山形高畠研究からみえる日本人COPD診療の課題と今後

サイトへ公開: 2023年11月02日 (木)

フロンティアインタビュー 最前線から伝える質の高いCOPD治療実現のためのTips Case07 山形高畠研究 第1回

図1

このコンテンツでは、日頃、多くのCOPD患者さんを診られる専門医の先生に、限られた診療時間の中でより質の高いCOPD治療を実現するためのTipsを伺います。今回から2回にわたり、地域特性を生かした疫学研究 山形高畠研究を含む山形大学の取り組みをご紹介します。今回のテーマは「山形高畠研究からみえる日本人COPD診療の課題と今後 ―クリニカルイナーシャの存在―」です。ぜひご覧ください。

【まとめ】
・COPDでは診断・治療介入におけるクリニカルイナーシャを解消することが重要
・未診断患者を拾い上げるためには、日常診療でCOPDを想起する
・COPDが疑われたら、患者さんの呼吸機能を見据え早期診断・治療を行う
・COPD治療では全身の併存症まで考慮して介入し、吸入療法は吸入療法薬剤師と連携する
・スピオルト®は、未治療の日本人COPD患者の身体活動性への影響を強度別に検討されている

「山形高畠研究」は、文部科学省の21世紀COEプログラム/グローバルCOEプログラムの一環として開始した、一般住民を対象とした疫学研究です。山形大学が高畠町と共同し、大規模な検診活動の展開および疫学研究が行われてきました。
その中のCOPDに関する研究では、40歳以上の男女3,520例を登録し、毎年の健康診断においてスパイロメトリーを実施し、住民の呼吸機能の状態や変化を長期的に観察・解析することで、さまざまな研究成果を上げています1
今回は、山形高畠研究を通して見えた日本人COPD診療の課題、およびそれを解消するための日常診療のTipsを伺いました。

インタビュー:2023年6月20日(火)山形大学で実施

お話を伺った先生
山形大学医学部付附属病院 第一内科 病院教授 井上 純人先生

山形高畠研究から見るCOPD

まず、山形高畠研究を通して見えた日本人COPD診療における課題について伺いました。

COPDは未診断患者が多く存在する

2004年~2006年に実施した山形高畠研究では、40歳以上の10.6%が気流閉塞※を有することが明らかになりました。これは、2004年に報告された大規模なCOPD疫学調査 NICE study2における気流閉塞の有症率(10.9%)とほぼ等しい結果でした。
NICE studyの成績で注目すべき点は、日本人の40歳以上のCOPD患者数は約530万人であると推定されたものの、すでに診断されていたのは9.4%に過ぎず、多くの未診断患者の存在が示唆されたことです。
そして、厚生労働省の調査によると、COPDと診断された患者数は2004年前後から近年まで約20万人で推移しており、現時点においても未診断患者の問題はなかなか解決されていません。
※気管支拡張薬不使用でFEV1/FVC0.7未満

図2COPD患者数

COPD患者さんの呼吸機能を見据え、早期診断・治療が重要

COPDの呼吸機能は、中等症で急速に低下する傾向があることが報告されており3、COPD治療薬の臨床試験は中等症以上の患者を対象としたものが多くあります。
一方、我々の山形高畠研究4では、喫煙者の呼吸機能の経年変化を重症度別に調査し、軽度低下例において1年間の呼吸機能低下が最も顕著であったことを報告しました。この結果から、COPDを早期発見・診断し、治療を開始することの重要性が示唆されました。

COPDは呼吸器の疾患だが、全身性の疾患でもあると認識することが重要

山形高畠研究では、男性喫煙者において、血清鉄値が低い人ほど、呼吸機能が低下していたことを認めました5
『COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン2022第6版』では、COPDの併存症として貧血を含めさまざまなものが挙げられています6。これらの存在は、COPDの増悪、身体活動性等に悪影響を及ぼす可能性があることが報告されています7。そのため、COPDは肺固有の疾患であると同時に全身性の疾患でもあると認識し、管理していくことが重要です。

図4

続いて、COPDのクリニカルイナーシャについて伺いました。

COPDのクリニカルイナーシャ

COPDには“クリニカルイナーシャ”が存在する

COPDにはさまざまな“クリニカルイナーシャ(臨床的惰性)”が存在することが報告されています8。私は、山形高畠研究を通して、特に診断および治療介入におけるイナーシャを解消することが重要だと考えています。
未診断患者が多く潜在するというイナーシャの要因として、たとえば次のことが考えられます。

図5

<医師側の要因>
・日常診療でCOPDを想起していない
・呼吸機能検査の実施が不足している
<患者側の要因>
・風邪の延長だと思いこむ
・自分がCOPDという病気であると思いたくない
<医療システム側の要因>
・地域の医療機関との病診連携が難しい

また、治療介入におけるイナーシャの要因として、たとえば次のことが考えられます。

<医師側の要因>
・症状を拾い上げずに治療介入を行わない
・吸入指導が不足している
<患者側の要因>
・吸入指導の不足により誤った吸入操作を行い、期待される治療効果が得られない
<医療システム側の要因>
・薬局との医薬連携が難しく、服薬指導が行われない

続いて、診断・治療介入におけるCOPDクリニカルイナーシャを解消するための、日常診療のTipsを伺いました。

日常診療のTips

未診断患者を拾い上げるためには、日常診療でCOPDを想起することが大切

多くの未診断患者を拾い上げるには、一般の方々の疾患認知度を向上させ、非専門医の先生にも日常診療でCOPDを想起していただくことが重要であると考えます。次のような患者さんが受診されたら、ぜひCOPDの可能性を考えていただきたいと思います。
・40歳以上
・風邪が長引く
・喫煙経験がある(現在だけではなく過去も含めて)
・咳がひどい
・息切れがある

図6

COPDを疑ったら、早期診断・治療を行う

COPD診断のハードルのひとつは、呼吸機能検査にあると考えています。さらに現在は、新型コロナウイルス感染症の影響により、検査を実施しにくい状況です。
『COVID-19流行期日常診療における慢性閉塞性肺疾患(COPD)の作業診断と管理手順』9では、呼吸機能検査なしに、画像検査・血液検査、質問票を用いた診断手順が示されています。この手順を多くの先生方に利用していただき、COPD診断をより身近に感じていただきたいと考えています。
そして、治療を開始する際に重要だと考えているのが、患者さんが症状を客観視することです。CAT等の質問票を用いて問診すると、自覚症状に乏しい患者さんでも、実は症状があると分かる場合があります。症状の存在を認識していただくことで、治療を開始するきっかけになります。

図7

COPD治療では、全身の併存症まで考慮して介入し、薬剤師と連携する

長期間に及ぶCOPD治療では、思うような治療効果が得られないなど、うまくいかないときもあると思います。そのようなときには、一度目線を変えて、原因として併存症が関連している可能性をぜひ考えていただきたいと思います。
また、吸入療法を行う際は、薬剤師の方々と連携することが重要だと考えています。

最後に、COPDの治療目標として重視されていることを伺いました。

COPDの治療目標

COPD患者さんが“元気に長生きする”ことを目標とする

COPD治療において、私は患者さんが元気に長生きすることを目指すのが重要であると考えています。
COPD死亡者の半分以上は80代であり10、日本人COPD患者は高齢で、長寿も可能であることがうかがえます。そこで重要なのが、健康寿命の延長です11
COPDはサルコペニアとの関連が示唆されており、サルコペニアによる筋力や身体活動性の低下によって、要介護になるおそれがあります12
「寝たきり」は患者さんの多くがおそれていることでもあります。そのため、私は患者さんに対し、呼吸機能ももちろん大事ですが、なによりも元気に長生きするために治療が必要であること、そして身体活動性を向上・維持することが重要であることを必ずお伝えしています。

スピオルト®データ

未治療の日本人COPD患者における呼吸機能および身体活動性について検討されているスピオルト®

SCOPE®試験は未治療の日本人COPD患者を対象としたスピオルト®の臨床試験のひとつです。本試験では、未治療の日本人COPD患者にスピオルト®またはスピリーバ®のいずれかを1日1回12週間吸入投与し、呼吸機能と身体活動性の観点からスピオルト®の有効性を評価しました。

図8


主要評価項目である12週間後のFEV1のベースラインからの変化量は、スピオルト®群242.8mL、スピリーバ®群104.1mLであり、スピオルト®群で有意な改善が検証されました。

図9

また、息切れの指標であるTDIスコアは、12週間後においてスピオルト®群2.4、スピリーバ®群1.5であり、スピオルト®群で有意な改善を示しました。

図10

12週間後の身体活動性のベースラインからの変化量を、強度別に検討した結果はご覧のとおりです。
近年、COPDの身体活動性の中のセデンタリー行動(臥位や座位などの静的な行動)が注目されています。本試験において、セデンタリー行動に相当する1.0~1.5METsの1日における変化量は、スピリーバ®群-4.6分に対し、スピオルト®群-38.7分であり、平均群間差は34.1分でした。
一方、料理や洗濯13等に相当する2.0METs以上の変化量、および、ラジオ体操や散歩13等に相当する3.0METs以上の変化量の平均群間差は、それぞれ2.5分、2.7分でした。

図11

有害事象はスピリーバ®群37例中9例(24.3%)、スピオルト®群37例中11例(29.7%)に発現しました。主なものは上気道感染2例(5.4%)、1例(2.7%)、咳嗽2例(5.4%)、4例(10.8%)などでした。治療薬による有害事象は4例(10.8%)、3例(8.1%)に発現しました。
なお、本試験において、重篤な有害事象は両群ともに認められず、投与中止例および死亡例については論文中に記載がありませんでした。

図12

次回は、井上先生よりCOPDクリニカルイナーシャの要因のひとつとなりうる、吸入指導を中心に、山形大学における取り組みをご紹介いただきます。

【引用】

  1. Shibata Y,et al.Respir Investig. 2019;57(3):220-226.
  2. Fukuchi Y, et al. Respirology. 2004;9:458-65.
  3. Tantucci C et al.: Int J Chron Obstruct Pulmon Dis 2012;7:95-99.
  4. Sato K,et al.Respir Investig. 2018;56(2):120-127.
  5. Shibata Y,et al.PLoS One. 2013; 8(9): e74020.
  6. 日本呼吸器学会COPDガイドライン第6版作成委員会 編: COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン2022第6版. 2022, p.35.
  7. Sievi NA, et al. Respirology. 2015;20:413-8.
  8. Cooke CE,et al.COPD. 2012;9(1):73-80.
  9. 日本呼吸器学会 :COVID-19流行期日常診療における慢性閉塞性肺疾患(COPD)の作業診断と管理手順https://www.jrs.or.jp/covid19/assemblies/old/20210108191206.html(2023年7月閲覧)
  10. 日本呼吸器学会COPDガイドライン第6版作成委員会 編: COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン2022第6版. 2022, p.14.
  11. 日本呼吸器学会COPDガイドライン第6版作成委員会 編: COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン2022第6版. 2022, p.92.
  12. 日本呼吸器学会COPDガイドライン第6版作成委員会 編: COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン2022第6版. 2022, p.35.
  13. 厚生労働省:健康づくりのための身体活動基準
    2013. https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002xple.html(2023年7月閲覧)
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