「木洩れ陽2032」によるCOPD死亡率減少への取り組み

サイトへ公開: 2024年01月30日 (火)

COPDの早期発見・治療介入、吸入療法による健康寿命の延伸には、患者さんと密に接し、日々の様子を目にしているプライマリケア医や調剤薬局の薬剤師の取り組みが期待されています。 
今回は、日本呼吸器学会によるCOPDの死亡率の減少を目指すプロジェクト「木洩れ陽2032」について奈良県立医科大学呼吸器内科学講座教授の室繁郎先生にお話をうかがいました。

開催年月日:2023年10月3日 開催地:DAIWA ROYAL HOTEL THE KASHIHARA(奈良県橿原市)

室 繁郎 先生 
奈良県立医科大学 
呼吸器内科学講座教授 
一般社団法人日本呼吸器学会 
閉塞性肺疾患学術部会

COPDに対する関心が木洩れ陽から燦々とした光に変わるように

― 日本呼吸器学会として取り組まれている「木洩れ陽2032」の概要と、策定に至った背景についてお聞かせください。

日本では、いわゆる生活習慣病が注目されるようになった1970年代から国による「国民健康づくり対策」が策定され、2000(平成12)年に改定された「第3次国民健康づくり」からは「健康日本21」と呼ばれるようになりました。2013年に改定された「健康日本21(第二次)」で、慢性閉塞性肺疾患(COPD)はがんや循環器疾患、糖尿病と並び、対策を必要とする主要な生活習慣病と位置付けられました。COPDについては、疾患認知度を上げることで早期発見・治療介入に結び付け、健康寿命の延伸や死亡数の減少に寄与することを期待し、「COPDの認知度の向上」を目標として、我々はこれまで情報発信などに取り組んできました。 
健康日本21(第二次)では「COPDの認知度向上8割」を目標として掲げましたが、2022年の調査ではCOPDの認知度は34.6%に留まり、目標は未達で終わりました。目標を達成できなかったことを反省しつつ、次期計画ではどのような目標を立て、達成のためにどのような取り組みが必要か、時間をかけて議論を重ねました。一方で、治療の発展・ガイドラインの整備などで、COPD自体の予後が改善しつつあることも指摘されています。そうして、引き続き認知度の向上を行うことに加え、「COPDの発症予防、早期発見・治療介入、重症化予防」など総合的に対策を講じていくことになりました。「健康日本21(第三次)」においては、COPDの死亡率減少が目標として掲げられました。そこで、日本呼吸器学会では、COPD対策を継続して推進し、COPDによる死亡率の減少を目指す新たなプロジェクトを策定しました。“日本呼吸器学会COPD死亡率減少プロジェクト:Project for COPD MOrtality REduction BY 2032”の頭文字を取って“ COMORE-By2032”とし、ここに日本語を当てて「木洩れ陽2032」という愛称をつけました。この活動を通じて、「早期受診の促進」「診断率の向上と適切な治療介入」の実行モデルを提唱し、COPDによる死亡率を減少させるため、自治体などさまざまなステークホルダーの活動をサポートしていくことを目標としています(https://www.jrs.or.jp/kenkou21/)。

― 「木洩れ陽2032」ではどのような具体的な数値目標を掲げているのでしょうか。

2021年度の統計で人口10万人当たり13.3人となっているCOPDの平均死亡率を、2032年に10.0人にまで減少させることを目指しています。目標達成には、呼吸器専門医はもちろん非専門医などを含む医療従事者の「COPDの発症予防、早期発見・治療介入、重症化予防」に関する正しい理解の促進に加え、未診断を含む患者さんに対して疾患の正しい理解を促進することが必要不可欠です。   
この目標は、日本呼吸器学会はもとより、都道府県や市町村など自治体、関係医療機関、医師会、薬剤師会、理学療法士協会など、多職種からなる医療従事者、関係企業も含めた多くの関係者の皆様のご協力が必要だと考えております。潜在的な患者を含めたCOPDの早期発見、受診勧奨、疾患啓発といった働き掛けなどの活動を継続して行うことで、達成できるものと考えます。   
日本呼吸器学会では、これら多数の関係者の皆様の活動の参考となる資料として、ホームページなどを通じて、COPDの早期診断や治療に関する情報、COPDの死亡率の速報値やCOPDの死亡率減少に向けた取り組みに関する情報、近くの呼吸器専門医の情報などを提供していきます。そして、木洩れ陽が降り注ぐように、これらの取り組みに光が当たり、注目してもらえることを期待しています。

― COPDの平均死亡率は自治体ごとに差があり、半分以下にしなければならない自治体もあります。

2021年度時点で10.0人を下回っている都道府県はごくわずかであり、倍以上となっている都道府県もあります。目標達成は決して簡単ではなく、自治体の積極的な取り組みが求められます。   
日本呼吸器学会ホームページに、2021年の人口10万人当たりのCOPD平均死亡率を都道府県別にまとめたグラフを掲載しています。ご自身の都道府県がどのあたりに位置しているかをぜひご確認いただきたいと思います。ただし、平均死亡率が高いからといって、何の対策もとられていないと言うことはできません。COPDは潜在的な患者が多く、早期発見が重要ですが、平均死亡率が高い都道府県にはCOPD対策に熱心な医師がおり、早期発見や治療に積極的に取り組んでいるため、COPDが死因となったことがわかった、ということもありえると思います。また一方で、COPDが死因だったにもかかわらず、死因としての考えに至らなかったために、見かけ上のCOPD死亡が少ないということもあるのではないかと考えます。   
COPDの認知度の向上という目標達成はまだ道半ばですが、早期発見・治療介入によって予後を良くすることができるというエビデンスも蓄積されてきており、健康寿命の延伸にもつながることが明白になっています。我々の情報発信だけでは平均死亡率の減少という目標を達成することはできませんので、数多くのステークホルダーにぜひ積極的に協力していただきたいと考えています。   
一方で、たとえば、循環器疾患については「心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法」に基づく「循環器病対策推進基本計画」が策定されるなど、活動を裏付ける施策がありますが、残念ながらCOPDを含む呼吸器領域に関してはこのような法律面でのサポートがありません。医療現場への働きかけと平行して、行政への情報発信も重要だと考えています。

― 未治療患者さんの早期発見のためには、どのようなことが必要であるとお考えでしょうか。

クリニックの先生方、つまり患者さんが日常的に接しているかかりつけ医の先生方のご協力が必要不可欠であると考えています。現在も喫煙していたり、過去に喫煙歴があったりする高齢患者さんだけでなく、40~50代の若年層でも喫煙歴があれば2割程度はCOPDの可能性を秘めていると思っています。   
そのような患者さんが受診された際、痰が絡みやすかったり、風邪を引きやすかったり、風邪を引いたらご家族などと比べて症状が強かったりしたら、COPDの可能性を疑っていただきたいのです。   
また、可能であれば肺機能検査を実施していただきたいと思います。患者さんにある程度の症状が見られ、呼吸機能検査を実施し、長時間作用型の薬剤などで効果が見られれば、COPDと診断をつけることができます。コロナ禍において飛沫が飛ぶ肺機能検査は難しいというご意見もいただいたことから、日本呼吸器学会では問診票のみによる診断手順も発表しています(https://www.jrs.or.jp/covid19/file/OLD_20210108_att.pdf)。スパイロメトリーが施行し難い状況におきましては、診断の参考になろうかと思います。   
繰り返しになりますが、我々が何よりも強く願うのは、クリニックの先生方にまずCOPDの可能性を疑っていただきたい、ということです。診断や治療に苦慮されるようでしたら、呼吸器専門医に紹介していただければと思います。我々呼吸器専門医の下に訪れる患者さんは、自分自身で息切れを強く意識するほど症状が進行し、重症化してしまっていることがほとんどですが、より軽症のうちに診断治療することが予後改善に重要と考えています。   
たとえば、風邪の患者さんを診られたとき、「コンコン」と咳き込むのではなく「ゼーゼー」となるのは気道狭窄音であり、COPDの可能性が強く疑われます。もし、自施設での診断が困難であれば、患者さんへの詳細な疾患の説明や検査は呼吸器専門医に任せていただき、なぜ呼吸器専門医を受診してもらいたいか、ということを説明していただければと思います。そして、それは日々の診療で患者さんから信頼を得ているかかりつけ医の先生でなければできないことだと考えております。

― クリニックの先生方のCOPDに対する感度についてどのようにお感じでしょうか。

医師個人の熱意に依るところが大きく、かなりの地域差があると感じています。薬剤師や理学療法士、栄養士など多職種とチームを組み、包括的なアプローチを行っている医師もいます。COPDは早期発見・治療介入によって症状の改善が期待でき、患者さんにも喜んでいただける疾患です。   
また、呼吸器専門医とかかりつけ医の連携とひとくちに言っても、さまざまな形があります。たとえば、都心部では大学病院や基幹病院などに多数の呼吸器専門医が在籍しておられると思います。一方、医療資源が潤沢とは言えない地方であれば、公立・公的な基幹病院が呼吸器専門の役割を担っておられると思います。さらに、開業医の先生おひとりが高い専門性を持って治療に取り組んでいる場合もあります。地域の医療資源に合わせたCOPD治療や連携のモデルを構築していただくことが重要です。   
COPD患者さんは高血圧症や糖尿病といった基礎疾患を持たれている方が多く、風邪やインフルエンザから肺炎まで至ってしまった患者さんなど、患者さんの普段の様子をよく診られているかかりつけ医の先生方に対する期待はとても大きいです。

― 医師以外の医療者との連携についてお聞かせください。

最も密に連携しているのは薬剤師の先生方で、吸入指導を中心としてさまざまな面で協力していただいています。COPD患者さんの主な治療は吸入薬であり、我々医師が処方した後の吸入デバイスの操作や吸入指導において、薬剤師の先生方が果たす役割は非常に大きいと思っています。   
また、その後の吸入指導を通し、薬剤師の先生方は我々よりも長い時間を患者さんと接するため、患者さんも薬剤師の先生方にさまざまな相談をする傾向にあります。患者さんにとって、医師に率直な意見をお話しされるのには少なからず心理的なハードルがあるのかもしれません。吸入デバイスの操作が難しかったり、吸入しづらかったり、吸入していても咳が出たり、我々医師には遠慮して言わないようなことも、薬剤師の先生方には話しているということも多くあります。   
薬剤師の先生方には、吸入指導をお願いするとともに、患者さんとのコミュニケーションの橋渡しも期待しています。我々も日々の診療の忙しさから、手が回らないことも多々あるため、薬剤師の先生方から気軽にフィードバックしてもらえるような良好な関係性を構築すべきだと思います。   
このほか、COPD患者さんには身体活動性も重要で、呼吸リハビリテーションなど、理学療法士の先生方に筋力トレーニングをお願いすることも多々あります。重症化してしまった患者さんには栄養指導も欠かせず、栄養士の先生方にも協力してもらわなければなりません。薬剤師や理学療法士、栄養士など、医師以外にもCOPD治療に熱心な先生が多くいらっしゃることを知っています。このような取り組みがさらに広がっていってほしいと願っています。

― 「木洩れ陽2032」に対し、どのような想いをお持ちでしょうか。

1人でも多くの患者さんの苦しみを改善し、健康寿命の延伸に繋がるプロジェクトにしていきたいと思っています。COPD患者さんの早期発見・治療介入が健康寿命の延伸にどれだけの効果を及ぼしたのか、目に見える形として数値に表すことは難しく、具体的な数値目標も掲げられていませんが、COPDの平均死亡率の減少には、要介護状態にならないこと、その前にフレイルに陥らないことが重要です。潜在患者さんを早く見つけ、治療を開始することが求められていることを、「木洩れ陽2032」の活動を通じて発信していきたいと思います。   
今後『COPD死亡率減少に向けた5か年計画』等を策定し、COPD死亡率減少に向けた実行モデルや、診断率の向上と適切な治療介入について取りまとめていく予定です。自治体にとって、がんや循環器疾患、糖尿病への対策に重点が置かれており、COPDに対する関心度はまだまだ低い状況ですので、「木洩れ陽2032」は、このような状況を打破することを目指しています。   
COPDの認知度の向上、発症予防、早期発見・治療介入、重症化予防の取り組みについて、いまはまだ木洩れ陽が当たっているとも言えない状況であると感じています。しかし、「木洩れ陽2032」を推進することによって、COPDに関する取り組みが脚光を浴び、燦々と光が降り注ぐほどの領域になることを願っています。

|COPD診療サポート資材のご案内

COPD患者さんやスピオルト®レスピマット®吸入患者さんのために各種充実したサポート資材をご提供しています。

|お勧め指導箋のご紹介-「吸入ダイアリー」

[ 資材コード: 015303]   
吸入ダイアリーが改訂されました。   
1日の歩数や息切れの有無など日々の行動・感じたことを記録し、自分の状態の変化を把握することは、患者さんにとって重要です。   
また、医療者にとっても、患者さんに最善の治療を提供するための大切な情報源になります。患者さんにお渡しいただき、吸入指導や患者さんとのコミュニケーションにお役立てください。

Point

改訂版では、症状が改善したらやってみたいことなど、目標を記入する欄を新たに設けました。  
「散歩できるようになりたい」「旅行したい」といった具体的な目標を書き出すことは、患者さんにとって前向きに治療を続けていく「やる気」につながります。病気だから…と諦めることなく、やりたいことを記入してみるよう、勧めてみてください。

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