNPを用いた心不全診断や循環器専門医への紹介基準のカットオフ値」について解説します。主な変更は、①心不全の可能性があるBNPのカットオフ値、②BNP 100pg/mLに対応するNT-proBNPのカットオフ値、③心不全診断や循環器専門医への紹介基準の3点です。

①心不全の可能性があるBNPのカットオフ値の変更 
2021年に策定した心不全の国際定義では、心不全と診断する値をBNP 35pg/mL以上、NT-proBNP 125pg/mL以上としたことに加え、HFpEFではHFmrEFおよびHFrEFと比較してBNP/NT-proBNPが相対的に低値であること、BNP 36.4pg/mLがHFpEF診断に有用と報告されたこと1)等、国内外のBNP/NT-proBNPに関するエビデンスを参照し、HFpEFも含めた心不全の適切な早期診断を目的として、心不全の可能性を考慮するカットオフ値の下限をBNP 40pg/mLから35pg/mLに変更しました。

②BNP 100pg/mLに対応するNT-proBNPのカットオフ値の変更 
①と同様に心不全の国際定義との整合性を考慮し、心不全の可能性を考慮するカットオフ値の上限のBNP 100pg/mLに対応するNT-proBNPを400pg/mLから300pg/mLに変更しました。 

③心不全診断や循環器専門医への紹介基準の変更 
2013年版ではBNP 40~100pg/mL、NT-proBNP 125~400pg/mLを「軽度の心不全の可能性があるので精査、経過観察」として心不全診断や循環器専門医への紹介基準外に位置付けていましたが、2023年改訂版では同様の範囲を「前心不全(心臓機能障害があるが心不全症状/徴候がない)または心不全の可能性がある」に変更し、心不全診断や循環器専門医への紹介基準をBNP 35pg/mL以上、NT-proBNP 125pg/mL以上としました。

「BNP/NT-proBNPを用いた心不全管理」について、2023年改訂版では、内容を充実させました。  
心不全診療においてBNP/NT-proBNPに応じたガイド下治療が予後を改善するかについて一貫した結果は得られていませんが、最近のメタ解析では、死亡率の低下や心不全による再入院の抑制につながると報告されています2-5)。  
急性心不全により入院した患者さんでは、退院時のBNP/NT-proBNPが入院時の30%以上改善していれば、退院後の予後が良好であることが報告されています5)。  
慢性心不全においては、過去のBNP/NT-proBNPを参照しつつ、患者さんごとに最適なBNP/NT-proBNPの目標値を設定し、定期的にBNP/NT-proBNPを測定して心不全管理を行うべきであるとしました。前回の検査値よりもBNPが40%以上、NT-proBNPが30%以上悪化した場合には、心不全の増悪の可能性を考慮し、その原因を探索し、早期介入することが必要です。この慢性心不全管理については、2023年改訂版ではBNP/NT-proBNPの変化率に応じた治療強化を新しく図でまとめました。  
心不全管理では、BNP/NT-proBNPを参考にしながら、最新の心不全診療ガイドラインに準じた標準治療薬の強化を含めた適切な治療介入、生活習慣の是正(禁煙、断酒、減塩、食事や運動の適正化等)、多職種による介入等を含めた包括的な疾病管理が重要となります。

『血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療に関するステートメント2023年改訂版』でも引用したNT-proBNPに関連するエビデンスから、疫学研究を1件紹介します。  
急性非代償性心不全患者を対象として、退院時のNT-proBNP別および入院から退院までのNT-proBNPの減少率別に退院後6ヵ月の予後を検討したこちらの研究では、退院時のNT-proBNPが高いほど、また、NT-proBNPの減少率が小さいほど、死亡率が高いことが示されました(ともにp<0.01、傾向検定)。  
この結果から、心不全管理で予後改善を目指すためには、NT-proBNPを減少させる治療が望ましいと考えます。

ジャディアンスのエビデンス①  
左室駆出率が保たれた(LVEF>40%)慢性心不全患者を対象とした国際共同第Ⅲ相・検証試験  
(EMPEROR-Preserved試験)

心不全治療薬であるジャディアンスでは、LVEF>40%の慢性心不全(HFpEF)を対象として、心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間などを解析したEMPEROR-Preserved試験が行われました。

本試験では、ジャディアンス10mgをACE阻害薬、ARB、ARNI、β遮断薬、MRA等に追加することで、心血管死または心不全による入院の初回発現の有意な低下が検証されました(HR=0.79、95.03%CI:0.69~0.90、p<0.001、Cox比例ハザード回帰モデル)。

主要評価項目である心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間については、NT-proBNP別のサブグループ解析が行われており、ジャディアンス10mg群のプラセボ群に対するハザード比の点推定値は全ての群で1未満でした。

また、本試験では、NT-proBNPのベースラインからの変化量の調整幾何平均値比は図のように推移し、12週時から100週時まで、ジャディアンス10mg群はプラセボ群よりもNT-proBNPが減少しました(12週時p=0.0163、52週時p=0.0071、100週時p=0.0046、いずれも名目上のp値、MMRM)。

本試験での有害事象の発現割合は、ジャディアンス10mg群で85.9%、プラセボ群で86.5%でした。  
ジャディアンス10mg群における主な有害事象は、心不全、尿路感染、低血圧、高血圧および転倒等でした。  
重篤な有害事象、投与中止に至った有害事象、死亡に至った有害事象は表のとおりでした。

ジャディアンスのエビデンス②  
左室駆出率が低下した(LVEF≦40%)慢性心不全患者を対象とした国際共同第Ⅲ相・検証試験  
(EMPEROR-Reduced試験)

また、LVEF≦40%の慢性心不全(HFrEF)に対するエビデンスとして、標準治療にジャディアンス10mgを追加した際の心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間などを検討したEMPEROR-Reduced試験が行われました。

本試験では、ジャディアンス10mgの追加による心血管死または心不全による入院の初回発現の有意な低下が検証されました(HR=0.75、95.04%CI:0.65~0.86、p<0.0001、Cox比例ハザード回帰モデル)。

主要評価項目である心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間については、NT-proBNP別のサブグループ解析が行われており、ジャディアンス10mg群のプラセボ群に対するハザード比の点推定値は全ての群で1未満でした。

また、本試験では、NT-proBNPのベースラインからの変化量の調整幾何平均値比は図のように推移し、4週時から52週時までジャディアンス10mg群はプラセボ群よりもNT-proBNPが減少しました(4週時p=0.009、12週時p=0.006、52週時p<0.001、いずれも名目上のp値、MMRM)。なお、100週時のNT-proBNPのベースラインからの変化量の調整幾何平均値比は、ジャディアンス10mg群0.77、プラセボ群0.83でした。

本試験での有害事象の発現割合は、ジャディアンス10mg群で76.2%、プラセボ群で78.5%でした。  
ジャディアンス10mg群における主な有害事象は、心不全、低血圧、腎機能障害、高カリウム血症および肺炎等でした。  
重篤な有害事象、投与中止に至った有害事象、死亡に至った有害事象は表のとおりでした。

なお、慢性心不全に対するジャディアンスの用法及び用量は1日1回10mgの経口投与となります。

※ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る。

また、ジャディアンスは、左室駆出率を問わず、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者さんに処方可能な薬剤です。

※ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る。

おわりに

今回は、『血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療に関するステートメント2023年改訂版』における従来のステートメントからの変更点と、心不全治療薬ジャディアンスのNT-proBNPに関するエビデンスを解説しました。  
BNP/NT-proBNPはその時点での心負荷の指標であるだけでなく、予後に関連する因子でもあることから、心不全の診断、重症度判定、予後予測、治療効果判定における重要なバイオマーカーです。そのため、BNP/NT-proBNPを用いて、エビデンスに基づいた治療を提供し、心不全の発症予防と治療を適切に行うことが望ましいと考えます。  
なお、今回紹介したジャディアンスの2つの臨床試験では、左室駆出率を問わない慢性心不全患者に対する有効性が示されるとともに、EMPEROR-Preserved試験では12週(p=0.0163、名目上のp値、MMRM)、EMPEROR-Reduced試験では4週(p=0.009、名目上のp値、MMRM)の時点でNT-proBNPがプラセボ群よりも低下したことが示されました。これらのエビデンスから、ジャディアンスは早期からの慢性心不全治療における薬剤選択の一つになりうると私は考えます。

【参考文献】

  1. Redfield MM, et al.: Circulation. 2004; 109(25): 3176-81.
  2. Stienen S, et al.: Circulation. 2018; 137(16): 1671-83.  
  3. Felker GM, et al.: JAMA. 2017; 318(8): 713-20.  
  4. McLellan J, et al.: BMJ Evid Based Med. 2020; 25(1): 33-7.  
  5. Stienen S, et al.: Eur J Heart Fail. 2015; 17(9): 936-44.
ページトップ