心不全治療におけるSGLT2阻害薬の役割を考える vol.1

サイトへ公開: 2023年04月27日 (木)

ご出演・ご監修:斎藤 能彦 先生(地方独立行政法人奈良県立病院機構奈良県西和医療センター総長/奈良県立医科大学名誉教授)

斎藤 能彦 先生

本コンテンツでは、従来の慢性心不全治療におけるアンメットニーズとSGLT2阻害薬ジャディアンスの位置付けについて、地方独立行政法人奈良県立病院機構奈良県西和医療センター総長/奈良県立医科大学名誉教授の斎藤 能彦 先生にご解説いただきました。

心不全治療のアンメットニーズ

eGFR30未満のCKDを合併する慢性心不全の治療はアンメットニーズだった

日本の推定心不全患者数は年々増加しており、今後も増加の一途をたどると推定されています(図1)。

心不全治療のアンメットニーズ

図1

このように増加傾向にある心不全は、高齢者が多いため、合併症や併存症を有する場合が多く、治療薬の選択が難しい場合があります。
心不全患者の合併症の中で腎機能障害は多く、腎機能の低下は心不全患者の予後規定因子として重要であるとされています1)。しかし、これまで実施されている多くの急性心不全・慢性心不全を対象にした大規模臨床試験では、腎機能低下症例が除外されていることが知られています1。「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」1においても、特にeGFRが30mL/分/1.73m2のCKDステージ4~5では極端にエビデンスが少ないことが指摘されています。

このように、慢性心不全治療には未だアンメットニーズが残されていました。

幅広い慢性心不全患者へのSGLT2阻害薬

このような背景のなか、2021年に発行された「2021年 JCS/JHFS ガイドライン フォーカスアップデート版. 急性・慢性心不全診療」で新たな心不全治療アルゴリズムが示されました(図2)。アルゴリズムでは、左室駆出率(LVEF)の低下した慢性心不全(HFrEF)の薬物治療の基本薬として、SGLT2阻害薬が新たに追加されました。

幅広い慢性心不全患者へのSGLT2阻害薬

図2

さらに、約1年前にSGLT2阻害薬ジャディアンスの電子添文が改訂され、LVEFの保たれた慢性心不全(HFpEF)にも本剤が投与可能になりました。これにより、SGLT2阻害薬は、糖尿病の有無やLVEFに関わらず、幅広い慢性心不全患者へ投与を検討できる心不全治療薬となりました。
さらに、SGLT2阻害薬ジャディアンスの慢性心不全に対する有効性と安全性を検討したEMPEROR-Preserved試験およびEMPEROR-Reduced試験では、eGFRが20/分/1.73m²未満は除外されていましたが、エビデンスが少ないことが指摘されているeGFR20~30の慢性心不全患者が含まれていました2, 3

SGLT2阻害薬は、LVEFによらず幅広い慢性心不全患者さんで検討できる薬剤となりました。また、ジャディアンスはこれまでエビデンスの乏しかったeGFR20~30の慢性心不全患者さんに対しても処方を検討できる薬剤です

重要な基本的注意:本剤投与により、血清クレアチニンの上昇又はeGFRの低下がみられることがあるので、腎機能を定期的に検査すること。(ジャディアンス添付文書 2022年4月改訂(第3版))

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績

試験概要

SGLT2阻害薬が慢性心不全治療においてこのような位置付けとなった根拠には、HFpEFに対するジャディアンスの有効性を検討した EMPEROR-Preserved試験と、HFrEFに対するEMPEROR-Reduced試験の成績があります。両試験では、腎機能や年齢などの患者背景別に心血管死または心不全による入院の初回発現までの期間などの有効性が検討されています。

EMPEROR-Preserved試験では、LVEFが40%超に保たれた慢性心不全患者5,988例を対象に、ジャディアンス10mgを標準治療(ACE阻害薬、ARB、ARNI、β遮断薬、MRA等)に追加して1日1回経口投与を追加した時の有効性と安全性をプラセボと比較検討しました(図3)。解析計画は、図4のとおりでした。

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績

図3

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績02

図4

EMPEROR-Reduced試験では、LVEFが40%以下に低下した慢性心不全患者3,730例を対象に、ジャディアンス10mgを標準治療に追加して1日1回経口投与した時の有効性および安全性をプラセボと比較検討しました(図5)。解析計画は図6のとおりでした。

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績03

図5

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績04

図6

主要評価項目

EMPEROR-Preserved試験の主要評価項目である心血管死または心不全による入院の初回発現の推定累積発現率は、図7のように推移しました。心血管死または心不全による入院の初回発現のリスクは、プラセボ群と比較してジャディアンス群で21%有意に低下しました(HR=0.79、95.03%CI: 0.69~0.90、p<0.001、Cox比例ハザード回帰モデル、検証的結果)(図7)。
EMPEROR-Reduced試験の主要評価項目である心血管死または心不全による入院の初回発現の推定累積発現率は、図のように推移しました。心血管死または心不全による入院の初回発現のリスクは、プラセボ群と比較してジャディアンス群では25%有意に低下しました(HR=0.75、95.04%CI: 0.65-0.86、p<0.0001、Cox比例ハザード回帰モデル)(図7)。

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績05

図7

また、両試験では、主要評価項目について日本人集団のサブグループ解析が行われました。
その結果、ジャディアンス群のプラセボ群に対する心血管死または心不全による入院の初回発現のハザード比は、EMPEROR-Preserved試験で0.58(0.34~1.00)、EMPEROR-Reduced試験で0.48(0.29~0.81)でした(図8)。

HFpEFおよびHFrEFに対するジャディアンス10mgの臨床試験成績06

図8

腎機能別サブグループ解析

さらに、EMPEROR-Preserved試験およびEMPEROR-Reduced試験では、主要評価項目について図9、10のようにさまざまなサブグループ解析が行われました。
そのうち、腎機能別の解析では、EMPEROR-Preserved試験におけるジャディアンス群のプラセボ群に対する心血管死または心不全による入院の初回発現のハザード比(95% CI)は、ベースラインのeGFR(CKD-EPI)crが60以上で0.81(0.65~1.00)、60未満で0.78(0.66~0.91)でした(図9)。

腎機能別サブグループ解析

図9

EMPEROR-Reduced試験では、ジャディアンス群のプラセボ群に対する心血管死または心不全による入院の初回発現のハザード比(95% CI)は、ベースラインのeGFR(CKD-EPI)crが60以上で0.67(0.55~0.83)、60未満で0.83(0.69~1.00)でした(図10)。

腎機能別サブグループ解析02

図10

年齢別サブグループ解析

年齢別の解析については、両試験ともカットオフ値を用いたサブグループ解析が行われています。
EMPEROR-Preserved試験では、65歳未満、65~74歳、75~79歳、80歳以上のサブグループで解析が行われました(図11)。その結果、ジャディアンス群のプラセボ群に対する心血管死または心不全による入院の初回発現のハザード比(95% CI)は、65歳未満0.83(0.61~1.14)、65~74歳0.86(0.69~1.07)、75~79歳0.72(0.55~0.95)、80歳以上0.73(0.57~0.95)でした。

年齢別サブグループ解析

図11

EMPEROR-Reduced試験では、65歳未満、65~74歳、75歳以上のサブグループで解析が行われました(図12)。その結果、ジャディアンス群のプラセボ群に対する心血管死または心不全による入院の初回発現のハザード比(95% CI)は、65歳未満0.71(0.57~0.89)、65~74歳0.72(0.57~0.93)、75歳以上0.86(0.67~1.10)でした。

年齢別サブグループ解析02

図12

その他の評価項目

EMPEROR-Preserved試験およびEMPEROR-Reduced試験では、その他の評価項目として心血管死・心不全による入院・心不全の悪化に対する点滴治療を目的とした救急/緊急外来受診のいずれかについて有意差を示すまでの期間が評価されました(図13)。

その他の評価項目

図13

EMPEROR-Preserved試験では、ジャディアンス群のプラセボ群に対するハザード比は0.77でした。また、信頼区間の上限は無作為化後18日目に初めて1未満となり、その後の全ての時点において信頼区間の上限は1未満でした。
EMPEROR-Reduced試験では、無作為化後12日目のジャディアンス群のプラセボ群に対するハザード比(95% CI)は0.42(0.19~0.92)、34日目のハザード比(95% CI)は0.67(0.44~1.00)でした。

【参考情報】eGFRおよびKCCQ-CSSの変化

また、EMPEROR-Preserved試験およびEMPEROR-Reduced試験では、その他の副次評価項目として腎機能の指標であるeGFR(CKD-EPI)crのベースラインからの変化とQOLの指標であるKCCQ-CSSのベースラインからの変化が示されています。
EMPEROR-Preserved試験およびEMPEROR-Reduced試験におけるeGFR(CKD-EPI)crのベースラインからの変化は図14のとおりでした。

【参考情報】eGFRおよびKCCQ-CSSの変化

図14

EMPEROR-Preserved試験およびEMPEROR-Reduced試験におけるKCCQ-CSSのベースラインからの変化は図15のとおりでした。

【参考情報】eGFRおよびKCCQ-CSSの変化02

図15

安全性

EMPEROR-Preserved試験の全体集団における有害事象の発現割合は、治験薬投与期間中央値1.91年においてジャディアンス10mg群で85.9%(2,574/2,996例)、プラセボ群で86.5%(2,585/2,989例)でした(図16)。ジャディアンス10mg群で発現割合が5%以上となった有害事象は心不全15.0%、尿路感染7.9%、低血圧7.7%、高血圧7.3%、転倒7.1%、心房細動7.0%、腎障害7.0%、高カリウム血症6.0%、肺炎5.3%でした。また、重篤な有害事象の発現割合はジャディアンス10mg群とプラセボ群でそれぞれ47.9%、51.6%、投与中止に至った有害事象は19.1%、18.4%、死亡に至った有害事象は9.6%、9.9%であり、これらの内訳は図16のとおりでした。

安全性

図16

EMPEROR-Reduced試験の全体集団では、ジャディアンス10mg群、プラセボ群の治験薬投与期間中央値1.17年、1.19年での有害事象発現割合が、それぞれ76.2%(1,420/1863例)、78.5%(1,463/1,863例)でした(図17)。ジャディアンス10mg群で発現割合が5%以上となった有害事象は、心不全17.8%、低血圧7.0%、腎機能障害5.6%、高カリウム血症5.4%、肺炎5.2%でした。また、重篤な有害事象の発現率はジャディアンス10mg群とプラセボ群でそれぞれ41.4%、48.1%、投与中止に至った有害事象は17.3%、17.6%、死亡に至った有害事象はいずれも9.7%であり、これらの内訳は、図17のとおりでした。

安全性02

図17

心不全患者の数は年々増加傾向にありますが、そのなかでもeGFR30未満のCKDを合併する慢性心不全の治療はアンメットニーズでした。

このような背景のなか、eGFR20~30の慢性心不全患者が含まれているEMPEROR-Preserved試験およびEMPEROR-Reduced試験が発表されました2,3)。これらのエビデンスに基づき、ジャディアンスはLVEFによらず幅広い慢性心不全患者さんの治療選択肢のひとつになったと考えられます。さらに、eGFR20~30の慢性心不全患者さんに対しても処方を検討できる薬剤となりました。

重要な基本的注意:本剤投与により、血清クレアチニンの上昇又はeGFRの低下がみられることがあるので、腎機能を定期的に検査すること。(ジャディアンス添付文書 2022年4月改訂(第3版))

【引用】

  1. 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン 「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」、p.66、
    https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/06/JCS2017_tsutsui_h.pdf
  2. Anker SD, et al.: N Engl J Med. 2021; 385(16): 1451-61.
  3. Packer M, et al.: N Engl J Med. 2020; 383(15): 1413-24.
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