ILD患者さんが治療に前向きになるIC方法(静止画)

サイトへ公開: 2024年02月28日 (水)

ご監修:近藤 瞬先生(製鉄記念室蘭病院 呼吸器内科 主任医長)

間質性肺疾患(ILD)は進行性線維化を伴う場合予後不良です。     
そのため、早期に治療介入し、継続することが重要ですが、自覚症状がないなどの理由で、患者さんご自身が治療に対して前向きになれない場合があります。このような患者さんに前向きに治療に取り組んでいただくためには、インフォームド・コンセント(IC)に工夫をする必要があります。     
本コンテンツでは、ILD患者さんが治療に前向きになるIC方法について、製鉄記念室蘭病院 呼吸器内科 主任医長 近藤 瞬先生にうかがいます。

インタビュー実施場所:アパホテル〈室蘭〉 インタビュー実施日:2023年10月16日(月) 提供:日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社

Q. ILDについて、患者さんにどのようにお話しされていますか?

当院の場合、来院される患者さんのほとんどは、息切れがあるから、X線検査で肺に異常があるから、と言われて紹介されてきます。ILDについては聞いたことがないと言われる患者さんがほとんどです。そのため、最初に受診されたときにILDの可能性が疑われる場合には、「ILDは治らない疾患」である可能性について、ILDの分類や病態に合わせて患者さんにお伝えするようにしています。これは、一部のILDの場合、治らない病気であるということを最初に伝えないと、患者さんと医師の認識にすれ違いが生じ、あとから問題になる可能性があるためです。     
患者さんの多くは、初めてILDという疾患を聞いて「治らないんだ」と驚かれます。驚きとともに、病名がわからない不安が解消されたことでほっとした様子の方もいれば、自覚症状がないために現実感がない様子の方もいらっしゃいます。このように患者さんがさまざまな感情をもたれる中でILDが治らない疾患であることを患者さんに受け入れていただくためには、伝え方に工夫が必要になります。たとえば、高齢の患者さんの場合は「ILDという病気が理由で、肺だけ少し年を取った状態になっています」とお伝えすると、ご自身では実年齢通りに動けるつもりでも息切れしてしまう状態や病態が進行して治らないといったイメージを持っていただきやすいように思います。     
患者さんにILDの病態についてお伝えするときには、「慢性進行」「合併症」「急性増悪」の3つをポイントとしてお伝えしています(図1)。

図1

このときに、具体的にこれからどうしたらよいのかもあわせてお伝えすることで、「治らないけど、治らないなりに付き合っていく方法がある疾患」というイメージを持ってもらえるように工夫しています。具体的には、「慢性進行」については、治療の有無に関係なく、「だんだん進行する疾患なので、定期的に外来を受診して息切れに変わりがないか様子をみるようにしましょう」といったような伝え方、「合併症」については、「肺癌を合併しやすいので、定期的にCT検査をしたほうがよいですよ」といった伝え方です。「急性増悪」については、生活指導の一環として風邪などの感染症の予防についてお伝えする中で、「『寝てても苦しいし、起きてても苦しい』といったような状態、いわゆる急性増悪が起こる場合があるので、風邪の予防には努めてください」「風邪を引いて、急に呼吸が苦しいと思ったら、急性増悪のことを思い出して受診してください」といったように伝えています。

Q. ILDの治療に関する説明は、どのようなタイミングでされていますか?

当院では初回の受診時に高分解能CT(HRCT)や呼吸機能検査などのILDの診断に必要な検査を行い、1~2週間後の2回目の受診時に検査結果の説明を行っています。概ねこのタイミングで、治療の見通しについても患者さんにお話ししています。

検査の結果、ILDと診断され、さらにオフェブ※1などの抗線維化薬の導入が望ましいと考えられる場合は治療選択肢として提示し、患者さんご自身がどれくらい治療に対し前向きであるかを見極めるようにしています。治療に対し前向きな患者さんであれば、そのまま抗線維化薬の導入についてお話を進めていきます。一方、症状がないという理由や医療費などの理由で、患者さんご自身が今は抗線維化薬の導入を見送りたいという場合は、定期的に進行の有無を確認するために通院していただくようにお話し、こちらとしては「待つ」姿勢を取ります。定期的に通院していただく中で、症状がみられるようになったタイミングや医療費の問題が解決したタイミングなど、患者さんご自身が治療に前向きになりそうなタイミングで、あらためて抗線維化薬の導入についてお話しするようにしています。何度か説明を繰り返すことで「前に先生が言ってくれていた薬、そろそろ試してみようかな」と患者さんのペースで治療開始につながった例も経験しています。     
※1 オフェブの効能又は効果1
○特発性肺線維症
○全身性強皮症に伴う間質性肺疾患
○進行性線維化を伴う間質性肺疾患

Q. 抗線維化薬の導入を患者さんに受け入れていただくための伝え方に関して、意識されていることはありますか?

ILD患者さんに抗線維化薬の導入についてお話しするときには、人間の意思決定にはバイアス※2が存在するということを意識するようにしています。バイアスが存在することを意識すると、患者さんが治療導入を先延ばしにしようとする心理がわかり、治療に前向きになっていただくための伝え方の工夫をすることができます。     
バイアスにはいくつか種類がありますが、ILD患者さんへの抗線維化薬の導入に関わるバイアスとして、「現状維持バイアス」「現在バイアス」「利用可能性ヒューリスティック」「損失回避」があげられます(図2、3)。     
※2 合理的な意思決定から系統的に逸脱する傾向2

「現状維持バイアス」は、現状を変更するほうが望ましい場合でも、現状維持を好む傾向のことをいいます2。「現状維持バイアス」の例として、患者さんからの「治らないのであれば、あえて薬の副作用に煩わされるより今のままでいいです」という反応があげられます。     
「現在バイアス」は、先のことよりも目の前の事象を優先してしまう傾向です2。「現在バイアス」があると、副作用や医療費などの今すぐに生じるデメリットが発生しないことを優先して、予後の改善という将来的なメリットが期待される抗線維化薬の導入を先延ばしにしてしまいます。     
「利用可能性ヒューリスティック」は、不確実な意思決定のもとで、正確な情報よりも、身近で目立つ情報やすぐに手に入る情報を優先して意思決定に用いてしまうことをいいます2。これがあると、病院で説明を受けても、「ILDという疾患は聞いたことがない、実感がない」「薬の副作用は怖いと近所の人が言っていた」などの過去の身近な経験に頼って意思決定をしてしまいます。     
「損失回避」は、同じものであっても、利得を生じた場合の感じ方よりも、損失が生じた場合の感じ方のほうが大きく感じること、すなわち、利益よりも損失を大きく嫌うことをいいます。一般的には損失が利益の2~2.5倍ぐらい強く感じるといわれています2。抗線維化薬の導入の場合は、副作用や医療費といった患者さんにとってのデメリット(損失)が、予後改善の期待というメリット(利益)よりも大きく感じるということになります。しかもデメリットは目の前のことなので、現在バイアスも相まってより治療介入をつい回避したい気持ちが出やすくなります。

図2

図3

Q. バイアスが存在することを踏まえ、どのように患者さんに抗線維化薬による治療についてお伝えされていますか?

医師から見て抗線維化薬の導入がお勧めの選択肢であるときは、抗線維化薬の導入を患者さんが選択しやすいようにバイアスを意識しながらお示しするようにしています(図4)。

図4

抗線維化薬は進行性の肺線維化を抑制することで肺機能の低下を遅らせる薬剤なので3-5、治療実感がわきづらいと思います。そこで、抗線維化薬について患者さんに説明する際は、「現状維持バイアス」を意識して「今の肺の状態を維持するために、肺がだんだん硬くなるのを抑える薬」といったような表現をするようにしています。このような表現をすると、「今のままでいられるなら抗線維化薬による治療をしよう」と患者さんが治療に前向きになることがあります。そのほかにも、「進行スピードが遅くなる可能性があります」ではなく、「今の肺がもつ期間が長くなる可能性があります」と伝えるだけでも、患者さんの反応は随分違うように感じます。また、抗線維化薬の導入によるメリットを大きく感じていただけるように、「今の肺の状態を維持できること」とあわせて、「急性増悪発生率も低下すること6」についてもお伝えするようにしています。     
抗線維化薬の副作用によるデメリットについては、「損失回避」のために抗線維化薬導入によるメリットよりも大きく感じることや、今の副作用が生じないことにメリットを感じるという「現在バイアス」を意識して、「無理のない範囲で、用量を調整しながら服用しましょう」といったような表現をするようにしています。抗線維化薬を導入する目的が肺の進行性線維化を抑制することであることを考えると、無理のない範囲で服用していただいて長期に治療を継続することは重要だと考えています。     
医療費が理由となって治療に前向きになれない場合の対応は難しいですが、医師が患者さんの医療費の負担を気にしていること、医療費についてはソーシャルワーカーさんに相談できることを伝えるようにしています。     
ILDは社会認知度がまだ高くはありませんので、利用可能性ヒューリスティックがネガティブに働き、疾患の重要性が低く見積もられてしまいがちです。「ILDは聞いたことがある人とない人がはっきり分かれる病気です」という言葉を説明に加えたりしつつ、患者さんの経験や考え方、ILDをどう捉えたかにはなるべく注意を払うようにしています。家族の方と一緒に一度来院していただくのも有効に思います。利用可能性ヒューリスティックは疾患の社会認知度に左右されると思いますので、目の前の患者さんのみならず、ILDの社会啓発も非常に重要だと思います。     
専門的・客観的に正しいと思われる選択肢を患者さんが選択しやすいようにしながらも、最終的な意思決定については患者さんご自身の意向を尊重することはリバタリアン・パターナリズム※3と呼ばれています。患者さんご自身の意向を尊重して意思決定をしたということが、ILDという疾患を受け止めることや副作用を受け止めて治療を継続することにつながると考えています。     
※3 本人の選択の自由を最大限確保したうえで、よりよい選択を促すような仕組みを提供することが 望ましいという考え方2

Q. 最後に、ご覧になる先生方にメッセージをお願いします

ILDは治らないけれど、治らないなりに付き合っていく必要がある疾患だと思います。まずは医師がそのことを受け止めて、どのようにこの疾患について向き合っていくかを患者さんに伝えることが、患者さんご自身にとって適切なタイミングで抗線維化薬を導入することにつながると思います。     
抗線維化薬を導入する意義をお伝えしても、なかなか受け入れていただけない患者さんは一定数存在すると思います。医師の視点からは、「患者さんが治療意義を理解していないから抗線維化薬を導入できない」ととらえがちですが、患者さんご自身は治療意義を理解しているものの、バイアスによって抗線維化薬の導入につい消極的になるという場合も考えられます。このようなすれ違いが医師と患者さんの間に生じる可能性を認識し、「患者さんが治療意義を理解しないと抗線維化薬導入に結び付かない」という考えから一度離れて、人の心の癖を意識して表現を工夫することで、抗線維化薬導入に自然に気持ちを向けてもらうというアプローチを考えてもよいのではないかと思います。

【引用文献】

  1. オフェブ電子添文(2023年5月改訂(第5版))
  2. 医療現場の行動経済学 すれ違う医者と患者、編著:大竹文雄・平井啓、東洋経済新報社、2018.
  3. Richeldi L. et al.: N Engl J Med 2014; 370(22): 2071-2082. 本試験はベーリンガーインゲルハイム社の支援により行われました。
  4. Distler O. et al.: N Engl J Med 2019; 380(26): 2518-2528. 本試験はベーリンガーインゲルハイム社の支援により行われました。
  5. Flaherty KR. et al.: N Engl J Med 2019; 381(18): 1718-1727. 本試験はベーリンガーインゲルハイム社の支援により行われました。
  6. 社内資料:国際共同第Ⅲ相試験(1199.247試験)[承認時評価資料]
ページトップ