シリーズ「糖尿病診療10年の変遷 -血糖管理指標の変遷-」

サイトへ公開: 2021年04月01日 (木)

血糖管理指標の変遷

シリーズ「糖尿病診療10年の変遷 -血糖管理指標の変遷-」西村 理明 先生

監修 西村 理明 先生(東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科 主任教授)

過去10年間の糖尿病治療の変遷を各領域のエキスパートにご解説いただく連載企画「糖尿病診療 10年の変遷」。今回は血糖管理指標にフォーカスし、東京慈恵会医科大学の西村理明先生に、この10年間における重要なトピック、および血糖変動を考慮した治療選択についてご解説いただきました。

血糖管理指標のここ10年のトピック

この10年の血糖管理指標のトピックとして、まずは2012年4月のHbA1c国際標準化が挙げられます。HbA1cは血糖管理指標としてのみならず、2010年度の糖尿病の診断基準の改訂以降、診断基準としても広く活用されている指標です。しかし2010年当時、日本で用いられていたHbA1cはJapan Diabetes Society(JDS)値であり、国際的に広く採用されているNational Glycohemoglobin Standardization Program(NGSP)値とは約0.4%の差異がありました。この差異により臨床データの国際的な比較や日本から世界に向けた情報発信に支障をきたす可能性がありました。そのため、日本糖尿病学会は2010年7月より英文誌や国際学会における発表ではNGSP値に相当する値で表示することを基本方針とし、その後、日常臨床においても2012年4月1日よりNGSP値を用いる方針を発表しました1)。臨床上のシステム変更や健診データの書き換えなど大変な面もありましたが、現在日本から様々なデータを世界に向けて発信できているのは、この国際標準化があったからこそといえるでしょう。

2つめのトピックは、2013年に熊本で開催された第56回日本糖尿病学会学術集会において、合併症予防のためのHbA1c管理目標を7%未満とする「熊本宣言2013」が発表されたことを挙げたいと思います。この数値は日本人2型糖尿病患者を対象とした熊本スタディにおいて、過去1〜2ヵ月のHbA1cが6.9%未満であれば細小血管合併症の出現する可能性が低いと報告されたこと、および諸外国におけるより大規模な臨床研究に基づいています2,3)。「糖尿病治療ガイド2012-2013」では併せて血糖正常化を目指す際の目標値を6.0%未満、治療強化が困難な際の目標値を8.0%未満とする、血糖管理目標が掲載されました。この目標値は最新の糖尿病治療ガイドでも引き続き掲載されており、重要なマイルストーンの1つであったと思います。

3つめのトピックは、2016年5月に日本糖尿病学会と日本老年医学会の合同委員会から高齢者糖尿病の血糖管理目標値が発表されたことが挙げられます。超高齢社会を迎え、高齢者糖尿病も増加の一途を辿っていますが、高齢者は心身機能の個人差や、重症低血糖のリスクが大きいこともあり、それまで血糖管理目標の設定が困難でした。発表された目標値は、患者さんの特徴・健康状態により3つのカテゴリーに分類するとともに、重症低血糖リスクにより下限値を設けるなど細かな配慮がなされていることが特徴といえます4)。高齢者糖尿病に対して、このような目標値が設定されたことは臨床現場で高齢者により安全な医療を提供するために極めて意義のあることであったと思います。

“血糖トレンド”が重要視される時代に

近年ではHbA1cに加え日々の血糖変動の把握、いわゆる“血糖トレンド”が重要視つつあります。背景として、2008年に早期中止となったACCORD試験において、HbA1cを厳格に下げても心血管疾患の発症は抑制できず、かえって死亡率を高めるという結果が示されたことがあります5)。この原因として注目されたのが血糖変動と低血糖です。同じHbA1c値でも血糖値に大きな変動のない“質の良いHbA1c”と、低血糖や高血糖を生じる変動幅の大きな“質の悪いHbA1c”があります。その判断の目安として、2019年6月に開催された米国糖尿病学会(ADA)学術集会において“血糖管理目標に関する国際的なコンセンサス”として発表されたのがtime in range(TIR)という新たな血糖管理指標です6)。TIRは、24時間の血糖値の経時的変化のなかで、70~180mg/dLの治療域(target range)の範囲内にある測定回数あるいは時間が占める割合と定義されます。そして1型、2型糖尿病においてはTIRが70%以上、高血糖域(time above range;TAR)を25%未満、低血糖域(time below range;TBR)を5%未満に抑えることを目標とします。この目標は、TIRが70%を超えるとHbA1c7.0%未満を達成できる可能性があるとの報告に基づいています7,8)

このTIRの算出に欠かせないのが持続血糖モニター(continuous glucose monitoring;CGM)等の間質液中のグルコース値を測定する機器であり、これにより血糖変動を点ではなく線で捉えることが可能となります。糖尿病は、一般的にHbA1c、空腹時血糖値、75gOGTT(75g経口ブドウ糖負荷試験)の数値によって診断されますが、それらの診断基準を満たさない場合でも、CGMによって血糖変動を評価すると、実際には糖尿病と診断される血糖レベルにまで及ぶ血糖スパイクを認めることがあります。米国における健常者57人のCGMデータの解析では、ADAガイドラインの診断基準で「非糖尿病」となる対象のうち、24%の症例が血糖変動の大きいパターンを示しており、「前糖尿病」「糖尿病」と定義するレベルにまで血糖値が上昇していた時間の割合をみると、それぞれ最大で15%と2%を占める症例が存在していたことが報告されています(図1)9)

前糖尿病と定義されるレベル

血糖変動(食後高血糖)を考慮した治療選択の重要性

上述した血糖管理目標に関する国際的なコンセンサスにおいてTAR 25%未満も目標とされたように、動脈硬化性疾患などの合併症のリスクを考えた場合、食後高血糖の管理が重要となります。5つの前向き試験に参加した日本人およびアジア系インド人約6,800人について、血糖値と心血管死との関係を解析したDECODA試験では、心血管死のハザード比は空腹時血糖値の分類とは関連がみられなかったのに対し、75gOGTT2時間値の分類とは有意な相関を認めたことが報告されています(図2)10)。OGTT2 時間値を食後血糖値と考えると、血糖変動は心血管死のリスクと関連していると考えられます。

現在、2型糖尿病の治療薬として最も多く処方されているDPP-4阻害薬は、血糖依存性にインスリン分泌を促進させて食後の血糖上昇を抑えるとともに、グルカゴン分泌を抑制することで夜間の血糖値を下げて血糖変動幅を小さくするという特徴があります。慢性腎臓病(CKD)を有する2型糖尿病患者14例〔食事療法および運動療法を実施し、HbA1c<9%、GFR<60mL/min/1.73㎡(GFRカテゴリーG3a-G5)〕を対象に、CGMを用いてDPP-4阻害薬のトラゼンタ®とテネリグリプチンの平均血糖変動幅を評価した検証試験において、トラゼンタ®は治療前に比べ平均血糖変動幅を有意に減少することが検証されました(p<0.01[vs 治療前、Wilcoxon test])(図3)11)

血糖値と心血管死の関係

 

CKDを伴う2型糖尿病患者に対するトラゼンタとテネリグリプチンの血糖降下作用の評価

可能な限り患者さん一人ひとりの血糖変動の把握を

血糖管理指標の変遷、その新しい指標として注目されるTIR、そしてCGMを用いた血糖変動の把握の有用性を解説しました。2022年4月に一部保険拡大されましたが、CGM使用は限定された保険適応しかありません。しかし、来院時間を調整して採血のタイミングをずらし食後血糖値を測定するなど、可能な限り患者さんの血糖変動を把握する工夫をしていただければと思います。合併症予防のためには、食後高血糖や低血糖をできる限り減らすことを念頭に置いた診療が不可欠です。患者さん一人ひとりの血糖変動を把握し、血糖変動パターンに合った治療選択を行っていただきたいと思います。

References

1) 清野 裕, 南條輝志男, 田嶼尚子, ほか. 糖尿病の分類と診断基準に関する委員会報告(国際標準化対応版). 糖尿病. 2012; 55: 485-504.

2) Ohkubo Y, Kishikawa H, Araki E, et al. Intensive insulin therapy prevents the progression of diabetic microvascular complications in Japanese patients with non-insulin-dependent diabetes mellitus: a randomized prospective 6-year study. Diabetes Res Clin Pract. 1995; 28: 103-117.

3) Nathan DM, Buse JB, Davidson MB, et al. Medical management of hyperglycemia in type 2 diabetes: a consensus algorithm for the initiation and adjustment of therapy: a consensus statement of the American Diabetes Association and the European Association for the Study of Diabetes. Diabetes Care. 2009; 32: 193-203.

4) 日本老年医学会・日本糖尿病学会 編・著. 高齢者糖尿病診療ガイドライン2017. 東京 : 南江堂 ; 2017.

5) Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes Study Group, Gerstein HC, Miller ME, et al. Effects of intensive glucose lowering in type 2 diabetes. N Engl J Med. 2008; 358: 2545-59.

6) Battelino T, Danne T, Bergenstal RM, et al. Clinical Targets for Continuous Glucose Monitoring Data Interpretation: Recommendations From the International Consensus on Time in Range.Diabetes Care. 2019; 42: 1593-1603.

7) Beck RW, Bergenstal RM, Cheng P, et al. The relationships between time in range, hyperglycemia metrics, and HbA1c. J Diabetes Sci Technol. 2019; 13: 614-626.

8) Vigersky RA,McMahon C. The relationship of hemoglobin A1C to time-in-range in patients with diabetes. Diabetes Technol Ther 2019; 21: 81-85.

9) Hall H, Perelman D, Breschi A, et al. Glucotypes reveal new patterns of glucose dysregulation. PLoS Biol. 2018; 16: e2005143.

10) Nakagami T; DECODA Study Group. Hyperglycaemia and mortality from all causes and from cardiovascular disease in five populations of Asian origin. Diabetologia. 2004; 47: 385-394.

11) Tanaka K, Okada Y, Mori H, et al. Efficacy of linagliptin and teneligliptin for glycemic control in type 2 diabetic patients with chronic kidney disease: assessment by continuous glucose monitoring; a pilot study. Diabetol Int. 2016; 7: 368-374.

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