経頭蓋磁気刺激法は部分的に皮質線条体シナプスに“若返り”効果をもたらす

サイトへ公開: 2021年10月22日 (金)

ご監修:菊地 誠志 先生(独立行政法人 国立病院機構 北海道医療センター 名誉院長/難病診療センター)

Transcranial Magnetic Stimulation Exerts “Rejuvenation” Effects on Corticostriatal Synapses after Partial Dopamine Depletion
Natale G, et al. Mov Disord 2021 Aug 2. doi: 10.1002/mds.28671. Online ahead of print.
Pubmedアブストラクト

背景

初期のパーキンソン病(PD)では、黒質線条体においてドパミン作動性神経細胞(以下、ドパミンニューロン)が部分的に変性および減少することで軽度の運動障害が生じる。この運動障害はドパミンニューロンの60~70%が減少し、線条体のドパミンレベルが大幅に低下してから認められる。線条体に6-ヒドロキシドパミン(6-OHDA)を投与し、ドパミンニューロンを部分的に減少させ、線条体のドパミン濃度を70%低下させた6-OHDA損傷によるラットモデルでは軽度の運動障害が認められる。このモデルでは、N-メチル-D-アスパラギン酸受容体(NMDAR)の活性化に依存するシナプスの長期増強(LTP)の誘導が選択的に損なわれる一方、長期抑圧(LTD)の誘導は障害されないことが明らかになっている。

現在のPD治療は主にドパミン補充を目的としたものであり、ドパミンニューロンの変性や減少は阻止できない。非侵襲的な脳刺激による治療法である反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)は、ドパミンによって調節される興奮性シナプスに影響を与える可能性が示唆されている。しかし、初期のPDにおいてrTMSがPDに与える影響およびそのメカニズムを検討した研究は行われていない。

このため、間欠的シータバースト刺激(iTBS)によるrTMS(以下、iTBSと表記)は、NMDARに依存したシナプス可塑性の調節を介して皮質線条体の機能障害を軽減するという仮説を立て、6-OHDAを投与した初期のPDモデルラットを用いてin vivoでの検証を行った。

方法

本研究における実験の手順を図1に示す。Wistar系雄性ラットの左半球の内側前脳束に6-OHDAまたは対照として生理食塩水を投与した(以下、6-OHDAラットおよび対照ラット)。その2週間後に6-OHDAラットのアポモルヒネ誘発性対側回転運動数を計測してドパミンの枯渇度を評価し、部分的にドパミンニューロンが減少したラット(partialラット)と完全にドパミンニューロンが消失したラット(fullラット)に分類した。さらに、その6週間後には、6-OHDAラットおよび対照ラットに対してプラセボまたはiTBSをそれぞれ1回施行した。

Partialラットの運動機能障害の行動学的評価法として、プラセボまたはiTBSを施行する前後においてステッピングテストを実施した。プラセボまたはiTBSを施行してから20分後に屠殺、皮質線条体の切片を採取し、背外側線条体のspiny projection neurons(SPN)の活動をパッチクランプ法にて記録した。さらに、チロシンヒドロキシラーゼ(TH)の免疫染色を行いTH陽性ドパミンニューロンの数などを評価した。

結果

下記に本研究で得られた主な結果を示す。

①iTBSがドパミンニューロンの数に与える影響
PartialラットにおいてTH陽性ドパミンニューロンの数を6-OHDAを投与した左半球(同側)と6-OHDAの投与を行っていない右半球(対側)で比較した。その結果、6-OHDAを投与した左半球(同側)では6-OHDAの投与を行っていない右半球(対側)と比べてTH陽性ドパミンニューロンの数は約70%減少した(図2A、p<0.01、two-way ANOVA)。

②iTBSが運動機能障害に与える影響
Partialラットにおける運動機能障害に対するiTBSの効果についてステッピングテストを実施した。ステッピングテスト中に記録された対側と同側の前肢によるステップ数の比により運動機能を評価した(図2B)。その結果、iTBSを施行したpartialラットではiTBSの施行前と比べてiTBSの施行後において運動機能が有意に改善し(図2B中央、p<0.001)、プラセボを施行したpartialラットと比べてもiTBSによる運動機能の有意な改善が認められた(図2B右、p<0.05)(いずれも、スチューデントの対応のないt検定)。

③iTBSがシナプス可塑性に与える影響
パッチクランプ法で記録した6-OHDAラットおよび対照ラットのSPNのLTPおよびLTDを解析し、iTBSがシナプス可塑性に与える影響について評価した。その結果、iTBSによりLTPは回復したが、LTDへの影響は認められなかった。このLTPの回復は、NMDARのサブユニットであるGluN2Bの拮抗薬を投与することで消失したことから、iTBSによるシナプス可塑性の誘導はNMDARの特定のサブユニットに関連し、GluN2A/GluN2Bの不均衡が是正されたことに起因する可能性が示唆された。

④iTBSがSPNに与える影響
NMDARを介するシグナルがSPNの樹状突起スパインの構造に影響を与えると考え、partialラットのSPNをゴルジ染色(図3A、B)し、SPNの樹状突起スパインの密度を評価した。その結果、プラセボを施行したpartialラットでは左半球(同側)の樹状突起スパインの密度が減少し、右半球(対側)の樹状突起スパインの密度と比べて有意差が認められた(図3C、p<0.001、two-way ANOVA)。一方、iTBSを施行したpartialラットではプラセボを施行したpartialラットと比べて左半球(同側)のSPNの樹状突起スパインの密度は有意に増加したため(図3C、p<0.001、two-way ANOVA)、iTBSを施行したpartialラットでは右半球(対側)の樹状突起スパインの密度と左半球(同側)の樹状突起スパインの密度に有意差は認められなかった(図3C、p=0.79、two-way ANOVA)。さらに、シナプスの成熟度の指標となるスパインの頭部の直径を評価すると、iTBSを施行したpartialラットにおいて、樹状突起スパインの頭部の直径が小さい、つまり細いスパインが占める割合が増加していた(図3D)。

さらに、partialラットのSPNにビオシチンを充填し、樹状突起スパインの評価を行った(図3E、F)。その結果、ゴルジ染色による検討と同様にiTBSを施行したpartialラットでは、左半球(同側)のSPNの樹状突起スパインの密度の増加(図3G、p<0.05、Mann-Whitney U検定)および細いスパインの割合の増加(図3H、p<0.001、コルモゴロフ-スミルノフ検定)を認めた。iTBSの施行によって増加した細いスパインは、SPNの樹状突起スパインの形態に変化が生じたものであり、iTBSの施行後に認められるシナプス可塑性の誘導に関与する可能性が示唆された(図3I)。

結論

初期のPDモデルラットにiTBSを施行することにより運動機能障害の軽減およびLTPの回復が観察され、SPNに頭部の直径が小さい幼若な樹状突起スパインが誘導されることが明らかになった。さらに、このiTBSがもたらす皮質線条体シナプスの“若返り(Rejuvenation)”の効果には、GluN2Bを含むNMDARが関与している可能性が示された。非侵襲的なiTBSは、PDの治療として実臨床に応用できる可能性がある。

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