似て非なる抗凝固薬 直接トロンビン阻害剤の特徴

サイトへ公開: 2021年08月31日 (火)

済生会熊本病院 心臓血管センター 不整脈先端治療部門 最高技術顧問 奥村 謙 先生
岩手県立中部病院 診療部 臨床検査科⾧ 家子 正裕 先生

2021年2月2日、プラザキサ・プリズバインドWeb講演会「似て非なる抗凝固薬 直接トロンビン阻害剤の特徴-不整脈・血栓止血の専門の立場からー」が実施されました。本講演では不整脈と血栓止血それぞれをご専門とされる先生方から心房細動(AF)アブレーション施行時の抗凝固療法についてご紹介いただきました。
開催日時:2021年2月2日(火)19:00-19:50 Web講演会

Key Title

不整脈の専門の立場から
心房細動アブレーションの適応とプラザキサの位置づけ

済生会熊本病院 心臓血管センター 不整脈先端治療部門 最高技術顧問 奥村 謙 先生:

AFアブレーションの有用性と課題

本邦における心房細動(以下、AF)カテーテルアブレーションの施行件数は年々増加しています。JROAD(循環器疾患診療実態調査)のデータによると、2019年度にはカテーテルアブレーション総数は10万件近くに上りました。

AFアブレーションの有用性と課題

AFアブレーションの適応について、『不整脈非薬物治療ガイドライン(2018年改訂版)』では、症候性再発性発作性心房細動に対するカテーテルアブレーションが第一選択治療として明記されています。さらに、「初発発作性 AF 症例においては、AFが再発性であることを確認したうえでカテーテルアブレーションの適応を考慮すべきである」とされています。可逆的なAF発生リスクを取り除き、再発する場合にカテーテルアブレーションの適応を検討します。これらは年齢や症状、進行度を勘案して、患者ごとに総合的に判断されます。

AFアブレーションの有用性と課題02

近年のAFアブレーションの進展は目覚ましいものがあります。当院で高出力高周波AFアブレーションを実施した505例では、約1年で発作性AFは90%、持続性AFで80%が洞調律を維持していました。一方で、1年以上の長期持続性AFにおける治療成績は必ずしも十分とはいえず、今後の課題といえます。

AFアブレーションの有用性と課題03

AFアブレーション治療と抗不整脈薬治療を比較検討した、CABANA試験では、生命予後への影響が注目されました。必ずしもアブレーションの最新技術が使用されていない点には注意が必要ですが、死亡・脳梗塞・大出血・心停止の複合アウトカムについて、ITT解析では2群間の有意差が検証されませんでした(ハザード比 0.86, 95% CI 0.65-1.15; P=0.30)。
しかし、それぞれ102例および301例のクロスオーバー症例を加味したPer-Protocol Analysisでは、アブレーションが有意にイベント発生を抑制したことが示されています(ハザード比 0.73, 95% CI 0.54-0.99; P=0.046)。アブレーションの生命予後改善効果を示唆するデータといえます。

AFアブレーションの有用性と課題04

AFアブレーション施行時の抗凝固療法: RE-CIRCUIT試験

アブレーション施行時には、塞栓症リスクと出血リスクの両方に注意する必要があります。そのため、従来からワルファリンの継続療法が実施されてきましたが、DOAC継続下のアブレーション施行の安全性・有効性についての研究結果の報告も蓄積されています。
そのひとつが、プラザキサ(ダビガトラン)継続とワルファリン継続を比較したRE-CIRCUIT試験で、試験結果は2017年に公表され、New England Journal of Medicine誌に掲載されました。なお本試験には日本人AF症例112例が含まれました。

AFアブレーション施行時の抗凝固療法: RE-CIRCUIT試験01AFアブレーション施行時の抗凝固療法: RE-CIRCUIT試験02

結果ですが、主要評価項目である国際血栓止血学会(ISTH)基準による大出血の発現率は、ワルファリン群と比較してプラザキサ群で有意に抑制され、相対リスク減少率は77.2%でした。

AFアブレーション施行時の抗凝固療法: RE-CIRCUIT試験03

なお、全ての有害事象の発現率は、プラザキサ継続群225例(66.6%)、ワルファリン継続群242例(71.6%)でした。重篤な有害事象は、プラザキサ継続群63例、ワルファリン群75例に認められました。主な重篤な有害事象は、心房粗動(プラザキサ継続群20例、ワルファリン継続群19例)、心房細動(プラザキサ継続群6例、ワルファリン継続群13例)、心タンポナーデ(プラザキサ継続群1例、ワルファリン継続群4例)等でした。投与中止に至った有害事象は、プラザキサ継続群19例、ワルファリン継続群8例でしたが、論文に詳細の記載はありませんでした。死亡例の報告はありませんでした。

AFアブレーション施行時の抗凝固療法: RE-CIRCUIT試験04AFアブレーション施行時の抗凝固療法: RE-CIRCUIT試験05

RE-CIRCUIT試験では、塞栓症のリスクと大出血のリスクを考慮したプラザキサ継続治療に関するエビデンスが示されました。この結果は、アブレーションを担当する医師にとって参考になるものであったと考えます。

血栓止血の専門の立場から
凝固メカニズムにみる出血に対する止血機序とプラザキサの影響

岩手県立中部病院 診療部 臨床検査科長 家子 正裕 先生:

凝固反応の開始における抗凝固薬の影響

奥村先生には、RE-CIRCUIT試験の結果、プラザキサ継続群でアブレーション施行後の大出血リスクの抑制が認められたことをご解説いただきました。さらに生じた大出血イベントの内訳をみてみると、アブレーション時のアクセス部位である鼠径部の出血、血腫はプラザキサ継続群でそれぞれ2例、0例、ワルファリン継続群ではそれぞれ2例、8例であったことが報告されています。

凝固反応の開始における抗凝固薬の影響01

そこで、このようなアクセス部における凝固反応開始のメカニズムと直接トロンビン阻害剤の関与について、細胞性凝固反応の図を使ってご紹介します。
血管内皮細胞へ凝固刺激が加わると、組織因子(TF)に結合した活性化FⅦ(FⅦa)を介して凝固因子が活性化されていきます。その過程では凝固反応を促進するシステムとして、FⅨa、FⅪa、およびFⅧaを含む複合体Tenase、FⅩaおよびFⅤaを含むProthrombinaseが生じます。このようにFⅦは凝固反応の開始に関与しています。今回特に注目したいのは、FⅦを活性化するFⅦ-aseです。

凝固反応の開始における抗凝固薬の影響02

FⅦ-aseを構成する因子には、FⅨa、FⅩa、FⅦa-TF、トロンビンがありますが、因子ごとに寄与の程度は異なります。代謝回転数(Kcat)、つまり、酵素反応による生成物の単位時間当たりの最大数は、FⅩaで最も高いことが示されています。トロンビンのKcatはFⅩaのおよそ300分の1であり、こうしたことから、プラザキサのような直接トロンビン阻害剤はFⅦの活性化に与える影響が少ないことが推察されます。

凝固反応の開始における抗凝固薬の影響03

アブレーション手技中の抗凝固薬の影響

RE-CIRCUIT試験における大出血発現の推移からは、2群の差はアブレーション手技中に開き、その後少しずつ拡大していく様子が観察されます。FⅦ-aseへの影響の違いで説明できる部分もありますが、ここでアブレーション手技中の影響について考えてみたいと思います。

一般的に、AFアブレーション手技中はヘパリン投与により 活性化凝固時間(ACT)を300 秒以上に維持する方法がとられます。ACTは、内因系凝固反応を介した凝固反応を反映する指標です。では、直接トロンビン阻害剤はACTにどのように影響するのでしょうか。

直接トロンビン阻害剤の標的は、初期トロンビンと、凝固因子の活性化によって生成されたトロンビンです。これらの阻害の結果、内因系凝固因子で構成されるⅩ-aseが阻害されます。そのため、直接トロンビン阻害剤服用時、APTTやACTにその影響が反映されます。AFアブレーション手技中のACTには、ワルファリンや直接トロンビン阻害剤であるプラザキサの場合、ヘパリンの抗凝固作用がACTへ反映されるため、結果としてヘパリンの投与量の調整が可能であると考えられます。

以上、ご紹介した止血機構とACTに対する影響の2点で、AFアブレーションにおける直接トロンビン阻害剤の出血リスクが少ない要素を説明できると考えています。

まとめ

  • AFアブレーションの進展は目覚ましく、国内施行数は増加の一途をたどっている。
  • AFアブレーション施行時のプラザキサ継続とワルファリン継続を比較したRE-CIRCUIT試験では、ワルファリン継続投与群と比較して、プラザキサ継続投与群で、大出血の発現率が有意に抑制された。
  • 直接トロンビン阻害剤はFⅦの活性化に与える影響は比較的少ないことが推察される。
  • 直接トロンビン阻害剤はAFアブレーション施行時に抗凝固作用がACTに反映されるため、ヘパリンの投与量の調整が可能であると推察される。
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