パーキンソン病における認知機能障害を予測する細胞外小胞バイオマーカー

サイトへ公開: 2022年12月23日 (金)

Extracellular vesicle biomarkers for cognitive impairment in Parkinson’s disease
ご監修:武田 篤 先生(独立行政法人 国立病院機構 仙台西多賀病院 院長)
Blommer J, et al. Brain 2022 Jul 14;awac258. doi: 10.1093/brain/awac258. Online ahead of print.
Pubmedアブストラクト

背景

パーキンソン病(PD)患者では運動症状に加えて,軽度認知障害(MCI)や認知症を含む進行性の認知機能障害が多く認められる。PDにおける認知機能障害の発症にはα-シヌクレイン(α-syn)が関与していると考えられているものの,一方でα-synの関与を否定する報告もある。また,アルツハイマー病(AD)に関連する凝集タンパク質であるアミロイドβ(Aβ)及びタウ,さらに脳内のインスリンシグナル伝達障害などがPDにおける認知機能障害の発症に関与している可能性も示唆されている。
細胞外小胞(EV)は,神経細胞を含むすべての細胞から分泌されるナノ粒子であり,脳内においてはシグナル伝達及び病原性タンパク質の細胞内拡散の役割を担う。免疫沈降法によって末梢血から神経細胞由来細胞外小胞(NEV)の分離が可能であり,NEVを用いたバイオマーカー探索の研究がAD及びPDなどの神経変性疾患の分野で行われている。
PDにおける認知機能障害のバイオマーカーを同定することは,PD患者の認知機能障害の病態生理の解明,診断及び予後予測に有用であると考えられる。そこで,本研究ではNEVを用いて認知機能障害を予測し,運動症状の重症度を予測するバイオマーカーを探索及び検討した。

方法

New Zealand Parkinson's Progression Programme縦断研究の参加者を対象とし,認知機能が正常なPD(PD-N)群103例,認知機能障害を伴うPD(PD-CI)群121例,年齢及び性別をマッチさせた健常人の対照群49例の血液サンプルを使用した。なお,PD-CI群はMCIを伴うPD(PD-MCI)81例及び認知症を伴うPD(PDD)40例で構成されていた。認知機能障害については全例を対象にMDS-PD-MCI包括的評価基準(LevelⅡ)を用いて評価し,PDにおける運動症状の重症度についてはMDS-UPDRS partⅢで評価した。神経細胞マーカーであるL1細胞接着分子(L1CAM)に対する抗体を用いて,免疫沈降法によって末梢血からNEVを分離した。さらに,イムノアッセイによってNEVの各バイオマーカーを定量化し,下記の点について検討した。
①PD及びADに関連するバイオマーカーであるα-syn,アミロイドβ(Aβ),総タウ(tTau),リン酸化タウ(pTau181)がPD群と対照群を分類し,PD-N群とPD-CI群を分類可能か
②インスリンシグナル伝達に関連するバイオマーカーであるチロシンリン酸化インスリン受容体基質-1(pY-IRS-1),セリン312リン酸化インスリン受容体基質-1(pSer312-IRS-1),mTOR(mechanistic target of rapamycin)及びリン酸化mTOR(pmTOR)がPD群と対照群を分類し,PD-N群とPD-CI群を分類可能か
③PD及びADに関連するバイオマーカー及びインスリンシグナル伝達に関連するバイオマーカーはPD群においてPDの運動症状の重症度や診断からの罹病期間と相関するか
なお,本研究の解析において群間比較にはOne-way ANOVAを用いた。また,各バイオマーカーの値とPDの運動症状の重症度や診断からの罹病期間との相関関係については線形モデルを用いて検討した。

結果

本研究で得られた主な結果を記す。
α-syn値は,対照群と比較してPD群で有意に低く(図1A,p=0.004,One-way ANOVA),PD-CI群ではPD-N群及び対照群と比較して有意に低かった(図1B,ともにp<0.001,One-way ANOVA)。PD群においてα-syn値は,PDの運動症状の重症度と負の相関関係を示した。また,α-syn値は診断からの罹病期間とも負の相関関係を示した(図1C,D,それぞれp=0.001及びp=0.04,線形モデル)。pTau181値は,対照群と比較してPD群で有意に高く(図2A,p=0.003,One-way ANOVA),PD-CI群ではPD-N群及び対照群と比較して有意に高かった(図2B,ともにp<0.001,One-way ANOVA)。また,pTau181値は,運動症状の重症度と正の相関関係を示した(図2C,p=0.01,線形モデル)。
pY-IRS-1値は,対照群と比較してPD群で有意に低く(p=0.034,One-way ANOVA),PD-N群及び対照群と比較してPD-CI群では有意に低かった(それぞれp=0.021,p=0.011,One-way ANOVA)。また,pY-IRS-1値は,運動症状の重症度と負の相関関係を示した(p=0.003,線形モデル)。
pTau181値に対するα-syn値の比は,対照群と比較してPD群で有意に低く(p=0.001,One-way ANOVA),PD-CI群ではPD-N群と比較して有意に低かった(p<0.001,One-way ANOVA)。また,pTau181値に対するα-syn値の比は運動症状が重度なほど低かった(p<0.001,線形モデル)。pY-IRS-1値に対するpSer312-IRS-1値の比は,対照群と比較してPD群で有意に高く(p=0.034,One-way ANOVA),PD-CI群ではPD-N群と比較して有意に高かった(p=0.02, One-way ANOVA)。また,pY-IRS-1値に対するpSer312-IRS-1値の比は運動症状が重度なほど高かった(p=0.003,線形モデル)。

結論

本研究において,PD患者は健常人に比べNEVにおけるα-syn及びpY-IRS-1が低値であり,pTau181が高値であることが示された。また,MCIまたは認知症を伴うPD患者では,健常人及び認知機能が正常なPD患者に比べα-syn及びpY-IRS-1が低値であり,pTau181が高値を示すことが示された。さらに,α-syn,pTau181及びpY-IRS-1値は,PDの運動症状の重症度と相関することが示された。
これらの知見から,PDにおいて認知機能障害の発症にα-syn及びpTau181が相乗的に関与し,pY-IRS-1の低下が示すインスリンシグナル伝達障害の関与が示唆された。本研究には,認知機能障害の縦断的な変化を時間軸で詳細に検討するという課題が残されているものの,NEVバイオマーカーのα-syn,pTau181,及びpY-IRS-1は健常人とPD患者を識別し,認知機能が正常なPD患者とMCIまたは認知症を伴うPD患者を識別するバイオマーカーである可能性が示された。

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