宮﨑 晋介 先生 アブレーション周術期の抗凝固療法における薬剤選択について

サイトへ公開: 2021年01月28日 (木)

心房細動カテーテルアブレーション周術期の抗凝固療法

宮﨑 晋介 先生

宮﨑 晋介 先生

東京医科歯科大学 先進不整脈学講座 准教授
2023年8月3日 東京にて開催

当院における心房細動カテーテルアブレーション治療

当院でカテーテルアブレーション治療(以下、アブレーション)を施行する心房細動患者さんは平均60歳台前半で、CHADS2スコアが1~2点と低い方が多く、透析を含む腎機能障害例は少ないです。また、年齢による制限は設けていませんが、当院では発作性心房細動であれば上限85歳程度までを対象の目安としています。アブレーション周術期の代表的な合併症としては、脳梗塞、心タンポナーデおよび食道関連の合併症が挙げられます(図1)。特に、脳梗塞および心タンポナーデはアブレーション周術期に最も注意が必要な合併症ですが、脳梗塞の発症を予防するため周術期も抗凝固療法を継続することが重要です。一方、心タンポナーデは術者の手技やデバイスなどのさまざまな要因によって発現するため予防は難しいですが、心房中隔穿刺を慎重に行う、高周波アブレーションの場合はコンタクトフォースを適切に用いて安全に治療を行う、といった心がけをしています。また、バルーンを用いたアブレーションも普及してきていますが、心タンポナーデのリスクを回避する一つの選択肢になると思います。さらに、術後は必ず心エコー検査を行い、遅発性の心タンポナーデの発現に注意しています。

表56

ダビガトランの開発経緯

ダビガトランは、ベーリンガーインゲルハイム社が開発した直接トロンビン阻害剤であり、胃内 pHの影響を受けないように適切なバイオアベイラビリティ※1の確保を目指したカプセル製剤です。そのための工夫として、ダビガトランカプセルには、添加物である酒石酸コアに原薬をコーティングしたペレットが含まれています(図2)。

※1投与された薬物(製剤)が、どれだけ全身循環血中に到達し作用するかの指標

図2

ダビガトランカプセルを服用後、胃液内でカプセルの崩壊が始まり、ペレットのダビガトランと酒石酸コアが溶解します。その際に、酒石酸コアが局所的に酸性の微小環境をつくるように働くことで、ダビガトランの溶解度が最大化し、吸収が高まるように設計されています(図3)。こうした製剤学的工夫によって、プロトンポンプ阻害薬(PPI)の併用などによる胃液のpH上昇時においてもダビガトランは適切なバイオアベイラビリティの確保が目指せるよう設計されており1,2,3、高齢になるとPPIを服用していなくても胃内のpHが上昇するケースも少なくないため、ダビガトランは高齢の患者さんにおいても適切なバイオアベイラビリティが期待できると考えられます。

図3

心房細動アブレーション周術期におけるダビガトランの位置づけ

アブレーション施行が予定された非弁膜症性心房細動患者を対象としたRE-CIRCUIT試験において、ワルファリン継続投与に比べダビガトラン継続投与で出血リスクが減少したことが発表されました(図4)。また、ダビガトランには特異的中和剤であるプリズバインドがあることから、ダビガトラン継続下での周術期抗凝固療法は治療戦選択肢の1つであると考えています。

図4

プリズバインドはダビガトランのみに特異的に作用し、ダビガトランの抗凝固作用を迅速・完全・持続的に中和することから(図5)、万が一、アブレーション施行中に心タンポナーデなどの出血性合併症が発現した場合でもプリズバインドによって迅速に対応が可能です。また、出血性合併症の発現により抗凝固療法を中止後、脳梗塞を発症することもあります。出血発現後の回復期に、抗凝固療法を再開するタイミングは確立されていませんが、プリズバインドはダビガトラン特異的中和剤であることから、臨床的な安定や十分な止血を確認した上で、ダビガトランはプリズバインドの投与から24時間後、それ以外の抗凝固薬は随時再開することが可能です。

図5

今後のアブレーション周術期の抗凝固療法

RE-CIRCUIT試験の結果を受けて、2017年にHRS/EHRA/ECAS/APHRS/SOLAECEによる「心房細動のカテーテルおよび外科的アブレーションに関するコンセンサスステートメント」が改訂され、アブレーション周術期の抗凝固療法としてワルファリンもしくはダビガトランが投与されている患者さんでは、休薬なしでアブレーションを施行することがクラスI、レベルAで推奨されました(図6)。直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)で特異的中和剤のあるダビガトランをアブレーション周術期に継続投与することは、脳梗塞予防、出血性合併症発現時の対応という観点から理にかなっていると考えています。

一方、アブレーション施行後は、抗凝固薬の投与を少なくとも2ヵ月間は継続し、その後はCHADS2スコアや再発リスクなどを考慮して患者さんと相談しながら投与中止の適否を判断しています。心原性脳塞栓症の既往、心機能低下、慢性心房細動、左心耳の血流低下が認められるような患者さんでは抗凝固薬の投与を継続することが経験的に多いですが、アブレーション施行後の抗凝固療法の中止時期に関する検討は限定的であるのが現状です。今後、アブレーション施行後の抗凝固療法に関するエビデンスが構築されていくことを期待しています。

図6

文献

  1. 社内資料: 心房細動および整形外科手術施行患者の母集団薬物動態解析 (2011年1月21日承認, CTD 2.7.2.2) 
  2. Stangier J, et al. Clin Pharmacokinet 2008; 47: 47-59. 
  3. Liesenfeld KH, et al. J Thromb Haemost 2011; 9: 2168-2175. 
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