東海大学医学部付属八王子病院 副院長 脳神経内科教授 野川 茂 先生
岩手県立中部病院 診療部 臨床検査科⾧ 家子 正裕 先生
2021年2月25日、プラザキサ・プリズバインドWeb講演会「臨床・基礎の観点から直接トロンビン阻害剤の可能性を探る」が実施されました。本講演では、脳卒中と血栓止血それぞれをご専門とされる先生方から、直接トロンビン阻害剤についてご紹介いただきました。
開催日時:2021年2月25日(木)19:00-19:50 Web講演会
![開催日時:2021年2月25日(木)19:00-19:50 Web講演会不整脈](/jp/sites/default/files/inline-images/key_title_0.png)
脳卒中臨床医の立場から
脳卒中の臨床における直接トロンビン阻害剤の有用性
東海大学医学部付属八王子病院 副院長 脳神経内科教授 野川 茂 先生:
脳卒中診療からみた抗凝固薬
従来、抗凝固薬には主にワルファリンが使用されてきました。近年では、DOACの登場以降、複数の抗凝固薬が用いられるようになってきました。英国ナショナルデータベースによれば、近年、こうした抗凝固薬の使用率の上昇傾向とともに、脳卒中の発症率の減少傾向が示されています。
![脳卒中診療からみた抗凝固薬01](/jp/sites/default/files/inline-images/slide01_14.jpg)
現在国内で用いられているDOACには、直接トロンビン阻害剤であるダビガトラン(プラザキサ)のほか、FⅩa因子阻害薬であるリバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバンの4種類があります。今回は、発売から10年が経過したプラザキサの有用性ついて、脳卒中臨床医の立場からお話しします。
プラザキサの有効性・安全性
はじめにご紹介するRE-LY試験は、ワルファリンを対照にプラザキサの2用量の長期的な有効性・安全性を検討した試験です。有効性の主要評価項目は脳卒中(出血性を含む)/全身性塞栓症、安全性の主要評価項目は大出血とされました。
![脳卒中診療からみた抗凝固薬02](/jp/sites/default/files/inline-images/slide02_14.jpg)
![脳卒中診療からみた抗凝固薬03](/jp/sites/default/files/inline-images/slide03_14.jpg)
本試験の結果、脳卒中/全身塞栓症の発症率は、プラザキサのいずれの用量群でもワルファリンに対する非劣性が認められ、110mg1日2回群では優越性は検証されませんでしたが、プラザキサ150mg1日2回群では、優越性も認められました。
![脳卒中診療からみた抗凝固薬04](/jp/sites/default/files/inline-images/slide04_13.jpg)
大出血の発現率は、ワルファリンに対し、プラザキサ150mg1日2回群では有意差が認められませんでしたが、プラザキサ110mg1日2回群では有意差が認められました。
![脳卒中診療からみた抗凝固薬05](/jp/sites/default/files/inline-images/slide05_13.jpg)
そして、出血性脳卒中の発症率は、プラザキサのいずれの用量群においても、ワルファリンと比較して有意に低下していました。
また、一度脳卒中を起こした患者さんは出血のリスクが高まるため、二次予防では特に抗凝固療法の安全性が注目されます。RE-LY試験の事前に規定されたサブグループ解析では、脳卒中・TIAの既往の有無によって頭蓋外出血や頭蓋内出血に有意な差がなかったことが示されています。
![脳卒中診療からみた抗凝固薬06](/jp/sites/default/files/inline-images/slide06_13.jpg)
なお、有害事象は、プラザキサ150mg1日2回群で1,332例(22.0%)、プラザキサ110mg1日2回群1,243例(20.8%)、ワルファリン群949例(15.8%)で認められました。主な重篤な有害事象は、うっ血性心不全(プラザキサ150mg×2回/日群:58例、プラザキサ110mg×2回/日群:84例、ワルファリン群:73例)、肺炎(71例、74例、62例)、心房細動(55例、64例、74例)、心不全(62例、51例、65例)、貧血(47例、34例、33例)等でした。主な投与中止に至った有害事象は、貧血(61例、43例、39例)、胃腸出血(54例、39例、37例)、呼吸困難(43例、37例、33例)、消化不良(57例、57例、2例)、悪心(42例、41例、20例)等でした。主な死亡に至った有害事象は、肺炎(9例、9例、7例)、敗血症(7例、6例、8例)、心不全(6例、6例、9例)、うっ血性心不全(7例、7例、5例)、悪性肺新生物(4例、7例、7例)等でした。
![脳卒中診療からみた抗凝固薬07](/jp/sites/default/files/inline-images/slide07_12.jpg)
ダビガトラン特異的中和剤 プリズバインドの有用性
また、直接トロンビン阻害剤に対する特異的中和剤であるプリズバインド(イダルシズマブ)の存在は、脳卒中を生じた場合の急性期対応における利点になり得ます。
プリズバインドは遺伝子組換えヒト化モノクローナル抗体のFab断片であることから、凝固促進作用をもたないと考えられています。また、プリズバインド投与後の希釈トロンビン時間の推移からは、このように投与完了直後から迅速・完全・持続的に中和効果が見られたことが示されています。
![ダビガトラン特異的中和剤 プリズバインドの有用性01](/jp/sites/default/files/inline-images/slide08_11.jpg)
実際に、使用成績調査の中間集計報告では、症例の約6割は、緊急手術前又は外的要因、外傷や侵襲的な手技が示唆される出血時の中和を理由としてプリズバインドが投与されていました。このように万一の場合に中和が行える薬剤があるということは、守りのひとつであるといえるでしょう。
![ダビガトラン特異的中和剤 プリズバインドの有用性02](/jp/sites/default/files/inline-images/slide09_10.jpg)
一方、脳梗塞を発症してしまった場合には、「静注血栓溶解(rt-PA)療法 適正治療指針 第三版」(2019年3月)のダビガトラン内服中の脳梗塞に対する静注血栓溶解療法施行の指針では、aPTTが前値の1.5倍(目安として40秒)以下、あるいはプラザキサの最終服薬から4時間以降では、原則としてイダルシズマブを使わずにアルテプラーゼを投与しますが、それ以外の場合には、機械的血栓回収療法を優先し、機械的血栓回収療法が適応でない場合は、イダルシズマブの投与後、アルテプラーゼを投与することが指針として記載されています。
![ダビガトラン特異的中和剤 プリズバインドの有用性03](/jp/sites/default/files/inline-images/slide10_9.jpg)
つまり、プラザキサの最終服用から4時間以内に脳梗塞を起こしてしまった場合にも、治療の選択肢として、静注血栓溶解(rt-PA)療法を考慮することが可能ということです。
プラザキサの有用性は、2用量のエビデンス、大出血および出血性脳卒中の発症リスクの少なさ、そして特異的中和剤プリズバインドの存在の3つであると考えます。
血栓止血の専門の立場から
直接トロンビン阻害剤の凝固メカニズム
岩手県立中部病院 診療部 臨床検査科長 家子 正裕 先生:
凝固反応の開始における抗凝固薬の影響
DOACの登場からおよそ10年経った現在、知見の集積が進み、それぞれの薬剤を使い分ける時代に突入しているといえます。そうした中で今回は、凝固メカニズムからみた直接トロンビン阻害剤の利点についてお話ししたいと思います。
まず、今回のキーワードとなるFⅦについて、細胞性凝固反応の図を使ってご紹介します。血管内皮細胞へ凝固刺激が加わると、組織因子(TF)に結合した活性化FⅦ(FⅦa)を介して凝固因子が活性化されていきます。その過程では凝固反応を促進するシステムとして、FⅨa、FⅪa、およびFⅧaを含む複合体Tenase、FⅩaおよびFⅤaを含むProthrombinaseが生じます。このようにFⅦは凝固反応の開始に関与していますが、特に注目したいのは、FⅦを活性化するFⅦ-aseです。
![凝固反応の開始における抗凝固薬の影響01](/jp/sites/default/files/inline-images/slide11_7.jpg)
FⅦ-aseを構成する因子には、FⅨa、FⅩa、FⅦa-TF、トロンビンがありますが、因子ごとに寄与の程度は異なります。代謝回転数(Kcat)、つまり、酵素反応による生成物の単位時間当たりの最大数は、FⅩaで最も高いことが示されています。トロンビンのKcatはFⅩaのおよそ300分の1であり、こうしたことからは、プラザキサのようなトロンビン阻害剤がFⅦの活性化に与える影響は比較的少ないことが推察されます。
![凝固反応の開始における抗凝固薬の影響02](/jp/sites/default/files/inline-images/slide12_4.jpg)
RE-CIRCUIT試験における出血リスク
続いて、実際の臨床試験における出血リスクを見てみましょう。これからお示しするのは、プラザキサ継続とワルファリン継続を比較したRE-CIRCUIT試験です。
![RE-CIRCUIT試験における出血リスク01](/jp/sites/default/files/inline-images/slide13_3.jpg)
本試験の結果、主要評価項目であるISTH基準による大出血の発現率は、ワルファリン群と比較してプラザキサ群で有意に抑制され、相対リスク減少率は77.2%でした。
![RE-CIRCUIT試験における出血リスク02](/jp/sites/default/files/inline-images/slide14_2.jpg)
さらに生じた大出血イベントの内訳をみると、アブレーション時のアクセス部位である鼠径部の出血、血腫はプラザキサ継続群でそれぞれ2例、0例、ワルファリン継続群ではそれぞれ2例、8例であったことが報告されています。このようなアクセス部における凝固反応の開始には、先ほどお話ししたFⅦの活性化が影響します。つまり、この結果の背景には、ワルファリンとプラザキサでFⅦの活性化に与える影響が異なっていることが考えられます。
![RE-CIRCUIT試験における出血リスク03](/jp/sites/default/files/inline-images/slide15_1.jpg)
なお、全ての有害事象の発現率は、プラザキサ継続群225例(66.6%)、ワルファリン継続群242例(71.6%)でした。重篤な有害事象は、プラザキサ継続群63例、ワルファリン群75例に認められました。主な重篤な有害事象は、心房粗動(プラザキサ継続群20例、ワルファリン継続群19例)、心房細動(プラザキサ継続群6例、ワルファリン継続群13例)、心タンポナーデ(プラザキサ継続群1例、ワルファリン継続群4例)等でした。投与中止に至った有害事象は、プラザキサ継続群19例(胃腸障害8件、心房内血栓2件、心房粗動1件、冠動脈疾患1件、上室性頻拍1件、異所性甲状腺1件、結膜出血1件、下気道感染症1件、良性、悪性および詳細不明の腫瘍1件、うつ病1件、血尿1件)、ワルファリン継続群8例*(胃腸障害1件、心房内血栓1件、血腫1件、抹消動脈閉塞1件、鉄欠乏性貧血1件、転倒1件、INRの変動1件、単関節炎1件、浮動性めまい1件)でした 。死亡例は報告されませんでした。
安全性
全ての有害事象の発現率は、プラザキサ継続群225例(66.6%)、ワルファリン継続群242例(71.6%)でした。重篤な有害事象は、プラザキサ継続群63例、ワルファリン群75例に認められました。主な重篤な有害事象は、心房粗動(プラザキサ継続群20例、ワルファリン継続群19例)、心房細動(プラザキサ継続群6例、ワルファリン継続群13例)、心タンポナーデ(プラザキサ継続群1例、ワルファリン継続群4例)等でした。投与中止に至った有害事象は、プラザキサ継続群19例(胃腸障害8件、心房内血栓2件、心房粗動1件、冠動脈疾患1件、上室性頻拍1件、異所性甲状腺1件、結膜出血1件、下気道感染症1件、良性、悪性および詳細不明の腫瘍1件、うつ病1件、血尿1件)、ワルファリン継続群8例*(胃腸障害1件、心房内血栓1件、血腫1件、抹消動脈閉塞1件、鉄欠乏性貧血1件、転倒1件、INRの変動1件、単関節炎1件、浮動性めまい1件)でした 。死亡例は報告されませんでした。
*重症例あり
Calkins H, et al. N Engl J Med. 2017;376(17):1627-1636.
本研究はベーリンガーインゲルハイム社の支援により実施しました
社内資料
デンマークにおける低用量DOACの有効性と安全性の検討
続いてこちらは、デンマークにおける低用量DOACの検討です。本試験は、実臨床でプラザキサ、リバーロキサバン、アピキサバン、ワルファリンのいずれかを投与された非弁膜症性心房細動患者を対象に実施されました。
![デンマークにおける低用量DOACの有効性と安全性の検討01](/jp/sites/default/files/inline-images/slide17_1.jpg)
その結果、虚血性脳卒中/全身性塞栓症については、プラザキサのワルファリンに対するハザード比(95% CI)は0.89(0.77-1.03)でした。また、すべての出血については、0.80(0.70-0.92)でした。
![デンマークにおける低用量DOACの有効性と安全性の検討02](/jp/sites/default/files/inline-images/slide18_1.jpg)
本結果を解釈するうえでの重要な限界ですが、本研究は観察研究であり、測定されていない因子による交絡の影響を受ける可能性、クレアチニンクリアランスに関するデータが欠如しており、腎障害患者の割合を過少評価している可能性、診断とイベントに関する誤分類の可能性が記載されています。
なお、論文中に有害事象に関する記載はありませんでした。
本結果を解釈するうえでの重要な限界
- 観察研究であり、測定されていない因子による交絡の影響を受ける可能性
- クレアチニンクリアランスに関するデータが欠如しており、腎障害患者の割合を 過小評価している可能性
- 診断とイベントに関する誤分類の可能性
Nielsen PB, et al. BMJ 2017;356:j510
頭蓋内出血の止血における抗凝固薬の影響
頭蓋内の出血について考えるうえでは、頭蓋内の凝固線溶動態に注目する必要があります。頭蓋内の凝固線溶動態は、他の部位と異なる点が3つあります。1つ目は組織因子の発現が多く凝固開始期が増強されること、2つ目はトロンボモジュリンの発現が少なく凝固亢進と線溶活性増加が生じること、3つ目はアネキシンⅡの発現が多く、線溶活性の亢進が生じることです。つまり、頭蓋内では凝固と線溶の亢進が生じていて、頭蓋内出血が起こるとすぐに止血をして、できた血栓を溶かそうとするということがいえます。
![頭蓋内出血の止血における抗凝固薬の影響01](/jp/sites/default/files/inline-images/slide20.jpg)
脳において微小出血が生じた場合、豊富に存在する組織因子が血管破綻部位でFⅦと結合すると、外因系凝固カスケードが開始されます。そのため抗凝固薬の内服下では、その抗凝固薬のFⅦに対する作用の違いによって、この止血のながれに対する影響が異なる可能性が考えられます。
以上、侵襲的処置時の止血反応の開始はFⅦ-aseに影響され、頭蓋内出血に対する止血反応は活性化FⅦに影響されることをご紹介しました。
![頭蓋内出血の止血における抗凝固薬の影響02](/jp/sites/default/files/inline-images/slide21.jpg)
まとめ
- RE-LY試験では、プラザキサのワルファリンに対する有効性・安全性が検討されている
- プラザキサに対する特異的中和剤の存在は、脳卒中を生じた場合の急性期対応における利点となり得る
- 凝固反応の開始に重要なFⅦへの活性化に、直接トロンビン阻害剤が与える影響は比較的少ないことが推察される
- 抗凝固薬のFⅦへの作用の違いは、頭蓋内出血に対する止血反応の違いの背景となっている可能性がある