パーキンソン病における腸内細菌叢変化の役割:メカニズムの解明と治療法の選択肢

サイトへ公開: 2021年07月30日 (金)

ご監修:菊地 誠志 先生(独立行政法人 国立病院機構 北海道医療センター 名誉院長/難病診療センター)

The role of gut dysbiosis in Parkinson's disease: mechanistic insights and therapeutic options
Wang Q, et al. Brain 2021 Apr 15. doi: 10.1093/brain/awab156. Online ahead of print.
Pubmedアブストラクト

はじめに

パーキンソン病(PD)は、黒質や線条体におけるα-シヌクレイン(α-syn)の異常蓄積に伴うドパミン神経細胞の変性および消失を主な特徴とする神経変性疾患である。腸内細菌叢は代謝産物やホルモン、免疫系、求心性神経などの多様な経路を介して中枢神経系(CNS)および腸管神経系(ENS)にシグナルを送る。ENSは腸内細菌叢-腸-脳軸を介してCNSと双方向的に情報伝達を行うことが知られており、近年、神経変性疾患における腸内細菌叢の役割が注目されている。

本レビューでは、腸内細菌叢とPDの関係に注目した近年の知見をまとめ、PDの病因に影響を与える腸内細菌叢-腸-脳軸のメカニズムについて概説し、食事療法を含めた腸内細菌叢を応用したPDの治療戦略の可能性について述べる。

PDにおける腸内細菌叢の変化

近年、複数の研究から、PD患者の腸内細菌叢の組成は特徴的であり、PDの進行と腸内細菌叢の組成の変化には関連があることが示唆されている。腸内細菌叢とPDの罹病期間、発症時期、臨床症状(運動症状および非運動症状)との間には関連があり、運動症状の表現型の違いによる腸内細菌叢の違いも確認され、PD患者における非運動症状には、腸内細菌叢との相互作用による腸内細菌叢-腸-脳軸が重要な役割を果たす可能性が示唆されている。実際、過敏性腸症候群(IBS)様症状を有するPD患者では、Prevotella(属および科)が減少し、非運動症状を呈する頻度が高かった。しかし、腸内細菌叢の組成の変化に関する研究の多くは選択した集団や研究手法が異なる横断研究であるため、進行するPDの各段階における腸内細菌叢の変化を検討する縦断的なコホート研究の実施が求められている。

腸内細菌叢-腸-脳軸がPDの病理を仲介する

腸内細菌叢-腸-脳軸は、CNSや自律神経系(ANS)、腸管神経系(ENS)、視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸などで構成されており、CNSはENSを含むANSやHPA軸を介して消化管を制御し、間接的に腸内細菌叢に影響を及ぼす。一方、腸内細菌叢は腸内Toll様受容体(TLR)や短鎖脂肪酸(SCFA)、5-ヒドロキシトリプタミン(5-HT)などの神経活性物質を含む代謝産物を介して宿主にシグナルを送り、ENSに影響を及ぼし、腸内細菌叢の代謝とその代謝産物は腸管バリア、薬物相互作用、神経栄養因子および免疫反応を調節することで、CNSおよびPDに影響を与える。このようにして、ENSとCNSは双方向性のコミュニケーションを構築している。

腸内細菌叢の代謝産物とPD発症の関係

腸内細菌叢とその代謝産物は炎症細胞の活性化、炎症性因子の放出、腸におけるα-synの蓄積、腸粘膜バリアの機能を調節することで、全身および腸などの末梢の炎症の発生に関与しており、これまでに、全身の炎症が末梢の炎症因子を介して活性酸素種(ROS)を増加させ、脳内のミクログリアを活性化させ、ドパミン神経細胞を変性させるという報告がある。すなわち、腸内細菌叢によって誘発された腸を含む末梢の炎症は全身およびCNSの炎症を誘発し、さらには、この炎症を起こした腸の環境がPDの発症の引き金となる可能性が示唆されている。

腸内細菌叢の代謝産物であるSCFAは腸内細菌叢-腸-脳軸の情報伝達において重要な役割を果たし、PD患者の脳と腸に対して直接および間接的に作用する(図1)。SCFAは腸において遊離脂肪酸受容体2(Ffar2)依存的に炎症性サイトカインの放出を調節し、腸の炎症を抑制、腸管上皮細胞間のタイトジャンクションを調節して腸管バリアを保護する。また、SCFAは脳において脳由来神経栄養因子(BDNF)およびグリア由来神経栄養因子(GDNF)などの神経栄養因子の放出を通じてシナプスや神経の成長と分化に不可欠な役割を果たしており、PDのドパミン神経細胞の消失に対する保護、神経の炎症の軽減、ミクログリアの活性化の抑制などを通じて、血液脳関門を保護している。このようにSCFAはPDにおいて保護的な役割を担うことが示唆されているが、その詳細なメカニズムはまだ明らかにされていない。また、腸内細菌叢の代謝産物によって影響を受ける胆汁酸については、PDの病態における抗酸化作用、抗炎症作用、神経保護作用が報告されている他、その他の代謝産物についてもPDの病態に影響することが報告されている。

腸内細菌叢の代謝産物とPD発症の関係

腸内細菌叢-腸-脳軸を介したPDへの治療介入の選択肢として、食事療法、プロバイオティクス、プレバイオティクス、糞便微生物移植(FMT)が挙げられる(図2)。

食生活の変化は腸内細菌叢の組成、SCFAなどの代謝産物を大きく変化させる。地中海食を継続するほどPDのリスクが減少し、地中海食の摂取が低下するほどPDの発症年齢が低くなるとする報告がある。地中海食の他に、ケトン食療法やfasting-mimicking dietおよびintermittent fastingなどのファスティングもPDの予防および治療に関連する食事療法として注目されている。

プロバイオティクスは腸内細菌叢のバランスを改善することで宿主の健康に好影響を与える生きた微生物を指し、プロバイオティクスの摂取はPDにおいて便秘、腹痛および腹部膨満感を軽減させることが報告されている。この影響をもたらす正確なメカニズムは解明されていないが、炎症の抑制、抗酸化ストレス、神経栄養因子などが候補として考えられている。さらに、プロバイオティクスはPD患者においてSCFAの産生を増加させ、炎症性サイトカインを減少させることが明らかになっている。一方、プレバイオティクスとは腸内細菌を選択的に増殖および活性化させることで宿主に有益な効果をもたらす難消化性食品であり、PDマウスおよびラットモデルを用いた検討からプレバイオティクスの摂取は、腸内細菌叢の調節を介してSCFAの産生および脳内におけるBDNFの増加に寄与する可能性が示唆されており、臨床的なエビデンスの蓄積が期待される。

FMTは健常者の糞便を移植することで特定の腸内細菌種を増加させ腸内細菌叢を再構築する治療法であり、難治性炎症性腸疾患の領域などで臨床応用されている。FMTは神経系疾患の治療法としても有望視されており、PDマウスモデルを用いた検討において腸内細菌叢の代謝障害の軽減、ドパミン神経細胞の変性の予防、神経の炎症の抑制、TLR4/TNFのシグナル伝達の抑制などに関与することが報告されているが、PD患者への適応に関するFMTのエビデンスは限定的であり、臨床研究での評価が必要である。

まとめ

健常者と比較してPD患者の腸内細菌叢の組成は変化しており、腸内細菌叢の組成の変化はPDの進行と関連があることが報告されており、PD患者の腸内細菌叢のさらなる解析によりPDの早期発見および進行をモニタリングする新しいバイオマーカーが同定される可能性がある。また、臨床での安全性や有効性についてはさらなる評価が必要であるが、プロバイオティクスやFMTなどの腸内細菌叢-腸-脳軸を介した治療介入はPDの臨床症状の改善に寄与する可能性がある。

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