抗血栓薬内服中の頭部外傷のキーワードは“Talk&Deteriorate”

サイトへ公開: 2022年11月25日 (金)
矢坂 正弘 先生

医療法人 光川会 福岡脳神経外科病院 副院長 / 脳血管内科部長
矢坂 正弘 先生
2018年7月24日 福岡にて実施

Think FAST” campaignでは、転倒・転落による高齢者頭部外傷、特に抗血栓薬内服者における危険性および適切な対応について、医療関係者ならびに一般市民に対して啓発活動を行っています。

主催:“Think FAST” campaign 実行委員会
後援:日本脳神経外科学会、日本救急医学会、日本脳神経外傷学会、日本脳卒中学会、日本循環器学会、日本脳卒中協会

高齢者では頭部受傷後の転帰が不良になるケースが多い

当院における頭部外傷患者さんは、70~80歳台の高齢者が多く、その原因の大部分を転倒・転落が占めています。特に、脳卒中の既往がある患者さんでは麻痺などの後遺症により転倒・転落し、頭部を受傷されるケースが少なくありません。また、脳卒中の既往がない場合でも高齢者は、加齢によるバランス障害や筋力の低下、視力障害、立ちくらみ、認知症などにより、うまく歩行できなくなり転倒・転落するリスクが高まります。
 高齢者では脳神経外傷または頭部外傷を負った際に、一見軽症で最初は会話が可能なものの、経過の中で急速に意識障害が進行し転帰不良となる“Talk & Deteriorate”を発現しやすいと言われています。日本脳神経外傷学会の日本頭部外傷データバンク(2015~2017年の集計)の報告においても、重症頭部外傷患者さんの転帰良好率は全年齢層で30.3%、高齢者で14.6%、また、死亡率はそれぞれ35.8%、43.8%と、全年齢層に比べて高齢者で転帰が不良で、死亡率も高いことが示されており注意が必要です(図1)。

高齢者では頭部受傷後の転帰が不良になるケースが多い

抗血栓薬内服中の頭部外傷例では“Talk & Deteriorate”の発現率が高い

高齢者で頭部受傷後に転帰不良になりやすい原因の1つとして抗血栓薬の内服が考えられます。日本頭部外傷データバンクの報告をみると、重症頭部外傷患者さんのうち、“Talk & Deteriorate”の発現率は、抗血栓薬を内服していない患者さんでは17.8%であったのに対し、抗血小板薬、抗凝固薬、および両者を内服している患者さんでは、それぞれ31%、27.7%、33.3%と、より高率であったことが示されています(図2)。こうした知見から、特に抗血栓薬内服中の高齢患者さんが頭部を受傷した場合は、転帰不良となるリスクが高いため、受傷後速やかに病院を受診していただくことが重要です。患者さんに、どの程度頭部を受傷したら受診を勧めるべきかの判断は難しいですが、頭部受傷後に「短時間であっても意識を消失していた」、「吐き気がした」、「ボーッとしていた」など普段と違う徴候が少しでもみられるような場合には、速やかに専門医を受診していただくよう指導するとよいと思います。

抗血栓薬内服中の頭部外傷例では“Talk & Deteriorate”の発現率が高い

“Talk & Deteriorate”のリスクを考慮した迅速な対応が重要

頭部外傷患者さんでは、“Talk & Deteriorate”のリスクを考慮して受傷後できるだけ早いうちにCT検査などの画像診断を行い、出血の有無を確認することが大切です。そして、神経症状がなく軽症であったとしても、CT 画像で出血が認められた場合は、“Talk & Deteriorate”を発現する可能性があるため、少なくとも24時間は入院下での厳格な経過観察が必要です。また、プラザキサなどの中和剤を有する抗血栓薬を内服中の頭部外傷患者さんでCT画像により頭蓋内出血が認められた場合は、血腫や出血の増大の有無を予見することは困難であるため、中和剤の投与を直ちに検討します。その際、中和剤投与後は血栓塞栓症の発症を予防するため、適切なタイミングで抗血栓薬内服の再開を検討することも重要です。

お薬手帳や薬剤名などが記載されたカード・シールを持ち歩くよう指導

このように、頭部外傷患者さんでは、“Talk & Deteriorate”による重症化を防ぐため迅速な対応が求められます。そのためには、救急搬送時に患者さんが内服している薬剤などの情報を医師が速やかに収集できる環境づくりが重要であり、特に抗血栓薬を内服中の場合は、患者さんご自身に加え、ご家族にもその薬剤名および中和剤の有無を知っておいていただくことは有効です。現在内服している薬剤名が記載されているカードやシールを、日ごろ患者さんが持ち歩く機会の多いお財布などに入れていただいたり、携帯電話に貼付したりするよう指導いただくことも大切です。また、高齢の患者さんでは、医師から薬剤の説明を受けても忘れてしまうことが少なくないため、ご家族や介護ヘルパーの方など日常的にサポートしている方に抗血栓薬服用時の注意点を共有しておくことも万一の際の速やかな対応につながります。
 高齢者の頭部外傷が増加している中、特に抗血栓薬内服中の頭部外傷における危険性と適切な対応について、“Think FAST” campaign を通じて、患者さんと医師双方に広く認知されることを期待しています。
特に、抗血栓薬を処方する機会の多い循環器内科などの先生方には、頭部を受傷した場合のリスクやその後の対応について、日常診療で患者さんとそのご家族にご指導いただければ幸いです。

Think FAST” campaign 実行委員長からのコメント

鈴木 倫保 先生
国立大学法人 山口大学 名誉教授
医療法人社団綾和会 間中病院

転倒・転落による頭部外傷患者さんに占める高齢者※の割合が増加しています。特に抗血栓薬内服中の高齢者が頭部を受傷した場合、一見軽症で最初は会話が可能なものの、経過中に急速に意識障害が進行する“Talk & Deteriorate”と呼ばれる病態を発現する割合が多いことが日本頭部外傷データバンクから報告され、問題となっています。そのため、医療界および一般市民に対して高齢者頭部外傷の危険性およびその対応を啓発すべく“Think FAST” campaign を行っています。

※:65歳以上

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