スティグマが社会活動や治療に及ぼす影響

サイトへ公開: 2021年12月16日 (木)

(2021年8月31日、Web開催)

第2回 座談会「スティグマの観点から医療従事者の『言葉』の重要性を考える」

石井 均 先生X田中 永昭 先生X平山 大徹 先生X和田 幹子 先生

ご出席者(左から):
石井 均 先生(奈良県立医科大学 医師・患者関係学講座 教授)ファシリテーター
田中 永昭 先生(関西電力病院 糖尿病・内分泌代謝センター 部長、糖尿病専門医)
平山 大徹 先生(H.E.Cサイエンスクリニック、薬剤師)
和田 幹子 先生(神奈川県立保健福祉大学 実践教育センター、看護師)

近年、糖尿病にまつわるスティグマが世界的なトピックとなっており、スティグマの克服に向けたさまざまなアドボカシー活動が行われています。糖尿病にまつわるスティグマにより患者さんの治療継続や血糖マネジメントに対する意欲を萎縮させることのないよう、医療従事者と患者さんのコミュニケーションがより重要になっていると考えられます。そこで、「スティグマの観点から医療従事者の『言葉』の重要性を考える」をテーマに、長年にわたり、糖尿病治療における医療従事者-患者間の人間関係の重要性を説いてこられた石井 均 先生をファシリテーターにお迎えし、座談会を開催しました。糖尿病診療に携わる医師、看護師、薬剤師の先生方が語った医療従事者の言葉の重さとはーー。
座談会の模様を全5回にわたって紹介します。

第1回:「糖尿病におけるスティグマとは」
第2回:「スティグマが社会活動や治療に及ぼす影響」
第3回:「誤ったイメージがスティグマを生む」
第4回:「国内外のアドボカシー活動の現状と課題」
第5回:「診察時の会話 ケーススタディ」

スティグマが患者さんの社会活動に与える影響

石井 糖尿病のスティグマは、患者さんの社会活動にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。平山先生、ご自身のご経験をお話しいただけますか。

平山 社会活動としてまずは仕事に関することが挙げられます。職業については、パイロットや自衛隊など向かない職業はあると思いますが、就職に関する制限はないといわれています。公務員になることや、私のように国家資格をとることもできます。ただし現実的には、医療費が払える程度の収入のある仕事に就く必要がありますし、受診の際に有給休暇が取得できるかということも重要になってきます。

石井 ありがとうございます。和田先生は、若年発症の患者会である「ヤングの会」などにも参加されていますが、職業選択にスティグマが関係していると感じられたことはありますか。

和田 数年前に1型糖尿病ヤングの会で就職活動中の大学生から「採用試験で病気があることを牛乳の賞味期限に例えられた」という話を聞きました。面接官に「あなただったら、古い牛乳と新しい牛乳のどちらを選ぶ? 病気があるということはそれと同じことよ」と言われたということを聞き、ヤングの会に参加していた方々と一緒に憤慨した覚えがあります。

こうした明らかな言及がなくても、「採用試験に落ちたのは履歴書に糖尿病と書いたことが原因だったのではないかと思ってしまう」と話していた大学生もいました。そのような思いを抱えている人は多いのではないかと思います。

石井 牛乳の話は明らかなハラスメントであり許しがたい話ですが、それも糖尿病に対する誤ったイメージに患者さんたちが巻き込まれてしまっている、いわば余分な荷物を持たされているということですよね。

和田 本当にその通りだと思います。私が病院で勤務をしていたときには、「職場に知られたくないので、自費で診察してください」とおっしゃる患者さんが複数人おられました。スティグマがあることで、社会生活と療養行動の両立が大変になってしまうという現状があります。

スティグマは血糖マネジメントに影響するか

石井 糖尿病のスティグマが、血糖マネジメントに影響を与えるのかも気になるところですが、田中先生、どのようにお考えですか。

田中 当院で独自のスティグマ測定尺度を開発し、糖尿病患者さんのスティグマのスコアに対する重回帰分析を行ったところ、若年であること、女性、長い罹病期間、抑うつ状態、精神的なQOLの低さ、インスリン療法がスティグマに関連する因子として抽出されました。HbA1cには相関がみられませんでした1)

海外の研究では、スティグマの経験が血糖マネジメントの悪化に影響していたことを示すデータもあります2)。しかし、当院の調査結果と私自身の実感からは、あまり関係がないのではないかと考えています。

スティグマを受けてつらい気持ちを抱えていても、それでもなお本人の努力により治療に取り組めばHbA1cはマネジメントできます。逆に、血糖マネジメントが良好であるからといって、スティグマを受けていないだろうと考えてしまうことのほうが問題としては大きいのではないかと感じます。

石井 ただ、糖尿病を周囲に言いにくい環境があれば、注射、服薬や適切な食事といった療養行動をとりづらく、それによりHbA1cが影響を受ける可能性は考えられますよね。平山先生はどのように思われますか。

平山 職場の雰囲気から治療しづらいような場合、HbA1cに影響が出ることは考えられると思います。

石井 いずれにしても、血糖マネジメントがよい患者さんにはスティグマの問題がないという見方をすべきではない、という田中先生の指摘は重要です。

また、私が田中先生の調査結果で注目したいのは、スティグマを感じていることと、抑うつ状態、精神的なQOLの低さが関連していた点です。現状では、糖尿病を持っている人がスティグマを感じるということは、人生が鬱々として、バイタリティも含めた精神状態が悪くなる可能性があることですよね。そのことをわれわれ医療者がしっかり認識する必要があると思います。

社会活動と療養行動の両立を支えるためにできること

石井 糖尿病のある方が、社会活動と療養行動を両立するために、医療者ができることは何でしょうか。和田先生、いかがでしょう。

和田 患者さんが社会生活と療養行動を両立されようとする際に、独特の葛藤状態が生じる恐れがあります。例えば、糖尿病の治療の開始によって生活が制限され、誰かに統制されるような感覚をもつことや、身近な家族や友人から糖尿病患者として扱われることによる疎外感などです。

医療従事者は、スティグマが患者さんにどのような影響を与えているのか、それがなぜスティグマになっているのか、そして患者さんはどのようなケアを求めているのかを十分に考える必要があると思います。私は医療従事者としてだけではなく、一人の人間としてそのことを常に振り返りたいと思っています。

具体的には、患者さんが「気分的に落ち込んでいないか」「自分自身を大切にしているか」「孤立状態になっていないか」などを確認する視点が重要なのではないかと思います。

References

  1. 田中永昭, ほか. 第64回日本糖尿病学会年次学術集会. P-10-4. 2021
  2. Liu NF, et al. Clin Diabetes. 2017; 35: 27-34.
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